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47.あの女(ミーティア・シース視点)

 ――私はあの女が嫌いだ。


 我らの王太子殿下をこき下ろし、脅迫するような行動にまで出たあの女を許せない。


 残念ながらその実力は認めるしかない。レッドドラゴンやブラックハウンドを一人で瞬殺するなど常軌を逸しているのは確かだ。


 しかしそのお陰で不敬罪を免れていることに私は全く納得していない。これではあの女はその力を盾にやりたい放題ではないか。


 殿下は王太子という責任を求められる大変な立場にありながら、とてもお優しく、思慮深いお方だ。民を守ることを第一に考え、貴族に対しても一人ひとりをしっかり見ていて、優秀であれば階級関係なく正当に評価して下さる。


 私のような土地を持たない王宮勤めの伯爵の次女で、身体を動かすことが好きな変わり者の女であってもそれは変わらない。


 学園で将来騎士となるために訓練を受ける令嬢など私と同じく変わり者であるレベッカしかおらず、予想通りそれを周囲が揶揄ってきたが、そんな中でも殿下は共に戦う仲間として歓迎して下さったのだ。


 ――嬉しかった。


 このお方の力になりたいと強く心に刻み、日々訓練してきた。はっきりお慕いもしているが、私のような者では釣り合わないのは理解しているので、せめて傍でお役に立ちたいと努力し、今なおそのお背中を追い続けている。


 だからあの女は嫌いだ。私の大切なお方に害をなす者など受け入れることは出来ない。


 それなのに――




(これは一体どういうことよ……!?)


 いつものように訓練のために騎士団に来てみれば、あの女が殿下や総長閣下と共に壇上に上がっているではないか。


「さて諸君、本日は客人を紹介する。此度の功績が認められ、S級ハンターとなったレオナ・クローヴェル女男爵だ。これより毎月三日間、彼女が諸君らの訓練の指南を担当することと相成った」


「たったいま紹介に与った、レオナ・クローヴェルだ。指南役を拝命した以上、全力で当たることをここで誓おう。よろしく頼む」


(冗談じゃないわ!)


 上の決定なのだから今更覆ることなどないのは重々承知しているが、それでも文句が湧いて出てくるのは止められない。私同様、あの女に憤っていた仲間たちも不満を露にしている。


 あの女を見てへらへらにやにやしている第一、第二騎士団の連中にも反吐が出る。そうやって見た目に簡単に騙されるようだから、お前たちは大して強くもないのだと何故気付けないのか。


 どうやらあの女は我々の実力を確認する為に一人ひとり順番に戦っていくつもりらしい。今この場に何人いるのか理解して言っているのだろうか。日々の任務や護衛のために抜けている者はいるが、それでもかなりの人数がいる。ただ戦うだけでも大変なのに、それで各自の実力を正確に測れるとは到底思えない。やるだけ時間の無駄だ。


 だが私も所詮数多くいる騎士の一人でしかない。上が決めた以上従うしかないのだ。


 せめて不満を吐き出しておきたくて、自分の名前を呼ばれるまでの間に、すぐさま特務の数人で集まって話し合う。


「何であの女がここにいるのよ!?」


「どうやら国はあの女を囲い込む方針のようだな……」


 ちらりと壇上に目をやると、殿下がにこやかに微笑みながらあの女と話しているのが見えた。


 その光景がぎゅっと私の胸を締め付ける。殿下に今隣にいる女とは仲良くして欲しくないという、あの女への嫌悪と嫉妬で私の心がぐちゃぐちゃに搔き乱されていく。


「あぁもう最悪……!」


「どの面下げて来たって感じだよなぁ」


「殿下は何故あのように接されているのか……理解に苦しむ」


 皆が似たような感想を言い合っている中、ウィリアムは浮かない顔をしていた。そういえばこいつだけはあの女に憤っているところを見たことがない気がする。


「ウィリアム、貴方何か言いたげね?」


「いや……何でもない」


 そうとだけ言って、一人でさっさと訓練に戻っていった。何か言いたいことがあるのなら言えば良いのに。彼のその並外れた身体の大きさや剣の腕を持ちながら、それでいて人一倍消極的なところが癇に障る。


