63.卑怯者
もう何度されたかもわからない団長殿からのプロポーズに辟易しながら訓練を終えた最終日、パトリック様から提案していただいた通り、私は領主の城での夕食に招待された。
そのために一度屋敷に戻って身支度を整えてから再度訪れるつもりだったのに、何故か騎士団の出口で遣いの者に呼び止められ、そのまま城に向かうことになってしまう。
(えぇ……この格好だと場違いにならない……?)
内心焦りながら城に到着すると、さっそくブリジットが出迎えてくれる。
「ごきげんよう、レオナ」
「ごきげんよう、ブリジット。皆様に会うのにこの格好じゃ不味いんじゃ……?」
自分の衣装を見下ろしながらブリジットに素直に今思っていることを伝えるが、それに対して平然と答える彼女から出た言葉は思いも寄らないものだった。
「そうね。その姿も魅力的だけど、今回はこちらで用意しておいたわ。とりあえず訓練指導で汗を掻いたでしょうから清めてらっしゃい」
「えぇ!?」
そんなこと一言も聞いていない。サイズだって私とブリジットでは身長から大きく違うのに、一体どうするつもりなのだろうか。
私は困惑したまま笑顔の使用人たちに連れていかれ、あれよあれよという内にお風呂に入れられる。
「素晴らしいですわ……! お顔も、スタイルも、髪も、お肌も全てがお美しいです!」
「私共もやり甲斐があるというものです!」
お風呂から出ても興奮した様子の皆さんに囲まれ、傍に次々に衣装や靴、アクセサリーが積まれていく。恐ろしいことにサイズもピッタリなのだ。
「どうしてサイズまで……」
「若奥様がエルグランツ中の洋服店を調べられたみたいですよ。そうしたらまだ一着しか作っておられないとわかって、この日のためにご用意されたのです」
(ひえぇ……)
ありがたいけれど、恐ろしい。これがやる気を出したブリジットの行動力か……。
デコルテの空いた、ところどころに薔薇のあしらわれた深緑のAラインドレスと、同じ色のオペラグローブ、多分ルビーかなんかのネックレスとイヤリング、そして薔薇の髪飾り。『いばら姫』をしっかり意識したであろう配色やデザインであることが一目でわかる。
「お美しいです! 若奥様が夢中になられるのもわかりますわ!」
「たまらないわ!」
侍女さんたちの興奮も最高潮だ。このような綺麗なドレスなど成人してから一度も着てこなかった私も、鏡の向こうの自分の変わり様に驚いている。
「ありがとう、皆さんのおかげでとっても綺麗になれたわ」
「さぁさ! 皆様に見せつけて差し上げてくださいませ!」
皆の笑顔が移って上機嫌で送り出された私は、案内されながら見覚えのある廊下を歩き、目的地の食堂の扉を開けてもらう。
「きゃ~~!」
「まぁ~~!」
入ってきた私を認めた途端、ブリジットと公爵夫人であるヴィクトリア様が黄色い声を上げながら近づいてくる。
「本日はお招きいただき、ありがとうございます」
「いいのよ、レオナさん! 今日は楽しんでいってね!」
「はい、ありがとうございます!」
「レオナ、ドレスとても似合ってるわ」
「侍女さんたちから聞いたわ、私の為にわざわざありがとう。ピッタリよ」
「私の目に狂いは無かったわね」
ブリジットはにっこりと柔らかい笑みを浮かべている。ドレスが似合っていることを純粋に喜んでくれているみたいだ。
「ジークフリート様、アルベルト閣下、パトリック様、ご機嫌麗しゅう存じます」
「其方があの時仮面をつけていた女性騎士か。いやはや、衣装ひとつで化けるものだな……」
「まったくだな……」
前領主様や現領主様とは披露宴の日、騎士団の制服に仮面の姿でしかお会いしていなかった。普段の格好どころか素顔さえ見せていなかったので、流石に驚かれるのも無理はない。私自身、今のドレス姿は自分ではないような気さえするのだから。
「よく来てくれた、プライベートな場だから楽にしてくれて構わない」
パトリック様に促され、長いテーブルの端に座る。うちの屋敷にあるものよりも更に長い。ジークフリート様や公爵夫妻のお顔を見るには視力強化を使った方がいいくらいだ。
そんなしょうもないことを考えているうちにコース料理のスープが運ばれてくる。流石公爵家の夕食だ、既に物凄く美味しそうな香りが漂っている。
「それで、うちの騎士団はどうだったかな?」
食事が始まり、パトリック様がスープを飲みながらそう尋ねてくる。指南役の話を持ち掛けた本人なのだから気になるのだろう。
「日頃からラディウス殿に鍛えられているようで皆優秀でしたね。王国騎士団よりも数は少なくとも、技量の平均値で言えば勝っているように感じました」
「ほぅ、それは素晴らしい! 沢山の者を見てきた其方が言うのであれば間違いないのだろうな」
「ただ、その……」
「――む、どうした?」
不満を伝え、職場の環境を良いものにする絶好の機会であるのはわかっているのだけれど、内容が内容だけにとても言いづらい……。
「えぇと、その……訓練に関しては問題ないのですが、ラディウス殿から頻繁にプロポーズされておりまして、困っているのです……」
『……は?』
「あらあら~!」
男性陣は意味不明といった様子で声を上げ、夫人はにやにや顔、一番反応するかと思えたブリジットだけは何故か澄まし顔のままだった。
「それは一体どういうことなのだ……?」
最初に質問してきたパトリック様ではなく、アルベルト閣下がたまらず追及してくる。
「少しややこしい話ではあるのですが……」
そう前置きしたうえで、お師匠様の失踪と、私と団長殿のそれぞれの感情、その場でのやり取りについて説明していく。
