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37.★謎多き美女(ダリア視点)

A級ハンターのダリア視点、全一話です。

 予定通り依頼を受けた私たちは翌朝、エルグランツの西門に集合する。


「それでは出発しましょう!」


 商人が出発の号令をかけ、護衛対象である商品を乗せた馬車が次々と動き出していく。


(仕方ないとはいえ、変な流れになってしまったわね……)


 今こそこんな状態だけれど、エイミーもレオナが『いばら姫』と呼ばれるようになった頃はまだ大人しかった。しかし少し前にソロのみでA級になったという、ハンターならば誰もが耳を疑うであろう知らせを聞いてからは、もう興奮して手が付けられなくなってしまった。それくらい今のエイミーは彼女に興味津々だ。


 彼女がA級に上がった直後は私たちが依頼でちょうど街にいなかったし、帰ってくると今度は向こうが入れ替わりで結構な期間街を離れていたので、ずっと会えないでいた。


 機会に恵まれないのはどうしようもないのに、その間ずっと会ってみたいと騒ぎ続けてとにかく煩かった。それに辟易していた夫たちはようやくレオナが戻ってきていると聞いて、エイミーを落ち着かせるためにすぐさま私たちを送り出したという流れである。


 固定パーティ内で別の依頼を受けられないというルールがあるので、今夫たちはエルグランツで留守番をしている。長年ハンターをやってきてこのルールを邪魔だと感じたのは今回が初めてだ。これさえなければエイミーのお守り役を押し付けられずに、他の三人で依頼を受けられたのに……。




 ギルドのロビーで初めてレオナの姿を見つけた時、その聞きしに勝る美しさと若さには言葉が出なかった。この若さでA級だなんてとても信じられない……しかしギルドが認めた以上はそう呑み込むしかない。


 その腕前にこの美貌が合わされば、街の人々から人気が出るのも当然だろう。それどころか人気者になるだけならその見た目だけで充分過ぎるくらいだ。


 そんな美人さんにいざ話しかけてみて抱いた印象は、「とてもマイペースでサッパリした子」といったところだった。


 私たちに対しても反応が薄く、カイルという青年からツッコミを受けてしまうほど。そんな彼女だったので同じA級ハンターであるエイミーに配慮するはずもなく、パーティの誘いもあっさりと断ってしまった。


 しかしここまで焦らされているエイミーであれば、たとえ先客がいたとしても簡単に諦めようとしないのは目に見えていた。


 案の定パーティに混ざると言い出したエイミー。C級に上がりたての新人の彼には悪いけれど、こちらは目的を達成するためには遠慮する気は毛頭なく、半ば強引に捻じ込ませてもらった。


 ……それにしてもレオナはどういった経緯で彼と組むことになったのだろうか。A級とC級が組むなど普通は有り得ないのだけど、あれから各自で準備をしただけで特に説明は受けていない。


 ナンパ嫌いで有名な彼女だから、そういう関係ではないとは思うのだけど……。




 今回の依頼はエルグランツと王都を往復する商人の馬車の護衛だ。


 大きな街同士を繋ぐ街道なので整備されていてとても移動しやすいし、途中には宿だってある。森の間を進む時だけ少し襲われやすい程度で危険は少ない。


 この難易度の依頼にA級ハンターが三人は戦力過剰としか言い様がない。現に依頼主の商人は最初開いた口が塞がらないといった感じの驚きっぷりだった。




 出発してみても予想通り危険はないに等しく、どう言い繕おうが退屈でしかない。


 そうやってずっと暇を持て余していたところ、前方の林の中に魔物を見つけた。ようやく見つけた暇つぶしの相手に思わず口元が緩んだ。


 まだ誰もその存在には気づいていないだろう。『鷹の目』と呼ばれているだけあって視力強化を用いての索敵や弓での狙撃に自信があるのでこの程度は容易い。これに関しては普段一緒にいるエイミーですら私には敵わない。


 さっそく弓に手をかけようしたところで自身に向けられている視線に気が付いた。前を歩くレオナが振り返りながら目で「止めろ」と訴えてきていたのだ。


 意図はわからないが、これはつまりレオナも既に魔物の存在を察知しているだけでなく、私が気付いていることまで把握しているということを意味していた。


 私はこの時初めて、己の領分に踏み入ることが出来ている彼女に強い興味を抱いた。




 彼女の要求通り前方の魔物を放置したまま進めば、当たり前のようにその魔物が街道に飛び出してくる。


 その状況を招いた当のレオナは何故か動かず、彼女から一言二言何か聞いたカイルだけが前に歩み出て、そのまま一対一で魔物を斬り殺した。そして彼はまたレオナの元へと駆け寄り、彼女の言葉に頷いている。


