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53.駆除

 眼下に目をやると、レベッカの言う通り一人の中年男性がミーティアの正面に立って話しかけているところだった。


 私はすぐさま聴力強化を使い、その内容に耳を傾ける。


「お嬢さん、昨日もそうやって独りでここに居たね?」


「えぇ。それが何か?」


「いや、正直悪い意味で目立っているから心配になってね……。こうしているのには何か理由があるのかい?」


「お気遣いありがとうございます。両親が産まれたばかりの弟に掛かりきりで、家に居づらいだけですのでお構いなく」


 事前に決めておいた設定を刺繍から目を離すことなく、素っ気なく話す様子はとても自然で、そしてとても無防備に見える。ミーティアは演技も上手みたいだ。


「それは辛いね……。両親を弟に取られてしまった気持ちと、邪魔をしてはいけないという気持ちが入り混じってしまっているわけだ。でもそこで我儘を言って両親を困らせたりはせず、じっと我慢している君は偉いと思うよ」


「ありがとうございます。ですので放っておいて下さい」


 ミーティアも気付いていると思うけれど、男がもう一人背後から静かに近づいてきている。


「――だが、愚かだ。その行動が結果的に最も両親を困らせてしまうのだから」


 男がそう言い放ち、ミーティアが顔を上げた瞬間に後ろから、もう一人の男が鈍器で側頭部を殴打した。ミーティアはそのまま横に倒れて動かない。気を失ったようだ。


 隣にいるレベッカが一瞬身を乗り出そうとしかけたのを、すかさず腕で制止する。


 まさかここまで荒っぽい行動に出るとは少し意外だった。痺れ薬や睡眠薬で動けなくするとかそういう手段を取ってくれれば、抵抗の魔法でそれらが効かないミーティアには効いた振りをしてもらうだけで良かったのに。


「結構ガッツリいったじゃねぇか、アジトでお頭に癒してもらう前に死なないだろうな?」


「大丈夫だっつーの。気を失ってる間に早いとこ薬飲ませてさっさとずらかろうぜ」


 なるほど、どうやら連中のトップに魔法の知識がある奴がいるらしい。先に気を失わせて抵抗の魔法が切れてから薬を飲ませて動けなくするようだ。確かに対応としては正しい――が、それを犯罪者集団が行っているというのが癪に障る。


(誘拐犯のくせに丁寧な仕事するじゃないのよ……!)


 奴らがどこからか大きい麻袋を取り出して手足を縛ったミーティアを入れようとしている。すぐにでも飛び出して後を追えるように身構えながら、その様子を観察する。


『うわああああああ!』

『きゃああああああ!』


 すると聴力強化していた耳に悲鳴が飛び込んできた。


(こっちの方角は……まさか!?)


 すぐにそちらに目をやると、巨大な黄色い物体が北東の空に、それも目撃情報とは違って複数浮かんでいるのが視力強化を使わずとも確認できてしまった。


(えぇっ!? いくらなんでもタイミング悪すぎでしょ!?)


 しかもあんな大物を同時に複数体見ることなど滅多にない。それは即ち、アジェの坑道の時のように女王が存在している可能性を示唆していた。これではただこの場で奴らを殲滅して終わりとはいかなさそうだ。


「レベッカ、あの数だと女王がいるかもしれない。奴らの巣が海の向こうでもない限りは殲滅してから戻ってくるから、その間ミーティアを頼めるわね?」


「……了解しました。どこに向かったかは後からコレで追跡して下さい」


 そう言ってレベッカは落ち着いた様子で魔力の抜けた沢山の小さな魔石を見せてきた。それらにレベッカの魔力を込めて道しるべにするという意味だ。


「わかった。追った先での行動は任せるけどレベッカ、冷静にね。冷静さを失った瞬間に全てが悪い方に転ぶと肝に銘じておきなさい」


「…………はい」


 もたもたしていては住民に被害が出るし、合流も遅れてしまう。私はレベッカにミーティアを託し、すぐさま北東の空へと飛び立った。




◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇




 実際に黄色い物体に接近してみると、やはり魔物はジャイアントホーネットで間違いなかった。


 一言で言うと巨大なスズメバチだけれど、そのサイズは牛を掴んで攫っていけるほど大きく、動きも素早い。当然空を飛ぶので攻撃手段やタイミングも限られてくるため、普通のハンターからすればかなり厄介な相手だ。


 名前に同じ「ジャイアント」が付くジャイアントケイブスパイダーとは強さの格がまるで違う。あちらはD寄りのC級、こちらはA寄りのB級といった具合だ。それが二桁も同時に現れているというのは通常では考えられない。


 女王がいた場合の脅威度は、産み出されたもの込みではあるがドラゴン並とされ、騎士団が気合を入れて討伐をするレベルだ。もちろん私の相手ではないけれど、だからこそ私が積極的に動かなければならない。今の人手の足りないウェスター騎士団では討伐は不可能だろう。


「うわああああ!! やめてくれえええ!!!」


 今まさに男性を捕まえようとしているジャイアントホーネットをうんと伸ばした『幻影の刃』(ミラージュブレード)で遠距離から切り捨てる。一般人では鋭い針や顎どころか、その脚の力で掴まれただけで身体に大きなダメージを受けてしまう。そもそも捕まえさせないように立ち回る必要がある。


