62.敗北
新たに任された指南役はハンターの活動を邪魔しないようにと、月末に行われることに決まった。つまりエルグランツと王都ではしごをするのだ。
そうして結婚披露宴から半月後、私はウェスター騎士団を訪れた。街中の移動だけで済むのは楽でいいなとしみじみ思う。
入り口の衛兵に話しかけて責任者のいる場所へと案内してもらう。このあたりは王都の時と何も変わらない。
案内された騎士団の一室で待っていたのは、三十台半ばくらいで濃い金の短髪の、背が高く筋骨隆々な男性だった。やはりマッチョでないと騎士団の責任者は務まらないのだろうか。
「パトリック様より指南役を任されました、レオナ・クローヴェルと申します。よろしくお願い致します」
「話は聞いているぞ。俺はラディウス・カーディル、此処ウェスター騎士団の団長だ。よろしく頼む」
「カーディル……」
どこかで聞き覚えのある家名だ、どこだったか……。
「王都でも指南役をしているのなら父デュランや兄イボルグにはもう会っているだろう?」
つい家名を口に出して考え込んでしまったせいで侯爵家の人間だとすぐに気付けなかったことがバレてしまった。ラディウス殿は「おいおい大丈夫か」と呆れと不安が入り混じった顔でヒントを出してくれる。
(そうか、デュラン・カーディル――騎士団総長閣下の家名と同じなんだ)
それはつまりお師匠様のお孫さんでもあるということを意味していた。身体の大きさといい、滲み出る強者感といい、その血筋がしっかりと受け継がれているようだ。
「総長閣下の御身内の方でしたか、大変失礼致しました……。生憎イボルグ様という方とはまだお会いしておりませんが、総長閣下にはいつもお世話になっております」
「む、そうなのか? 奴は第一騎士団の団長をしているのだが……」
私は素直に受け答えをしただけなのだけれど、ラディウス殿は意外そうにそう溢した。
いつも殿下が対応してくれていたのでこれまで意識してこなかったけれど、まだ他の団長と会ったことがないというのは確かに不思議だ。訓練には第一・第二騎士団の騎士も参加しているのに。
「それならいずれお会いすることになるでしょう。滞在は三日間だけですから、間が悪いのかもしれません」
「……まぁそういうこともあるか。ウチは武人の家系でな、王都で代々騎士団に関わってきているのだが、元の故郷は此処ウェスター領なのだ。その縁でこちらの騎士団の団長を務めさせていただいている」
「なるほど、得心が行きました。改めてよろしくお願い致します」
「うむ、この領地をより居心地の良いものとするため協力し合おうではないか! では、皆の元に案内しよう!」
そうさらりと言うラディウス様からはこの土地が好きなのだということが伝わってくる。少なくとも悪い人ではなさそうだ。
案内された訓練場には騎士たちがずらりと整列していた。その数は王国騎士団には及ばないまでも、いち領地の騎士団として見ればとても多い。
「毎月三日間、諸君らの訓練を見ることになったレオナ・クローヴェルだ。私もエルグランツで暮らす者として、共に領地のために働けることを嬉しく思う。よろしく頼む」
恐らく上からしっかり通達があったのだろう、私の姿を見ても皆表情を引き締めたままで、こちらを侮っているような雰囲気は一切ない。
「では早速実力を見させてもらおう。名前を呼ばれた者から私の元へ。それまでは各自訓練を開始しなさい」
私の訓練の仕方は王国騎士団の時から特に変更はない。まずは魔法なしで戦い、実力別に区分していく。
一人目の相手が剣を構える。
「さぁ、かかって来なさい」
「参ります!」
相手は右手に持った剣で、私から見て右から左へ薙ぎ払ってきた。
姿勢を低くしてそれを避けるが、少し遅れて左足での蹴りが飛んできていた。薙ぎ払っていた右腕も、更に真っすぐ後ろに振りかぶりなおしているのがわかる。
(おおっ!?)
