59.再会
案内されてきた控室には既に着飾った男女が椅子に掛けていた。
「王太子殿下の命により、パトリック様、ブリジット様ご両人をお守りするべく馳せ参じました、特務騎士団の者です。本日は宜しくお願い致します」
私たちは揃って膝をつき、ハロルドが先程までの軽さを微塵も感じさせない真面目な調子で挨拶をする。同一人物であることを疑ってしまうくらいには落差が酷い……。
「クリスが寄越してくれたのは其方たちか。彼の心配性に付き合わせてしまって済まないな、よろしく頼む」
そう言って爽やかな微笑みを浮かべるパトリック様。私や殿下、ブリジット様より四歳年下で、淡い黄緑色の短髪にワインレッドの瞳の好青年だ。
背は私と同じくらいだろうか。魔物と戦ったりといった肉体労働に従事していないからか、とても身体が細く見える。私の周囲にはまったく居ない文系タイプだ。
そして、その横に座っているのがブリジット様。パトリック様の瞳の色に合わせてか、ワインレッドのドレスに身を包んで静かに佇んでいる。
昔のボブヘアーから更に髪を伸ばしているようで、焦げ茶色の髪を編み込んで複雑に結い上げており、その暗めの髪色や衣装によって金色の瞳が一層際立ち、彼女の高潔さを引き立たせている。
昔のぷりぷり怒っていた可愛らしい少女とは違う、触れたら壊れてしまうのではないかと思えるほど繊細で、研ぎ澄まされたような美しさを持つ大人の女性がそこに居た。
(ブリジット様、一段と綺麗になったわねぇ……。やっぱり赤系の衣装が似合うわぁ)
そうやって成長した友人をしみじみ眺めていると、ふと目が合ってしまう。
「……貴女、どうして顔を隠しているの?」
確かに仮面は目立つとはいえ、まさかいきなり興味を持たれてしまうとは。敵意がないのは理解していても、その落ち着き払った声には確かに何ともいえない圧があり、レベッカたちがあぁ言っていたのもちょっとわかる気がする。
「生まれつき光に弱いものでして。見苦しいものをお見せして申し訳ございません」
「ご安心ください、こう見えて彼女は騎士団内で一番の実力者ですので」
ちゃんと事前に考えておいた設定で誤魔化したのに、何故かハロルドまでフォローしてくる。
「ほぅ、それで一番とは興味深いな」
「そう。頼りにしているわ」
「勿体無いお言葉でございます。全力を尽くさせていただきます」
十年来の友人が今、目の前にいるのだ。たったこれだけの会話だけでも私の心は簡単に浮足立ってしまう。
駆け寄ってその手を取り、仮面を外して「私だよ」と笑い掛ければ、きっとすぐに気付いてくれるだろう。子供の頃から更に綺麗になったその顔で、以前のような可愛らしい笑みを浮かべてくれるはずだ。
しかし今の私は任務中であり、彼女にとっても大事なイベントが控えているところなのだから邪魔をしてはいけない。今は我慢するしか……。
(くぅ~歯痒い……!)
そうして披露宴の時間までの待機時間中をずっと、緩みそうになる口元を引き締め、ぐっと奥歯を噛んで湧き出る衝動を抑え込んで過ごすこととなった。
◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇
挨拶を済ませ、披露宴の会場に移動する。
二人の傍にはウェスター騎士団の人間が護衛に就くようで、なんとも言えない位置に配置される私たち。恐らく面子の問題もあるのだろう。
「ここだと二人の護衛だって言っているのが何だかおかしく思えてしまうような位置ね……」
「もうこれ実質立ち見席でしょ。気を抜かなければ招待客と一緒に楽しんでいいヤツすよ」
「……そうさせてもらいましょうか」
とはいえちゃんと警戒は怠っていない。身体強化は常に全開だし、いつだって『旋風』で二人を守れるようにしている。気分は早撃ち勝負中のガンマンのようだ。矢一本どころか針一本すら通しはしない。
「ねぇハロルド、ブリジット様は学園ではモテてたの?」
