57.女子会
ここはエルグランツにある酒場の、少し奥まった場所にあるテーブル。ガヤガヤと騒がしい客たちの声がほんの少しだけ軽減されて落ち着ける特等席である。
今日は女子会という名の飲み会だ。メンバーは私、エイミー、ダリア、ユノさんの四人。この街の実力のある女ハンターの大半がここに揃っていることになる。
『かんぱーい!!』
それぞれが思い思いに料理を注文し、適当にシェアしながら話に花を咲かせる。
「聞いたわよレオナ。アナタまた凄いことやってのけたらしいじゃないの」
「なんだそれ?」
ダリアが手元のワインを上品に一口飲んでから、何やら褒めてくれる。ワインをすぐに飲み干してチキンに齧りついていたエイミーがそれに興味を示している。
S級になった時もそうだったように、ダリアは情報にとても敏感だ。エイミーがこんな調子だから余計にそう感じるのかも。
「えっと、どの話かしら……」
ただ、ダリアが知っていそうなもので褒められるほどのものが浮かばない。私は左手で頬杖をつきながら目の前のパスタに視線を落とし、右手に持つ木のフォークでそれを巻き取りながら何のことなのかと考えてみる。
「ここ最近の行方不明事件の解決と、ジャイアントホーネットの女王を討伐した話よ!」
「あの行方不明事件、レオナさんが解決してたんだ!」
「おおっ! なんだそれ面白そうだな!」
ユノさんは事件について殿下から話を聞くまで知らなかった私とは違ってちゃんと知っていたらしい。一方のエイミーは私と同レベルのようだ。
「ほんの一週間前の話だし、被害者か騎士団関係者しか詳細は知らないはずなんだけど、何で知ってるの……?」
レベッカたちと一緒に王都に戻って報告して帰って来たばかりだったので、まさか知っているとは思わなかった。一体どこから情報を得ているのだろうか。
私の疑問に少し得意げになりながらダリアは話し始めた。
「あの日、アナタが屋根の上から北東の空に飛び立ったのを私見てたのよ」
「えぇ……あれ見られてたの……?」
流石『鷹の目』といったところだろうか。
「気になって追いかけてみたら東門から蜂たちと戦っているのが見えたんだけど、瞬殺だったから私が手を貸すまでもなかったのよね。それで一匹残して追跡までしていたから、女王がいるのかもってところまでは察しがついたの」
「でも今『聞いた』って言ったから、ただ察しただけじゃないのよね?」
ダリアは頷く。
「日を跨いでからウェスター騎士団の知り合いに尋ねて、こんなことがあったと教えてもらったってワケ。流石に細かい内容は機密だってことで教えてもらえなかったけどね」
「そういうこと……」
実際に目で見て、更に騎士団で裏取りまでしているのなら納得だ。ウェスター騎士団とは私個人ではまだ関わりがないので、そういうコネがあるというのはちょっと羨ましい。
「ジャイアントホーネットとかめんどくせぇ相手だよなぁ~」
「落ち着いて近づいてきたところを反撃すればいいだけでしょ? アンタは我慢が出来なさすぎるのよ……」
「私とダリアさんは武器が弓だからまだマシだけど、近接武器の人は大変だよね~」
自分が戦う姿を想像したのか、うんざりした顔をしているエイミー。まぁ性格的に自分からガンガン攻めたいだろうから、そういう意味で相性が悪いと言えなくもない。
「まぁあの時のレオナは空飛んでざくざく切り刻んでたけどね」
「……あれ? そういえば空を飛ぶ魔法には驚かないのね?」
みんな妙に落ち着いている気がする。殿下はとても興奮して面白がってくれたのに。
「だってレオナだしな?」
「そんな感じよね」
「もう魔法に関しては何してても驚かないかな~……」
いつの間にか皆さま達観していらっしゃる。私への理解が深まっているようで何よりだ。
「でも海の方に巣があったなんて驚いたわ」
「あれは私もビックリした! 崖の隙間にみっちり詰まってて気持ち悪かったから火の魔法五・六発撃ち込んで女王ごと燃やしてやったわ」
蜂に限らず大量の生き物が蠢いている様は生理的な嫌悪感が強い。流石に声を上げて逃げ出したりはしないけれど、気持ち悪いものは気持ち悪いのだ。
「女王もかわいそうにな! 追って来たのがレオナじゃなけりゃ、もうちょい長生き出来たかもしれねぇのに! まぁ魔物だから同情なんてしねぇんだけどよぉ! ざまぁみろ! ウヒャヒャヒャ!」
