06.家族会議
約二週間後、新しく届いた魔道具の水晶玉を使って再度魔力の測定を試みたものの、その結果が変わることはなかった。
ホルガー先生は魔道具が壊れたことに関しては「気にしなくて良い」と言ってはくれているものの、その表情には僅かに動揺が見え隠れしていた。折角取り寄せたものがすぐに壊されたとあってはショックも大きいのだろう。
私はその日の夕食時にお父様から後で応接室にくるようにと言い渡される。なにやら話があるらしい。
部屋に入ると両親はどちらも真剣で、それでいてどこか不安気な顔をしていた。少なくとも良い話題ではなさそうな雰囲気にこちらも緊張してくる。
(なにか怒られるような事したかしら……)
前世の記憶を得てからはもう花瓶や壺を割ったりはしていない。これまでは何とも思っていなかったそれらも値段を意識してしまい、とても雑に扱えない物へと印象がガラリと変わってしまったので、傍を通る時はかなり気を遣うようになっている。
並んで座っている二人の正面に座ると使用人たちがお茶の用意をして退室していく。
部屋にいるのが私たち家族だけになってからお父様がゆっくりと口を開いた。
「家庭教師の二人から真面目で教え甲斐があると聞いているよ。しっかりと励んでいるようで何よりだ」
表情は相変わらず真剣ではあるけれど、その声色は優しい。
「教わるもの全てが新鮮なので、覚えることは多いですけどとても楽しいです」
素直に答えると、二人も嬉しそうに頷いてくれる。真剣な雰囲気の割に随分と普通の話題だ。
「あの……こういう話なら夕食の時でも出来たと思うのです。わざわざ呼び出したのには何か理由があるのですよね?」
私がせっかちなだけかもしれないけれど、家族なのだからそこまで勿体ぶらなくても良いのではないか。
「そうだね、本題に入ろうか。今日話がしたかったのはレナの魔力についてなんだ」
「私の魔力ですか?」
「――あぁ。今日も魔力測定用の魔道具を壊しただろう?」
「は、はい……」
ホルガー先生は気にしなくて良いと言っていたけれど、やはり高価なもので弁償するのが家計の負担になってしまったのだろうか……。
「あれが直視出来ないほどまばゆく光って、そして砕けるなんていうのは前代未聞なんだそうだ。レナがそれだけ規格外の魔力を持っているということらしい」
「さっすがレナちゃん!」
少し間が抜けてはいるけれど、お母様も褒めてくれる。
……しかしただ喜ばしいだけならこんな雰囲気にはならないはずだ。
「魔力が多いのは良いことだけではない……と?」
「それ自体はとても良いことなんだ。レナが訓練を怠らなければ将来は誰よりも優れた魔法の使い手になれる。ただ、それをどう使う――いや、『どう使わされるか』が問題なんだ」
なるほど、少し話が見えてきた。魔力目当てに周りが私に干渉してくるということだろう。
「その使わせようとしてくる相手は、うちよりも上の身分の貴族ですか?」
お父様は頷く。
「正確には『王族を含めた国ぐるみ』で、だ。強力な魔物が出現すれば討伐に駆り出されるだろうし、もし仮に他所の国と戦争が起こればそれにも参加させられるだろう」
その思っていた以上に物騒な内容にぞっとする。
(戦争って……私の望む平穏な生活とは真逆じゃないの!)
