39.★怒り(クリストファー視点)
「尻尾での攻撃が想定以上に危険だ! 真横より後ろの者は攻撃役だった者も『凍てつく氷槍』での援護に回れ!」
「ドラゴンの正面、狙われている者は注意を引きつけろ! 回避が最優先だ! 無理に攻撃して回避し損ねるなよ!」
「尻尾の当たらない位置の攻撃役は積極的に攻め立てろ!」
次々と指示を飛ばして訓練と実戦のズレを修正していく。狭い場所で戦ったり空に逃げられたりしなければ流石のレッドドラゴンも多勢に無勢といった様子で、その強さを十全に発揮出来ないでいる。とても良い調子だ。
「ブレス警戒! 横薙ぎ来るぞ!!!」
『旋風』『旋風』『旋風』
範囲内の騎士全員が炎のブレスを風の壁で逸らし、ファイアリザードの皮を用いたマントで身体を覆って熱を遮断する。
我々は訓練の時からこのような物理的に避けようがないブレスで壊滅させられるのを最も警戒していた。それをどのように防ぐか対策を考えていた時に一番に頭に浮かんだのが、あの時彼女が使っていた風の壁の魔法だった。
魔法で炎のブレスを模して仲間たちと実際に防げるか試してみたところ、直撃は確かに防げたものの、熱までは完全に防ぎきれなかったため、そこに火を噴くトカゲの魔物であるファイアリザードの皮を用いたマントを用意した。使える物は何でも使えの精神である。
アルメリア教における暗黙の了解を盛大に破っていることになるが、人類の敵である魔物を倒す為なのだから多少は大目に見てもらいたい。
とにかく我々の考えてきた対策はレッドドラゴン相手でもしっかりと効果があったようで、今のブレスで戦闘不能になった者は一人もいなかった。
本当は最初の上空からのものも含め全てブレスをそうやって防ぎたいところなのだが、現実はそう甘くはない。我々の魔力にも限りがあるからだ。
壁の魔法は発動時以外にも攻撃を防いだ際にその威力に応じて魔力を消費するのでレッドドラゴン相手では消耗が大きい。なので身体強化だけでなく『凍てつく氷槍』も使用している状況ではそう何度も防ぐことが出来ないのは明白であるため、節約出来るところはしていかないと持たないのだ。
我々の魔力が尽きるのが先か、ドラゴンの命が尽きるのが先か、ここからはそういう勝負になってくる。そして今はこちらの方が優勢と言えるだろう。
「我々の対策が見事に実を結んでいる! このままいけば勝てるぞ! 決して最後まで油断するなよ!」
『おおおおお!!!!』
希望が見えてきて俄然勢いづいた騎士たち。
(皆の士気も高い。……これならいける!)
「ぐあああっ!?」
「うわああああ!!」
そこに突然、ドラゴンとは全く別の方向から苦痛混じりの声が上がった。
「どうした!?」
すぐさま声がした方向を確認すると、騎士たちが黒い何かに襲われており、馬乗りにされながらも必死に抵抗している光景が視界に飛び込んできた。
「ブラックハウンドです! 奴らが背後から襲ってきています!」
(まずい……! レッドドラゴンの包囲網の更に外側から襲われるとは!)
見れば周囲の森から次々と狼の魔物が飛び出してきており、その数は我々の人数よりも明らかに多い。何故今になって大量に雪崩れ込んでくるのだ、交戦する前はまばらにしかこの陣を襲ってくる魔物は出てこなかったではないか。
別の種類の魔物同士が協力し合うなど聞いたことがないが、今目の前で繰り広げられている光景はそのようにしか見えない。……まさかレッドドラゴンの窮地を救いにきたとでもいうのだろうか。
戦況の雲行きと実際の天候が呼応しているかのように、細かな雨が降り始めた。
『ガァアアアアア!』
「ぎゃぁぁぁ!」
「ひぃぃ……!」
包囲している人間の注意が逸れたことで余裕が生まれたドラゴンが、戦っているブラックハウンドごと騎士たちを攻撃し始めている。
(……まずい、このままでは総崩れだ! 俺が何とかせねば!)