エイミーはその様子を想像したのか、豪快に笑い飛ばしている。魔物に同情したところで何の意味もないことはこの国の誰もが知っているし、普段から命懸けで戦っているハンターであれば尚更だ。
「あはは、確かに! それでその蜂が誘拐の犯人だったの?」
「それが誘拐犯は蜂の他に蟻と人間もいたの。騎士の女の子たちと囮捜査をしたら、人間の誘拐犯がアーマーアントの掘った穴をねぐらにしてたのが判明して、これがまた厄介だったのよ……」
「アーマーアント! そりゃまためんどくせぇ!」
「馬鹿じゃないの。その誘拐犯」
「囮捜査って、騎士団の人もよく無事だったね~……」
みんな見る所がそれぞれ違っていてちょっと面白い。私もねぐらを見つけた時にはダリアと同じ感想を抱いていた覚えがある。
「うん。一緒だった子はどちらも良い子だし、凄く頑張ってくれたわ」
今回の事件は間違いなく私ひとりでは解決には至れなかっただろう。協力してくれた二人はもちろん、許可を出してくれた殿下にも感謝しないと。
「ジャイアントホーネットにアーマーアントだなんて全然C級の依頼じゃなかったわね。これだとA級でも首を傾げてしまう内容だもの、女王も含めたら完全に手に負えないレベルだわ」
「私とレオナさんの最初の依頼みたいな詐欺っぷりだね~! ていうか魔物の強さ的にはそれ以上かも……」
「それは確かに」
レベッカですらアーマーアントをあの場で倒すのはすぐに諦めたと言っていたくらいだ、C級のハンターたちでは全く歯が立たなかっただろう。
「前にも何かあったのか?」
「C級の時にユノさんたちと一緒に受けたアジェの坑道の魔物討伐依頼でも事前情報なしで女王が居たのよ。ジャイアントケイブスパイダーのね」
「そういえば一時期、向こうの町の人たちが結構な数こっちに来ていたわね……」
C級に上がりたての頃だから、今となってはだいぶ懐かしい話だ。
「私とアクセルが死にそうになってたのをレオナさんに助けてもらったの! 炎を纏ってずばーんって! そりゃもうカッコよかったんだから!」
ユノさんが楽しそうに剣を振り回す真似をしながら語っているのを見て、つい苦笑いが零れる。彼女たちの今の二つ名を聞く限り相当印象深かったのだろう。何せ二人とも炎に関係する二つ名がついている位なのだから。『炎剣』のアクセルとかどう見てもそのまんまだ。
「運が良いんだか悪いんだか……」
「他のハンターが犠牲にならなくて済んだから、むしろレオナさんが居る時で幸運だったってアクセルは言ってたよ。私もそう思う!」
「……確かにそうかもね」
「うはは、C級でもレオナの強さは変わらねぇのな! ――っと酒が切れたな、追加で頼むか」
「あ、それならこれも飲んじゃって!」
空になったボトルを覗き込んでいるのを見てハッと思い出した私は、荷物から酒のボトルを取り出してエイミーに手渡す。この世界の酒場は持ち込み禁止なんて固いことは言わないのだ。
「おう、サンキュー! ……ん、甘い香りがするな。果実酒か?」
「どれどれ……。この香りはイチゴ、かな?」
私が答えを勿体ぶる前にユノさんが一口飲んでぱぱっと当ててしまった。
「正解~! イルヘンで作られてるイチゴのリキュールっていうお酒らしいよ。ストレートだと酔いやすいから水とかミルクで割るといいかも」
未だにリキュールがどういうお酒なのかは良く理解してはいないけれど、イチゴの美味しいお酒だというだけで私としては充分だった。
「そういえば前にご馳走になったローズティーもイルヘン産だって言ってたよね? あれも美味しかったよ~」
「ホント? 良かった~! あの村の人たちにはだいぶ慕ってもらえてて、よく送ってきてくれるの。ぶっちゃけ消費し切れないくらいあるから、屋敷に来てくれたらお裾分けするわよ?」
使用人の皆にも消費するのを手伝ってもらっているのに、それでも追い付かないくらい送られてくるのだ。気持ちは本当に嬉しいけれど、ちょっとだけ加減して欲しかったりもする。
「マジで!?」
「私もいただこうかしら」
「ホント!? 嬉しい~!」
「うんうん、どうせなら楽しんで消費された方がいいからね。……ていうか私のことばっかり喋ってる気がするわ。ユノさんとか最近どうなの?」
