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67.領主一族

「……何でしょうか?」


「まずは知人が卿に無礼な態度を取ったことを謝罪したい」


「謝るくらいであれば、お連れ様を止めて下さっても良かったのですよ? まるで貴方に非が無かったかのように仰いますのね」


 これまで一言も喋らずに突っ立っていた癖に今更何を言っているのだろうか。ラディウス殿が来なければ今もまだ馬鹿にされ続けていたかもしれないというのに。


「確かにその通りだ……。言い訳にしかならないが、卿がハンターだと告げてからずっと己の思考に没頭してしまっていた」


「では今度はそれを聞いて差し上げればよろしいのかしら?」


 我ながら厭味ったらしい受け答えだとは思うけれど、ミーティアたちを馬鹿にされたのだからこのくらい言わせろ。それが嫌ならさっきの二人と一緒に消えればいい。


「許されるのであれば」


「どうぞ」


「……感謝する。言われるまでもないかもしれないが、初対面なのだからまずは自己紹介をしよう。私はビリー・レガント。現在のバーグマン伯爵領の領主であるダン・レガントの息子にあたる」


 バーグマン領繋がりじゃないかとは薄々感じてはいたが、最後の一人は領主一族ときた。ラディウス殿と同じくらいの歳なので事前に覚えてきた範囲からは外れていたらしく、普通に名前は知らなかった。まぁ領主一族なんて覚えていて当然だろうとブリジットから怒られそうだけど。


「確認なのだが、卿はS級ハンターの『いばら姫』で間違いないだろうか?」


 私はただ頷き返す。


「そうか…….やはり噂は本当だった訳だな」


「噂?」


「最近急に聞くようになった『いばら姫』が事故で両親を失った領主一族の娘であるという噂だ。それが事実であれば我らの領地の話であることくらいは誰にでもわかる。そして『いばら姫』が領主夫妻の一人娘であるレナ・クローヴェルであるということも」


 もう騎士たちの箝口令は解かれているのだから、他の貴族の間で噂が流れていても何もおかしくはない。そもそもが珍しい事例なので特定が簡単なのも納得がいく。


「噂が本当だったとして、それが何か?」


 だけどそれはそこいらの貴族なら「ふーん」と言って終わる話でしかない。バーグマン領の領主が変わってからもう十年も経過しているのだから、今さら前領主一族の人間が生きていたからといって現領主には何も影響などないはずだ。


「我らレガント家は同じ領地で暮らしながら、前領主一族の方々の、その領地への愛を、発展させていく手腕を、深く尊敬していた。だからこそ次の領主を立てなくてはならなくなった際には、彼らが築き上げてきた領地を守るために、陛下に直訴して領地運営を任せていただいたくらいだ」


 そう言われて両親のお墓の前での領主様との会話と、その誇らし気なような、悲し気なような、そんな複雑な感情が入り混じっていた顔が浮かんだ。


「……領主様も同じように仰っておられましたね」


「父と会ったことがあるのか!?」


「こちらが一方的に知っているだけです。話したのもただの世間話だけですし、公の場でもなければ、お互い名乗りもしておりません」


「そ、そうか……」


 本当にただの偶然なのだ、あまり深読みされても困る。……というか私が余計なことを言いすぎたせいか。


「それで、一体私にどのような関係が?」


「状況が状況なので、気を悪くしないでもらいたいのだが……」


 ビリー様はそう前置きしたうえで一度姿勢を正し、真っすぐに私を見た。


「私と共に、将来バーグマン領を運営していく気はないだろうか」


「それはつまり……」


「結婚しないか、ということだ。卿がまたバーグマン領の屋敷で暮らせるように」


 これまで滞りなく続いた会話がここで遂に途切れた。そのせいかこれまで気にもしてこなかった周囲の会話や上品な笑い声、ムード作りの為に演奏されている穏やかな音楽が耳の中に入り込んでくる。


 まさかあそこからプロポーズに飛躍するとは……。完全に意識の外からだったので、声を上げてはいないだけで内心かなり驚いている。


 それでも最近プロポーズが続いていただけあって、ただ驚いただけで終わりとはならなかった。


(この人たちは両親を尊敬しているからこそ、生きていた私が領地に関われていないことを気にしているんだわ……)


 私みたいな家族でもなんでもない人間に対して、ここまで心を砕いてくれるようなお人好しは早々いるものではない。貴族であれば尚更だ。


 その気持ちは素直にありがたいと思う。私のことを考えてくれていることには違いないから。


 ――でもそれは私が求めているものとは違う。


「そのお気持ちだけいただいておきます」


 結構な時間の沈黙の後でありながら、とても簡潔に私は今の気持ちを口にした。


「なっ……!? それ以外ではもう簡単に同じ立場には戻れないのだぞ!?」


「まず根本的な話として、私自身そこまで故郷に執着してはおりません」


「そんな!?」


 するとこれまでの冷静さが嘘のようにビリー様は表情を驚きで満たし始めた。そこからは親切心で言ってくれてはいるけれど、同時に私がそう望んでいると思い込んでいるようにも感じられた。


「もちろん領民たちには幸せに暮らして欲しいと願っております。ですがそれを私の手で成し遂げたいとまでは思いません。今の領主様であれば安心して今後も任せられますし、そして何より――」


「何より……?」


「私、結婚は恋愛結婚をしたいのです。両親のような幸せな結婚をして、幸せな家庭を築きたい。特別やる気があるわけでもない領地経営のために、今日初めてお会いする方と結婚するなど、とても出来ません」