「何なのよアイツ……」


「いつもの心配症だろ? 殿下があの女に絆されないかってな」


「あぁ、それなら納得だな」


「とにかく、私が戦う番になったらぶちのめしてやるわ。指南役なんて要らないってことを証明してやるんだから!」


「だが相手はドラゴンを瞬殺した相手だぞ? 出来るのか?」


「出来る出来ないじゃなくて、やるのよ。どのみち戦うことはもう決まってるんだから。アンタたちも気合入れてやりなさいよ」


「……そうだな」


「やってやろうじゃねえか」


 私は訓練に戻りつつ、あの女が戦っている様子を時折観察する。その戦い方は外見からは想像出来ないほどに荒っぽく、見るたびに相手を殴り、蹴り、投げ飛ばしている。右手の剣は防御用なのではないかという気さえする。


(そうか、実力を確認するために初手から攻め入りはしないのね。待っていても無駄だと思った相手には容赦なく引導を渡すけど、基本的には攻めてきた相手の隙を突くような戦い方をしてるんだ。それなら……!)


 どのようにあの女と戦うかは決まった。ひたすら前に詰めて、相手を倒れ込ませて、その綺麗な顔をぶん殴ってやる。多少反撃されたところで止まってやるものか。


 そして遂に私の番がやってくる。相対した瞬間、脳内にあの赤い火球を構えている姿が蘇り、私の中の怒りが急速に膨れ上がっていく――。




 開始の合図の後は実はよく覚えていない。……ただ、脇腹と背中の鈍い痛みが私が正気に戻ったことを教えてくれている。


 とにかく夢中で食らいつこうとしていたはずだが、ここまで頭が真っ白になったのは初めての経験で、私自身戸惑いを隠せないでいた。


 そんな地面に転がったままの私の元にあの女が近づいてきてしゃがみ込んだ。次の瞬間、一瞬で痛みが消え去ってしまう。


(これは治癒の魔法? 何故私にだけ……?)


 これまで相手をしてきた騎士たちを癒したことなど一度もなかったはず。一体どういう風の吹き回しだろうか。


「前のめりの状態でワンパターンになるのは不味いわね、冷静にならないと。でも全ての攻撃に気迫が乗っていたのはとても良かったと思う」


 その声はこれまでの相手に向けていた荒々しいものではなく、とても穏やかなもので、口調すらも気安いものに変わっていた。


「貴方、名前は?」


「……ミーティア・シース」


「ミーティア、貴女はB組ね」


 これまでの騎士は全てC組、つまり私は彼女に奴らとは違うと評価されたようだ。


 あれだけ目の敵にしておきながら、いざ評価されると一瞬心が浮ついてしまったのも、当の本人が何も覚えていないというのも、とても情けなく、そして恥ずかしく思えた。


「B組は明日以降、私が相手をする時は身体強化や視力強化を全開にして掛かってこい。私はそれに合わせるだけだから何も遠慮する必要はない」


 私のその心境を見透かしたのか、彼女は立ち上がりながらまた勇ましい声で告げる。「これで終わりではない、まだこれから強くなれば良い、それに付き合ってやる」と鼓舞するかのように。


「A組なら?」


「その全開を上回る出力で、満足するまで相手してやろう。嬉しいだろう?」


 そう挑発してくるが、表情はそうなると嬉しいのは自分だと言わんばかりの楽し気なものだった。私にそこまで上がってこいと言いたいらしい。


「……了解」


 その場を離れた私に仲間たちが近づいてくる。


「お前負けてるじゃねーか。まぁ、今までの奴らより全然良かったが」


「戦ってみればアンタもわかるわよ」


「やっぱ強いか?」


「かなりね」


 実際は頭が真っ白になっていて良く覚えていないのだけれど。それを正直に言うのも悔しいし、どうであれ嘘は吐いていないのだから問題ないだろう。


「……それに」


「それに?」


「いえ、何でもないわ」


 ――言えない。「もしかしたらそんなに悪い人じゃないのかも」なんて……。


「ふーん、まぁ見てろよ。俺がぶっ飛ばしてくるからよ」


「……せいぜい頑張りなさい」




 その後も全員と戦うことを優先してか、途中水を飲むくらいで昼食どころかまともに休憩すら取らずに戦い続ける彼女に、結局誰一人勝てた者はいなかった。ウィリアムやハロルドはかなり惜しいところまで行ったけれど、それでも勝てなかった。


 初日の訓練が終わり、帰路に着く仲間たちの顔を見ればわかる。今日まで抱いていた憤りの行き場がなくなってしまい戸惑っている。……私と同じだ。


 彼女は遊びでここに来ていたのではなかった。ここに居た誰よりも真剣にその役目を全うしようとしていたことが嫌でも、その言動から伝わってきたのだ。


 そんな相手にどうして文句を言えようか。これ以上ケチをつけようものなら、逆にこちらの人間性を疑われてしまうではないか。


(でも……それでも私は……)


