36.新しい試み
イルヘンの女の子たちと話をした翌日、私は思い付きでモカさんにひとつ提案してみた。
「登録前にレオナさんの名前を出したら、本人と話をするまで登録を保留……ですか?」
「うん。……無理かな?」
私の突然の提案にモカさんは難しい顔をしている。
「うーん……無理だと思います……。成人である以外の条件は一切設けられていないのは、誰にでもハンターになる権利があるという意味ですから」
「やっぱりそうよねぇ……。ダメ元とはいえごめんね、急に変なこと言って」
所詮ただの思い付きなのだからしつこくごねるつもりはない。
「それって昨日の女の子たちの件繋がりですか?」
「そうなの。私の知らない所で、私を理由に無茶されたら嫌だなって……」
昨日彼女らに伝えた通り、憧れられること自体は嫌ではない。しかしハンターは誰でもなれるとはいってもそれは建前でしかなく、常に危険と隣り合わせの半端な気持ちでは到底やっていけない職業だ。そんなものを一時の勢いで選んで欲しくはない。
「なるほど……その気持ちは私にもわかりますよ。でも結局それは本人の自己責任の一言で片付けられちゃうと思います。もちろん怪我したり、死んでしまえばいいってことじゃないんですけど……」
「うん。最初の頃とか凄く心配してくれてたからそれは良くわかってるつもりよ」
モカさんは凄く優しい。荒くれ者揃いのハンターたちの中でこうやって受付をしていられるのもそのお陰だと思っている。皆この優しさを前にして雑には扱えなくなるのだ。
「……今だって心配してますからね? とにかくギルドとしては依頼をこなす人員を減らすようなルールは設けられないですから、仮に私が良いと言っても絶対に上に止められます」
モカさんは目を瞑り腕を組んで、左右に揺れながら何やらうんうんと唸り出した。
「うーん、そうですね……職員として大きな声では言えないのですが、依頼を受ける・受けないは本人の自由なので、登録の阻止は無理でも、依頼を受けさせない方向にレオナさんが個人に働きかけるのは可能ではないでしょうか?」
「なるほど。ハンターになるのを止めるんじゃなくて、ハンターで居続けるのを諦めさせるってことね?」
「ですです。ただ、私個人の希望を述べても良いなら……」
モカさんは下を向いて上目遣いで少し言い難そうにこちらを見てくる。
「なになに?」
「昨日の子たちは話を聞く限り諦めさせて正解ですけど、少しでも見込みがある子なら応援する方向で働きかけて欲しいんです。他のハンターの面倒を見るなんて固定パーティのメンバーだったり、よほど親しい仲でもないと普通はしないし、ましてや私がお願いするようなものでもないんですけど……」
モカさんは以前から私を心配してくれていたような不安気な、それでいて真剣な顔で尚も訴えかける。
「依頼の階級に執着がなくて、今みたいに心配してくれているレオナさんなら直接色々してあげられるんじゃないか、って……」
(危険から「遠ざける」のではなくて、「乗り越えられるようにする」か……)
本人にやる気があった場合はそもそも辞めさせるなんて出来ないだろうし、確かにそういうアプローチの仕方もあるのかもしれない。
「あ、あの……レオナさん?」
気付けばモカさんがおずおずとこちらを覗き込んでいた。つい返事もしないまま考え込んでしまっていたようだ。
「……あ、ごめんごめん。ハンターの質の底上げにも繋がりそうだし良いかもしれないわね。ちょっと考えてみるわ」
「……! はい!」
ギルドを後にして、街をぶらつきながら先程の話を考えてみる。
(……っていうか、そもそもあの子たちみたいに直接助けられた人以外に私に憧れてハンターになる人なんているのかしらね?)