それに地味に魔物がいるというのも初めて聞いた。魔法があって魔物もいるとなると、前世からすればもう完全にファンタジーの世界だ。
「――レナはどうしたい?」
「え……?」
「もしレナが名誉もしくは国への奉公を尊ぶのであれば、学園でその力を示せば良い。そうすればすぐにでも国は取り込むよう動くだろう。卒業後も王都で暮らすことになるだろうから僕たちとしては寂しいけれど、親としてはとても名誉なことだ」
「逆に、その気がないなら学園でも隠しちゃえばいいのよ! 明かすにしても、隠すにしても、どちらでも私たちは協力するわ!」
両親はあくまで私の意思を尊重し、どちらを選ぼうと味方でいてくれるようだ。本当に優しい両親の元に生まれて幸せだと心から思う。
私はそんな大切な人と、戦いとは無縁の場所で平和に過ごしたい。
――なら答えはひとつしかない。
「魔力は隠して生きていきます。どうかご協力お願い致します」
即答だった。
私がそう返事したことで両親はほっとしたようだ。それも当然か。最初は剣を握ることにすら反対していたのだから戦争なんてもっての外だろう。
「とりあえず今後の方針は決まったけれど、何が起こるかわからない。普通の令嬢ならばともかく、レナは戦えるようになっておいた方がいいのは確かだ。もう反対する気持ちなんてこれっぽっちもないから、剣も魔法も頑張りなさい」
「わかりました」
私も真面目な顔で頷き返す。
「……それにしても、レナが急に剣を習いたいなんて言い出したのはこうなるのを予想していたからなのかい?」
話がひと段落したからか、お父様が若干気の抜けた様子で尋ねてくる。確かにタイミングが良すぎたので、そう思われるのも仕方ないのかもしれない。
「いいえ。将来に備えるという意味では同じですけれど」
両親は揃って目を丸くして、頭上に「?」を浮かべている。
「私もお母様に見た目がそっくりですから、きっと学園に入学すると浮ついて面倒事を持ち込んでくる輩が出てくるのではないかと思いまして。自分で荒事に対処できるようにしておきたかったのです」
「あらあら……!」
「お母様は学園ではモテモテだったのでしょう? アンナが言ってました。男子が群がってきて苦労されていたって。……その群がってきた男子の中にお父様もいたとか」
私が揶揄うように視線を送ると、お父様は真っ赤な顔を両手で覆って俯いてしまった。
「んふふふふふ……」
その様子を見ていたお母様が堪えきれずに笑い出した。
「そうよぉ~! この人ったら本当に諦めが悪くって~! この人のやったことレナちゃんも聞きたい?」
無邪気に笑うお母様は本当に可愛らしい。女の私が言うのだから間違いない。
「まさかの藪蛇だった……」
お父様が最初こそ小さな声でそう嘆いていたけれど、お母様に学園での様子を全てバラされる頃には羞恥で燃え尽きたように真っ白になってしまっていた。
それにしても話の中のお母様のモテっぷりは凄まじいの一言だった。そのお母様にそっくりな私が将来学園でモテると両親が確信しているのも当然だと思ってしまうくらいには。
前世であんな経験をした私としては、お母様もよく今まで無事だったなと思わずにはいられなかった。けれどそれはこの世界には身分制度があるからかもしれないし、ただお母様が凄いだけなのかもしれない。
……要するに良くわからないので、私も変に気を抜かずにこれからも頑張っていこうと思う。
◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇
翌朝からの剣の稽古はなんと警備隊長さんが付いてくれるようになった。これまでは平の警備兵さんだったので、お父様の本気度が伺える。
しかしまだ身体づくりの基礎トレーニング以外は素振りしかしていない素人に付けるには豪華すぎるのではないだろうか……。
この稽古の時間とダンスの授業中だけは身体強化の魔法は使わないようにしている。生身の筋力でどの程度動けているのか把握しておきたいからだ。
それでももちろん魔力の成長のためには魔力を消費しなければならないため、直接運動に影響のない魔法は使うようにしている。
『強化』の魔法のうちの一つで、免疫力、抵抗力を高める『抵抗』の魔法だ。両親が使っていると言っていた魔法でもある。
毒薬や痺れ薬といった身体に害のあるものに耐性をつけることが出来るというもので、仮に即死しなくとも、これらを利用する悪意ある者の前で動けなくなってしまえばそれだけで悲惨な結末を迎えかねないので、私は特にこれを重要視している。
イメージの補助のために、そういった薬を極少量とはいえ薄めて飲まされたのは衝撃的だった。貴族なら皆やっていることで安全だと頭では理解していても不安なのはどうしようもない。