「総員、まずはブラックハウンドから片付けろ! その間こちらでドラゴンを引き付ける! ウィリアム! ハロルド! レベッカ! ミーティア! ついて来い! ありったけの魔力で『凍てつく氷槍』をドラゴンへ撃ち込め!!!」
『了解!!!!』
俺は注意を引くためにドラゴンに真正面から斬りかかる。
「貴様の相手は俺だッ!」
これまでのように回避に専念するようではダメだ。ブラックハウンドの相手をしている騎士たちにドラゴンの攻撃にまで気を回せる余裕などない。より肉薄して奴の意識を俺に釘付けにしなければ。
身体強化と視力強化を全開にしてドラゴンの牙や爪をすんでの所で躱しながら強化した剣で斬りつけていく。先程まであれだけ責め立てられていただけあって、一撃を入れる毎に確かな手応えがある。相手も着実に傷ついてきている、終わりが近い。味方がブラックハウンドを処理して加勢にくるまで耐えれば俺の勝ちだ。
俺が崩れれば周囲の味方にまで危険が及ぶ。それが討伐の失敗に直結し、最終的に何の罪のない民が襲われ第二の『火竜事件』が起こることに繋がってしまう。
己の抱える責任の、その負けられない重圧が周囲の音を遮断し、目の前の光景がゆっくりに感じられるほどに集中させる。
「……ぐぁっ!?」
背後からの狼による攻撃の衝撃で身体が前に大きく仰け反る。
――どうやらその集中は必ずしも良い結果をもたらすものではなかったらしい。背後から迫りくる敵に気付けない程に視野を狭めてしまっていたようだ。
反射的に後ろを振り向こうとする視界の端に、正面に立っていたドラゴンが回転し、尻尾を振り回そうとしている姿が映り込んだ。
咄嗟に両手足を縮め、前方からの衝撃に備える。
『ドゴォ!!!!』
凄まじい衝撃、浮遊感と共に視界が回る。これまで絶えず巡らせていた思考が搔き乱され、何も考えられないまま、俺はただただ流れに身を任せることを余儀なくされる。
吹き飛ばされた身体からようやく浮遊感が抜けたことで、どこかで停止したことだけは何となく理解出来たが、視界はまだ回り続けたままで頭もぼんやりとしてる。
「……がはっ! ぐぇ……!」
それも少し落ち着いた途端、今度は遅れて全身に激痛が走る。そのあまりの痛みにどうすることも出来ず、その場でもがき、のたうち回るしかなかった。
「――――――団長!!!! 壁を!!!!」
「わ……『旋風』……!」
全身を引き裂くような痛みの中、微かに聞こえた味方の声にただ従うままに自分の周囲に壁を作りだすと、その直後に周囲が赤い光で包まれた。そこでようやく自分がドラゴンにブレスを吐かれたのだと理解する。
しかし満足に動かせない身体ではファイアリザードの皮のマントで充分に自身を覆い隠すことも出来ず、防ぎきれないブレスの熱がむき出しの顔やその他の部位を遠慮なしに襲い始める。
「ぐぅぅ……!」
必死に身を焦がす苦痛を堪え続け、ようやく熱が治まりブレスをやり過ごせたと把握したところで風の壁を消すが、まだ周囲は明るいまま。今いるこの場所は野営地の一番外側にあるテントの中らしく、先程のブレスで物資諸共燃えているようだ。
「ゴアアアアアアアアアアアアアアア!!!」
既に何度も聞いたドラゴンの鳴き声。何とか顔を持ち上げてみれば、ドラゴンがこちらに地響きを立てながら突進してきているではないか。
(に、逃げなければ……)
そう考えられる程度には思考力は戻ってきているが、それに反して身体は一向に動く気配がない。むしろ下手に頭が回るせいで、この後の結末が容易に想像出来てしまった。
(くそ…………ここまでか……)
敗北――客観的に見れば恵まれてはいたが、決して満たされてはいなかった人生が終わりを告げる。自身に与えられた役割すら果たせずに脱落する親不孝者を、人々はきっと笑うだろう。
『ズガアアアアアン!』
死を覚悟し、目を閉じると同時に雷鳴が轟いた。
『ズウゥゥゥン………』
(…………?)