披露宴が始まり、周囲の意識がそちらに向いているのを良いことに、隣に立つハロルドに小声で話し掛けてみる。ハロルドは私や殿下よりひとつ年上で、ミーティアたちが入学するよりも前から学園にいるので少し物の見え方が違うかもしれないし。
「見ての通りの美人っすから人気はあったっすね。ただ『女傑』に近づける度胸を持った男はかなり限られてたっつーか……。そんな状況でまともに挑んでたのは、俺と同学年だったロートレック子爵のとこの御子息くらいっすかねぇ」
「ロートレック子爵って……あぁ、例の臆病領主か」
「そっす。だいぶ熱心にアプローチ掛けてましたけど、それでも全く靡いてなかったっすね。言うほど優秀な奴でもなかったし、俺から見ても釣り合ってなかったから仕方ないんじゃないすか」
「貴方にそう言われてしまう程度の男が『女傑』の侯爵令嬢に何度もアタックって随分と怖いもの知らずじゃない? 本当にあの臆病領主の息子なのかしら……」
私もあそこの領主の臆病っぷりは知っているので、その様子が全くイメージ出来ない。遺伝子が仕事をしていないのではないか。
するとハロルドはくつくつと笑って、好奇心を前面に打ち出してこちらを覗き込んでくる。
「めちゃくちゃ辛辣でウケるんすけど。ブリジット様のことになるとマジになる感じすか?」
「……否定はしないわ。他に執心していた男性はいなかったの?」
姿勢を変えず前を向いたまま、そんなハロルドに『ちゃんと前を見て見張りなさいよ』と手で促しながら答える。
大人しく従って姿勢を戻した彼だったが、相変わらず楽しげで、とてもリラックスしているように見える。そんな一見不真面目そうな態度でありながら、それでいてしっかりと警戒は怠っていないであろう辺りが食えない男である。
「そっすね。それ以外にそこまで印象に残るようなのは居なかったっす。俺らが卒業したら入れ替わりでパトリック様が入学されたはずなんで、それ以降はもう居ないんじゃないすかね」
「なるほどね。ちなみにその子爵令息、この会場にいると思う? 私まだ貴族の顔と名前が全然一致しないから見てもわからないのよ」
本当なら私も判別出来るようにならないといけないのは重々承知している。しかしいざ覚えようとしても右から左に抜けてしまい、どうも頭に入ってこなくて困っている。実際に訓練で顔を合わせる騎士たちなら、たとえ人数が多くても覚えられるのに不思議なものだ。
「あぁ~まず間違いなく国内の全ての領地に招待状出してるだろうし、次期領主様相手だから送り出す側も世代を合わせてきてると思うんで可能性は高いっすね。なんせ隣の領地なんで」
「ならちょっと探してみてくれない? この結婚を嫌がってそうな男ってことで個人的にマークしておきたいの」
「了解っす!」
ただ漠然と護衛するよりかはそちらの方が私としてもやりやすい。かといって全員に周知するほどのものでもないはずだ、私一人で事足りるだろう。
「あーいたいた、居ましたよ。一番左奥のテーブルの眼鏡っす」
「どれどれ……」
ハロルドの言う通り、やけに遠い場所に案内されているロートレック子爵令息。やはりブリジットに嫌われているのではないだろうか……。
子爵令息は背が低く眼鏡をかけた、髪をピッチリとオールバックにした色黒マッチョといった感じの風貌で、輪郭から顔のパーツから何から全体的に四角くてとても特徴的だ。もっと陰気なストーカーのような見た目をしているかと勝手に想像していたのに随分と印象が違う。
(うーん、人の外見にケチを付ける気はないとはいえ……)
あれは自分のことが大好きで、繰り返しアタックする自分に酔うタイプではないだろうか。私の前世の経験がそう言っている。
「私の想像なんだけど、彼って普段もっと自信満々なタイプじゃない?」
「そっすね。テンション高くて目立ちたがりで、白い歯が眩しいタイプっす」
(やっぱりか……。これは危なそうかも)
