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44.おもてなし

 私は今とても浮かれている。知り合いが私の屋敷に来ることになったからだ。


 今でこそ知り合いの数は人並みにはなったとはいえ、ずっと宿暮らしの生活だったし、皆働いているので、一緒にお喋りする程度で距離感としてはそこまで近いとは言えない。


 それがようやく人を招ける場所と理由を用意出来た。皆にはお手伝いとして来てもらう訳だけれど、まだ住めないとはいえ一応新しい私の家なのだ。おもてなししても構わないはずだ。


 皆にお願いする時にお昼をご馳走すると言っていたのはそういうこと。


 私はおもてなしをしたいのだ。


 前世でも殆どプライベートな付き合いというものをせず、小さい頃のお茶会もブリジット様としかしてこなかった私は、そういったものに飢えていたのだ。


 本当は女性の知り合いを集めてお泊り会とかやりたい。超やりたい。お茶飲みながらずっとお喋りして、ご飯食べてお酒飲んで、一緒の部屋で寝て恋バナしてみたい。いつか必ず実現させてやるとして、今回はそれの前哨戦だ。


 なので今私は宿の厨房を借りて、明日のお昼に出す物の下ごしらえをしている。屋敷の立派な厨房もちゃんと使えることは確認済み。ただ一応初めてではあるから、最後に火を使う工程以外は全部ここで済ませてしまうつもりだ。


 まだ何を運び出して何を買わないといけないのかのリストアップ出来てないけれど、これが終わってからやるから問題ない。




◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇




 朝一番に食材などを屋敷に運び入れ、備え付けの冷蔵用魔道具に突っ込んでいく。そしてまた換気のために屋敷の窓をすべて開け放ち、準備は完了だ。


 しばらくすると下取り業者が家具を回収するための荷車を持ってきた。この屋敷がどういう場所なのかは彼らも当然のように知っていたので、いくら質の良い物であっても下取り価格はお世辞にも高いとはいえない。今日は急遽お願いしたというのもあるし、そのあたりは仕方ないかなと諦めた。