(――なるほど、レオナはカイルの指導役ということね)


 私が遠くから射殺してしまうとカイルの為にならないから止めたのだ。A級の彼女がC級のカイルと一緒にいる理由にも納得がいった。


 しかしそうなるといよいよ私たちに回ってくる仕事などなさそうだ。これではもう出来ることといえば目の前の彼女を観察することくらいしかないのではないか。


(……貴女が手を出すなって言ったのだから別に構わないわよね、レオナ?)


 私の熱い視線を受けて彼女がぶるりと背筋を震わせたのを見て、つい悪い笑みが浮かんだ。




◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇




 休憩時間に私の予想をレオナに話してみると「ご名答」と返ってきた。そして数日前に彼女の周りで起こったことと、今の考えを聞かせてもらう。


(ふーん、後進育成ねぇ……)


 レオナ自身まだ若いのに、随分と苦労を背負い込むのだなと話を聞いて真っ先に思ってしまった。まだ彼女については知らないことの方が多いけれど、案外面倒見が良い子なのかもしれない。


 身内でもない若者を育てるという点については確かに珍しいことではある。しかし出来るのであればそれはとても良いことではないだろうか。私はしないけど少なくとも反対はしない。


「なぁなぁレオナ~……アタシの相手もしてくれよ~……。ちょっと手合わせしてくれるだけでいいからさ~!」


「えぇ~……」


 エイミーも私の隣でその話を聞いていたというのに、早速レオナに絡み始めた。私だって観察でもしていないと退屈で仕方ないのだ、彼女の性格なら限界が近いことは解り切っていたことだ。


「出来れば相手してやって頂戴。多分どこかで息抜きさせてやらないと持たないわ」


「普通、手合わせを息抜きって言う……?」


 そのツッコミを聞かなかった振りをしていると、彼女は諦めたように溜め息を吐いた。


「……じゃあカイルに一通り教え終わったら相手してあげるわ」


「マジで!? やりぃ!」


 さっきからずっとごねて絡んでいたのに、一転して子供のようにはしゃいで喜ぶエイミー。……この子は昔からこんな調子だ。


「我慢の足りない子でごめんなさいね」


「出来ればずっと背中に刺さってくる視線も我慢して欲しいんだけど……?」


 レオナが嫌そうに訴えてくる。しかしさっきも言った通り退屈で仕方ないので止めるつもりは更々ない。


「我慢の足りない私たちでごめんなさいね」


「ダメだこりゃ……」


 これでも一応申し訳ない気持ちはあるのだけど、暇すぎるのは如何ともし難いのだ……。




 カイルは私たち相手だとまだ緊張するのか、レオナと一対一で話している時とは違って、こういった会話の場では借りてきた猫のようになっている。


「あなた、別に弱くないわよ。自信を持ちなさい」


「あ、ぁぁありがとうございます!」


 せめて緊張をほぐそうと素直に褒めてみたのだけれど、あまり効果はなさそうだ。ガチガチに固まって、まるでハンマーのように大きく頭を縦に振ってお礼を言ってくる。


(これはあまり絡まない方が良さそうね……)


 うちのパーティはもう全員イイ歳になってしまっているので、このくらいの若者への対応の仕方はイマイチわからない。下手なことはせずレオナに任せておくとしよう。




◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇




 王都への道のりも中盤に入り、道中で最も襲われやすい森の中の道を進み始めた。これまでよりも魔物の量は増えるはずなので一応念のため周囲の気配を探ることにする。


 すると何やら不思議なことが起きた。


 案の定、周囲に複数の魔物の気配があったにも関わらず、それらの大半がすぐに消え失せ、これまでと変わらず一体だけが馬車を襲ってくるのだ。


(私が気付けているのだから、レオナも気付いているのはいいとして、魔物の気配が消えているのは何故……?)


