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51.調査

 私がエルグランツに帰ってきてから約二週間後にアンナたちが到着する。これから一緒に暮らす屋敷を見て興奮する子供たち。しかしマルコの興奮度合いはそれ以上だった。


 草を刈っただけでまだ碌に手が付けられていない庭を見て、本当にここを自分が手入れして良いのかと子供のようにはしゃいで喜んでいた。その浮かれようを見ていると、生きていく上で仕方がなかったとはいえ、本当は庭師の仕事をしたくてたまらなかったのだろうなというのが伝わってくる。


 出発前に出した手紙は侍女見習いのリリィ、料理長と家政婦長の夫婦、料理人見習い宛ての三通。なんと有難いことにそれら三通とも働きたいと返信があった。


 とはいってもアンナたちのように今の職場をすぐに辞める訳にはいかないようで、区切りがつき次第こちらに来るそうだ。まぁアンナたちが特殊なケースであってこれが普通だ。


 しかも彼らからの返信の中には、他の元使用人たちの連絡先が書かれてあり、同じように手紙を出すことが出来たお陰で、昔屋敷に居た使用人の約半数がいずれここに再び集まる結果になった。


 これには私だけでなく、アンナたちも大いに喜んだ。


 そんなこんなで新しい生活の始まりだ。


 食事は食堂で、皆と一緒に取ることにした。最初はアンナも難色を示していたのだけれど、私も寂しいし、貴族としての立ち回りが必要な場面ではちゃんと分かれて食べることを条件にオーケーしてもらった。粘り勝ちだー。


 お風呂も私の寝室の近くのお風呂を皆で使った。別で使用人用のもあるけれど、その分小さいし、お風呂の掃除の手間が増えるので、他の皆が合流して人数が増えるまでは同じお風呂にしようとゴリ押しした。


 普通なら主人と使用人が同じ場所を使うなんて考えられないと言われるだろうけど、私は一緒に暮らす皆であれば気にならない。実際、寝室に子供たちがお風呂ではしゃぐ声が響いてきても全く嫌な気持ちにはならず、むしろ微笑ましく思えたくらいだ。


 貴族の屋敷に住む者として周囲から見ても違和感がないように、皆の普段着や仕事着、仕事や生活に必要な道具などを全て本人たちの希望を聞きつつ買い揃えていく。


 マルコは毎日活き活きしながら庭をいじっている。種や苗を植えたばかりで、まだまだ殺風景ではあるけれど、とりあえず以前のような荒れ果てたような印象は一切なくなった。これからがとても楽しみだ。


 アンナもそれはもう良く働いている。ただ張り切り過ぎて一人で全てをやろうとしてしまいがちだったので、人数が増えるまで私の世話は最低限に、掃除や洗濯は子供たちにも積極的に手伝ってもらうようにして、料理は私と一緒に作るようにした。でないと負担がかかりすぎる。


 私の屋敷で過労だなんて許さないんだから。


 庭を含めた外観も綺麗になり、屋敷の中も各所に花が生けられて華やかさが増し、裏手では洗濯物が風に揺れ、エリスさんやダニエルさんといった市場の知り合いを筆頭に、食品等を取り扱う業者が屋敷を出入りするようになった。


 私が一人で住んでいた時とは違い、屋敷がまるで生きて呼吸をしているかのように活気が出てきたのだ。


 皆が一生懸命働いてくれるものだから、私もハンターとしての活動にまた力を入れるようになった。屋敷の居心地が良すぎるので、出来るだけ早く終わらせては出先での出来事を土産話にする、そんな日々が続いている。




◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇




 もちろん指南役の方も真面目に取り組むつもりでいた。しかし今月は何故か騎士団に到着するなり殿下の元へと連れてこられてしまう。私は内心首を傾げながらも挨拶をする。


「殿下のお心遣いで大切な人たちとまた一緒に暮らせるようになりました。もう一度改めてお礼を言わせて下さい、本当にありがとうございます」


 本当に今の生活が出来ているのは殿下のお陰なので、私は深々と頭を下げる。


「あぁいや、役に立てたようで何よりだ。顔色や雰囲気も良くなったし、やはり暮らしを共にする者の存在は大きいということだな」


「私、そんなに様子がおかしかったでしょうか?」


 思ってもみなかった言葉に対してつい反射的にそう尋ねると、殿下は言い難そうに困った顔をした。


「病的……とまではいかなかったが、不満が溜まっていそうな雰囲気は出ていたな」


「それは……なんともお恥ずかしい限りです……」


 屋敷に独りで住みだしてから、思い描いていた生活と現実のギャップによる不満が外ににじみ出ていたらしい。気を遣わせてしまったようで非常に申し訳ない……。


「それももう解消できたのだから良いじゃないか。――さて、王都に来てもらったばかりで悪いが、残念ながら君に頼みたいことがある」


 そう話を切り出した殿下は表情を引き締めて王太子モードに入った。その真剣な雰囲気につられて私も自然と背筋が伸びていく。


「訓練もしないまま真っ先に案内されたのですから、それだけ緊急の案件なのですね?」


「……あぁ。最近エルグランツのハンターギルドで行方不明者探しの依頼が出ているのは知っているか?」


「人探しとなると余程のことがなければD級かC級の依頼になるはずです。最近は家計のためにB級以上の依頼ばかりこなしておりますので……」


 私は目を伏せ、首を振って否定する。


 出来るだけ実入りの良い依頼を受けたいのだ。使用人のみんなが一生懸命働いてくれている中で私だけがブラブラしている訳にはいかない。E級の依頼もオフの日の気分転換に受けるくらいになってしまったのは少し寂しいけれど、屋敷の人間全員の生活が懸かっているのだから仕方ない。


「もう君ひとりの生活ではないものな、それなら知らないのも無理はないか……。既に数度にわたって依頼が出されているのだが、全て期限内に見つけられず失敗に終わっている。中には依頼を受けたハンター側にも行方不明者が出ている始末だ。そうやって解決しないまま、依頼の件数が徐々に増えていっているのが現状だ」


 失敗続きの依頼というもの自体がかなり珍しいので私も驚いた。それが行方不明者の捜索ともなれば穏やかではないのは確かで、何やらきな臭い雰囲気が漂ってくる。


「件数……つまり行方不明者の数が今も増え続けていると?」


 私の問いにただ真っすぐ頷く殿下。


「そうだ。未解決の件数が増えているだけでなく、それらの調査の中で新しい事実まで発覚した」


「新しい事実……ですか?」


「あぁ、どうやら依頼すら出ていない行方不明者も数多くいるようなのだ。それらの大半が貧困層の人間でな、順序的には最初に彼らが被害に遭い、孤児院の子供や平民でも比較的裕福な者たちにまで被害が拡大したところで依頼が出されて捜査を開始、それでようやく最初の被害者たちの存在が明るみに出たという流れになる」


 なるほど。依頼が出たから捜査してみたら芋づる式に被害の全体像が判明して、予想以上に大きな事件になりそうだからと私に投げてきたということか。


「つまりそれは貧しい人たちは身近に危険が迫っていても、碌に助けを求めることすら出来なかったと……」


 私がそこまで口にすると、部屋の空気が一段と重くなった気がした。殿下も悲痛な面持ちで頷いている。


「行方不明の原因が人攫いだとした場合、初期の被害者は既に売られてしまっていて追跡が困難だとは思われるが、それでも直近の被害者は助け出せる可能性がまだある。一方で原因が魔物であった場合は……かなり絶望的だな、まず生きてはいないだろう。どちらにせよ原因を排除、最低でも特定して対策を取らなくてはならない」


 それだけ被害が大きいのだから私としても是非協力したい。理不尽な目に遭う人々を少しでも減らせるのであれば。


(あれ? っていうか……)


「ちなみに現地のウェスター騎士団は何を?」


「今は時期が悪くてな。要人の護衛やその経路の魔物の討伐などで領外に出ている者が多く、残りの人員では街中の警備で手一杯だそうだ」


 流石にサボってはいないか。確かに思い返してみれば、こちらに出発する前に街中で見かけた巡回の数もいつもより少なかった気がしないでもない。


「承知致しました。すぐに調査して原因を排除致します。これまでに判明している行方不明者のリストや、最後に姿を確認されていた場所といった情報はありますでしょうか?」


「それならこちらにまとめてある」


 部屋に待機していた従者らしき男性に視線をやり、片手で受け取った殿下はその資料を私の前に置いた。ざっと目を通しただけでも行方不明者の氏名や年齢といった個人情報から、当時の服装といったものまでしっかりまとめてあるのが見て取れる。


「それとギルドで失敗続きの案件だからな、もしかすると君でも独りでは厳しいかもしれない。今回は特務から数人連れて行ってくれ。きっと君の役に立ってくれるはずだ」


「ありがとうございます。ではミーティアとレベッカをお借りします」


 騎士団内でもただ二人の女性騎士を両方とも指名した意図はすぐに伝わったようで、殿下は一切口を挟むことなく頷いてくれる。


「了解した。ではよろしく頼む」




◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇




 殿下との話を終えた私はそのまま訓練場に向かった。今月は訓練指導に入らないのかという周囲からの疑問を含んだ視線を受けながら、自主訓練をしていたレベッカとミーティアに声を掛ける。


