40.ローザリア王国(ヴォルフ視点)
謎の男ヴォルフ視点、全二話です。
いきなりなんだコイツはと思われるかもしれませんが、
後々大きく物語に関わってくるキャラなのでどうかお付き合い願います。
「やっと着いたか……」
辛気臭い船内から甲板に出て凝り固まった身体を伸ばす。一息ついて周りを見渡せば、隣国ローザリア王国の玄関口であるフィデリオ港が目前に迫っていた。
昇降口のすぐ脇に陣取り、入港後は真っ先に陸地へと降り立った。それだけ地面が恋しかったのだ。もう船は充分堪能したので当分は乗りたくない。
「……まずは飯か」
一週間を超える船旅ですっかり馬鹿になってしまった平衡感覚で、ゆらゆら揺られながら人通りの多い街の中心部へと向かう。土地勘は全くないが人の流れと旨そうな匂いを辿ればどちらに行けばいいのかは大体見当は付く。
そうやって見つけた市場から見える位置にあった酒場に入ってみる。中は既に賑わっていて、どうやら早朝の漁を終えた漁師たちが早くも酒を呷っているようだ。
「何かこの街ならではの旨いものをくれ」
「あいよ!」
カウンターの席に座って適当に注文する。こう言っておけばメニューが良くわからなくても、食べ飽きた保存食よりはマシなものが出てくるのだ。
「おまちどう!」
出てきたのは串に刺さった魚の塩焼きと、魚介類の沢山入ったスープだった。
(なるほど、流石は港町だな。どれ……)
まずは塩焼きにかぶりつく。香ばしい皮目から油がにじみ出て、その奥のほろほろとした白身と口の中で混ざり合う。それらの旨味が皮に付いた塩によって更に引き立たされている。
(旨い……!)
シンプルな塩焼きでこれなら、スープの方も期待できるだろう。
うきうきしながら器を手に取り、その赤い汁を啜る。どうやらこの赤はトマトの色のようだ。その程良い酸味の奥には魚介類のエキスが溶け込んでおり、塩焼きよりも更に複雑な味わいだ。これもとても旨い。
(おっと、いかんいかん……)
思わずスープを飲み干しかけたが、それでは具が食べている間に渇いてしまうではないか。
具の貝を手に取り、身を殻から外して残り少なくなったスープにちょんと付けながら口に放り込むと、その歯ごたえのある身から、噛めば噛むほど旨味が滲み出てくる。
それを目を瞑りながらじっくりと楽しみながら味わう。
「アンタ、美味そうに食べてくれるね。ウチの料理もなかなかのものでしょ?」
給仕の女が俺の食べる様子を見て嬉しそうに話しかけて来た。
「あぁ、とても旨い。船旅で疲れた身体に染み入るな……」
「おや、他所の国の人かい?」
「フレーゼ王国でハンターをやっている。今回は出稼ぎといったところだな。ひとつ尋ねたいんだが、ここいらだとギルドのある街は何処になる? 出来れば大きい町が良いんだが」
「それなら丁度この港の北にあるエルグランツだね。ギルドの本部がある、この国でも三本の指に入る大都市さ」
「ほぅ、それはおあつらえ向きだな。近いのか?」
(海老も旨いが、殻を剥くのが少し面倒だな……)
目線は手元の海老から離さないまま、続けて尋ねる。
「馬で急げば一日掛からない距離だよ、歩いても二日ってところだね。街道も人通りが多いからかなり安全さ。まぁハンターなんだったらどこでも大丈夫だろうけどね」
「なるほど、ならそこを目指すとしよう。感謝する」
「あいよ! それじゃあごゆっくり~」
俺はゆっくりと料理を楽しみ、この日は街をゆったりと散策して過ごした。別に急ぎの旅ではないのだ、楽しまなければ損というものだ。
◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇
「おお、確かにこれはかなり大きな街だな」
そして俺は今エルグランツの南門を見上げている。フレーゼ王国最大の都市、王都ヘクセルシアに勝るとも劣らない立派な街のようだ。
まだ日が昇ったばかりだが、空腹に耐えきれず干し肉を齧ってしまったせいで腹の減り具合は微妙なところだ。先にギルドに寄ってしまうとしよう。
住民に道を聞いてハンターギルドの本部に到着する。扉を開けて中に入ると、視線が入って来た者に集中するのはどの国でも同じらしい。これが俺のような草臥れた中年男ではなく期待に目を輝かせた若者であれば絡まれたりもするのだろう。
真っすぐカウンターに向かうと、受付には小柄な女が座っていた。
(こっちの受付は随分と華奢だな……そんな小さな身体でハンターの相手が務まるのか?)