 愛のない結婚、政略結婚なんていうのは貴族なら確かに普通かもしれない。でも家の為とかそういうのは今の私には無縁の話。私が継ぎたいのは家でも階級でも領地でもない、お母様の「幸せになってね」という言葉なのだから。


「ビリー様が私に向けて下さっている感情は愛ではなく、憐れみや同情ではございませんか? 私はそれらが自らが望む結婚に必要だとは思っておりません」


 恋愛結婚と口にした時点では理解出来ないといった顔をしていたビリー様も、私にその内にある感情を指摘されると次第に眉尻を下げ、その勢いがなくなってきた。


「確かに……そうだな。結婚するならば愛そうともするだろうが、今は……な」


 愛していないとはっきり言われてしまったけれど、ここは怒るところではない。むしろそれでも結婚しようと言ってくれたことに感謝すべきだ。


「レガント家の皆様が私のことを気に掛けて下さったことには感謝しております。しかし私は過去のレナではなく、今の私を愛し、未来を共に歩んでくれる人を探したいのです」


「そうか、我々は過去を……後ろばかりを見ていて視野が狭くなっていたようだな。卿の今の思想にすら考えが至っていなかったとは……重ねて申し訳ない」


 ビリー様に頭を下げられてしまうが、さっきの二人組を止めなかったことについてはともかく、このプロポーズに関しては謝る必要はないと私は思っている。


「少し驚いただけで、気にはしておりません」


「とにかく今日は済まなかった。償いとまではいかないが、また故郷に来る機会があれば案内でもさせてくれ。――ではこれにて失礼する」


 そう言って先に離れていた二人の元へと戻っていった。ブライアンとショーンが戻ってきたビリー様に平謝りしている。ざまあみろ。


 これまで私の周りには居なかったタイプだけれど、ビリー様も悪い人ではなかったと思う。結婚というものへの捉え方が違っていただけで。


「領主側が一族に舞い戻らせたいからという、また少し変わったプロポーズでしたね……。なんだかレオナ様と一緒だとプロポーズというものへの感覚が麻痺してしまいそうです……」


 レベッカの言いたいことはわかる。こうも立て続けにときめきの欠片もないプロポーズが続くと私の方がおかしいのかとすら思えてくるくらいだ。私自身、この世界では変わり者の自覚はあるけれど、それ以上のモノが来るのだからどうしようもない。


「なんだかごめんね……。まぁ今のは愛は無くても私のことを心配して提案してくれたのが伝わってきただけ、ずっとまともだったと思うわ。結婚観の違いってところかしら?」


「えっ!?」


 そう話しながらミーティアを軽く抱きしめる。本当はもっとがっつり抱きしめたいけれど、今日はお互いドレス姿なので、それを崩してしまってはよろしくない。


「ミーティアもありがとう、こんなに可愛い子に庇ってもらえて私は幸せだわ」


「ふふ……。良く知りもしないくせに悪く言うなんて酷すぎますから、当然です!」


 突然私に抱きしめられて戸惑っていたミーティアも微笑み返してくれる。その様子は相変わらずとても可愛い。私にもこんなに良い友達が出来るなんて、貴族に返り咲いた当初は思ってもみなかった。


(……あれ?)


 ここでふと気付いた。


 そういえば今まで私たちの関係をはっきり友達だと口にしたことはないのではないか。


 普段は二人へは訓練の指南もするし、任務では指示したりもするので、二人にとっては上官的な意識があるらしく様付けで呼んでくれている。いくら気安くなっても、そんな相手に自分から友達だとは言いづらいだろう。


(私がそう思っているんだから、ちゃんと伝えなきゃ!)


 曖昧にしてしまっているのは良くない。私は意を決してそれを言葉にする。


「私も頼りにしてるから、二人も遠慮なく私を頼ってね。二人は大切な友達なんだから」


 大事にしたい気持ちがちゃんと伝わるよう、それぞれの顔をちゃんと見ながら、優しく微笑みかける。


 この『遠慮なく』というのが私にとって重要なのだ。距離の近い友人が欲しい。結婚相手を見つけるのもいいけれど、気の置けない友人に囲まれるのも幸せになるうえでとても素敵なことだと思うから。


『はいっ!!』


 二人は一瞬の間を置いてから顔を見合わせ、これまでで一番眩しい笑顔でこちらを向き、とても嬉しそうに返事をしてくれた。天使だ、ここに天使が二人いる。


「だからもう呼び捨てでも――」

「……そ、それだけはダメです!」


 慌てて拒否するレベッカ。ミーティアも同様に頷いている。今の流れだったらいけると思ったのに駄目だったか……。


「えぇ~……なんで~?」


「ブリジット様と同じように呼ぶのはちょっと……」

「お二人の関係に割り込むようで抵抗が……」


 そう言いながら気まずそうに会場を見回している。二人の言いたいことはすぐにわかった。既に呼び捨てで呼び合っているブリジットに並び立つのは流石に気が引ける、という意味だろう。


「なので呼び方に関しては今まで通りでいいですか?」


「うん、残念だけど仕方ないわね……」


 彼女たちには彼女たちの立場がある、欲張ってはいけない。ちゃんと友達と言えて、受け入れてもらえただけで充分だ。


「……想いを言葉にするって大事よね」


 誰に聞かせるでもなく、そう小さく呟いた。


 それは嬉しそうな彼女たちを見て出てきた今の素直な気持ちだった。




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― 新着の感想 ―
[良い点] レオナさんの中では、仲良しだったご両親ヘンリーさんとシェーラさんが理想の夫婦としてしっかりあるんですね(*'ω'*) きっと、今のレオナさんを愛して一緒に未来を共に歩んでくれる人……きっと…
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