 そしてその数分後、お願いしていた時間になった。窓から外を確認すると、門の方に人影が見えたので急いで出迎えに向かう。


「いらっしゃい、今日はよろしくね」


「うははは、やっべ~!」「マジでここがレオナの屋敷なのか……」

「すごぉーい……」「流石レオナさんだ……」


 みんな半信半疑だったようで、本当に私が屋敷から出てきたことに驚いているらしい。


「ほらほら、入って入って」


「マジだ、庭すんげぇ荒れててウケるんだけど!」


 いきなり目に飛び込んできたギャップにエイミーが笑っている。屋敷は立派だけど住むにはまだまだなのだと、ようやく理解してくれたようだ。


「昨日まで一面が私の身長ぐらいまで草がボーボーだったのよ?」


「それだと逆に凄くないか? 一人でこれだけの広さを刈ったのかよ……」


「そうよ。お陰でベンチとか植木鉢がお亡くなりになったわ」


「庭掃除で何故お亡くなりに……?」


「大方魔法で豪快にやったんだろ」

「そんな気がする~」


 アクセルとユノさんは着実に私の性格を理解してきているように思う。嬉しいやら悲しいやら。それに比べてカイルの何と純粋なことか。


「もう! お庭はいいの! 今日はこっち!」


 玄関の扉を開けてみんなに入るよう促す。入ったら入ったでまた皆「おぉ~」と驚きの声を上げている。


「外から見てわかってたけど、やっぱ広いなオイ!」


「この辺りってこんなに広いお屋敷ばっかりなんですね……」


「……この玄関ホールだけで俺らの宿の建物より広くねえ?」

「かもねぇ……」


「こっちから順に行きましょうか」


 丁寧に反応を拾うとさっきみたいな話になりそうなので、適当に流して一階の応接間の方へと向かう。


「この辺のソファーや椅子、カーテン、カーペットは全部運び出しちゃって」


 予定通り、不要な家具を運び出すように説明をする。するとエイミーが顎に手を添えながらそれらの家具をまじまじと観察し始めた。


「……なぁレオナ、これめちゃくちゃ上等な奴じゃね? いらねーならアタシが欲しいくらいなんだけど……」

「だよなぁ?」


 アクセルも腕組みをしながら同じ家具を覗き込んで頷いている。


「欲しいなら別に構わないけど……でもここに前に住んでた貴族、一族全員病死したらしいわよ? 洗浄の魔法で綺麗にしたとはいえ、そんなのを使うのは嫌じゃない?」


「げぇっ!?」「ひぃっ!?」「うわあああああ!!!」

「そんな屋敷買ったのかよお前……」


皆この屋敷については知らなかったらしく、私の話を聞いて顔を強張らせた。カイルに至ってはこの場から逃げ出そうとしていたので、すぐさま首根っこをとっ捕まえる。


 その様子を見てもう逃げられないと悟ったのか、魔法を使えないカイル以外の全員の魔力の反応が強くなった。みんな私みたいに抵抗の魔法の出力を強めているのが可笑しい。意味ないだろうけどね。


「空間ごと洗浄しまくったし病気に関しては大丈夫でしょ、多分。私は肌が触れるものだから気分的な問題でいらないのよ」


「やっぱ貰うのはやめとくわ……」

「俺も……」


 さっきまでの勢いはどこへやら。二人共しゅんとしてしまった。


「それじゃ、どんどん運び出しちゃって! 下取りの業者が荷車持ってきてるから、そっちによろしくね!」


『うーい!』『はーい!』


 もちろん皆に丸投げしたりはしない。私もちゃんと作業に混じる。


 ユノさんがこの中では一番非力なので、大きい物は私とエイミー、アクセルとカイルでペアになって運び出していく。ユノさんには椅子などの比較的小さめの物や、タオルやリネン類など細々した物をお願いした。


 持ち上げる時の掛け声や「重てぇ!」なんてぼやきが屋敷内に響く。


 そうして人の声が聞こえる空間にいることでじわじわと自分の屋敷なのだという実感が湧いてきたような気がする。故郷の屋敷では沢山の使用人がいて活気があったし、やっぱり静か過ぎるのは逆に落ち着かないみたいだ。


 それにしても凄く大きなカーペットが丸まってる所なんて初めて見た。重いし、持ちにくいし、長くて運びにくい。一人でやらなくて正解だった。


 天蓋付きのダブルベッドなんて四人掛かりでも大変だ。憧れがあるので新しいのも天蓋付きにするつもりだけれど、また部屋に入れる時に苦労しそう……。


 屋根裏の使用人部屋でベッドの他にテーブル、椅子などその大半を運び出している時、あることに気付いた。テーブルや椅子は木製の物だけれど、古くてガタガタな物ばかりだったのだ。


 屋敷の主は正直自分たちと使用人で差をつけすぎだと思う。身内を蔑ろにするのは好きじゃない。


 男爵とはお風呂のこだわりに関しては通じるところがあったけれど、こういうのを見るとわかり合えなさそうだなって感じがする。既に亡くなっている人相手に何言ってんだって気もするけれど。


 そうして作業も全体の四割くらい進んだところで私は一人抜け出して、厨房でお昼の用意を始める。


 下拵えも済んでいるので、あとは茹でて煮て焼いて和えるだけ。貴族の屋敷の厨房だけあって魔道具のコンロは複数あるので同時にいける。前世の台所ではコンロは二口(ふたくち)しかなかったので無理だっただろう。


 私自身料理は出来るといっても、小さい頃屋敷で食べていたような豪華なものは作れない。所詮家庭料理の域を出ないのだ。それでも野営中は大した物を食べられないハンターの口にすら合わないなんてことはないはずだ。