「そうか、バルゲル殿が……。奇妙な縁というものはあるものだな……」
「閣下はお師匠様について、よくご存じなのですか?」
「お会いしたことは勿論あるが、私よりも父上の方が詳しいだろう」
アルベルト閣下から話を振られたジークフリート様はゆっくりと頷いた。
「……あぁ。特に情に篤くてな、騎士団のトップに立ちながら、騎士一人ひとりのことまで気を配っているようなお方だったよ。皆が戦いで死ぬことがないよう、厳しい訓練を課していたことでも有名だったな」
それはウェスター騎士団の騎士たちも言っていた。きっと私もよく知らないまま、その訓練を受けていたのだろう。
「だが実戦においては絶対など存在しないのが常、いくら訓練しても死者は出てくる。それが新人だろうが誰であっても嘆き悲しんでいたよ。上に立つ者として時として非情にならねばならぬ時もあるだろうが、あのお方は優しすぎたのだろうな……」
不器用ながらに皆を死なないように大切にし、不器用だからこそ零れ落ちる命に涙するお師匠様の姿が私には容易に想像出来る。あの人は本当に優しい人だから。
「戦場に出ることのない貴族たちの身勝手で心無い言葉に嫌気が差し、騎士団総長を引退後すぐに貴族との関係を断って姿をくらましたのだ。それ以降はあの方のことを『貴族嫌い』のバルゲルと呼ぶ者もいる」
「ジークフリート様は……お師匠様を逃げ出した卑怯者だとお考えですか?」
普通はこんな直球な質問をするべきではない。けれど聞かずにはいられなかった。
ジークフリート様は昔のお師匠様を思い浮かべているのだろう、その豊かな白い顎髭を撫でながら、視線を上にやって考え込んでいる。
「儂であれば引退後も騎士団のために何かしら活動を続けるだろうが……当時から苦悩し、努力していたのを知っている身としては強く責める気にはなれん。何より総長の勤めはしっかり果たしたのだしな。……だからそのような悲しそうな顔をするでない」
「……ありがとうございます」
自覚はなかったけれど、心配させてしまうような顔をしていたようだ。お師匠様を嫌ってはいなかったことと私に気を遣ってくれたこと、両方の意味を込めて私は深く頭を下げる。
「そうしてバルゲル様が樹海に居たお陰でレオナの今があるのですから、私としては感謝したいくらいですわ」
これまでずっと黙っていたブリジットがさらりとそう言ってのける。その発言を受けてパトリック様は楽しそうに笑っている。
「ふふふ、ブリジットはぶれないな」
「当然です。――それで、レオナはラディウス団長のことをどう思っているの?」
「惚れたって言ってきたのが煽られて殴り飛ばした後よ? 普通の好かれ方じゃないのが丸わかりで、とてもじゃないけど受ける気にはなれないわ……。ただでさえ最初から嫉妬されて、煽られてと心証が悪いのに、処構わずプロポーズされ続けて訓練にも支障が出ているのよ……」
あの人は私の強さしか見ていないのではないだろうか。少なくとも外見や下心で寄って来ていないのはわかるけれど、これはこれで微妙な気分にさせられるものだなと思い知らされている。
「あ奴は何をしておるのだ……」
理解が及ばなさ過ぎて遂にアルベルト閣下が頭を抱えてしまった。私としても変な問題を持ち込んでしまって本当に申し訳ないと思っております……。
「いい歳して女性の扱い方も知らんのか……」
「なにせ『剣馬鹿』ですものねぇ……」
ジークフリート様もヴィクトリア様も遠い目をしている。
「なので、せめて騎士団の中ではプロポーズするのを禁止するよう注意していただけないかと……」
「そんなもので良いのか?」
「……えっ?」
「王都に送り返すことも出来るのよ?」
アルベルト閣下もヴィクトリア様も心配そうにそう言って下さっているけれど、実力もあって、この領地を大切に思っている人を私の気分ひとつで辞めさせるのはいささか抵抗がある。本当に仕事の邪魔さえしなければそれで構わないのだ。
「それさえなければ大丈夫です。騎士たちとは良い関係を築いてるようですし、魔力なしでの実力が私よりも上の人は貴重ですから」
私も一度負けたことで自身の心の弱さに改めて気付けた。そのきっかけを作ってくれた団長殿を遠ざけるのは勿体ないという打算もある。
「そこまで肩を持つなら、とりあえずそれで行きましょう。レオナ、嫌になったらいつでも言ってちょうだいね」
「え、えぇ……。わかったわ」
この話題についてはここまでで、その後も公爵家の豪華なコース料理に舌鼓を打ちながら、色々な話をした。
ハンターギルドの本部があり、ギルド全体の運営を国から任されているウェスター公爵家であっても、やはり生粋の大貴族の方々には末端のハンターたちというのは身近な存在ではないらしく、時折質問を交えながら興味深そうに私の話に耳を傾けていた。
ブリジットたち夫婦だけでなく領主夫妻も、前領主であるジークフリート様も、その気になればきっと凄い人たちなのだろうというのは想像に容易いけれど、それを感じさせないくらい気さくに接して下さったのは私としてはありがたかった。
そんなこんなで終始和やかなムードで食事会を終えることが出来た。
翌月ウェスター騎士団を訪れてみると、私のお願いは恐ろしいほどに効果てき面だった。ラディウス殿が少し挙動不審で一切求婚されることがなかったのだ。
訓練に集中出来るようになって助かったのは確かだけれど、団長という立場の相手にここまで言い聞かせられるのだから、やっぱり公爵家の皆様は恐ろしいなと思わずにはいられなかった……。