今の彼は思い詰めているというか、二人を睨んでいるようにも見える。
自分に酔うタイプは断られても思い込みが激しく、『こんなに愛している自分をいつか受け入れてくれるはず』とヘコたれない。
けれど何かの拍子でそれが崩れると一気に攻撃的になってしまうタイプでもある。その矛先が夫婦のどちらに向かうかまではわからないけれど、警戒が必要そうだ。
私は気を引き締めて奴の一挙手一投足に集中する。
◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇
しかし結局ロートレック子爵令息は披露宴が終わるまで大人しいもので、特別何か不審な動きをしている様子はなかった。私が本気でマークしていたのだから間違いない。
(流石に公爵家に喧嘩を売るような真似はしないか……)
家の格が違いすぎるし、常識的に考えればそれが普通なのだろうけれど、少し肩透かしを喰らった気分だった。
招待客が新郎新婦に別れ際の挨拶をして次々と退出していく。
「――失礼。やぁハロルド、すまないが手洗いはどこかな?」
するとなんとロートレック子爵令息が向こうからこちらに話しかけて来た。おそらく学友だったハロルドになら尋ねやすいと思ったのだろう。
ハロルドがこちらを見てきたので、私も頷き返す。
「ご案内して差し上げて」
「了解。……こちらです」
ハロルドは私がマークしていたことを知っているので、これならそのまま彼を見張りつつ玄関まで送ってくれるだろう。私は二人の後姿を見送ったあとは他の招待客に目をやりながら帰りを待つことにした。
そして数分後には問題なく帰って来たので、二人して安堵の息をついたのだった。
◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇
披露宴後の控えの部屋には最初、ウェスター公爵領とルデン侯爵領、両方の領主一族の方々が集まって新郎新婦にお祝いの言葉を贈り、今後の領地間のやり取りについてなどの話で盛り上がっていた。
それもしばらくして落ち着き、「後は若い者たちだけで楽しむと良い」と皆さまは殿下と挨拶をして先に退室され、私たち護衛の者と殿下、そして次期領主夫妻だけが部屋に残された。
「パトリック、ブリジット、結婚おめでとう。これからも宜しく頼む」
「勿論だ」
「こちらこそ宜しくお願い致します、殿下」
同じ世代の人間しかいないだけあって先程よりも随分と気安い雰囲気だ。……といってもブリジット様の落ち着きっぷりはあまり変わらないけれど。
「そこで今日はお祝いといっては何なのだが――パトリック、ちょっと良いか?」
「ん?」
すると殿下がパトリック様に手招きをして、耳打ちを始めた。
最初は静かに聞いていたパトリック様だったが、途中で驚きに目を見開いて、ちらりと私を見た。どうやら殿下は私のネタばらしをしているようだ。その後もパトリック様は楽しそうに頷きながら殿下の話に耳を傾けている。
耳打ちを終えて満足げな殿下の隣で、パトリック様がブリジット様の方に向き直る。
「ブリジット、悪いがクリスと男同士でまだ話がある。先に部屋に戻って着替えてから、このような部屋ではなく、ちゃんとした場所でゆっくり話が出来るよう準備を頼みたい」
「あら、私は仲間外れですか?」
とても嫌そうだ。扇子で口元を隠しつつ、その金色の瞳でじっとりとした視線を送っている。
「すまない。後できちんと話すし、君もきっと喜んでくれるはずだから」
「……わかりました」
ブリジット様は渋々といった様子で立ち上がった。
「――殿下」
「どうした?」
「パトリック様に変な遊びなど教えでもしたら承知しませんからね……?」
「……ッ!?」
ブリジット様が殿下をきつく睨み付けた瞬間、この部屋の空気が一気に張り詰めた。彼女の底冷えするような冷たい視線とプレッシャーに、傍にいた私たちまで縮み上がる。
(うひゃ~……!)
