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64.私を

 ラディウス殿からのプロポーズが収まってほっとした私は、いつも通り続けて王都へと向かった。


 こちらでは特にそういったトラブルもないので気楽にやれるだろう――そう思っていた。しかしいざ到着してみると、何やらいつもと雰囲気が違う。


 はっきり何がとは言えないのだけれど、これまでと違うことだけは確かだった。私はその謎の違和感を訓練をしながら探ってみる。


 すると、あることに気付いた。


 騎士の中で、何故か特務の人間だけがそわそわしていて落ち着きがないのだ。対峙していても今ひとつ集中しきれていない。まともなのはレベッカとミーティア、ハロルドくらいのもので、あの生真面目なウィリアムですらそわそわしている。


 休憩中にそんな騎士たちを問い詰めてみても、ハッとして「申し訳ございません!」と平謝りしてくるだけ。その後しばらくはちゃんとしているけれど、気付けばまた元通りになってしまう。


 何か知らないかとレベッカに尋ねてみても「いずれわかります」と全くつれない。とても機嫌が悪そうだ。これでは深く話を聞くのも気が引ける……。


 一方のミーティアはなんだかしょんぼりしている。心配なので話を聞こうとしても弱々しく「大丈夫です」としか言わない。心配なのだけれど、あまりに頑ななので追及を諦めざるを得なかった。


 ハロルドに至っては苦笑いで「手加減してやってください」と意味がわからない。誰に対して言っているのか。そもそも訓練はいつも通りで特別厳しくしているつもりなんてない。


 とにかく特務の騎士たちが何かを隠しているのは間違いなかった。集中力出来ていない人間の相手をしたところで何も身に付きはしないし、これでは私のモチベーションまで下がってしまう。


(一体何なのよ……もう!)


 このわけのわからない雰囲気に次第に苛立ちが募り始め、結局気分が晴れないまま三日間を過ごす羽目になってしまう。




◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇




 最終日の訓練が終わったので、残る仕事は殿下に報告して話を聞くだけ。騎士たちのそわそわの原因は結局わからず仕舞いだ。はっきり言ってこれまでで一番つまらなくて、やり甲斐のない訓練だった。


 殿下なら何か知っているかもしれない。そして可能なら彼らを叱ってもらうよう頼んでみようか。


「――失礼します。今月の訓練も無事終了致しました」


 特務騎士団の団長の部屋に入り、いつも通りの報告をする。


「あ、ああぁ……。ごごご苦労だった……」


 ……しかし目の前の殿下は明らかにいつも通りではなかった。特務の騎士たちとは比べ物にならないほどそわそわしており、もはや挙動不審と言って良いほど。目は泳ぎ、額には玉のような汗が浮かび、落ち着きがなく、手足は五秒ほどの間隔で位置が変わっている。


 普段の落ち着いた殿下からは到底考えられないその様子に、なんだか私まで心配になってきてしまう。


「殿下、大丈夫ですか……? どこかお身体の調子が悪いのでは……」


 汗の量が尋常ではない、盲腸か何かを我慢しているのではないだろうか。はやく医者に診てもらうべきだと思う。


「い、いや……大丈夫だ……。そこに座ってくれ」


 しかし殿下はそのまま話を進めようとする。本当に大丈夫なのかと思いながらも、言われるまま正面のソファーに座る。その間も殿下は深呼吸をして息を整えようとしている。


「……大事な話がある」


 そしてようやく少しだけ落ち着きを取り戻した殿下が、表情を引き締めてそう切り出した。


「緊急の案件ですか? ……まさか王族の方々に何か!?」


 この取り乱しっぷりと仰々しい話し口を見るに、何か大変な事件でも起こったのではないだろうか。


「いや、そういったものではないのだが……」


 しかし私の考えはすぐさま否定されてしまう。では何故そのような様子でここまで勿体ぶっているのか。


 私の心の中にまた小さな苛立ちの炎が灯る。


「では一体……?」


(……ん?)


 ここでふと部屋の外に大勢の気配があることに気付く。一人ひとりは息を潜めているつもりなのだろうけれど、それが大人数ともなれば大きな気配となってその存在を主張している。


 人数的に特務の騎士たちだろう。そんなところで一体何をしているのか。


「……落ち着いて聞いて欲しい」


「はい……」


 落ち着かないといけないのは殿下の方ではないのかと心の中でツッコミを入れながら殿下の言葉を待つ。


 ――長い沈黙。


 今さっき灯ったばかりの苛立ちの炎がジリジリと音を立てている。




「俺と…………結婚してくれ!」


 そしてようやく開かれた口から飛び出してきたのは――――なんとプロポーズの言葉だった。


 部屋の中にまた長い沈黙が流れる。


 殿下は頭を下げたまま動かない。


 ラディウス殿に続いて殿下にまでプロポーズされた私は、そんな普通ではない状況でありながら、自分でもびっくりするくらいに冷静だった。殿下の様子、レベッカたちの態度、他の騎士たちの態度、部屋の外の気配、それらがカチリとパズルの様に嵌まっていき、今のこの状況に繋がっているのだと淡々と理解出来たのだ。