祖国のギルド本部では野盗の親玉のような男が受付をやっていて、新人はそれに話しかける恐怖に打ち勝つところから始まるとまで言われている。だがこの国ではそういった話とは無縁そうだ。
俺が受付に用があると気付いた女が眩しい笑顔をこちらに向けてくる。
「いらっしゃいませ! 本日はハンターギルドに何の御用でしょうか?」
「ハンター情報の引継ぎを頼みたい」
どちらの国にもギルドは存在しているが、常に最新の情報の共有がなされている訳ではない。日々沢山の人間がハンターに登録し、昇級し、また死亡しているのだから当然だ。
なので国を跨いでハンターの活動する場合は元の国でのハンターとしての個人情報と、それを国が保障する書類を発行してもらい、移動先のギルドに渡す必要があるのだ。
「他国での経験者の方ですね。では書類の確認をさせていただきます」
「……これだ」
俺から書類を受け取った女は、慣れた手つきで引継ぎに必要な項目の確認をしていく。
「フレーゼ王国から来られた……B級ハンターの……ヴォルフさんですね。……あれ? ヴォルフさんって『あの』ヴォルフさんですか……?」
「……そうだ」
俺の肯定に受付の顔が若干引き攣ったのがわかる。
(やはりこっちでもそういう扱いか……まぁいい、それでも祖国よりはマシだろう)
「そ、そうだったんですね……失礼致しました! ――では、これで引継ぎ完了です! 私はモカって言います。よろしくお願いしますね、ヴォルフさん」
「あぁ、よろしく頼む」
カウンターから離れ、依頼の貼りだされた掲示板の前まで移動する。
(これは人と接すれば接するほど、俺が誰だか知る人間が増えるほど、居心地が悪くなっていきそうだな……)
であれば出来るだけ街に留まる時間を減らした方が良いだろう。俺は適当なC級の魔物の討伐依頼を手に取る。
「……これを」
「はい、『魔物の討伐』ですね! 依頼元のアジェの町は御存じですか?」
「いや……」
「アジェの町はここウェスター領の北隣にあるロートレック領にある鉱山の町です。ここから乗合馬車も出ていますから、道がわからなければそちらを利用するのもアリです。馬車なら二日程度の道のりですね」
「そうか、わかった」
依頼完了証明のサイン用紙を受け取り、俺はカウンターに背を向けて入り口へと歩き出した。するとちょうど誰かがギルドに入ってきたのだが、よくよく見るとそれはこの場に全くそぐわない異様な集団だった。
どう見てもただの村娘にしか見えない四人組だったのだ。きょろきょろと周りを見回していて、明らかにギルドに慣れている様子ではない。
(こんな娘たちまでハンターになるほど人手が足りていないのか……? それともこの国では女に人気の職業なのか……?)
どちらにせよ祖国では考えられない光景だ。だからと言ってただすれ違うだけで何もする気はない。俺には関係ないことだ。人生と言う名の高い授業料を払わないで済むと良いなと思う程度でしかない。
己の身は己で守るものだ、ハンターとはそういうものだろう。
ギルドから出て目の前の噴水広場から乗合馬車の出ている北門を目指して歩き出す。
だがここでも何やら不思議な光景が広がっていた。北の通りにいる大勢の人々が人だかりを作り、揃って同じ方向を見ているのだ。
俺はそこいらの者より背が高いのを活かしてその視線の先にあるものを探る。……どうやら金髪の女がこちらに向かって歩いてきているようだ、少しだけ頭が見える。
女を避けるように目の前の人だかりが移動したことで、その姿をはっきりと捉えることが出来た。
(なるほど、こりゃあ……とんでもない別嬪だな……。でかい街ともなると女の質も凄いもんだな)
涼し気な顔をした物凄い美人が、その金髪をたなびかせ、軽く腰を揺らしながら颯爽と歩いていく。右腕には手甲をつけ、腰に細身の剣や短剣を下げているのを見るとハンターの可能性が高そうだ。
俺はちょうど隣に立っていた、彼女を見て惚けた面をしていた男に話しかける。
「彼女は何者だ……?」
「アンタ知らないのか!? A級ハンターの『いばら姫』だよ! この街の有名人だ」
(あの若さでA級だと……!?)
そんな話、とてもじゃないが信じられない。流石に国によって昇級のしやすさに差があるなんてことはないはずだが……。
成人してすぐにハンターになったとしても、相当上手くやったところで見習いからA級になるまでには十五年から二十年は掛かるはずだ。だがどう見ても彼女の歳はまだ二十かそこらにしか見えない。
「兄ちゃん、口から出まかせは駄目だぜ。あの若さでA級は無理があるだろ」
「アンタ本当に知らないんだな……。疑ってるところ悪いが、しかも彼女はB級から完全にソロで史上最速かつ最年少でA級になった超凄腕だぞ」
「はぁ……!?」
そのあまりにも現実離れした話に脳の処理がおいつかない。これは俺がハンターだからこそなのかもしれない。一般人ではその異常さを本当の意味で理解出来てはいないのではないか。それこそB級の依頼をソロでこなすのがどれだけ危険なことなのかなど間違いなくわかっていないだろう。
俺も一応はB級ではあるが、受ける依頼は専らC級のものばかりだ。祖国では俺と組むような人間は居ないので、B級の依頼などとてもではないが受けられない。相当な腕前の人間が慎重に慎重を重ねれば不可能ではないのかもしれないが、昇級に掛かる年数が更に延びるのは間違いない。だからこそ目の前を歩くあの女の異常さが際立っているのだ。
「今朝は俺の知っている格好じゃなかったから見惚れちまったよ。まぁ、これまでは実用一辺倒って感じで地味だったから断然今の方が俺は好きだな、めちゃくちゃ色っぽいし。朝から良いモン見れたよ、んじゃな」
俺の困惑を余所に、男はさっさと行ってしまった。その『いばら姫』とやらもギルドに入っていって姿が見えなくなったので、この北の通りも平常に戻っていった。
もやもやしながらも、俺も北門への移動を再開する。
(気にはなるが、まぁそれもこの街にいれば自然と判ることか。俺は俺でこの国での暮らしに慣れなきゃならんのだ、気を取られている場合じゃないか……)
北門に到着して無事に馬車の乗り場を見つけたものの、まだ出発には時間があると言われたので、それまで俺は朝飯を食って待つことにした。