それを見て思わず心の中で感嘆の声が漏れ出た。一人目から剣だけでなく体術も交えながら、畳みかけるように攻め立ててきている。とてもまともだ。
私は相手に踏み込みながら蹴りを右腕で受け止め、軸足になっている相手の右足の膝裏を、左足で手前に払った。
膝カックンで仰け反って半分宙を舞い、驚きの表情を浮かべながらもまだ振り下ろそうとする右手首を左手で掴み、こちらが右手に握った剣の柄を倒れた相手の喉元に突き付けてやる。
『おおっ……!』
わずかな間の攻防に、周囲にどよめきが走る。
「いきなり凄く攻めて来たわね、いい感じよ。貴方はB組ね」
「まさか初見でここまで綺麗に返されるとは……宜しくお願い致します!」
「えぇ、よろしくね」
幸先のいい出だしにウキウキしていると、ふと周囲の騎士たちとは違う方向からの視線を感じた。そちらに顔を向けてみれば、少し離れた領主の城の窓からブリジットがこちらを見ているではないか。
私が笑顔で小さく手を振ってみせると、向こうは驚いた顔をしつつも上品に笑って手を振り返してくれた。その私たちのやり取りに気付いた騎士たちがどよめいている。その反応から察するに、どうやらブリジットが訓練に興味を示しているのは珍しいことらしい。
その後も騎士たちの相手をしていくが、皆とても優秀だった。王都で何度したかわからない「剣だけで戦うな」という指摘を一切するまでもなく、全員が持てるもの全てを使って戦おうとしてくる。
ウィリアムたちのように負けそうになるところまではいかないまでも、優秀さの平均が高いと言えばいいのか、C組入りする者が全く出てこない。大変喜ばしいことではあるのだけれど、何か理由があるのだろうか。
昼の休憩時間、王都での初日とは違って人数的に時間に余裕があったので、みんなと少し話をしてみることにした。
「まだ全員の相手をしたわけじゃないけど、皆凄く優秀ね。どうしてかしら?」
真っすぐ褒められて騎士のみんなは気恥ずかしそうにしている。
「光栄です、教官殿!」
「それは間違いなく剣馬鹿団長の訓練の賜物ですよ!」
「剣馬鹿団長って……」
ここには団長は一人しかいない筈だ。私がそんな風に堂々と呼んでいいのかと戸惑っているのを見て騎士たちが今度は大笑いしだした。
「呼び名はアレですが、あの方の実力と熱意は本物ですよ!」
「剣の腕前ならば兄君よりも上と言われております!」
「そればかりで婚期は逃してしまったようですがね!」
こんな感じで冗談を言っても許される雰囲気が形成されているくらい、ここの騎士団は騎士たちと団長との距離が近いようだ。殿下を全員が慕い、敬っている特務とはちょっと違うけれど、これはこれで良いと思う。
「教官殿も戦い方がかなり団長と近いように感じましたが?」
「あぁそれはね、どうやら私のお師匠様は団長殿の祖父にあたる方のようなの」
「つまり前騎士団総長殿ということですか!?」
「おおっ!」「なんという……」
それを聞いてまたどよめきが起こる。
「厳しい訓練で有名だったと伺っておりますが……」
「そうなのかしら。私はそれしか知らないからわからないわ」
個人の感覚として厳しいというか、真剣に教えようとしてくれていると感じたのは事実だけれど、比較対象がないのでそれが具体的にどれ程のものかまではわからない。訓練なんて苦しくて当たり前だと思うし。
「前騎士団総長殿直伝の訓練を受けられるというのは有難いが……」
「これは俺たちも気を引き締めていかねばならんな……!」
「そうだそうだ!」
騎士たちはみんな息を呑み、顔を見合わせながらこれからの訓練に向けて気合を入れている。そこまで怖がらなくてもと思わなくもないけれど、真剣にやってくれるならそれに越したことはないので、変に余計なことを言って水を差す気はない。
「それじゃ午後も期待してるわよ」
『はっ! よろしくお願いします!』
それからもひたすら相手をし続け、日が傾く少し前くらいになってようやく全員の実力を確認し終わった。午後から相手した騎士たちも変わらず優秀で、結局全員がB組という結果に終わった。
「ほぅ、結局一人もクローヴェル卿に勝てた者はいなかったか」
「ですが皆優秀でした。団長殿の御指導の賜物ですね」
「俺にはこれくらいしか取り柄がないものでな。あいつらも『剣馬鹿』だと言っていただろう?」
そう呼ばれていることも知っているらしく、苦笑いを浮かべつつも特段嫌がっているような雰囲気は出していない。
「ふふっ、騎士たちと仲がよろしいようで」
「うむ。領地を共に守ると誓った大事な戦友だ、雑に扱っては父にも祖父にも怒鳴られてしまう」
ずっと笑いながら話していた団長殿だったが、ここでふとその笑みが消え、とても複雑そうな顔をしている。
「前騎士団総長殿を御存じなのですね」
「俺がまだガキの頃に引退して姿を消してしまったがな。……そんなことより卿に頼みがある」
「何でしょう?」
「俺も卿と戦ってみたい」
「それは構いませんが……」
「では行こう」
(急にどうしたんだろう……?)