 その結果、次第にその冷静だった心に別の感情が湧いて出てきた。


 喜びではない。


 呆れだ。


「殿下は――」


 私が声を発すると同時に、殿下はがばっと顔を持ち上げる。その目は期待に輝いていた。


「プロポーズという人生の掛かった大事な決断すらも、人の手を借りなければ出来ないのでしょうか?」


「……ッ!?」


 殿下はまるでこのような反応が意外だったかのように目を見開き、息を呑んだ。


 私は鼻からゆっくりと息を吐きながら背後のドアの方へと視線を向ける。


「部屋の外にこれだけ野次馬がいるのは何故ですか? 気持ちを盛り上げるために皆の前で決意表明でもしたのでしょうか? それとも他人の目があれば断られづらいかもしれないという打算でしょうか?」


 私はレベッカとミーティアの態度から、殿下が特務の人間を集めてプロポーズの仕方について意見を請うたのではないかと考えている。そしてハロルドのあの反応は、それを私が不快に思うところまで予想していたからこそだったのではないか。


「……まぁそのどれであったとしても、私が結婚相手に望む姿勢には程遠いものです。結局のところ自分一人の決断に自信が持てないということですから」


 頭を下げてお願いしたりなどせず、もっと堂々としていればいいものを。私にお情けで結婚しろとでも言うつもりなのだろうか。


「それで、殿下は私のどこを好きになったのですか?」


「え……」


「結婚したいほどなのでしょう?」


 さっきから私しか喋っていない。これまでに何人もフッてきた私でも、流石に相手の考えを聞かずしてプロポーズの結論を出すような真似はしない。……まぁラディウス殿に関しては聞くまでもなかったけれど。


「俺は……一目惚れだったんだ! あのパーティの時から、ずっと……!」


 当時を思い返せば確かに殿下の様子がおかしかった気もするし、私もその可能性が一瞬頭によぎっていた覚えがある。


 だからきっとそれは本当なのだろう。必死に訴えかけるその目はとても真剣だ。


 しかしそれだけでは私は満足出来ない。一目惚れ程度であれば今までに告白してきた男性の中にも幾らでもいたのだから。


「そうだったのですか。――で、具体的には?」


 だから私はそれ以上を求める。本当に『私』を好きだと証明できる言葉が欲しい。


 上っ面ではなく、私という人間を理解して、受け入れてくれるからこそ言える言葉を。


 その言葉を紡ぎ出せる人であれば、間違いなく私を大切にしてくれると信じられる。


 私は、そんな人を全身全霊で愛したい。


 だから――――。


「え……見た目も、性格も――いや! 君の全てが!」


 殿下から発せられた言葉を耳にした瞬間、祈りにも近い願いも空しく、心が急激に冷えていく感覚に襲われる。


(この人もダメか……)


 殿下は屋敷の使用人と再び引き合わせてくれた恩人だ。でもそれは元領主の娘という情報からきた気遣いでしかなかったようだ。もちろんその気遣いに感謝はしている。……でもそれだけ。


 一目惚れの話もそう。今の私について何も出てこないあたりを見れば、この人の中の『私』は『思い出の中のレナ・クローヴェル』で止まっているということぐらいすぐにわかる。


 優しくしてくれていたのは勿論伝わっているけれど、それは単に同一人物だからというだけで、今のレオナ・クローヴェルを見てはいないのだ。


 全てをと言うが、この人は一体、私という人間の何を知っているつもりなのだろうか。


 こちらも貴方についてそこまで知っている訳でもない、その程度の関係でしかないはずなのに。


 ただそれでも騎士たちから慕われている人格者で、私に対しても欲塗れの視線を向けてこない、落ち着いた感じの良い人だと思っていただけに残念でならない。最初からレオナ・クローヴェルとして出会えていれば、また違っていたのだろうか……。


