65.お茶会
ラディウス殿に続いて殿下までフッた私はその二週間後、ブリジット主催のお茶会に招待された。
しかしこれまで貴族に返り咲いても社交と呼べる物には一切参加してこなかったので、いざ参加しようとすると着ていく衣装が全然ないことに気付いてしまう。
ブリジットからプレゼントしてもらった深緑のドレス一式は昼のお茶会には合わない。なので、町で急遽買ってきた赤のワンピースを着て参加することにした。
(今後はこんな感じで人と会う機会が増えるかもだし、流石にもう少し用意しておかないと不味いかも……)
領主のお城に到着した私は使用人の案内を受け、奥にあるこれまた広い裏庭の東屋へとやってきた。日陰では既に何人かの女性がテーブルを囲んでいるようだ。
あの濃い茶色の髪はお茶会の主催者であるブリジットのものだろう。では他の二人は誰だろうか。ブリジットのことだから二人きりでお茶するものだと勝手に思っていたので見当もつかない。
結局それは私が東屋に近づくにつれ明らかになっていく。
(え、あれって……)
一緒に座っていた人物は見覚えのある、ミルクティーのような色の髪のふんわりとした女の子と、淡いピンクの髪の小柄な女の子だった。いつもとは服装もヘアスタイルも違うので気付くのに時間が掛かってしまった。
ただ知り合いと呼べるほどではないと本人たちが言っていた通り、二人ともガチガチに緊張しているご様子。
「ごきげんよう」
「ごきげんよう、レオナ。今日も綺麗ね」
「ブリジットだって。今日はお招きありがとう」
今日のブリジットは淡いオレンジ色のワンピースだ。昼過ぎの晴れた屋外という事もあってとても爽やかで、彼女のこげ茶色の髪にも良く似合っている。
『ごきげんよう、レオナ様』
私の姿を見て明らかにほっとした様子の二人。騎士団の制服以外の服を着ているところを見るのは実は初めてだ。囮役の時のミーティアは私服じゃなかったのでノーカン。
レベッカはいつものルーズサイドテールではなく、二つの大きな三つ編みにしていた。ゆるふわな雰囲気を崩さずに違う味わいが出ていてとても可愛い。
ミーティアもその淡いピンク色の髪をハーフツインではなく、ハーフアップにしていてお人形さんのようだ。これもまたとても可愛い。
「二人とも髪型が違って新鮮で可愛いわね~!」
騎士団の制服のイメージが強いけれど、二人ともちゃんと御令嬢なんだなぁと改めて認識出来た気分だ。ミーティアが刺繍していた時もレベッカに言われたっけ。
「レオナ様の他の衣装だって初めて見ましたよ?」
「印象が全然違ってそちらも素敵です!」
ミーティアのお誉めの言葉にレベッカも同意してくれている横で、何故かブリジットまでもが満足げに頷いている。
「ふふふ、ありがとう!」
私も席につくと、日陰の東屋から明るい裏庭が見渡せた。なんだか昔のうちの屋敷でのブリジットとのお茶会を思い出してしまう。
(あの時はおねだりするものが何が良いか二人で話し合ってたんだっけ……)
「――ねぇレオナ。貴女、殿下のプロポーズを蹴ったらしいわね?」
私が景色を見ながら昔を懐かしんでいると、早速ブリジットが話題を提供してくる。しかしその内容は意外過ぎるものだった。
「え、もうブリジットにも伝わってるの!? ……というか今日のこの人選ってそのため?」
特務の騎士しか知らないはずなのに何処から漏れたのか……。しかも移動時間を考えると、王都からエルグランツに情報を持ってきてから王都の二人に招待状を届けるまでを一週間ほどの間に行ったことになる。何という行動力と迷いの無さ。
ブリジットは当然と言わんばかりに得意げに頷いている。
「うちの情報網を舐めちゃ駄目よ? 二人には貴女が来るまでの間に色々話を聞かせてもらっていたの。本当にデリカシーのない男よねぇ……」
そう言って呆れながら紅茶に口をつけるブリジット。ミーティアを泣かせたあの一連の流れも既に把握しているようだ。外に漏らすなという言いつけられている彼女らからよく聞き出せたなと逆に感心してしまう。
やはりブリジットほどの相手に一度目を付けられてしまえば守り切るのは難しいのだろう。私としては彼女に漏れるぶんには構わないので怒る気はない。彼女なら私にとってマイナスになるような情報の扱い方をするはずがないし。
「フッた私が言うのもなんだけど、ブリジットもかなり殿下に対して遠慮がないわよね?」
「学園では私の優秀さを示す上での障害だったからね。どうしても家の格が高い者同士で纏められがちだし、生徒会でも一緒だったから何かと距離が近かったというのもあるわ」
「ライバルだったからってことね」
(生徒会とか何それ、めちゃくちゃ面白そうなんだけど……)