思い上がりも甚だしい、恥ずかしい内容を口にしていたのではないかと今になって気が付いてしまった。
(……実際にそういう素人が現れるまでは気にしなくても良いか)
この時はそう考えていたけれど、それは案外すぐに現れることになる――。
◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇
更にその翌日の早朝、私はいつも通りにギルドで依頼の掲示板を眺めていた。掲示板の前がハンターたちでごった返す前に一通り見てしまいたいので結構早起きを頑張っている。他のハンターたちと違って自身の階級だけでなく、下の階級の依頼も全て確認するので割と時間が掛かるのだ。
「あっ……あのっ!」
「うん?」
そうして私がC級の依頼が貼り出されている掲示板の前に立っていると後ろから声を掛けられた。聞いたことのない声だなと思いながら振り返ると、そこには一人の青年が立っていた。
モスグリーンの短髪に黒い瞳で私よりも頭ひとつ分以上背が高い。身体は大きいけれど声や顔付きの感じからして成人したばかりだろうか、だいぶ若い感じがする。
「『いばら姫』のレオナさんですよね?」
「えぇ、そうだけど……」
(この感じ、久々の告白か……?)
いや、『いばら姫』の二つ名を知っているならマイクに流してもらった噂も聞いているはずだ。それでも構わず突撃してくるようなタイプには見えないし、一体何の用だろうか。
「自分、カイルって言います。昨日上がったばかりですけど一応C級です」
「そう、昇級おめでとう。……それで?」
「えっと……俺と臨時パーティを組んで欲しいんです!」
そう言ってカイルと名乗った青年は勢い良く頭を下げてきた。C級の子が私と組んでどうする気だろうか……。とにかく話を聞いてみないことには答えを出せそうにない。
「えーと……とりあえずあっちで話しましょ」
私はひとまず掲示板から離れたテーブルを指差した。
◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇
「ふーん、なるほど。実戦経験が少なくてC級の依頼を受けるのが不安だから着いてきて欲しい、と――」
「一言で言ってしまえばそうです。少しですけど人から剣を習っていたので、全くのド素人ではないはずなんですけど……」
「そんなに不安なら依頼とか関係なく街の外を歩いて経験を積んでみたらいいじゃない」
不安になる気持ちは多少わかるとはいえ、だからといって私がいないとダメだとは思わない。……まぁ依頼を受けずにとなると生活費が稼げなくて大変かもしれないけど、結局のところ経験がものをいうのは間違いない。弱めの魔物であろうと百体も狩る頃には見える景色は違ってくるはずだ。
「試しにやってみたことはあるんですけど、自分一人だと本当にこれで大丈夫なのかって逆に不安になっちゃって。それに……」
「それに?」
「数日前にレオナさんが女の子たちと話をしているのを聞いてしまったんです。そこでの『本気でハンターになりたければ質問するなり指導を受けるなり出来たはず』っていう言葉が頭から離れなくてですね……」
「……あぁ、確かにそんな感じのことは言ったわね」
あの時は周りに誰がいるかなんて気にも留めていなかった。あの子たちが大泣きしていた場面ならともかく、結構しっかり話の内容まで聞かれているということは案外近くにいたのだろうか。
「単純な戦闘技術以外にも足りていない部分が絶対あるはずなんです。その辺りをレオナさんに客観的に見てもらって、指摘してもらえないかなって。足りない部分さえわかれば後は意識して補えば良いだけですから不安もなくなるはずです」
テーブルに両手をついて前のめりになるカイル。
「A級ハンターなのに依頼の階級を気にしないというレオナさんにしか頼めません。弟子入りなんて贅沢なことは言いませんから、依頼一回分の期間だけで良いので新米の我儘に付き合ってもらえませんか?」
その大きな身体に見合わない不安気な顔で一生懸命頼み込んでくる。まるでダンボールの中からこちらに訴えかけてくる捨てられた子犬のよう。
