58.親友
翌月、またいつものように騎士団へと向かう。
ミーティアたちとも無事仲良くなれたことだし、他の騎士たちも私を嫌っていないと教えてもらったので思い切って積極的に話しかけるようにしてみると、これまで悩んでいたのが馬鹿らしくなるくらいに皆と打ち解けることが出来た。
だからといって訓練中に手は抜いたりはしないけれど、それでも向こうから質問や相談をしてくれたりといった、ただ対面で相手をする以外でのやり取りが増えていった。中にはハロルドのように普通に雑談をするようになった者もいる。
――正直、とても楽しい。
エルグランツの住民たちとはまた違うコミュニケーションの形として、訓練を通して騎士たちとの触れ合いを楽しんでいる自分がいる。それは階級を気にしない騎士団だからこそなのかもしれない。
そんな楽しい訓練を終えて殿下の元へと報告に向かうのみとなった。今回は先月のように訓練よりも前に呼び出されはしなかったので緊急の任務はなさそうだ。
「今月もご苦労だった。騎士たちともかなり打ち解けられたようだな」
「畏れ入ります。先の任務で彼女たちとしっかり話す機会があったことが、結果的に良い方向へ作用したようです」
あの任務がなければ私はまだ独りでウジウジ悩んでいたことだろう。特に間を取り持ってくれたレベッカには感謝しないといけない。
「それだけコミュニケーションは大事だということだな。――さて、今回君に参加してもらいたいのは結婚披露宴での護衛任務だ」
「護衛任務ですか、今となっては懐かしいですね」
今月は緊急ではないというだけで特に何もないわけではなかったようだ。基本的に私は回転重視で期間が厳密に定められているタイプの依頼は避けているので、護衛と呼べるようなものはS級になる前にカイルに付き合った時以来になるだろうか。
「騎士にとって護衛は通常業務なのだが、君の場合はそうかもしれないな。確実に何かが起こるとも限らないので、そういう意味では気楽な任務だ。もちろん護衛対象が次期ウェスター公爵夫妻なのだから失敗なんてものはあってはならないのだが」
ついこの間の女子会で話に出てきた公爵家か、それは大物だし責任重大だ。その結婚披露宴ともなればきっと大勢の人が集まることだろう。
「そういった警備や護衛は現地の騎士団が全て行うものではないのですか?」
「特別にこちらから少数ねじ込んだ。君が居れば安全は確実だろう? ……というか反応が鈍いな。……まさか具体的に誰を護衛するのかわかっていないのか?」
「うっ……」
私がぼんやりとしか知らないことを簡単に見抜かれ、殿下のその深い青の瞳にじっとりと睨まれてしまう。まさかダリアの説明で満足して裏を取らなかったツケがここに来て回ってくるとは……。
「エルグランツは今その話題で持ち切りだと聞いているのだが……。君ももう少し周囲に興味関心を持った方が良いのではないか?」
続けて溜め息まで吐かれてしまう。
「仰る通りです……。申し訳ございません」
女子会の時のエイミーと同じようなことを言われてしまっているけれど、これには言い訳のしようがない。全くもってその通りでございます。
「まったく……。新婦は君もよく知っている、ルデン侯爵令嬢のブリジット・ネフランだぞ」
「ブリジット様が!?」
想像もしていなかった名前が飛び出し、思わずローテーブルに身を乗り出す。その勢いに押されてか殿下は少し仰け反っている。
「そ、そうだ……。護衛の時にはもうブリジット・『グラハム』になっているがな。もう十年も会っていないのだ、君もきっと喜ぶと思ったのだが……」
「もちろんです! そうですか……ブリジット様が……」
昔から良いお相手を見つけるのだと息巻いていた彼女が、国内でも屈指の大領地の次期公爵夫人になるのだ、きっと凄く努力をしたに違いない。その彼女の努力が報われたことがまるで自分のことのように嬉しかった。
「彼女は学園に入学した当初は君の訃報で塞ぎこんでいたのだが、ある日から突然取り憑かれたように勉学に打ち込みだしてな。学年を重ねるうちに『女傑』と呼ばれるようになり、最終的に首席で卒業するまでに至ったのだよ」
「ブリジット様が首席で……! 同じ学年に殿下もいたのに凄いわ!」
「うっ……まぁそれほど鬼気迫るものがあったのだ……。そんな彼女に、遅れて入学してきたパトリック――新郎が惚れ込んだというわけさ」
なるほど。ブリジット様の年齢的にもう結婚していてもおかしくないはずなのに、今まで掛かっていたのは年下の新郎側の卒業を待っていたりしていたからか。
「――ということで、今度の結婚披露宴では彼女たちの護衛をしてもらいたい。ただその間はコレを付けておいて欲しい」
そう言って差し出されたのは顔の上半分を隠すように作られた仮面だった。
「私だと気付かれるなと? 以前から騎士たちにも私のことを余所に漏らさないようにしていたように見受けられましたが……」
「あぁ、それに関してはこちらの都合だ。君の行動を制限するようなものではない緩いものだったが、気に障ったのなら済まなかった。だがそれももう終わりだ」
この際だからと前から疑問に思っていたことを尋ねてみると、割とあっさりと事実を認めてくれた。けれどその理由までは話してはくれないようだ。殿下の言動に特に変化はなく、とても淡々としている。