まぁそのぶんちゃんとイメージの役に立ってくれたので、何でも経験してみるものだ。……とはいえ魔法の出力がそれなりに成長するまでは防御効果も充分ではないので、まだまだ油断するのは早い。
ブレンダ先生の授業はいつも通りだ。正直に言うと教わる科目は私にとっては優先順位が低いものばかりで身が入りづらいのだけれど、貴族の一般教養なので後々躓いたりすることのないように一応頑張ってはいる。
そして今日のホルガー先生の座学は魔物についてだった。
魔物は数百年前に突如出現したと言われており謎が多い存在なんだとか。生き物と呼んで良いのかすら定かではないらしく、本当に何もない所から突如湧き出てくるのだという。湧き出てくる魔物の種類については地域で多少の偏りが見られるそうだ。
その体は内臓までしっかり存在しているにも関わらず、生きるために物を食べたり、眠ったり、繁殖行動を取ったりといった生き物らしい行動は一切しない。
では普段何をしているのかというと、野生の生物に近い魔物の場合は元になった生物の習性を一部模倣し、そうでないものは独自の行動サイクルで活動しているらしい。どちらにしても人間を好んで狙うだなんて、なんという傍迷惑な存在だろうか……。
そのためこの国には人類の敵として魔物と戦ってきた長い歴史があり、貴族の戦闘集団である騎士団や平民の魔物狩りの職業であるハンターが日々活動して国を守っているのだそう。私の魔力がバレたらこの騎士団に入れられるということだ。
私は身を守るための力は欲しくても自分から戦いたいだなんて思わない。変な男も、魔物も、私に関わってくるんじゃない。
◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇
魔法の授業も少し戦闘を意識したものに変わってきた。
「魔法は自由なイメージから生み出されるものであるから、その有り方も自由。以前にも言いましたが、そのイメージする力が強いほど強力なものになるのです」
そう説明しながら、先生は火の玉を宙に浮かべた。
「しかしイメージする力というのは、ただ頭の中で考えるだけのものではありません。例えば……そうですな、この火の玉を狙った所に飛ばす魔法にしましょう」
先生が私の正面から少し外れた位置に移動しようとすると、火の玉は先生の前の位置を維持するようにその後を追いかける。
立ち止まった先生はただ真っすぐ立っているだけの状態で、手すら上げていない。
「危険ですから下手に動かないように」
そう言い終わったあと、一呼吸おいてから火の玉が前方に撃ち出され、五メートル程進んだところでフッと跡形もなく消え失せた。
「今のは特に何も工夫していない状態です。――では次はどうでしょう」
先生は今度は右手をかざして火の玉を出し、野球のピッチャーのように力強く振りかぶって投げた……というか撃ち出した。
「何か違って見えましたか?」
「さっきよりも飛ぶスピードが速かったですし、火も心なしか力強かったような気がします」
先生はにっこりと頷いた。
「そうでしょう! 撃ち出す動作を入れることで手元にある火の玉と、それを前に飛ばすイメージがより鮮明になったのです。さて、次は――」
また先生は今度は右手をかざして火の玉を出した。
『火球』
そして同じように振りかぶって手元を離れる瞬間、先生が大きな声で魔法の名前らしき言葉を口にした。そう呼ばれて撃ち出された火の玉は撃ち出される前よりも明らかに大きさが増していたように思う。
「今度はどうでしたかね?」
「火の玉が大きくなっていました!」
私がすかさず答えると、先生はとても満足そうに頷いた。
「うむ! 魔法に合った名前を呼ぶことで更にイメージがしやすくなったわけですな。このように声に出したり、動きを付けるとイメージの補助が出来るのです」
「魔法の名前はどうやって決まるのですか?」
「魔法は自由なものですから本人が望むように付けて良いのですよ。ただ直感的にわかりやすいものにしておいたほうが無難ではあります。でないと名付けた本人にすらイメージの補助にならない場合もありますので」
つまり厨二病を発揮しすぎない程度に、ゲームやマンガで使われていそうなカッコイイ名前にしたり、動きをつけても良いということだ。
(……何それ超楽しそう!)
「今日のところは将来的にどんな魔法を使いたいか、それがどんな名前でどんな動作をすればより良いものに出来そうかというのを考えてもらいましょうか」
「私だけの魔法……!」
「ふっふっふ……お嬢様はどんな魔法を使うのか、儂も楽しみですよ」
わくわくが抑えきれない私を見ながら、先生は心底楽しそうに笑った。