「――という訳で、一緒に来てもらうわ」


「了解しました」

「何故私が……」


 一通り説明をし終えると、レベッカは特に何か言うこともなく頷いてくれる。しかしやはりミーティアは私に選ばれたことに納得がいっていないようで、そっぽを向いて不満を口にしている。


「ミーティア、任務に私情を挟むなってここ最近ずっと言ってるでしょ? これ以上ぐだぐだ言うなら私から教官殿に貴女を変えてくれってお願いするわよ」


「……わかったわよ」


 レベッカはその見た目こそゆるふわな感じだけど、冷静ではっきり物を言うタイプの子だ。ミーティアとは幼馴染らしく、更に遠慮がない。そんな彼女には流石のミーティアも強くは出られないようだ。


 実力面も騎士の中ではトップクラスに魔力が多いようで、ミーティアより少し背が高い程度の華奢な身体をそれでカバーしている。訓練の初日は魔力無しで戦ったので他に見劣りしていたけれど、それ以降とのギャップには私も驚かされた。さっきも言った通り冷静な子なのでとても優秀だ。


 ミーティアともう少し打ち解けたいのだけれど、こんな感じでちょくちょく反発されるので、間を取り持ってもらいたいという打算もあって今回は彼女にもついて来てもらうことにした。


 とはいえ彼女も私情を挟まないだけで決して仲が良い訳ではない。特務の皆の私への好感度は基本的にゼロだろうから、調子に乗らないようにしないと。


「それじゃエルグランツに向かいましょう。調査中は私の屋敷に泊まってくれたらいいわ」


「結局あれから使用人は増えたのですか?」


 ミーティアには珍しく、あちらから話を振ってきた。うちの屋敷や使用人云々について関心を持ってくれているようだ。それだけあの誰もいない屋敷に衝撃を受けていたのかもしれない。


「えぇ、故郷の屋敷で私が産まれる前から働いていたベテランも多いから、居心地の良さは保証するわよ」


「……そうですか、お世話になります」


 期間中、屋敷では私たちだけで過ごすことになるのではと思われていたのか、彼女は少しほっとしたように息を吐いていた。




◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇




 エルグランツへの移動には二人は馬で、私は魔法で飛びながら移動する。足並みを揃えるにしても私は馬に乗れないし、乗合馬車で移動するのは流石に時間が掛かりすぎる。


 馬の世話は向こうではどうするのかと聞いたら、ウェスター騎士団で預かってもらうらしい。そんな手があるなんて知らなかった……。


 エルグランツの屋敷に数日掛けて到着したのは夕方だったので、明日の調査について打ち合わせをする前に夕食を取ることにした。


 私が王都に行っている間にも昔の懐かしい顔ぶれが屋敷に戻ってきていて、お互い涙目になりながら再会を喜んだ。みんな確かに歳は取ったけれど、元々家族同然の人たちだ、私も一目で誰だかわかった。


 そんな以前とはまるで違う屋敷の雰囲気に、ミーティアは声をあげはしないものの、目を見開いて驚いている。そして事情を知らないレベッカがその様子を不思議そうに見ていた。




 夕食後少し時間を空けてから、普段あまり使っていない書斎で打ち合わせを開始する。


「受け取った資料によると、行方不明者が最後にいたであろう場所とされているのが『街の中の南東区域』『街の南門から出て南西』『街の東門から出て北東』の地域に集中しているみたいね。街中は孤児院や裕福層の子供、街の南西は貧民、北東は農家の人間や家畜もいなくなってる」


「街の東側は畑や牧場ばかりだからわかるけど、何で南側に貧民の被害が集中するの?」


 レベッカ相手だからか、気安い口調で素直な疑問を投げかけるミーティア。


「街中の南西区域にそういった人々が多く住んでいるのと、南に森があるからよ。お金がないから狩りや採集で飢えを凌いでるところを狙われているんでしょうね」


 それに対し、さらっと自らの考察を交えて説明するレベッカ。この街の人間ではないのに私と同じように考えていたので素直に感心する。


「三人でそれぞれ手分けして聞き込みや現場の調査をしていきましょう」


「了解しました」


「……こちらを襲ってきてくれたら探す手間が省けるんだけどね」


 ミーティアは任務を終わらせて早く帰りたいという空気を終始出しっぱなしだ。まぁこんな物騒な事件なんてさっさと終わらせられるならそれに越したことはない。


 私が彼女と仲良くなりたいなんていう気持ちは、任務とは全く関係ないのだから。




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― 新着の感想 ―
[良い点] レオナさんとミーティアさんにはまだまだ心の距離を感じますが、今回の事件を協力して解決することでもしかしたら少しは好感度が上がるかも!ちょっと期待してしまいます(*'ω'*)
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