そういえば学園での暮らしを事細かに聞いてはいなかった。昔は前世の高校の二の舞になりそうだからと行くのを恐れていたけれど、いざ行けなかったとなると途端に惜しく思えてしまう。ブリジットと一緒なら案外平和な学園生活を送れていたかもしれないし。
「まぁそれはいいとして、実際には何て言われたの?」
「『大事な話がある』『落ち着いて聞いてくれ』からの『俺と結婚してくれ!』かな。その後は私が何か話すまでずっと頭を下げたままだったわ」
「……はぁ?」
「えぇ……」
「それだけですか……?」
素直に答えると全員の表情が曇ってしまった。何故レベッカたちまで意外な顔をしているのか。
(あぁそっか、あの時の位置的に二人は聞き耳を立ててはいなかったか……)
「それだけよ。仕方なく私からどこを好きなのか聞いても『一目惚れだった』で終わらせようとしたから、もっと突っ込んで聞いても『見た目、性格……君の全てだ!』ってだけだったの。だから『誰にでも言えそうですね』って言っておしまい」
「何それ酷いわね……パトリック様とは大違いだわ……」
ブリジットは深く、それはもう深くため息をついている。パトリック様のプロポーズの内容も気になるので後で聞いてみよう。
「レオナ様相手にそれは駄目でしょう……」
「周囲に意見を求めたのもあわせて、徹底的に好みの真逆を行ってますよね……」
レベッカとミーティアにはうちの屋敷に泊っていった時に話しているので、私の男性の好みを把握している。その二人から見てもこれはアウトだったようで少し安心した。
「その辺の令嬢に同じようにプロポーズすれば二つ返事で受けてくれるでしょうからね。顔と王太子の地位が通用しないレオナが相手でなければ、本来はそれで済んでしまうのよ」
「先月までの私なら飛びついてたんだろうなぁ……」
ミーティアが苦々しい顔でぼそりと呟いている。心が痛むけれど今は違うという意味も含まれているようなので、ここはそっとしておこう。
「まぁレオナが地位に興味ないのは小さい頃からだから、それこそ今更だけど」
「そういえば相手は王太子だったのよね……。かなりキツめに言っちゃったけど、不敬だなんだって大丈夫かしら……」
レッドドラゴンの時のも合わせると、殿下に対してはかなり無礼を働いていることになる。いい加減国を追われるかもしれないし結構笑えない。
そんな後悔をしている私を見て、ブリジットは脱力して呆れている。
「それも本当に今更ね……。敵に回したら国を滅ぼされかねない程の力を持つレオナの価値がわからないほど王族は馬鹿ではないわ。両陛下まで殿下と貴女をくっつけようとしているみたいだから大丈夫よ。今頃は説教でもされてるんじゃないかしら」
「まるで腫れ物に触るみたいね……。私はそんなつもりはないのになぁ……」
「やるやらない以前に、それが出来る力を持っていること自体が重要なんだから仕方ないでしょう?」
言いたいことはわかるけれど、これでは私はずっと爆弾みたいな扱いをされて、いつまで経っても人間扱いしてもらえないのではないだろうか。だからあんな上辺だけのプロポーズをされてしまうのではないのか。
私が私らしく居られることを可能にしてくれたこの力が、他人が私を私として見るうえでの障害になってしまっているような気がしてきた……。
「敵対しないようにっていうのはともかく、陛下や王妃様までくっつけようとしているっていうのは何でわかるの?」
落ち込む気分を悟られないよう、手頃な疑問を投げかけて場を繋ぐ。
「誘拐未遂の後に、私にレオナを内緒にしていたって話があったでしょう?」
「あ、うん。あったわね」
ブリジットが意地悪な顔をして教えてくれなかったやつだ。
「あれは貴女を極力周囲の目に触れないようにして、他の虫がつく前に射止めろっていう周囲の入れ知恵だったってこと。殿下は反対していたみたいだけど、それでも押し切られたのであればそこに両陛下が関わっているのは明白よ」
「あぁ~……」
頭を抱えて嘆いていた殿下に対してパトリック様が「周囲を跳ね除けられなかった己を恨むのだな」と仰っていたのはそういうことか。殿下に上からいけるのは確かに両陛下しかいない。
したくもないことをさせられたうえにブリジットに文句まで言われるのだから、本人からしたらたまったものではなかっただろう。
「でもレオナの行動までは制限出来ないし、次第にその存在が周囲に広がっていって隠すのも限界になってきたから、私たちの披露宴にあわせて解除したのよ」
「ただ街を歩くだけでもレオナ様って目立ちますから……」
「一緒に移動していると、周りはみんな『誰だあの女性は!?』ってなってましたしね……」
制限云々も、それが解除されることも護衛を頼まれた時に確かに言っていた。直接聞いてもいないブリジットがここまで把握しているのは流石という外ない。
「でもその矢先にうちの団長が貴女にプロポーズしたものだから、殿下は内心物凄く焦ったでしょうねぇ……ふふふふふ」