笑みが消えてからやけに淡々と、少し強引な感じで話が進んで行く。廊下を歩きながら、私は団長殿の突然の変わり様に心の中で首を傾げていた。
訓練場に到着すると、騎士たちと戦い終わってから大して時間が経っていないからか、まだ沢山の者がこの場に残っていた。みんな私と団長殿が戦うのだと知ってすぐさま野次馬へと早変わりし始める。
「他の騎士たちと同じように魔力なしでの勝負でよろしいですか?」
「ああ……」
対峙した団長殿の顔からは今朝のような笑みは消え失せ、明らかにこちらを睨んできていた。その濃いグレーの瞳にはただの勝負などでは到底見ることのない強烈な敵意が籠められている。
何故ここまで睨まれてしまっているのだろうか。当然私にはそんな敵意を向けられるような覚えなどない。
とはいえこのような勝負事で遠慮する理由など何処にもない。ただ真剣に戦うだけだ。
「はじめっ!」
開始の合図と共に、団長殿が突っ込んでくる。
構え的に今日初めて戦った騎士と同様の私から見て右から左への薙ぎ払いだ。しかし大柄の団長殿の剣はサイズも大きく、剣の軌道も低かったのもあって屈んで避けることは出来ず、剣で受けるしかなかった。
『ガギィン!!』
(ぐっ……重い……!)
その恵まれた体躯から繰り出された攻撃の衝撃は凄まじく、防御したはずの私を一メートル以上軽々と弾き飛ばしてくる。
一撃、たった一撃で剣を握る右手が痺れ、今自分がどれだけの力で剣を握っているのかがわからなくなる。しかしわからないだけなら問題ない。とにかく握る手に全力を込めていれば取り落とすことはない。
「まだまだぁ!!!」
団長殿は尚も攻めの姿勢を止めずに距離を詰めてくる。
身体強化を使っていない状態でありながら、見た目からは想像もつかないほどの素早さで襲い来る団長殿。その圧力は今日これまで戦ってきた騎士たちとは比較にならず、まるでお師匠様を相手しているかのようだった。
(ほんと、まったく隙が無いところまで一緒ね……!)
ただ打ち込まれ続けるだけではいずれジリ貧になると判断した私は、リスクも覚悟の上で先程受けて吹き飛ばされたのと同じような薙ぎ払いを身体を捻って跳躍して躱す。空中にいる自分の真下を剣が通り過ぎたのが、背中や髪が剣の風圧によって引っ張られる感覚によって伝わってくる。
そのまま空中からの縦切りでの反撃を試みる。
ただそれも身体をくるりと回転させて軸をずらして回避されてしまう。更に回転ついでに放たれた回し蹴りを、着地後すぐにジャンプして両足で衝撃を受け止め、バネのように跳ねて距離をとった。
回避と反撃の応酬に周囲から驚愕の声があがる。
とにかく相手にペースを渡させないようにと、今度はこちらから攻め立てる。
立て続けに剣戟が響く――が、それでも相手は崩れない。団長殿は落ち着き払っていて余裕すら感じられる。
それを目の当たりにすると、嫌でも地力に差があるのだと伝わってくる。そのせいで刃がぶつかり合う音に焦りや苛立ちが滲み出始めているのが自分でもわかってしまう。
こうなってしまえば私が取れる選択肢はもう限られている。もう私に残された勝ち筋ははわざと隙を見せて、そこ目掛けて攻撃してくるところへのカウンター狙いくらいのもの。
もちろんそれすら狙わずにただ負けるなんてことは私自身が許さない。
打ち合いながら慎重にそのタイミングを計っていく。隙を作ってもちゃんと反撃出来なければ意味がないし、相手に攻めを躊躇させてもやはり意味がないのだ。
(――ここだ!)