さっき呆れられたように普段から結構感情豊かに話してくれているだけに、逆にそれが不自然に思えたものの、これ以上は追及のしようがない。諦めるしかなさそうだ。
「その仮面についてはまた別の話だな。披露宴中に君だとバレると、例えば大泣きしたりだとかで進行に支障が出るほどにブリジットが興奮してしまうだろうから、その対策だ。久しぶりの再会は披露宴が終わってからゆっくり楽しむと良いさ」
「あぁ確かに……」
在学中のブリジット様を私は知らないけれど、私の知るブリジット様であれば再会をとても喜んでくれるはずだ。第三者の殿下ですらそう考えているのだから、それは間違いないだろう。
「この件に関してはこんなものかな。――あぁ、護衛中に一人だけその服装だと目立ってしまうだろうから騎士団の制服を貸し出そう。サイズの確認は早めにしておいてくれ」
「畏まりました。殿下、使用人の時のように気を遣ってくださり有難うございます」
あちらの都合というのはよくわからないけれど、要するに隠す必要がなくなったからブリジット様に会える機会をねじ込んでまでわざわざ用意してくれたのだろう。私の過去を知っていて親身になってくださっている殿下にはちゃんとお礼を言っておかなければ。
「いや、いいんだ。今まで彼女に伝えていなかったのも元はと言えばこちらの都合だからな。喜んでくれるのは嬉しいが、君も今のうちに覚悟しておいた方が良いぞ」
「……と言いますと?」
「君が生きているとわかれば、彼女は君の素晴らしさを貴族中に知らしめようと動くだろう。貴族にしてはひっそりと暮らしてきた君の生活はこれから一変することになる、間違いない。強力な後ろ盾にはなってくれるだろうが、君も出来るだけ自衛するようにな……」
そう言って殿下は憐みの視線を向けてくる。これはそうなると確信している目だ。
「あははははは……どうしましょう……」
まさかの未来に私は心の中で頭を抱えた。
◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇
そして当日。領主一族は朝から身内だけでの結婚式を行い、その後盛大なパレードで街を巡る。沢山の招待客が訪れる結婚披露宴は夕方から領主の城で行われるようだ。
私は王都から到着した騎士団メンバーとの打ち合わせがあったためパレードを見ることは叶わなかった。素直に残念だ……。
今回私以外に会場にねじ込まれるのは、レベッカ、ミーティア、ウィリアム、ハロルドの四人。殿下の信頼が厚い、いつものメンバーということになる。
殿下は同世代の王族を代表して披露宴に参加するので、ウィリアムはその護衛に就き、残りで次期公爵夫妻を護衛するようだ。そこに性別を加味してパトリック様をハロルドが、ブリジット様をレベッカとミーティアが担当することになった。
私は基本的にはハロルドと一緒に行動するけれど、与えられた指示は「必要に応じて臨機応変に動け」と割と投げやり。ドラゴンよりヤバい女は型に嵌め辛いらしい。
「レオナ様の制服姿は新鮮です!」
「髪型も普段と違っていて気合入ってますね!」
現場入りする前にレベッカとミーティアがにこやかに話し掛けてくれる。
「私もちょっと楽しくなっちゃって。侍女に無理言ってお願いしたの」
今日は普段降ろしている髪を編んで上部で纏めたシニヨンにしているのだ。赤と白を基調とした露出の少ない制服と合わせて、今の私はとても騎士っぽい雰囲気になっていると思う。ちょっとしたコスプレ気分だ。まぁ前世であれば普段の格好も充分コスプレの範疇なんだけど。
「ブリジット様にもバレないようにもしないとだからね」
そう言って渡された仮面を顔の横でひらひらと揺らしてみせると、レベッカが訝し気な顔を浮かべる。
「そのことなんですけど、本当にブリジット様とお知り合いなんですか……?」
「え、そうだけど……どうして?」
「学園に入学した時には既に完璧すぎて近寄りがたい雰囲気でしたので……。私たちも後輩として面識はあっても、とても知り合いとまでは呼べません。……だよね、ミーティア?」
「周囲に取り巻きがいても、その人たちと慣れ合っているところは見たことがありませんでしたし、隙が無さ過ぎて怖いくらいだったんですよ。『女傑』と呼ばれているくらいですから……」
どうやら成績優秀という以外にも随分と雰囲気が変わっているようだ。以前から侯爵令嬢らしくキリッとした感じではあったけれど、怖がられるほどではなかった。
「私の知る彼女はとても凛々しくて可愛い人よ」
「可愛い人……」
二人は眉をハの字にしながら視線を交わし合っている。全然自分たちのイメージに結びつかないようだ。
「そこまで印象に差があると、何だか不安になってくるわね……大丈夫かしら……」
「お~い、お嬢さん方! そろそろ時間っすよ!」
そこにハロルドがいつもの軽い調子で割り込んでくる。
普段の口調は平民みたいに軽いものの、締める所はしっかり締めるデキる男だ。女好きの遊び人なところは好きではないけれど、任務には関係ないのでまぁ良しとしよう。私にはウザ絡みもしてこないし。
『了解』
「今日は一日よろしくね、ハロルド」
「うす! こっちも頼りにしてますんで!」
私たちは揃って披露宴会場――ではなく、主催者の控室へと向かった。