続けて何かが倒れるような謎の低い音が響く。それにいつの間にかドラゴンのあの地響きのような足音が消え失せているような気がする。あの速度であればもう今頃俺は踏みつぶされているはずだ。
不審に思い頭だけ何とか持ち上げると、前方にはレッドドラゴンが、なんと首と胴が分かれた状態で地に伏しているではないか。
その傍らには見知らぬ金髪の女性が立っている。立ち位置的に彼女が倒したということなのだろうか。
(まさか、あの一瞬で……?)
『団長!!!!』
ウィリアムたちがテントに駆け寄ってきて俺を両脇から抱きかかえ、今にも焼け落ちそうなテントから避難させてくれた。焼け死ぬのはとりあえず免れた俺はウィリアムたちから治癒の魔法を受けながら、倒れたレッドドラゴンの方へと視線を戻す。
金髪の女性は勢いの増してきた雨に打たれながらも動かず、じっとドラゴンの頭を見下ろしている。
「………………るのよ……」
雨音でよく聞こえなかったが、その声は震えているように思えた。
「何この程度で死んでるのよ!!!!」
『ピシャーン! ゴロゴロゴロゴロ……』
次の瞬間――怒りに満ち満ちた絶叫が、様子を伺っていた我々の間を駆け巡る。呼応するように鳴り響いた雷はまるでそこに込められた感情の発露ではないかと思うほどに、不機嫌そうな音を立てて大気を震わせている。
「あの時の恐ろしさは何だったのよ!! 国が威信をかけて倒す相手なんでしょアンタ!! さっさと起きて炎のひとつでも吐いてみなさいよ!! 強くなった甲斐があったと少しでも思わせなさいよ!! このクソザコトカゲ!!!!」
彼女はひたすら声を荒らげてドラゴンを罵倒し、その骸を足蹴にしている。我々のことなど全く視界には入っていないようだ。
呆気に取られたままその様子を黙って見ていると、次第に滝のような雨が辺りに降り注ぎ始めた。
「返してよ……お父様とお母様を返してよ……」
しかし強まる雨脚とは対称的に彼女の勢いは次第に弱くなっていき、遂には足蹴にするのも止めてその場に蹲ってしまった。肩の動きを見るに泣いているようだ。発せられる声はこの雨もあり、聴力強化を全開にすることで何とか聞き取れるほどにか細いものになってしまっている。
そうこうしている間に治癒の魔法を受けて何とか歩けるようになった俺は、困惑している仲間たちよりも前に進み出て静かに泣き続ける女性に話し掛ける。
「どなたかは存じないが、危ない所を救っていただいたことに感謝する」
俺の声にピクリと反応して立ち上がり、涙を拭うような仕草をしてから女性は振り返った。
その顔は非常に整っていて、とても美しい。……だがこちらに向けられている視線は我々すらも射殺さんとするほどに鋭いものだった。
「……どうでもいい、私はコイツを殺したかっただけ。アンタたちが偶々ピンチだったってだけで私には何も関係ない。……放っといて」
「いや、そういう訳にもいかない。討伐にこれほど貢献してくれた者を放っておくなど……」
「――ふん、相変わらず真面目ね」
「……ッ!?」
吐き捨てるように発せられた聞き覚えのある台詞。呆れを含んだそれはとても王太子に向けるようなものではないところまで一致していた。
(まさかそんな!? いや、しかしこの淡い金髪に、深い赤の瞳……。それに先程の『お父様、お母様』という言葉に、ドラゴンへの執着!)
