38.★邂逅(クリストファー視点)
王太子クリストファー視点、全二話です。
「遂にこの日が来たか……!」
入学式のあの日――レッドドラゴンを殺すと決意してから早十年、あれから学園や王国騎士団で俺はただ只管に己の技量を高めることに注力してきた。その努力に血筋によるその恵まれた魔力量も相まって、今では純粋な剣術に関しては父上や騎士団総長に次ぐ腕前にまでは成長出来たと自負している。
王位継承前の王太子用のポストである特務騎士団の団長を務めるにあたって部下たちに示しがつかないような事態は回避出来たわけだ。そして彼らと共に強力な魔物を討伐するべく日々研究や訓練を重ねてきた。
王国北東部に位置するフェルゼン伯爵領の村、ノヴァリの住民が付近の山中にレッドドラゴンが住み着いているのを発見したと騎士団に通報が入ったのが昨日のこと。
特務騎士団はその準備を終え、今まさに王都を出発しようとしている。
「殿下、本当に大丈夫でしょうか……」
そう不安気に溢すのはウィリアム・ナーフェ。学園に入学する前からの付き合いである彼も当騎士団に入団している。
「ウィリアムは相変わらずだな……。今日のために訓練してきたのだ、もっと自信を持て」
大柄で精強な身体から繰り出される剣術は見事なもので、それでいて性格も真面目で堅実な男なのだが、一方でとても心配症な一面があるのだ。その風貌と相まってよく人に驚かれると本人も嘆いている。
「ですが国王陛下がブルードラゴンを倒したのは三十歳の時ではないですか。我々にはまだ荷が重いのではないでしょうか……」
「陛下の時代は今よりも魔物の動きが活発ではなかったというのは其方も聞いているだろう? 俺たちは十年待ったが、陛下はそれ以上の期間強力な魔物が見つからず、地道な訓練に明け暮れる他なかったのだ」
実を言うと父上も今回の出撃については少し消極的な様子だった。ウィリアムの言う通り討伐に向かうにはまだ俺たちは若すぎるのではないかと。
だが今言った通り時代が違う上、仮に父上が俺と同じ歳なら討伐は不可能だったと証明することも出来はしない。
「何より魔物が活発になってきているというのに目の前の脅威を放置など出来るか。俺が三十になるまでに第二の『火竜事件』が起こってしまった場合、『勝てるかどうか不安だったから様子見だけしていました』などと民に説明出来るのか?」
「…………」
ウィリアムは黙り込んでしまった。実際出来るはずがない、彼もそれはわかっているのだ。だから俺が彼に出来ることは、しっかりとした目的意識と自信を持って戦いに臨めるように鼓舞して背中を押してやることくらいだ。
「まぁそう心配するな、別に戦うのは俺たちだけじゃない。今回は他の騎士団やハンターギルドからも応援が来る手筈になっているからな。王位継承の話などこの際どうでも良い、我々でこの国の平穏を勝ち取るぞ!」
ウィリアムの肩を叩き、馬に跨った俺はそのまま前に歩み出て騎士たちに号令をかける。
「我ら勇敢なる特務騎士団はこれよりレッドドラゴン討伐のため、フェルゼン伯爵領の村、ノヴァリへと向かう! さぁ出撃だ! 我に続け!」
◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇
ノヴァリ村に到着し、レッドドラゴンが潜む場所から少し離れた開けた場所で他の騎士団やハンターギルドの人員と合流するために陣を張り待機する。後続も恐らく一日、遅くとも二日で合流できる見込みだ。これまでドラゴンの監視をしつつ逐次報告してくれていた村人たちに代わり、これからは我々が監視を行っていく。
「とはいえ、これまで奴は発見されてから一度も動いてはいないのだったな?」
「はい、そう報告を受けております」
「ならば今更飛び去られはしないだろうが警戒は怠るな。他の魔物の襲撃にも充分注意するように。夜は篝火を絶やすなよ」
「はっ!」
ここは人里から離れた山の中だ。今はまだ午前中で日が出ているので明るいが、日が暮れてしまえば周囲は暗闇に包まれる危険な場所になる。魔物の襲撃でドラゴンと戦う前から戦力を減らすような愚かな真似などしていられない。
合流後は作戦の打ち合わせがあるし、後続の休息する時間も必要だ。合流が完了する時間にもよるが、実際に作戦を行動に移すのは昼前にはなるだろう。
自身の装備の点検や打ち合わせが必要な個所の洗い出しを済ませて陣の中を見て回っていると、騎士たちの会話が聞こえてくる。
「周辺領地の騎士団はともかく、ハンターなんて戦力になるのか?」
「今の取り決めによると討伐隊として参加するのはA級ハンターに限るそうだ。日頃から魔物と戦っているようだし、A級ともなればかなりのベテランで平民でありながら魔法を扱える者も多いと聞く。戦力にはなるんじゃないか?」