 あの女を認めたくない気持ちが消えたりはしない。


 ――たとえどんなに相手が強く、美しかろうと。




◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇




 翌日からは強化の魔法を解禁しての訓練になった。


 C組がふるいに掛けられたことにより人数が減って一人当たりの時間が増えるかと思いきや、身体強化を全開にしなければならないため、実際に戦っていられる時間はそう長くない。しかし昨日よりも確実にハイレベルな訓練になっていることは確かだった。


 彼女の、相手の身体強化の出力をすぐさま把握して同等の力に合わせる技量もさることながら、その魔力量に誰もが舌を巻いた。


 魔力切れでその場に倒れ、運ばれていく騎士が後を絶たない中、彼女は魔力切れを起こす素振りすら見せない。これがどれだけ常識外れなことなのか理解出来ない者など騎士団にはいないはずだ。


 同時にこのようなことが出来る者が指南役として、今この場にいることがどれだけ貴重で有難いことなのかも皆わかっているのだろう。B組の表情は皆真剣そのもので、この訓練場の空気が明らかに熱を帯びている。先月までならこうはいかない。


 私も魔力切れで倒れ、眩暈が収まるまで設置されているベンチで休んでいるところだ。


 そこにまた新たな患者が運ばれてきた。


「はぁ……はぁ……オェッ! うぅ……ミーティアか……」


「ウィリアムも魔力切れなのね」


「あぁ……。教官殿は凄いな……やればやるほど……勝てなくなってくる……。昨日体格による力の差が埋まるから……覚悟しておけと言っておられたが……本当だったな……」


 彼の視界もきっと今ぐるぐる回っているのだろう。荒く呼吸し、腕を額に当てながらベンチに仰向けになって現実を噛み締めている。


「昨日のうちに勝てなかったのが残念ね。勝てていればきっとA組だったわよ?」


「A組に入ることだけが目的であれば確かにそうなのだが……これ以上厳しくとなると、なれなくて良かったのかもしれないな……。恐らくどちらでも今この場で出来る努力に大きな違いはなかっただろう」


「かもしれないわね。どのみち地道にやっていくしかなさそうだわ」


「あぁ……」


 会話が途切れて私たちの間に沈黙が流れる。元々ウィリアムは口数が多い方ではないので、私から話し掛けなければ、すぐに会話は終わってしまう。


(今なら聞いても良いかしら……)


 昨日何か言いたげだったウィリアム。それが一体何だったのか、あれから少し気になっている。


「……ねぇウィリアム、貴方は彼女の何を知っているの? 今までの貴方を見ていたら絶対何か知ってるようにしか思えないわ、教えなさいよ。彼女について箝口令が敷かれているから騎士団の外に漏らしたりはしないけど、同時に何も情報が入ってこないのよ」


「俺も上層部のように全てを知っている訳ではないが、お前にならまぁ、いいか……」


 具合が少し落ち着いたのか、横になっていたウィリアムは身体を起こして私の隣に座り直した。


「彼女の本名はレナ・クローヴェル。十年前の『火竜事件』で亡くなったバーグマン伯爵の一人娘だ。俺も昔一度だけパーティで会ったことがある」


「……はぁ!? 元々貴族だったの!? あれ、でもハンターって言ってたわよね?」


「あぁ。事件の唯一の生き残りである彼女は貴族社会に戻らずにハンターとなり、ずっとレッドドラゴンに復讐する機会を伺っていたようだ」


「だからあの場に一人で現れたのね……」


 普通なら騎士団に入って力を合わせて討伐しようという発想になるだろうが、あの魔力量があればそれすらも必要ないと判断したのだろう。事実、彼女は一撃でレッドドラゴンを殺してみせた。


「そうだ。だが彼女は強くなりすぎたのだろう、結局その復讐はあっけなく終わってしまった。間の悪いことに、そうやって十年間溜め続けた感情を持て余していたところに殿下の発言が彼女の神経を逆撫でしてしまった。殿下も俺と同じ時と場所で彼女と会っていたから気が逸ってしまったのだと思う。……その結果はお前も知っての通りだ」