私はここしかないというタイミングで相手の脇腹目掛けて力を込めた斬撃を放つ。しかしそれはすんでのところで防がれ、私にその威力に比例した大きさの隙を作りだした。
そしてすかさずその隙を突いて斬りかかってくる団長殿。
私は左足を軸にして上半身を大きく前に曲げてその剣を躱すと共に回転を加え、その勢いで右足を跳ね上げて、相手の側頭部目掛けて後ろ回し蹴りを放った。
『ガッッ!!』
しかし右のかかとに伝わってきた感触は思っていたものとは違っていた。この包まれている感じはつまり手で受け止められたということ。……カウンター失敗だ。
このレベルの実力者相手に失敗すればどうなるか、それはお師匠様との修業で嫌というほど経験している。
「うぐっ!」
すぐさま背中に二連続で大きな衝撃が走る。剣を握ったままの右の裏拳で殴られ、更に間髪入れずに蹴り飛ばされたようだ。
既に掴まれていた右足は解放されていて、そのまま地面を転がる私。
「……ふむ、経験も体格も勝っていればこんなものか。その細腕では正攻法で勝つのは難しい、ならばこちらは捨て身か反撃狙いに的を絞って待つだけで良い。――ただそれだけのことだ」
「げほっげほっ……お見事でした……」
蹴られた痛みに咳込みながら立ち上がり、素直に負けを認める。
――わかっていた。私は魔法がなければ「結構強い」止まりで、最強でもなんでもないことぐらいは。
しかしお師匠様の元を離れて以来、初めての明確な敗北に私は苛立っていた。悔しくて泣き叫びたい衝動を抑え、目の前の相手を睨みつけてしまいそうになるのを必死に我慢する。
(こんな器の小ささで、よく指南役なんてやれていたわね……)
勝てればA組と設定していた癖に、負けることが我慢ならないだなんていう己に嫌気が差す。樹海を巣立ってから大した障害もなく上手く行き過ぎていた驕りだろうか、自分に都合が悪いことを我慢するだけの心が成長出来ていないのではないか。
「次は魔法込みで全力で来い」
するとこちらが苛立ちを必死に抑え込もうとしているというのに、この男は更なる燃料を追加しようとしてくる。
全力など人間相手に出していいわけがない。しかし今の私はそれをぶつけてやりたいと思ってしまうくらいには苛立っている。これ以上余計なことは言わないでもらいたい。
「何故そこまでする必要があるのでしょうか? 勝負は決したはずですが」
「師匠と弟子、揃って逃げるのか?」
(――は?)
