41.ゴブリン討伐?(ヴォルフ視点)
その後馬車に乗り込み、問題なくアジェの町へと到着した。
まさかギルドですれ違った村娘たちと同じ馬車に乗り合わせるとは思わなかった。しかもあの場に居なかった男たちと一緒に居たものだから、良からぬ事件に巻き込まれていないかと心配したのだが、会話を聞いているとどうやら同郷の者たちだったらしく要らぬ心配だったようだ。
彼女らの会話の中で頻繁に名前が挙がっていた「レオナ様」が誰かは知らないが、どうせ故郷の村のまとめ役の婆さんか何かだろう。
宿で一泊し、翌朝から依頼のために近隣の森に入る。
今回受けた『魔物の討伐』の対象はゴブリンだ。定められた期間中に狩った数に応じて報酬が支払われるというものである。といっても他の魔物も人類の敵であることには変わらないので、そちらを狩っても多少の報酬は出るのだが。
依頼主の話では何やらこの近辺ではゴブリンの数が急激に増えているらしく、普段から街や村を守っている者たちでの対応が厳しくなる前に、早めにギルドに投げたということだそうだ。
実際に森に入ってみれば確かに結構な頻度でゴブリンを見かける。通常であれば探す時間の方がよほど長いのだから、数が増えているというのは間違いないなさそうだ。
(これは当たりの依頼を引いたな……!)
上手くやれば相当な稼ぎになるはずだ。もちろんリスクはその分高まるが、良く知るゴブリンが相手なのだから、危険かどうかの状況の見極めはしやすい。纏まって動いているのを狙うにしても三体までだ。それ以上は下手をするとこちらが怪我をする。
周囲を警戒しながら慎重に獲物を探し、確実にゴブリンを狩っていく。
そうやって俺は順調に討伐数を増やし、なんと三日間で五十体ものゴブリンを狩ることが出来た。狩り尽くしたのか三日目にはたまにしか遭遇しなかったほどだ。
討伐数の証明書と依頼完了のサインをもらうために街の依頼主の元へ赴けば、その数を見た依頼主から大いに感謝された。これでギルドに戻ればかなりの報酬が手に入るのだから、実に良い依頼だったと言えるだろう。
気を良くした俺は、その後立ち寄った酒場では奮発して旨いものをたらふく食ってやった。
充実した朝を迎え、意気揚々と帰りの馬車に乗るために街の出口を通過しようとしたところ、突然呼び止められた。
「そこのお前、ちょっと待て!」
「ん?」
呼び止めてきた男はただの衛兵とは違うようだ。衛兵は今もそこいらに突っ立っているし、そもそも服装が全く違う。その赤と白の制服らしきものはとても良い生地を使っているように見える。
近づいてきた男は顎に手を当てながら、俺を頭のてっぺんから足のつま先までじっくりと観察してくる。
「長身細身に黒い長髪、赤い瞳、ボロボロの皮鎧に身を包んだ、みすぼらしい風貌の中年男性……」
(なんだコイツは……いきなりじろじろ見てきて気持ち悪い奴だな……)
「……間違いない。突然で悪いが我々に同行してもらおう。なに、悪いようにはせん」
突然何かに納得したらしい男が俺を何処かに連れていこうとする。この国に来て犯罪を起こすどころか、トラブルに巻き込まれた覚えもないので連れていかれるような心当たりなど何もない。
(武器を突き付けてこないのは俺を捕えるつもりではないということか? だが俺の容姿を正確に把握しているというのは不自然極まりないな……)
流石にこれで「はい、わかりました」とはならない。知らない人間について行ってはいけないなんて今どき子供でも知っている。
「まるで話が見えないんだが……とりあえずそっちが何者なのかと、その理由ぐらいは教えてくれてもいいんじゃないか?」
男もはっとして頷き、姿勢を正した。
「私は此処ロートレック子爵領の騎士団の者だ。今言った容姿の人物を領主の元へお連れするよう命を受けている。ゴブリン討伐の件でお話があるとのことだ」
「ゴブリン討伐の件で話だと……?」
領主の元に依頼主である町長から何か報告が行ったのだろうか。それであれば容姿を把握されているというのにも一応納得はいく。
(何より貴族が相手だと下手な真似は出来ないな……。ここは従うしかないか)
「……わかった、連れていってくれ」
◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇
これまでに乗ったこともない豪華な馬車に揺られて、アジェ郊外にある領主の屋敷へとやってきた。
「こちらです」
広い屋敷の中を使用人に、応接室らしき部屋の前まで案内される。さっきから周りを見渡しすぎて首が痛くなってきた。
「くれぐれも失礼のないように」
「丁寧な言葉遣いなんてものはまるでわからんのだが……」
貴族と関わり合いになることなどこれが初めてなのだ、無茶を言うな。
「むぅ……なら予めお伝えするしかないか。せめて態度だけはまともにしていてくれ」
貴族はもっとひたすら上から押さえつけてくるような物言いをするものだと勝手に思っていたので、案外融通を利かせてくれているのは少し意外だった。
「失礼します、件の人物をお連れしました」
俺はすぐ前に立つ騎士団の男の動作を見様見真似で跪いた。
「……ご苦労だった」
俺たちを出迎えたのは俺よりは多少年上だと思われる、とても小柄な中年男性だった。流石に領主というだけあって俺とは違い、とても綺麗な装いをしている。
「この者は平民ということもあり、言葉遣いについては酷いものですが、どうかご容赦願います」
「良いだろう。――其方、名は何というのだ?」