「誰にでも同じように言えそうですね」


「あっ……」


 私は早々に見切りをつけて立ち上がり、そのまま入り口のドアの前まで移動する。


「殿下は一体誰を好きになったのでしょうね。……少なくとも、私ではなかったように思います」


 ちらりとさっきまで座っていた方へと肩越しに視線を向けると、殿下は呆然としながら片手を伸ばしたまま硬直していた。


「では、失礼します」


 しかしそれも相手にはせず、ただそれだけ言って部屋を後にする。プロポーズをしてしまうくらいなのだから、どうせ今月はこの前のような任務なんてないだろうし。




 部屋の外にはやはり特務の騎士たちが集まって聞き耳を立てていた。私の見切りが早かったせいで逃げ遅れたらしく、みんな顔が引き攣ったまま固まって動かない。


「言うまでもないだろうが、今回のことについては口外を禁ずる。破った者は私が地の果てまで追いかけてでも引導を渡してやるからな。そして来月の訓練は覚悟しておけよ貴様ら……!」


『うわあああああああ!!!!』


 私が出来る限りの冷たい目と低い声でそう言い放つと、騎士たちは蜘蛛の子を散らすように逃げていった。


 その場に残ったのはレベッカ、ミーティア、ハロルド、ウィリアムのいつもの四人だけ。


 私は溜め息を吐きながら、彼らの方へと歩み寄る。


「ここまで予想出来ていたのなら止めなさいよ、ハロルド……」


「いや~ハハハ……。焦って浮かれてで、もうどうしようもなかったんで、一度痛い目に遭ってもらった方が早いかなって……」


 ハロルドは苦笑いを浮かべながら右手で後頭部を掻いている。それにしても酷い言われようだ、よほど当時の様子は酷いものだったらしい。


「焦ってってどういうこと?」


「どこぞの貴族が教官殿に求婚したのを第一の団長から聞いたとかなんとか……」


 恐らくラディウス殿の件について親兄弟に、早速ウェスター公爵家から通達か警告があったのだろう。それでライバルがいることを知ってしまい、慌てて先を越されまいと動いたといったところか。


「情報の裏も取らず、私の気持ちどころか自身の気持ちすらも整理し切らないまま行動に移したわけね……。舐められたものだわ……」


 ちょっと調べれば私がラディウス殿を相手にしていないことぐらいわかりそうなものなのに。一体どれだけ慌てていたんだか……。


「そこまでわかってて止めなかったんだから、せめて今後殿下が変な方向に舵を切らないようにちゃんと言っておきなさいよ。貴方なら出来るでしょ?」


「了解っす……」


 女性の扱いが上手なハロルドであれば私の言いたいことはわかるだろう。殿下のことはとりあえず彼に任せておく。


 次はその図体の割に自信なさげに小さくなって突っ立っているこの男だ。


「ウィリアム、こうなると想像出来ていなかったのなら貴方も結婚は危ういわよ」


「男女関係については俺も疎くて……面目ない……」


「まったくもう……」


 彼も心配性なところ以外は殿下と似たようなタイプといえる。生真面目なぶん、一度暴走すると変な方向に突き進みそうで不安だ。将来お相手となる女性がかわいそうなので、今のうちに釘を刺しておくとしよう。


 レベッカの方を向くと、これまでの不機嫌さは何処へやら、満面の笑みで片手を上げて近づいてきた。私はそれに釣られて、ついハイタッチをしてしまう。


「言いたいことは言っておきました! 後はただの自滅です!」


「ありがとう、さすがレベッカね! ……!?」


 その満足げな笑みに釣られてこちらまで笑っていると、ミーティアが横から抱きついてきた。驚いてそちらを見下ろすと、なんと肩を震わせて静かに泣いているではないか。


 私はすぐにその小さな身体を抱きしめ返す。レベッカも彼女の背中側から包み込むように抱きしめている。


「よしよし、本当に男って無神経だね~……」

「かわいそうに……」


 レベッカと一緒に傷つけた相手を皮肉を言いつつ、頭を撫でてミーティアを慰める。


(あぁ……さっき想像した状況が目に浮かぶようだわ……)


 きっと殿下は自身に向けられた想いに気付かないまま、どう告白すればいいのかミーティアに意見を請うたのだろう。殿下のことだ、貴重な女性の意見だとかいって積極的に聞きにいったに違いない。


(普通なら百年の恋も冷めるレベルできっついけど、どうなんだろうね……)


 こればかりはミーティア次第だ。どう気持ちに整理をつけるかはわからないけれど、とにかく私はミーティアの味方でいようと思う。


「……よし、こういう時は何か美味しい物でも食べて忘れちゃおう! レベッカ、どこか良いお店とか知らない?」


「あ、それなら任せてください! ……ほら、行こ?」


「……うん」


 その場の男性陣は完全に放っておいて、私たちは夜の王都へ繰り出した。




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― 新着の感想 ―
[良い点] 殿下、完全に玉砕ですね……ご愁傷様です><; レオナさんの振り方がかなり辛辣だったし、容赦ない詰め方だったし、これは完全に脈ナシと誰もが思ったことでしょう(;´∀`)
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