これは怖い……。このやり取りに直接加わっていなくて良かったとすら思えた。私でこんな状態なので、レベッカとミーティアの怖がり具合は更に酷い。もう二人して顔面蒼白で震えあがっている。
「あ、あぁ……。違うから安心してくれ……」
これには流石の殿下も少し気圧されているようだ。というかむしろ直接睨まれておいて少しで済んでいるだけ凄いと思う。
「それではお先に失礼します」
そう言って彼女は圧を消し去り、披露宴の疲れを微塵も感じさせない綺麗な姿勢で使用人を引き連れて退室していった。それを見届けた殿下はゆっくりと安堵の息を吐いている。
「……寿命が縮まるかと思ったよ。『男同士で』などと言うからだ、席の外させ方が雑過ぎるだろう……」
「すまない、少々強引だったから疑われても仕方なかったな……。――それにしてもだ」
苦笑いを浮かべていたパトリック様がこちらを真っすぐ向いた。その目は好奇心で満たされていて、これまでよりかはいくらか年相応に見える。
「其方がブリジットの話の中に何度も登場していた『レナさん』か。例の事件で亡くなったと聞いていたが、まさか生きていたとは……!」
パトリック様と出会ったのは、私が『火竜事件』に巻き込まれて死んだとされるよりも後のはずなのに、それでもしっかり私のことは話していたようだ。とてもブリジット様らしい。
「お初にお目にかかります、パトリック様。ヘンリー・クローヴェルの娘、レナ・クローヴェルと申します。ですが今はS級ハンターとして女男爵のレオナ・クローヴェルと名乗らせて頂いております」
「レッドドラゴンを瞬殺出来る力量があるのなら、その腕前は騎士団で一番どころか王国……いや、世界で一番というわけだな」
私の言葉に頷き、ハロルドに「そうだろう?」と同意を求めるパトリック様。視線を向けられたハロルドも何故か嬉しそうに頷いている。
「パトリック、先の行方不明事件も彼女が先頭に立って解決してくれたのだ」
「おぉ、アレもか! ……こうして会う前から、このウェスター領に力を尽くしてくれていたこと、公爵家を代表して感謝するよ」
「勿体ないお言葉です。私こそエルグランツの人々には良くして頂いておりますので」
「そうかそうか。……うむ、ブリジットのことも含め、其方とは仲良くやっていけそうな気がする。宜しく頼む」
「畏れ入ります」
さすがは『女傑』を見初めたお方とでも言うべきか。自信に満ち、堂々としていて落ち着いておられる方だ。とても年下とは思えない。
それからしばらくパトリック様の質問に答える形で会話は続いていく。
「――さて、一通り挨拶も済んだことだし、そろそろ彼女と会ってくるか? 今なら応接室に居るだろうから、二人で再会の喜びを噛み締められるぞ」
「よろしいのですか……?」
「おそらく大泣きするはずだ、本人もそのような姿を他人に見せたくはないだろう」
「パトリックもやはりそう思うか……」
「あぁ。話を聞くだけでどれだけ『レナさん』を慕っているのかが伝わってきたからな」
私も、殿下も、パトリック様も、揃って苦笑いを浮かべる。あれだけ『女傑』の姿を見せられておきながら、全員がまったく同じ認識を彼女に抱いているのだからもう笑うしかない。
「では、お言葉に甘えて。行ってまいります」
「彼女が落ち着いたらまた教えてくれ。皆で話そうじゃないか」
「畏まりました」
◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇
使用人に案内されて応接室までやってくる。
扉を開けてもらうまでは良かったが、中に入ってもお酒や軽食の準備をしている使用人しかおらず、ブリジット様の姿はどこにも見当たらない。
「あら? ブリジット様はどこかしら」
「若奥様はこういう時にはすぐに行動されるお方ですので、珍しいですね……」
案内してくれた使用人も不思議に思ったらしく、他の者に状況を聞きに行ってくれた。しかし戻ってきてもその表情はまだ晴れてはいない。
「お召し替えに戻られる際に指示を出してから、まだ一度もこちらには来られていないようです」
「そう……ならここで待たせてもらおうかしら」
『ガタン!』
『――――――!』
(ん……?)
普段から出力を弱めながら聴力強化を使用している耳が、内容まではわからないものの結構な大きさで誰かが怒鳴っている声を拾った。私がここまでに歩いてきた道よりも更に奥の方から聞こえてきているようだ。
このお屋敷の中で初めて感じた騒々しさに異常性を感じ取った私は使用人に問いかける。
「ブリジット様のお部屋はどちらに?」
「え、あ……ここを更に奥に進んで三階の突き当りですが……」
使用人が示した方向は先程の音がした方向と同じだ。やはり何かが起こったのではないだろうか。
「その方向から何やら大きな音と声が聞こえた。何か異常事態が起こっている気がするの。私は急いでそちらへ向かうから、その旨をパトリック様たちに伝えなさい」
「は、はい! かしこまりました!」
私は教えてもらったとおりに階段を駆け上がる。その途中で目的地の方向からの魔力の反応が強くなった。誰かが強く力を込めて魔法を使ったようだ。
そして三階に出て廊下の奥に目を向けると、警備の者たちが倒れているのが視界に入って来た。
「――――ッ!」
(やっぱり……! ブリジット様!)