その一言で、俺の頭の中で散らばっていたパズルが次々と組み合わさっていく。導き出された答えは既にこの世にあるはずのないもの、俺が諦めざるを得なかったもの――。
「もしかして君は……レナ・クローヴェル……なのか……?」
ひとりでに声が震える。
俺の問いかけに彼女ははっとしたがすぐに苦い表情へと変わり、右手で額を覆って頭を軽く振る。
「……だったら何?」
返ってきたのは喜ばしいことに俺の言葉を肯定するものだった。ずっと死んだと思われていた彼女が実は生きていたのだ。
その事実に俺の心が一気に湧き立ち、鮮やかに彩られていくのを感じる。
「やはり! 君が生きていると知ったらブリジットもバーグマン領の人々も喜ぶ! それにこの強さ! 是非王国騎士団で遺憾なく振るって欲しい! 共に民を魔物から守っていこうではないか!」
そう俺が喜びを隠さずに呼び掛けると、何故か彼女はその顔に更なる怒りを浮かばせた。
「私は放っといてって言ったんだけど? さっきから聞いていれば、勝手に盛り上がって何様のつもり?」
「キサマァ! 先程から王太子殿下になんという口の利き方だ! 恥を知れ!」
横から騎士の一人がたまらず彼女へ声を張り上げる。皆忠実な俺の部下だ、無礼な物言いを見過ごせなかったのだろう。
「うるさいわね! 恥を知らないのは弱い癖にごちゃごちゃ抜かしてるアンタたちでしょうが!」
しかし彼女はそんな相手にも一切怯む様子はない。
『コツ……コツ……』
彼女が明確な敵意をその身から放ちながらゆっくりと歩いてこちらに近づいてくる。こちらの騎士たちは警戒して俺の前に並び立ち、身構えている。
「この世は弱肉強食。弱者は強者に逆らわずに従って守られるか、敵に回して己の弱さを悔やみながら死ぬかしかないのよ。私と対立するというのなら、弱者らしくここで死んでみる? 今ならサービスでドラゴンの代わりに骨も残さず焼いてあげるけど?」
そう言って彼女はその足を止め、右手を真っすぐ空へと掲げた。
『真紅の焔』
突然そこから天に届くほどの巨大な炎が立ち上ったかと思えば、それが急速に縮んでいく。掲げていた腕を下ろす頃には、掌の上に人の頭ほどの大きさの真っ赤な火球が浮かんでいた。
一体どれほどの熱量なのか、この土砂降りの雨の中、彼女とはそれなりに距離があるにも関わらず、先程焼かれたドラゴンのブレスのような熱気がこちらまで届いて肌をじりじりと焼いている。まるで小さな太陽がそこにあるようだ。
騎士たちもこれにはどよめき狼狽えている。
「国には騎士団はドラゴンにやられて全滅しましたって報告しておいてあげるわ」
――彼女は本気だ。
焼き尽くされるのはもちろん御免だが、これ以上事を荒立ててしまうと彼女は反逆罪で犯罪者になってしまう。そしてそれを裁こうとすれば間違いなくこちらも只では済まないだろう。それは双方にとってあまりにも救いのない結末だ。
(何より彼女を犯罪者などにさせてたまるか……!)
俺は意を決して壁になってくれている騎士たちよりも前に進み出る。あまりの熱気に目も開けていられない。そのままジリジリと肌が焼けていく感覚にも構わず彼女に語り掛ける。
「……すまなかった、君の言う通りだ。一度死に掛けて冷静ではなかったようだ。これ以上何も言うことはないから、それを収めてくれないか?」
彼女を落ち着かせたい一心でそう謝罪すると、願いが通じたのか彼女は何も言わずにその火球を消したらしく、瞼越しに届いていた炎の明かりが消え失せた。後ろに並ぶ者たちが安堵の息を吐いているのも聞こえてきている。
「我々にはまだドラゴンの死体を持ち帰る任務が残っている。これ以上引き留める気も、追いかける気もないので後は好きにするといい」
「……ならもう私に関わってこないで」
彼女はそれだけ言い放ち、そのまま歩いて静かに森の中へと消えていった。その背中を見送ったこの場の誰もが言葉を失い、立ち尽くしている。
一方の俺はあの炎に近づいたダメージで立っていられず、たまらずその場に屈みこんだ。
「団長!」