「俺が実際に見たことがある『鋼の男』なんてまるで重装歩兵みたいだったぞ。平民がつけるような装備ではなかった」
「『鋼牙』のリーダーだったか? あそこはメンバーに結構イイ女がいるっていうのだけは覚えてる。ちょっと歳食ってるが」
「そもそもA級になるのには結構な年月が掛かるらしいからな、それは仕方ないだろう」
「それなら最近話題になっている『いばら姫』はどうなんだろうな? なんでも恐ろしく美人で、あっという間にA級に上り詰めた凄腕だそうだが……」
「そのあっという間っていうのが、どのくらいかって話だよ」
「ハンター基準で話されると俺たちにはわからないよな。あとは極度のナンパ嫌いで、怒らせると串刺しにされるとかなんとか……」
「何だよそれ、おっかねえな……」
「まぁ平民なら俺たちを串刺しには出来ないだろ。本当に美人だったら一晩お相手してもらいたいもんだ」
「お前本当に女にしか興味ないよなぁ」
……会話の内容はさておき、さほど緊張はしていないようで皆楽しそうに笑っている。
俺は無駄話を咎める気などない。緩める場面と締める場面をしっかり区別出来ているなら別に構わないと思っている。
(こうやって見ているとウィリアムの心配性ぶりが際立つな……。それにしても重装歩兵に凄腕の美女か……)
ハンターがどういった活動をしているのか一応知識として頭に入ってはいるが、実際に会ったことはない。今の話を聞いた限りではとても人材のバリエーションに富んでいるようだが、作戦を成功させるうえで有能で有用であるのならどのような者でも歓迎したいところだ。
そうして後続を待ち続けて日が暮れた頃、此処フェルゼン領の騎士団が合流する。ただこの領地の防衛の為に各地に散っているからか数はそれほど多くはない。
ロートレック領は王都よりもこの場所に近いのだが、領主が臆病で有名なので到着はギリギリになるだろうと踏んでいる。流石に取り決めを破ってまで騎士団派遣を行わないなんてことはないはずだが……。
ハンターギルドの本部があるエルグランツは今回討伐に参加する中で最も遠方に位置するとあって、通達も応援の到着も遅れるのは仕方ないだろう。
正直こんなところでじっと待つのは嫌なのだが、先走って討ち漏らしては台無しだ。『火竜事件』が起こってから急遽作られたこの取り決めもいざ実行してみるとまだまだ改善の余地があると言わざるを得ないが、今は我慢する他あるまい。
夜風で森がざわめく中、時折騎士たちの掛け声と魔物の断末魔が聞こえてくる。休憩中だった俺は安眠には程遠いがそれでもウトウトとしていた。
「団長! 大変です! 赤の信号です!」
「何だと!? 奴が動いたのか!?」
魔力の光による信号の赤は危険を知らせる色だ。今回の場合で言えば見張り役が見つかって襲われているか、この陣に標的が向かってきているかのどちらかになる。
「方向はこちらを向いております!」
「来るか……! 総員、戦闘配置!」
すぐさま周囲に指示を飛ばす。慌てる必要はない、こうなることも想定の範囲内だ。現地の騎士団と特務騎士団、その二つが連携して討伐するのは今の取り決めが作られる以前からの形式であるため、それを満たせているのなら勝算は充分にある。
外に出た俺たちは武器を構えて、どんよりとした雲に覆われて月すら見えない夜空を睨む。
しばらくすると陣から少し山側の暗闇の中に一瞬赤い光が漏れたのが見えた。今このタイミングで赤く光るものなど一つしかない。
「ブレスが来るぞ! 回避!」
次の瞬間――上空から陣の中央のテントに炎のブレスが降り注いだ。ドラゴンが炎を吐きながら首を持ち上げたのだろう、炎が鞭のようにしなりながらこちらに迫ってくる。
あの山道を易々と埋め尽くす規模のブレスを目の当たりにし、当時の人々が絶望の淵に突き落されたであろうその感覚を嫌でも想像してしまう。
「くっ……!」
俺はかろうじて身体強化で回避出来たものの、視界の端で回避し損ねたフェルゼン騎士団の数名が炎に飲み込まれたのが見えた。
いきなり死者が出たのかと思ったが、なんとか魔法の壁で防いで命は無事だったようだ。しかしそれでもブレスの熱で決して軽くないダメージを負っているのは明らかだった。
テントが燃え上がり、この陣のある開けた場所が明るく照らし出されていく。
おかげで夜の闇がいくらか払われ、上空のドラゴンをはっきりと捉えることが出来た。昔に見たフォレストドラゴンよりも巨大で禍々しい姿は一般的な魔物とは比較にならないほどの威圧感を放っていた。
(貴様が十年前に多くの民と学友の命を奪った元凶か……!)