 意図的に一体だけ残して他を倒しているのだろうか。しかしそれだとレオナが何かしらの行動を起こしているはず。この現象はレオナが原因なのだと半ば確信しているというのに、彼女はただ前を歩いているだけで何かしている様子はない。


 じっと観察していても判らないことにプライドが刺激されて苛立ちを覚えるものの、それ以上に不気味さが勝っていた。


(この子は一体……)


 ソロでしかも史上最年少でA級に上り詰めたという実績を、私はどこか甘く見ていたのかもしれない――。




◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇




 無事に商人と品物を積んだ馬車を王都まで送り届け、少しの待機の後、今度はエルグランツへ向けて護衛を再開した。


 カイルへの指導は一通り済んだようで、休憩時間中にエイミーとレオナが素手で殴り合いを始めた。淡々と戦うレオナに対し、エイミーはとても楽しそうに戦っている。


 途轍もない美人と評判のレオナはもちろん、エイミーも中身はともかく見た目は結構整っている方なので、そんな二人が殴り合っている絵面はとても異様だ。


 商人や御者が「休憩中に何してるんだ」と引いているのが伝わってくる。カイルも二人の戦いから何か得ようと必死に観戦しているけれど、やっぱりちょっと引いているように思う。


 ただでさえそんな状況なのに、休憩が終わるとすぐに治癒の魔法で傷を癒して、二人してけろっとした顔でそのまま護衛に戻るのだから私にもちょっと理解出来そうにない。


(こうやって身内以外の目があると凄く客観的に見れるわねぇ……。普段エイミーの相手してくれてるウチの男二人にも感謝しないとね……)


 思ってもみないところで新たな発見があった。




◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇




 結局そのまま依頼は本当に何事もなく終了した。ギルドに戻って報酬を受け取るが、約束通り私たちの取り分は無し。退屈な時間が多くて精神的につらい面はあったけれど、それでも興味深いものもいくつか見れたし、何よりエイミーが満足してくれたので当初の目的はとりあえず達成だ。これでしばらくは落ち着いてくれるだろう。


 そんな和やかに解散の流れになっているところに、ギルド職員が慌てて受付嬢のモカさんに駆け寄っていく。連絡を受けたモカさんも何やら慌て始めた。


(何かあったのかしら……?)


 あそこまで慌てているモカさんを見るのは初めてだ。私たちのパーティだけでなく、周囲のハンターたちも不思議そうにその様子を観察している。


「ハンターの皆さん、落ち着いて聞いてください!」


 すると彼女は拡声の魔道具らしきものを手にしてロビーにいるハンター全員に呼び掛け始めた。


「先程王国騎士団からレッドドラゴンが発見されたと連絡がありました! 騎士団も討伐に向かっていますが、ギルドの方でも討伐隊を出す決まりになっています。A級ハンターの方は直ちにメンバーを集めて討伐隊を結成、B級以下は非常時にはこの街の防衛や住民の避難誘導をお願いします!」


 そういえば十年前に『火竜事件』があって以来、竜種――特にレッドドラゴンに対しては最大級の警戒をしているのだったか。


「私たちも二人と合流して準備しないと」


「あぁ、そうだな」


 エイミーと話していると、カウンターのモカさんに凄い勢いで近寄る人影があった。


 それはこれまですぐ横に居たはずのレオナだった。


「……どこに出たって?」


「へっ!?」


「……どこに出たって聞いてるのッ!!!!」


 レオナがこれまでに聞いたこともない低い声で、カウンターを乱暴に叩きながらモカさんに詰め寄っている。


「ひぃっ!? き……北のフェルゼン伯爵領の……ノヴァリ村近くの山中だそうです……」


 レオナはそれだけ聞いて突然駆け出し、凄まじい勢いでギルドを飛び出していった。


「あっ!? ちょっ……ちょっと! レオナさん!?」


 流石のモカさんも彼女の普段との変わりように戸惑いを隠せないようだ。私たちもあっけに取られて呼び止めることすら出来なかった。


 ……いや、仮に落ち着いていたとしても出来なかっただろう。


 モカさんに詰め寄っていた時には見えていなかったその表情は、底冷えするほどの殺気に満ちた恐ろしいものだったのだから――。


「お~遂にこの時が来たんだな」

「鬼気迫るってあぁいうのを言うんだね~」


 すると後ろから若干気の抜けるやり取りが聞こえてきた。……何やら事情を知っていそうな雰囲気だ。


 その声がした方を向くと、端の方のテーブルに赤い髪の男と茶色い髪の女のペアがゆったりと座っており、エイミーがのしのしと歩いて彼らに近づいていっていた。


「お前らは……? ――いや、見覚えあるな。最近二つ名が変わった奴か?」


「おっ、A級ハンター様にちょっとでも覚えてもらえてるってのは嬉しいね。俺はアクセル、最近は『炎剣』で呼ばれてる」

「わたしはユノ。『火弓』って呼ばれるようになったの!」


 『炎剣』と『火弓』といえば確か今勢いがあると言われているB級のペアだったはずだ。前までは無名だったが、近頃は『烈火』というパーティ名で活動しはじめたと記憶している。