私はすぐさま廊下の窓から、全ての騎士団共通で用いられる緊急を示す信号の光を魔力で作りだして外に放ち、身体強化を全開にして全速力で廊下を駆け抜ける。
警備員が倒れている場所で急ブレーキをかけると、部屋の中で黒ずくめの不審者たちがこちらに背を向けて魔法の風の壁を半円状に取り囲んでいた。先程の魔力の反応はこれのようだ。
「どっけえええええっ!」
「ぐわっ!?」
「何だ!?」
構わずその人の壁に突っ込み、進路上に居た数人を弾き飛ばして、更には魔法の風の壁すらも突き破って取り囲まれていた人物の隣に背後を振り返りながら滑り込む。
私に突き破られた壁が消滅して視界が明るく開けていく。取り囲まれていたのはやはりブリジット様だった。怪我もないようで本当に良かった……。
「貴女……っ!?」
こちらの姿を認識したブリジット様が驚きの声を上げる。しかしまだ再会に喜んではいられない。
体勢を整え立ち上がり、彼女を取り囲んでいる者たちを睨みつける。黒ずくめの男が……十五人、そのうち何人かは部屋の端で侍女らしき女性たちを組み伏せて拘束している。
そして見覚えのある男がもう一人――――。
「ロートレック子爵令息、何故ここにいる? 貴様は今、何をしているのか理解しているのか?」
「邪魔をするな! ブリジットは僕が妻として貰い受けるのだ! 」
まさか披露宴が終わってからだとは思わなかったけれど、やはり私の予想は間違っていなかったようだ。大人しく諦めて別の相手を探せば良いものを。
というかどの口がブリジット様を呼び捨てにしているのだ。私ですらしていないのに、お前如きが彼女を呼び捨てるなど許されるとでも思っているのか。
「……ふん、身の程を知らぬ愚か者が。父親と同じく屋敷で縮こまっていれば良いものを」
「やかましい! あんな根性無しと一緒にするな! お前たち、あの女を殺せ!」
その一声で黒ずくめの男たちが臨戦態勢に入る。それを見て傍に立つブリジット様の身体が強張るのを感じた私は、彼女のその細い腰に右腕を回して抱き寄せ、視線は前を向いたまま優しく囁くように話しかける。
「……大丈夫よ。絶対に守るから安心して」
「……ッ!?」
十年前フォレストバットから守った時にも言った言葉。はっと息を呑んでいる彼女は果たして気付いてくれただろうか。これだけで気付いてくれたら嬉しいな。
「やれーっ!!」
子爵令息の合図で黒ずくめの男たちそれぞれが種類も、威力も、発動タイミングもバラバラな魔法を撃ち出してくる。彼らの中身は位の低い貴族か、もしくは魔法の使える平民を少し訓練させた程度なのだろう、日頃から騎士団の人間の動きを見てきている私はそのあまりのお粗末さを鼻で笑う。
『旋風』
顎を少し持ち上げ、フッと軽く息を吹いて作り出した風の壁がそれらを容易く弾いた。きっちりと発動させる必要がないほどに力の差は歴然だった。
こいつらを殺すのは容易いが、それではいけない。ブリジット様を傷つけようとした罪はきっちりと償わせてやる。そのために手加減してやるのだから感謝して欲しいくらいだ。
左腕を持ち上げて握り込み、作り出した雷の魔力を纏わせた手を前に出し、指をパチリと弾いた。
『伝播する稲妻』
「んぎぃ!」
「あがっ!」
「あばばば!」
一筋の青白い雷光が目の前の男たちを次々と痺れさせ、無力化していく。相手は誰ひとりとして防御のための魔法すら使わずに倒れてしまった。あまりにも張り合いがなさすぎる。
「風の壁……稲妻の魔法……まさか、そんな……!」
目の前の出来事から予想される、彼女にとってはあり得ない状況に震えながらこちらを見上げるブリジット様。そんな彼女に対してようやく私は仮面を外して微笑みかける。
「ブリジット様、無事で良かった……!」
「レナ……さ……」
泣いて喜んでくれるかと期待していたら、ブリジット様は目を閉じ、抱き寄せていた身体から急に力が抜けた。
私は慌てて彼女を抱き上げる。
「へっ!? ちょっ……! ブリジット様!?」
「これは一体どういうことだ!?」
そこにちょうど使用人から話を聞いたパトリック様たちが部屋に駆け付けてきた。
「ブリジットは!?」
「無事怪我もなくお守りしましたが……正体を明かした途端、驚きで気絶してしまわれまして……」
私も予想外の反応に戸惑っていることを説明すると、パトリック様と殿下は揃って目元を片手で覆い、天を仰いだ。