「そう……」


『冷静になりなさい』


 あれは自戒の言葉であり、同じような状態だった私への忠告だったということか。それならあの時の口調の変化にも納得いかないこともない。


「彼女は『いばら姫』という二つ名で、エルグランツの方では住民からも慕われているそうだ。昔も落ち着いた少女だったし、ここでの殿下との会話を聞いていても何もおかしなところはない。今は指南役としてあんな感じだが、素の彼女は恐らくとても心優しい人物なのだろう」


 ウィリアムはそう語りながら、じっと離れた場所で戦っている教官殿の姿を見つめている。


「あの時が特別だったから、許してやれって?」


「まぁ……そうだな。俺はあの場で気付けたから、お前たちのようには怒れなかった。殿下もあの様子ならばきっと同じなのだろう。とにかく知っていることは話したから後はお前の好きにすればいい」


「全員魔力切れか!? ならば体力の残っている者から魔法無しで掛かってこい! 武器も剣でも槍でも素手でも構わん! 限りある時間を無駄にするなよ!」


 ウィリアムがそう言い終わったところに間髪入れずに怒号が響いた。訓練場の中央で彼女が檄を飛ばしている。確かに魔力の回復よりも消費の方が激しいのだから、そういう状況にもなるか。


「……俺は行ってくる。お前もあまりゆっくりしていると、いつか名指しで怒鳴られるぞ」


「そうね……」


 いつの間にか眩暈がすっかり収まっていたことに気付いて立ち上がる。そしてウィリアムの後を追いかけ、その後も心優しいらしい教官殿から心優しいとは思えないほどしごかれることになる。




◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇




 三日目にもなると彼女についていちいち驚くようなことはなくなり、その誰もが彼女とひたすら戦い、彼女に指摘される己の課題に向き合っていた。


 私も全体的に大振りで前のめりな動きばかりになっていることを指摘され、来月までの宿題として彼女から教わった『幻影の刃』(ミラージュブレード)という魔法でリーチを補うと共に、瞬間的に発動して魔力消費を抑えながら戦う訓練をしている。


 確かに私は騎士の中では小柄でリーチも短く、近づいてしっかり打ち込まないと有効打になりにくいこともあって、それが動きに染み付いていたのだと思う。


 彼女は女性の中では背も高く、リーチもある方だけど、大柄な男性相手だと同様の問題を抱えていると言っていたので、私の目線に立ってアドバイスをしてくれているようだ。


 実際に魔力で刃ではなく単なる棒を作りだしてリーチを延長し、殺傷力を抑えた状態で特務の仲間たちと勝負してみたところ、揃って「捌かないといけない攻撃が増えて戦いづらい」「先月までより間違いなく強くなっている」という評価を得ており、かなりの手ごたえを感じている。


 皆も真似しだしているので私だけの技術とはいかないが、これを極めて変幻自在に操れるようになってみるというのも一興かもしれない。それくらい私に向いている気がする。


 仲間たちも様々な課題を与えられており、それは単なる戦闘技術の枠を超えて精神的なものにまで及んでいることも。


 ハロルドなど、ここぞという時に思い切りが足りない理由を問われ、教官殿が女性であることを挙げてしまったばかりに、もうそんなことを考えなくて済むようにと、身体強化のハンデを与えてもらえずに体術でボコボコにされては治癒の魔法で癒されてを繰り返すという、地獄のような訓練を受ける羽目になっていた。その教官殿の心優しさにB組の騎士一同涙が出そうだった。


 美形で実力もあり任務では真面目、しかしそれ以外では女好きで生粋の遊び人であるアイツが女性恐怖症になってしまわないか皆心配して見ていたが、恐怖の対象は教官殿のみに留まったようで何よりである。


 そんなこともあって、順調に騎士たちから尊敬と畏怖を集め、騎士団内における立場を確固たるものとしていく教官殿。そして彼女が去ってからもB組であることが認められた証、一種のステータスとして機能し、C組を奮い立たせる動機になるなど、大きな影響を残していった。




 いくら教官として尊敬出来ても、私はあの女を好きにはなれない。


 殿下と楽しそうに話さないで欲しい。殿下も出来れば彼女に近づかないで欲しい。


 ずっと自分の想いを押さえつけてきた私には、いつの間にかもうそのような反発しか出来なくなっていた。




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― 新着の感想 ―
[良い点] ミーティアさんの複雑な乙女心がしっかり見えて、応援したいようなちょっと見守りたいような複雑な気分になってしまいました。 レオナさんに対する誤解や偏見は解けて、騎士たちから尊敬されるようにな…
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