「街へ避難を!」


 助けた男性にそれだけ言ってすぐに次へ向かう。私の敵ではないとはいえ、ばらばらに周囲を攻撃されては全てを被害なしで守るのは難しい。しっかりと優先順位を決めないと被害が拡大してしまう。まだ何も捕まえていない奴を倒すのが最優先。申し訳ないけれど家畜は後回しだ。




「『いばら姫』様、ありがとうございます……!」


「もう動けるわね? 急いで街へ!」


 ジャイアントホーネットに掴まれ、負傷して動けなくなっていた女性を治癒の魔法で癒す。残りは既に牛を捕まえて、目撃情報にあった通り北東の方角へ飛んでいこうとしている二匹のみだ。


 その片方にもすぐに追い付いて仕留める。あと一匹。しかしこの場でトドメを刺しはしない。女王のいる巣を見つけなければならないからだ。


(ごめん。もう少しだけ我慢してね……)


 最後の一匹に掴まれている牛に心の中で謝罪しながら追跡を続ける。




 追跡し始めて一時間ほど経っただろうか。奴らが隠れられそうな場所がない草原と林の上空を飛び続け、遂に海が見えてきた。


(……そろそろ潮時かしら…………うん?)


 追跡を断念しかけたその時、ジャイアントホーネットが突然高度を下げはじめた。


 それに続いたところで目に飛び込んできたのは、断崖絶壁から内陸側に大きく切れ込んだ隙間。そこにみっちりと詰まるように作られた巨大な巣だった。


(よくもまぁこんな所に大きいのを拵えてくれたわね。生き物を殺す以外、真似事しか出来ない分際で……!)


 女王は通常サイズの魔物を直接産むので、どうせあの中には幼虫なんていない。既存の生物に近いタイプの魔物は元になっている生物の習性を一部模倣しているだけで、中身が空っぽの空虚な存在なのだから。そのおかげで人々があの場で殺されることはなかったけれど、だからと言って手加減してやる理由などない。こいつらは人類の敵なのだ。


 巣の場所さえわかればもう最後の一匹にも用はない。牛を救出して地面に降ろして癒してやる。すぐに元の場所に帰してあげることは出来ないけれど、そこは我慢して欲しい。


 私は再度飛び上がり、海の方から巣を見下ろした。


「消えろ蜂共! 『真紅の焔』(クリムゾンフレア)!」


 右手に作り出した真っ赤な火球。レッドドラゴンを殺したあの日、殿下たちを脅すのに使った魔法を、今度は躊躇いもなく巣に向かって撃ち出した。


 着弾した瞬間、大きな爆発を起こし炎上させる。それでも巣が大きすぎるため一発では燃やしきれない。二発、三発と撃ち込み続け、六発目にしてようやく巣が崖から崩れ落ち、海に沈んでいく。


 その中で女王らしき一際巨大な蜂が燃え上がっているのが確認出来た。巣からかろうじて逃げ出したジャイアントホーネットの群れが、巣を破壊した元凶である私を上空から睨んでいる。


「こっちは忙しいのよ。さっさと駆除されろ!」


 私は再び腰からショートソードを抜き、その群れに自ら飛び込んだ。




◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇




 ジャイアントホーネットを殲滅し、全速力でエルグランツに向けて飛行する。


「追跡に一時間は掛かっちゃってる。帰りはもっと速いといっても、これだとレベッカと別れてから合流まで諸々で二時間近く掛かっちゃうわね……。向こうの追跡先がすぐにわかると良いんだけど……」


 それもこれもジャイアントホーネットの飛行速度がトロくさいからだ。……いやまぁあんまり素早くても人々への被害が拡大していただろうから困るんだけども。


 移動している最中も彼女たちのことが心配で、不安で仕方がない。本当に女王まで殲滅する必要があったのか、人々を救出したらすぐに合流すれば良かったのではないか、と今更どうしようもないことをつい頭の中で考えてしまう。


 でももし私が居ない間に第二派が来た場合はどうするのか。それは可能性の話であって、実際には来ないかもしれないけれど、やっぱり女王の存在が予想できた時点で殲滅に動いたのは正解だったと思いたい。これはあの場では私にしか出来ないことなのだから。


 この不安の原因は彼女たちが頼りないからではない。頼んだと言っておきながら、本当の意味で頼りきれていない私の心の問題だ。


 これまで荒事に関しては全て自分一人で対処してきた――いや、出来てしまっていたから、人に頼るということを知らずにきてしまっているのだ。でもこのままではいけない、今後もこのような任務は増えていくだろうから私も変わらなければ……。


(今はレベッカたちとの合流が最優先。彼女たちは絶対大丈夫だから、とにかく私は私のやるべきことをやるんだ……!)


 一刻も早く彼女たちと合流し、不安に思う必要はないのだと、仲間を頼って良いのだと私自身に教えてやらないと。


 そう心に決めはしたものの、既に全速力でこれ以上速くなりようがないことがとても歯痒かった。




牛「……ボクは?」

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― 新着の感想 ―
[良い点] まずは巨大な蜂を駆逐!! 続いて、人間の人攫いをやっつけないと! 後書きの牛くんがすごく可哀相!(笑)
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