「あの時も敵に塩を贈ってしまうって言って避けていたけど、ブリジットは私と殿下がくっつくのは反対だったってこと?」
「……? いいえ?」
私の問いが意外だったようで、焦る殿下の姿を想像して笑っていたブリジットがきょとんとしてしまった。
「あれ、違うんだ? 今も楽しそうにしていたから、てっきりそうなのかと……」
「殿下がまともなプロポーズをして、その結果貴女が殿下との結婚を望んだのであれば私は全力で後押ししたわ。あの時は貴女に教えることが殿下に有利に働きかねなかったから避けただけよ。私は殿下の味方じゃなくて、レオナの味方なんだから」
王族が相手だろうが徹底して私の味方をしてくれると、さらっと言ってのけるブリジットはもはや女神か何かではないだろうか。こんなもの、拝まずにはいられない。
「ブリジット、ほんと好き……」
「ほほほほほ。……もっと言って?」
「大好き~!」
「きゃ~!」
勝手に盛り上がる私たちを前に、苦笑いをしているレベッカとミーティア。
「もう色んな意味で最強よね……」
「だね……」
そう――私にとってブリジットは最高で、最強の味方なのだ。
◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇
ひとしきりブリジットとはしゃいで落ち着いたところで話を再開する。
「とりあえず殿下のプロポーズがどうしようもなかったのはわかったとして、次よ」
「……次?」
他に何かしないといけない事なんてあっただろうか……。
「別の良い人を探しましょうってこと。殿下がレオナを好きなのはわかっていたから何か行動を起こすまでは待っていたけれど、それがダメだったのなら他の人を探しても何も問題はないでしょう?」
そんな話今初めて聞いたのに、いつの間にか彼女の中で決定事項になっていることにぎょっとする。
「……ちょ、ちょっと待って! 私そんなに無理に結婚したいとは思ってないわよ?」
「えぇ、わかっているわ。『無理には』しなくて良いのよ」
「ならどうして……?」
「私もこうして結婚した身だから、その幸せをレオナにも感じて欲しい。だから一通りは合いそうな人が居ないか確かめるくらいはして欲しいと思っているの。結婚せず独りで生きていくにしても、確認してからでも遅くはないでしょう?」
どうやら決して結婚を強要しているわけではないようだ。合う人が居ないと知るだけでも意味があるということか。
たとえ何かトラブルがあったとしても、言い出しっぺのブリジットは必ず味方になってくれるだろうし、そう言われれば確かに悪い話ではないかもしれない。
……というかこの世界の価値観で言えば、結婚しない貴族女性なんて珍しいどころではないのに、それでも私が望むのであれば否定しないブリジットの私の味方っぷりが本当に凄い。
「そう……ね、その通りだわ。頼りにしても良いのよね、ブリジット?」
「任せなさい! その気があるならレベッカさんとミーティアさんもね」
『……えぇ!?』
完全に傍観者モードに入って油断していた二人は、突然自分たちの名前が飛び出したせいで、手に持っていたカップの中身を溢しそうなくらいに動揺している。綺麗なお洋服が汚れなくて良かった。
「よ、よろしいのですか……?」
「私たち、今日までまともに交流もありませんでしたのに……」
「良いのですよ。レオナの理解者で、実際に味方として動いてくれた方ならば協力は惜しみませんわ。……もののついでとも言いますけれど。ほほほほ」
「ありがとうございますっ!」
「気に掛けていただけるなんて感激です!」
どうやら私が来るまでの間に既にブリジットから気に入られていたようだ。その理由はちょっとアレではあるけれど、二人に新しく好きな人が出来るなら私も嬉しいし、まぁ良いだろう。
「それで、具体的にはどうするつもりなの?」
「来月の今頃に夜会を開こうと考えているわ。主催側であれば既婚の私が目を光らせていても不自然ではないでしょう?」
「夜会かぁ、なんだか今から緊張してきた……」
「ダンスの練習と同年代の貴族の名前を覚えるくらいはしておきなさい。レオナだもの、当日は沢山の殿方が寄ってくるわよ」
「ひぇぇ……」
前世でも合コンや婚活パーティとは無縁だったので、そういう出会いの場に参加するのは初めてということになる。前世の高校生活のような混沌とした状態にならないか不安だ。あの時とは違って暴力は通用しないし、ブリジットもいるので大丈夫だと思いたいけれど……。
「私たちもお手伝いしますから、頑張りましょう!」
「目指せ恋人ゲットです!」
二人はもうすっかりやる気を漲らせている。うだうだ言って水を差すのもよろしくないので、いい加減私も覚悟を決めないといけなさそうだ。
あぁでもやっぱり不安……。