 人に料理を作るのは五年ぶりだろうか。樹海を出てからは一度もなかった気がする。


(お師匠様はあれでも素直に美味い美味いって喜んで食べてくれたから、料理も毎日大変ではあったけど嫌ではなかったんだよね~)


 やはり食べて喜ぶ顔を思い浮かべるのが一番のモチベーションになる。そうやって皆の反応を楽しみにしながら、黙々と作っていく。


「……よーし、完成!」


 冷めてしまう前に急いで皆を呼びに行く。


「お昼出来たから休憩にしましょ!」


『よっしゃー!』

「ありがとう~」

「御馳走になります!」


  休憩と聞いて湧き立つ面々。朝から動いていたのだからきっとお腹も空いているだろう。


「あ、その前に。横一列に並んで。…………『洗い流し』(ウォッシュアウト)


 四人纏めて洗浄してやる。突然水に包まれて洗われた四人全員がぽかんとしている。


「おぉ、何この魔法めっちゃ良いじゃん!」

「後で教えてくれ!」


「はいはい、後でね。早く食べましょ」


 食堂の椅子は全て運び出されていて使えないので、厨房の奥にある使用人の休憩スペースのテーブルで食べることにする。


「うお~!? 美味そう!」「へぇ、やるじゃん」

「おいしそ~!」「レオナさんがこれを!?」


 何の変哲もないハンバーグやパスタなどでも、食べる前から皆とてもいいリアクションをしてくれて私も嬉しい。たったこれだけでも自尊心が満たされていく……。


 外見を褒められるよりも、こういうのの方がよっぽど嬉しいのだ。


「パンとスープはまだあるから、お代わりも出来るわよ。それじゃ、いただきまーす」


『いただきます!!!!』


 みんな豪快にがっついていく。うむ、良い食べっぷりじゃ。


「うめええええええええええ」

「普通にうめぇな……」

「やっぱりレオナさん料理上手~!」

「…………」


 カイルは頬張ったまま目を閉じて無言で天を仰いでいる。気に入ってくれたっぽいのは伝わってくるけれど、何かちょっと怖い……。


 それにしても気合が入り過ぎたせいでお昼としてはだいぶ量が多いはずだけれど、皆どんどん平らげていく。流石は身体が資本のハンターといった感じだ。


「全部うめえ! レオナやるなぁ!」


「んふふ、もっと褒めていいのよ?」


「いやホント美味いよ。やっぱ旅先で作る飯とは違うな」


「お店出せるんじゃない?」


「次はS級料理人ですね!?」


「んなもんねーよ!」


 こんな調子で和やかに時間が過ぎていく。楽しくお喋り出来たし、料理も褒めてもらえたりして、もう既に屋敷を買って良かったと思っている。


(後はお風呂さえ使えれば言う事なしなんだけれど、流石に住める準備が出来ないことにはね……)


「……さて、一息つけた事だし、そろそろ作業再開しましょうか」


『うーい!』『はーい!』


 と、言いながら私は洗い物をすることにして、残りは皆に任せた。それでも夕方になる前には全て運び出し終わり、手伝ってくれた皆にはちゃんと報酬を渡してこの日は解散になった。


 翌日、私は下取り屋で代金を受け取り、その足で家具を買いにいった。どうやら貴族が使うようなものはオーダーメイドになるらしく、全てが揃うには半年ほどかかるらしい。


 それまでの間は、屋敷へはたまに空気を入れ替えたり掃除しに行くぐらいで、他は今まで通りの生活を送るしかないみたいだ。どれだけ楽しみにしていようが、ここは我慢、我慢……。




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― 新着の感想 ―
[良い点] しっかりと屋敷の外も中もじっくり時間をかけて整えて快適な空間を作っていきましょう!(*'ω'*) ハンター仲間の皆ともこれからどんどん交流も増えて関係や絆も深まっていきそう!
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