ミーティアがすかさず駆け寄って治癒の魔法を使ってくれる。俺の魔力は殆どなくなってしまっているように、当然彼女も魔力切れが近いはずなのだが、それでも俺を癒そうとしてくれている。それをありがたく思いながら、己の回復を待った。
その間、沈黙の中にはただ雨と雷の音だけが響いている。
「……ありがとう、ミーティア」
動けるようになった俺は立ち上がり、騎士たちに声を掛ける。
「――さて、まずは役目を果たそうか。各々色々言いたいことはあるだろうが、それは王都に戻ってから聞こう」
『はっ!!!!』
ずぶ濡れでの撤収作業の中、また騎士たちの会話が聞こえてくる。
「……なぁ、あれが『いばら姫』だったのか?」
「そうじゃないか? 確かに物凄く美人ではあったが……」
「あぁ……だがおっかないにも程があったな……。俺たち串刺しどころか燃やし尽くされるところだったじゃないか」
「あれにはヒヤッとさせられたな……。恐らくブラックハウンドを一掃した稲妻も彼女の魔法だったのだろう。あっという間にA級に上り詰めたという話は伊達ではなかったな」
「だが所詮は平民といったところだったな、団長への対応は見れたものじゃなかった」
「あぁ。大層ご立腹だったようだが程度は知れたな。……だがもはやA級どころの話ではない。あんな魔法を使える者を国はどう扱うのだろうな」
「わからん、どちらにも転び得るだろうな。俺たちも最悪アレに立ち向かう覚悟をしなきゃならないんだよな……今から気が重いぜ」
少なくとも騎士たちが懸念しているようなことは有り得ない。それに彼女は伯爵令嬢なのだから、相応の対応をしようと思えば出来たはずだ。今回に関しては単にする気がなかっただけということなのだが、彼女の正体について知らない者からすればそう映ってしまうのだろう。
(そうか……彼女は今『いばら姫』というハンターとして生きているのだな……)
どうやって『火竜事件』を生き延びたのかはわからない。だがあれから十年間、一度も彼女の方から貴族に対して保護を求めるような接触が無かったのは確かだ。それはつまり、もう貴族として生きるのを自らの意思で辞めたということを意味しているのだろう。
(そんな彼女に対して……俺は……)
「殿下……」
「……ウィリアムか」
声がして振り向くと、そこにはその大きな身体を小さくしながら戸惑っている様子のウィリアムが立っていた。彼も彼女と面識があるので言いたいことは何となく予想がつく。
「彼女は本当に、あの……」
「あぁ、どうやらそのようだ。俺は彼女に会うといつも己の未熟さを思い知らされるよ」
昔のパーティでは己の王太子としての覚悟のなさに気付かされ、今回は魔物から民を守るその力量の不足を突き付けられた。そうやって彼女はいつも俺の前を歩いている。俺にとって彼女は、追い付きたい、並び立ちたいと思わせてくれる特別な存在だ。
「そんな! 未熟なのは俺の方です! 殿下がドラゴンに集中できるようにするのが俺の役目だったというのに……」
「あの時の俺は負けられないと意気込んだせいで、逆に視野が狭くなりすぎていたよ。後ろから攻撃を喰らうまで接近に気付けなかったくらいだ。……まぁ、未熟者同士頑張っていこうじゃないか。幸いにも命はまだあるのだから」
「はっ! このウィリアム・ナーフェ、地の果てまでお供致します!」
なんとか励ましてやれたようで、敬礼をしてウィリアムは皆の元へと戻っていった。……真面目な奴だ。
(しかし参ったな……父上へはどう報告したものか……)
先程も言った通り、敵対は有り得ない。それを前提として国はどう彼女と向き合っていくことになるのか、その可能性の全てを王都に戻るまでに考え、報告に備えなければ。だがまだ予想外の出来事に混乱しているせいか、まるで思考が纏まらない。
(このままだとまた彼女に「真面目」だと呆れられてしまいそうだな……)
俺もあの日から成長したのだと証明しなければ。騎士たちの撤収作業を眺めながら、俺は必死に脳をフル回転させる。
そうこうしているうちに最初は火照っていて心地良かった雨も次第に冷たく感じてきた。
彼女が生きていたと知ったあの瞬間のように心が湧き立たったまま、ずっと浮かれていられたならば、そう感じることもなかっただろうに――。