「そうそう! そんな名前だったな!」

「……まるでレオナがああなるのを知っていた風だったわね?」


「あぁ。あいつはレッドドラゴンに因縁があるからな。今頃はもうそのノヴァリ村に向かってると思うぜ」


「おいおい、相手はレッドドラゴンだぜ? 一人で向かってどうすんだよ……」


 アクセルは脱力して椅子の背もたれに体重を預けながらさらりとそんなことを言い、そこにすかさずエイミーがツッコミを入れる。


「レオナさんなら一人で倒しちゃうよ?」


『はぁ!?』


 すると今度はユノの方が、まるで私たちの方が変なことを言っているかのようにきょとんとしながら滅茶苦茶なことを言い出した。


 それには思わずエイミーと二人で変な声が出てしまう。自分が何を言っているのかわかっているのだろうか。


「おたくらA級は討伐隊として現地に向かうんだろ? 命の危険はないだろうけど、無駄足になるのが確定してるのには同情するよ」


「何なのよそれ……。あの子は一体……」


「ま、それは本人から聞きな。俺たちは酒場で街の平和を守ってくるからよ」

「またね~!」


 そう言って彼らは緊急時だという雰囲気を微塵も感じさせず、リラックスしきったままギルドから出ていってしまった。


 わけがわからない……。彼らはレオナがレッドドラゴンを一人で倒すと信じ切っているようだ。


 あの『火竜事件』を引き起こした、魔物の中でも最上位の強さとされているレッドドラゴンなどハンターひとりの手に負えるはずがないというのに。


「……ねぇ。彼らの言ってたこと、本当だと思う?」


「わかんねぇ。……ただ本当だとしたら、ちょっと腑に落ちる部分はある」


 エイミーはアクセルたちが出ていったギルドの扉をじっと見つめながら呟いた。


「それは……?」


「レオナとやり合ってた時、常にアタシと同じくらいの力に合わせられてるような、そんな感覚があったんだよ。こっちがちょっとムキになって身体強化の出力を上げても、すぐ対応されてたっつうか……」


 エイミーは勉強は出来ないけれど、そういう戦いにおいての嗅覚については人一倍鋭いので、おそらく間違いないのだろう。


「手加減されてたかもってことね? 私も周囲の魔物をどうやって間引いてたのか、結局わからず仕舞いだったわ」


「なんだそれ?」


「……ちょっとアンタお気楽すぎない? 普通、依頼中ずっと魔物が一体ずつしか襲ってこないなんて有り得ないでしょうが」


「あ~そういう……」

「なるほど……」


(……!?)


 カイルのことをすっかり忘れていた。しっかり傍で話を聞いていたようだ。


「レオナさんから今回色々教わりましたけど、ためになることばかりでした。わかっていたつもりだったけど、やっぱり凄い人なんですね……」


「カイル……」


「――俺、信じますよ。レオナさんならレッドドラゴンを倒せるんだって」


 カイルは落ち着いた様子でギルドの扉の向こうを見つめている。こんなに若い子が落ち着いているというのに、ベテランなはずの私たちは一体何を狼狽えているのだろうか。


「……そうなのかも知れないわね」


「ダリア?」


「無駄足になるらしいけど、ちゃんとこの眼で確認しましょう」


「……ッ! おう!」


 驚くのはそれからでも遅くはない。倒せるなら倒せるで良いではないか。レッドドラゴンなんて物騒な存在なんて居ないに越したことはないのだから。


 とにかく今はA級ハンターとして私たちのやるべきことを全うすべきだ。


 私たちはカイルと別れ、いつもの仲間のいる宿へと急いだ――。




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― 新着の感想 ―
[良い点] カイルくんにアドバイスをしたり後進を育てるという、もうアドバイザー的なハンターギルドのサポート役みたいな位置になってしまうのかと思っていたけれど、ここでレッドドラゴンが来ましたね!!(;´…
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