「……ヴォルフ」
「……そうか。ヴォルフ、此度のゴブリン討伐、よくやってくれた」
(こいつらは俺の名前を出しても嫌な顔はしないようだな……)
受付の姉ちゃんはギルド関係者だから知っていただけで、こちらの国ではあまり知られていないと思っていいのかもしれない。
「村を守った其方には報酬を出さねばと思ってな」
そう言うと領主は使用人に目配せをし、大きな皮袋を俺の元へと運ばせた。中には見たこともないような大量の金貨が詰まっている。
「もらって良いのか……!? 依頼の報酬もあるのだが」
「依頼……? 其方はハンターだったか。ついでで討伐するとは、感心感心」
(ついで? ついでとはどういう意味だ? それに今、村を守ったと言ったがアジェは村という規模ではないと思うが……)
先程から何かが微妙に引っかかる。具体的な容姿とゴブリン討伐を手掛かりに連れてこられたというのに、細かいところで噛み合わない。依頼主が適当に報告したのだろうか。
「ヴォルフ、この領地の用心棒として儂に雇われる気はないか? 儂は其方にこれからも魔物からこの領地を守ってもらいたいのだ」
たかがソロのB級ハンターに大げさなとは思うが、評価されたこと自体は素直に喜びたい。だが俺には強い拘りがある以上、これに頷く訳にはいかない。
「評価してもらえたのは嬉しいんだが、俺は依頼で各地を巡り、その地の旨い飯を食うことを至上の喜びとしている。一箇所に留まるなんてのは出来ない相談だ」
「そうか……残念だ。ならばせめて王宮にS級ハンターになるための推薦状を書いてやろうか?」
(S級ハンター!? いくら数が多かったとはいえ……)
「たかがゴブリン討伐でS級になどなれるものなのか……?」
「何を言う。イルヘンの村人が『村を飲み込む濁流』と表現した程のゴブリンの大群を巨大な竜巻の魔法で殲滅してみせるなど、誰にでも出来るようなものではないではないか」
領主の口からさらりと出た驚愕の内容に血の気が引いた。それは村の名前から、ゴブリンの数の規模、竜巻の魔法まで何一つ俺の知るものではなかった。
(一体これはどういうことだ!? 何故俺がここに呼ばれている!?)
もう俺の頭の中は大混乱だ。表情に出さないように必死に取り繕ってはいるが、革製の装備に包まれている手足や背中の汗が大変なことになっている。
(いや、理由よりまずこの状況をどうやり過ごすかの方が重要だ。今から受け取った金を返すのはもう不自然だし、とにかく疑われないように全て断って今後貴族と距離を取るしか手はない!)
下手に話に乗ってしまえば、待っているのはこの身の破滅だ。詐欺だなんだと理由をつけられて殺されるのがオチだ。冗談ではない。
「どちらにせよ、過ぎた身分など俺には不要だ。今の自由さが気に入っているんでな」
「何とも欲のない男だな……」
「俺の欲は胃袋で満たすのさ。その為に必要な物はもうもらっている。そうだろう?」
俺はジャラリと中身の詰まった皮袋を持ち上げてニヤリと笑いかける。もっとも心の中は全く笑えてはいないのだが。
「ふふ、まぁいい。気が向いたらいつでも我が領地で迎え入れるので、そのつもりでいてくれ」
「感謝するぜ、領主サマ」
なんとか金を受け取る以外にこいつらと関わりを持つことは避けられそうだ。
(騎士団の男の時にも感じたが、領主すらもが妙に物分かりが良かったのは俺が強大な力を持っていると勘違いしていたからのようだな……)
いかなる権力も、圧倒的な力の前では通用しないというのが良くわかる。結局、より理不尽な者に運命を握られるというのは人も動物も変わらないのだ。
それにしても何だ、竜巻の魔法で大量のゴブリンを殲滅とは……。そんなもの本当に人間の所業かどうかすら疑わしい、もはや化け物ではないか。きっとどいつもこいつもお祈りのし過ぎで頭がイカレてしまったのだろう。
その後も帰り際に食事に誘われもしたが、断腸の思いで断った。
貴族の、それも領主の食うような飯など食ってみたいに決まっている。だが今はとにかく貴族から距離を取らなければならない。
「お貴族様の飯を食ったせいで、普段の飯に満足出来なくなったら困るからな」
この断り文句は我ながらよく咄嗟に出てきたものだと自分を褒めたいぐらいだった。
◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇
帰りの馬車の中で何故今回のような目に遭ってしまったのかを考えてみるが、まるで理由が浮かばない。その強大な力の持主とやらが、面倒な役目をたまたま近くに居て目に付いた俺の容姿の特徴を伝えて押し付けてきたと想像するので精一杯だった。
(イルヘンの村だったか……に向かえば何かわかるかもしれないが……)
藪をつついたところで出てくるのは敵いようのない相手であることを考えると、これ以上は首を突っ込まない方が良いだろう。
俺は旨い飯を食って生きている実感を得られればそれでいい。
あぁそうだ、金に余裕があるうちにせめて髪型や装備品は変えておこう。少しでも目に留まりづらくするために。
(これ以上面倒事には巻き込まれないように頼むぜ、女神サマ)
女神の返事は聞こえなかったが、それは恐らくガタガタと煩い馬車の音のせいだろう。
これにて第二章終了です。次の話から第三章が始まります。
主人公がまた貴族と関りを持ち、少しずつ受け入れられていく様をお楽しみください。
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