「え? うーん、そうだなぁ~」
何を考えたのだろうか、ユノさんの顔が急に赤くなった。これはお酒のせいではないはず。自分の皿に盛られたサラダをフォークでいじりながらモジモジしている。
「ハンターとしての活動には特に変化はないんだけど、その……そろそろ結婚しようって……」
『結婚!?』
「あら~おめでとう~!」
その報告に私とエイミーは思わず身を乗り出した。既婚者であるダリアは経験しているだけあって少し落ち着いて手を叩いて祝福している。
「いつするの!? お祝いしなきゃ!」
「ほら、今は街がお祝いムードだから、それが落ち着いてからにする予定なの」
「今って何かあったっけか?」
「ちょっとアンタ……いくらなんでも周りに興味なさすぎでしょ……」
「エイミーらしいといえばらしいけどねぇ……」
私もダリアがエイミーに呆れている横でそれに同調するような顔をしているけれど、実は何があるのか良くわかっていなかったり。ほらダリア早く説明して。
「今の領主である公爵様が息子に爵位を譲ることになって、自動的に孫が次期公爵に繰り上がるのよ。それで、その次期公爵様が結婚するから今街はそのお祝いムードってワケ」
「ふーん……」
(このエイミーの興味のなさよ……)
あれから街中に騎士団の警備が増えているのはそういう理由か。そういえば殿下もウェスター騎士団が動けないからと私に例の事件を投げてきていたんだった。
S級認定時に与えられた男爵位は一代限りだから私には関係のない話だけれど、公爵様ともなるとさぞかし重大なイベントなのだろう。
「じゃあそれが落ち着いてから、また改めてお祝いしようね!」
「うん、ありがとう! アクセルも喜ぶと思う!」
なんだかユノさんが輝いて見える。これが幸せオーラか……。
その一方でなんだかどんよりしているエイミー。
「ちくしょー……結婚かぁ……」
「ま~た始まったわ……」
ダリアはまた呆れ顔だ。
「どうしたの?」
「この子も結婚願望はあるんだけどね、こういう気性なもんだから中々相手がねぇ……」
「あぁそういう……」
私からすればエイミーも美人だし、年齢だってまだ全然いけるし、落ち込む程じゃないと思っている。しかしどうやらこの世界の平民では大人しめで家庭的な子の方が好まれるようだ。どうせ子供を産んでしばらくすれば皆肝っ玉母ちゃんになるのにね。
(エイミーは飛び抜けて活発なタイプだから真逆なんだよねぇ……)
「人は自分に無いものを求めるっていうから、エイミーの場合大人しい研究職とか職人の男性とかの方が案外相性良かったりするのかも?」
「えぇ~……そんな奴つまんなくねぇ!?」
「つまらないかどうかはともかく、器は大きくないと多分この子の自由奔放さに耐えられないでしょうね……」
自分で言っておいてなんだけど、残念ながら私の知り合いはハンターや騎士といった体育会系の人間ばかりで紹介できそうな男性は誰もいなかったりする。
「うーん、今後に期待ってことで……」
「諦めてんじゃねぇよぉ……誰か紹介しろよぉ……」
そう弱気になりながらエイミーはリキュールをストレートで思いっきり呷っている。
「ダリアさんの旦那さんは器大きそうだよね~」
そんな感じでごねるエイミーをすっぱり無視して話を振るユノさん。
「あの人は器が大きすぎて動じなさすぎるのよ。逆に動揺してるところを見てみたいくらいだわ。まぁ傍にいると落ち着くからいいんだけど」
「さすが『鋼の男』ねぇ。……ていうか今軽く惚気たわよね?」
この前もデートしていたようだし、どうやら二人はかなりラブラブらしい。
「……ちょっとくらい良いでしょ? 貴女こそモテるのに浮いた話は一切ないじゃない。何なの? 超面食いなの?」
少し頬を染めたダリアにじっとりと睨まれ、そう詰め寄られる。
「逆、逆! 容姿ばかり見て寄ってこられるのに辟易してるのに、自分まで外見で判断するわけないでしょ……。私という人間をしっかり理解したうえで大切にしてくれる人がいいの。まぁ理解される以前に周りに男が少ないんだけどさ」
「レオナさんは大抵何でも出来ちゃうから、そもそもお近づきになるのが難しいんだよねぇ……。ハンターとしても、身分的な意味でも同じ位置に立てないというか……」