聞き捨てならない台詞に一瞬、耳を疑った。
「……今なんと?」
「お前もその師匠も、気に喰わないことがあれば逃げるのかと聞いている」
どうやら聞き間違いではないらしい。
私のことをどうこう言うのは構わない、しかしお師匠様を馬鹿にするのは私が許さない。お前は強く優しいお師匠様の何を知っているというのだ。
「泣きたければ樹海に引っ込んで好きなだけ泣けばよかろう。二人してピーピー泣けばそれなりに聞ける音色にもなるだろうよ」
どういうつもりかは知らないが、そちらが遠慮なしに苛立ちをぶつけて来るのであれば、こちらがぶつけ返したとしても文句は言うまい。お師匠様を侮辱したことを後悔させてやる。
「……良いだろう。相手してやる」
剣を放り投げ、右手の手甲を外していく。
「何故剣を捨てる?」
「刃を潰した物だろうと、全力で振るうならお前の身体など簡単に真っ二つに出来るからな。かといって強化すらしなければ私の力に耐えられずに壊れるだけ。資源の無駄にしかならない」
「なるほどな」
「――腹だ」
「……何?」
「死にたくなければ腹を守っておけ」
「何故そんなものに従わなければならない?」
「レッドドラゴンのように勝手に死なれては困るからに決まっている。せっかく煽った相手の実力を知ると同時に死ぬつもりか? 領地を守るんだろう?」
「言うじゃないか。……良いだろう」
改めて訓練場の中央で向かい合う。騎士の一人が間に立ち、開始の合図をするようだ。
――まぁ、それに意味なんてないだろうが。
「さっさと身体強化を使え。合図を聞いてからじゃどうせ間に合わんぞ」
「ふん、どうだか……」
そうは言いつつも男の魔力の反応は強くなっていく。腕組みの位置を下げたような姿勢で腹を守っているので、そこを殴ればとりあえず死にはしないだろう。
「では……はじめ――」
『ドゴォ!』
私は初めて魔物ではなく、人間を本気で殴った。
男は凄まじい勢いで吹き飛び、地面についても尚その勢いのまま転がっていく。
外周の壁にぶつかって死なないよう私は壁際に素早く回り込み、その身体を右足で受け止める。
「おぐぅ……!? ごえっ……がはっ……!」
ちゃんと腹は守っていたが、身体強化を全開にしていても衝撃に耐えきれなかったようだ。男の両腕が普通では有り得ない方向にひしゃげている。
「……反撃してこいよ」
男はゆっくりと首を振る。
「フン……」
私は男の正面に回り、骨の位置を強引に戻して治癒の魔法で癒してやる。
「うぐああああっ!」
これが最も手っ取り早く、そして確実に治せるのだから喚こうが知ったことではない。
私は治療を終えて粗く息を吐く男を見下ろしながら口を開いた。
「確かにお師匠様は逃げたのかもしれないが、そのおかげで私は今こうして生きていられている。ならば私があの人の分まで役目を果たせばいいだけの話だろう。違うか?」
真っすぐ睨み付けると、男は大きく溜め息を吐いた。
「……そうかもしれないな」
「なら何故煽った?」
「俺を放って鍛えもせずに姿をくらました癖に、ぽっと出の女の師匠になっていたことに嫉妬していた……それだけのことだ」
私よりも一回りは年上の大柄な男性が言うには少々女々しい理由に聞こえる。だがそれだけ子供心にお師匠様のことを尊敬し、成長を傍で見ていて欲しいと思っていたということなのだろう。例えどんな経緯であろうと、家族と離れ離れになってしまう寂しさについては私もそれなりに理解出来るつもりだ。
胸の内を曝け出して開き直ったのか、男はこれまでよりかは幾分すっきりした表情で仰向けで大の字に寝転んだ。
「……だが納得はいったよ、こりゃ鍛えたくもなるか」
「そうか。納得してくれたのならこれ以上私から言うことはない」
もう今日の私の仕事は終わっているのだ。観戦していた騎士たちに解散を呼びかけようと踵を返す。
「待ってくれ!」
すると男は勢いよく起き上がり呼び止めてきた。
「何だ?」
「惚れた。結婚してくれ」
「……馬鹿かお前?」
「ばっ!?」
素で反応しすぎたせいで向こうは言葉を失ってしまった。そもそもこんな状況でキリッと表情を引き締めてプロポーズされても全く格好が付いていないではないか。
おそらく痛みやらなんやらで気が動転してしまっていて正常な判断が出来ていないのだろう。これから毎月来ることになるのだ、今後のためにもちゃんと理解させておかなければ。
地面に座り込んだままの団長殿の目の前にしゃがみ込む。
「今日一日での貴方の印象は一言で言ってしまえば『煽り散らしてきた嫉妬深い剣馬鹿』なのですが自覚はないのですか? これで何故良い返事が返ってくると思うのでしょう、理解に苦しみます」
呆れと嫌味を一切隠さずにそう言い放つと彼はガクリと項垂れた。……本当に一体何を考えているのやら。
「見世物は終わりよ、解散しなさい」
立ち上がった私は騎士たちに呼び掛け、そのまま団長殿を放置してさっさと騎士団を去った。
あれだけはっきりと拒絶したのだから諦めてくれるだろう。
――しかしその予想に反して、まさか翌日以降も事ある毎に迫ってくるようになるとは、この時は思ってもみなかった。