この身に流れる血が煮えたぎっていく。しかし騎士団を率いる自分がそれで己を見失ってはいけない。
俺は大きく深呼吸をしてから騎士たちへと指示を出していく。
「奴を空から引き摺り下ろすぞ! 『凍てつく氷槍』放て!」
指示通りに騎士たちが一斉に氷の槍を放つ。殺傷力は殆どないが、その代わりに狙った対象の動きを感知して追尾し、着弾した部位を凍らせる魔法だ。
こういった搦め手の魔法も必要なのだと俺は昔のパーティでの出来事で学び、特務の騎士たちとその学びを共有して全員が使えるように訓練してきた。
ドラゴンは己に迫る飛来物を避けようと身を捩って上空を飛び回るが、氷の槍は確実にそれを追いかけて着弾し、凍り付かせていく。
そもそもの敵のサイズが大きいので一発一発の影響力は小さなものだが、人の数だけ撃ち込めれば動きを鈍らせるには充分だった。
俺は両手を上にかざし、遠隔で魔力を練り上げる。
「墜ちろ! 『天空の大氷山』!」
両手を振り下ろした瞬間、ドラゴンの真上に巨大な氷の塊が姿を現す。翼まで凍てつかせたドラゴンはその重量を巨体で受け止めることが出来ず、そのまま氷塊ごと我々の目の前の地面に叩きつけられた。
騎士たちから感嘆の声が上がる。
「まだ終わっていない! 首を落とすまで油断するな!」
浮ついたその場の空気がすぐさま引き締まったことに内心安堵の息を吐く。叩きつけられた際の土煙で姿が見えない状態では浮かれるにはまだ早すぎる。
「今の内に周囲を囲め! 攻撃役と妨害役はそれぞれ固まりすぎるなよ!」
込められた魔力と共に氷が消失して再度空に逃げられるのを防ぐため、半数は継続して『凍てつく氷槍』を使用していく。そうやって妨害している間に、魔力で強化した武器で直接攻撃する作戦だ。
純粋な攻撃魔法でもドラゴンを殺せるほどの殺傷力を持たせるのは難しい。『天空の大氷山』でも致命傷とまではいかないはずだ。……必ず奴は動き出す。
「ゴアアアアアアアアアアアアアアア!!!」
凄まじい鳴き声に大気が震え、舞っていた土煙が吹き飛ばされる。
『ズズゥゥン……』
その巨体によって氷塊が地面を支えにして持ち上げられ、地響きのような音を立てながら横に転がされる。そして尻尾の一撃で砕かれ、小さくなった氷から内包する魔力が失われ跡形もなく消え去ってしまう。
「ゴアアアアアアアアアアアアアアア!!!」
翼を広げたドラゴンが再度吠える。それには明確な敵意が籠められており、相手がまったく怯んでいないことが窺える。
しかしそれでも翼の先端部分が折れ、左脇腹から背中にかけてを庇っているように見えるので確実にダメージは与えられているのは間違いない。
「貴様の首、我ら騎士団が貰い受ける! 総員かかれ!」
炎と暗闇しかないこの戦場に、両者の雄たけびが響き渡る――。