「そういうことね……。庶民じゃ話にならないなら、それこそ次期公爵様みたいな凄い人でも捕まえないと難しそうだわね。折角貴族になったんだし狙ってみたら?」
私としては内面まで理解してくれる人であれば身分なんてどうでも良いのだけど、相手側が気にしてくるのはどうしようもない。まぁA級ハンターになって実力を示して近寄りづらくさせたのは私なので文句は言えないのだけど。
「私はまだそんなに焦ってないからいいよ……」
「そんなこと言ってるうちに、すぐエイミーみたいになるわよ?」
引き合いに出されているエイミーは多分怒っていいはず。
「あれ、エイミーさんは? さっきから静かだけど……」
ユノさんに気付かされて丸テーブルの左隣を見てみれば、さっきまでウジウジしてたエイミーはテーブルに突っ伏しながら気持ちよさそうに寝ているではないか。
「寝てるじゃん……自由だなぁ……」
多分起きた時にはまたいつも通りに戻っているのだろう。このメンタルの強さは見習わないといけないかもしれない。
「まぁ昔からずっとこんな調子よ」
「そういえば、二人の出会いとかはまだ聞いてないかも?」
「うんうん!」
二人の性格は正反対だけどとても仲が良い。もはや家族同然の気安さや信頼も感じられるので相当長い付き合いなのだと勝手に思っている。
水の入った木のコップを両手で包み込むように持ち、その灰色の綺麗な目を細めているダリア。恐らく昔を思い出して懐かんでいるのだろう。
「私たちは幼馴染で王国の最北端の村の出身なのよ。まぁ水と空気が美味しい以外に何にもないような村で、彼女の唯一の楽しみが女でありながら狩りに参加することだったわ」
最北端ともなれば冬は雪で身動きがあまり取れないような地域のはず。家に籠りながら編み物をして過ごすなんて彼女には耐えられなさそうだし、暇だと言って暴れていたであろうことは想像に難しくない。
「でもそんなある時、強力な魔物が村の周辺に出てくるようになってギルドに依頼を出さざるを得なくなったの。結局来てくれたハンターが討伐はしてくれたんだけど、そこで彼女は初めてハンターの存在を知って『ハンターになりたい! 村を出たい!』って言うようになったってワケ。私はそれに付き合った形ね」
初対面よりも前から、エイミーがずっと私に会ってみたいと言って煩かったとダリアが言っていたように、一度ハンターになりたいと言い出したエイミーを止めるのは村の住民たちでも難しかったのだろう。一人で送り出すのは心配だと付き合ったダリアの心境は良くわかる。
「う~ん、その光景が簡単に目に浮かぶ……」
「あはは……。じゃあ旦那さんたちとは後から組んだんだ?」
「えぇ。C級に上がってからは突っ走るエイミーをフォローしきれなくて危ない目に遭うようにもなってきたから仲間を増やそうとしたのだけど、そう都合よく女性メンバーを増やすことは出来なかったのよ」
「わかる~……」
ユノさんがしみじみ頷いている。そういえば私も勧誘されてたっけ。女性メンバーを増やすのはやはり大変みたいだ。
「それで私の方から真面目そうな人に話を持ち掛けたの」
「もう女性も待ってるだけじゃダメな時代だよね~」
「それエイミーに言ってあげなさいよ……」
「言っちゃったら周りの男の人が大変な目に遭うわよ?」
そう言われて、物凄い勢いで交際を申し込むエイミーから走って逃げ、身体強化で追い付かれて首根っこを掴まれる男性の姿が浮かぶ。
「……平和が一番ね! ……あれ? じゃあユノさんから結婚しようって言ったの?」
「んぶっ!」
飲んでる最中だったユノさんがむせた。顔がさっきよりも赤くなったのでどうやら図星らしい。
「あらあら~可愛い顔して攻めたわねぇ~! それで、アクセルは何て???」
きっと今の私は凄く悪い顔をしていると思う。ニヤニヤが止まらない。それもこれもユノさんが悪いのだ。ついこの間のミーティアみたいにイジり甲斐のある雰囲気を纏っているから私もつい調子に乗ってしまうのだ。
「レオナもだいぶ酔ってるわねこれ……」
「ダリアさん助けて~……」
「……私も聞きた~い!」
「あ~ん! 味方がいない~!」
ぐへへへ……洗いざらい吐くまで今日は帰さないぞ。