彼は別に私に憧れてはいないし、無茶をしようとしている訳でもない。むしろ真剣にハンターをやっていて、慎重に出来ることを増やそうとしている。
先日モカさんと話していたハンターの質の底上げとはまさにこういうことではないのか。向こうが希望しているのだから押しつけがましくもならない。実際にやってみてどうなるかはわからないけれど、やってみる価値はあるように思えた。
「言ってることはただのヘタレなのに、その一方で不安の解消の為なら先輩を平気で利用してやろうっていう大胆さと貪欲さがとても良いわね。付き合ってあげるわ」
「ありがとうございます! それじゃ早速依頼の方を――――」
「……ちょっといいか? 『いばら姫』」
カイルがその顔に満面の喜色を湛えながら席を立とうとしたところに、突然横から気の強そうな女性が割り込んできた。
それは女性としてはかなり背が高くて筋肉質で、動きやすさを重視した軽装から日に焼けた肌が覗く、燃えるような赤いポニーテールと青い目をした女性だった。その恰好を見るにハンターのようだけど、これまでに会ったことはない……はず。
「……貴女は?」
「ありゃ、知らねえ? アタシはアンタと同じA級ハンターの『狂戦士』のエイミー。後ろのが同じパーティの『鷹の目』のダリア」
後ろには銀のショートヘアで透き通るような薄緑色の目が前髪で片方隠れた、私より少しだけ背が低そうな女性が立っていた。既に紹介されてしまったからか、特に何か言葉を発するでもなく会釈だけしている。
どちらも三十半ばくらいだろうか、大人の女性といった感じだ。
「レオナさん何で同じA級ハンターの人たちを知らないんですか……。『鋼の男』率いるA級パーティ『鋼牙』なんて俺でも知ってるのに……」
向かいに座るカイルが呆れた表情を浮かべている。C級の頃は階級については何の興味もなかったし、B級になってからはずっとソロで依頼をこなしてばかりだったのだから仕方がないじゃないか。
「だよな!? アタシもちょっとショックだっつーの! こっちは前々からずっとアンタのこと気にしてたのによぉ……」
「そんなこと言われても……。で、私に何か用でもあるの?」
「あぁ! やっとリーダーから許しが出たんだよ! 臨時でいいからパーティ組もうぜ!」
何かと思えばパーティのお誘いだったか。カイルに続いて彼女たちまでとは、C級の頃を思い出すモテモテぶりだ。
「……あら残念、ちょうど今このカイルと組むと決めたところよ」
「え~!? おいダリア、先越されちまったよぉ……」
エイミーはわかりやすく驚き、今までの勢いが嘘のようにしゅんとしてしまう。
「なら素直に諦めなさいよ」
(あ、喋った……)
とても透き通った声で、とても冷たい。見た目通りのクール系といった感じだ。
「レオナさん、俺と組むのまた今度にしましょうか……?」
「気にしなくて良いわよ。別に彼女らを優先しなきゃいけない理由なんて無いもの」
「で、でも……」
カイルは二人にとても申し訳なさそうにしている。まぁ彼からしてみれば大先輩だから萎縮してしまうのもわかるけれど、私には関係ない。
私たちのやり取りを眺めていたエイミーは身体を折り曲げてカイルの顔を覗き込んだ。
「お前は見ない顔だな?」
「カイルって言います。昨日C級に上がったところです」
「……はぁ!? C級!?」
エイミーは目を見開き、口を顎が外れんばかりに大きく開けて驚いている。この人表情がコロコロ変わってちょっと面白いかも。
「アンタC級と組んで何するつもりだったんだよ!?」
彼女は信じられないという顔でこちらに勢いよく問いかけてくる。そういえば私もまだ何を受けるのかは聞いていなかったことに気が付いた。
「何の依頼にするつもりだったの?」
「『馬車の護衛』にしようかと思ってました……」
「そんなもんソロでも出来るじゃんよ~……」
エイミーはそれを聞いて力無く蹲っていじけだした。そんな彼女の頭をそっとダリアが頭を撫でている。この二人、印象は正反対だけど仲は良いようだ。
「まぁ彼と組むのには理由があるから、周りからどう言われようが関係ないのよ」
別にこの二人が嫌いとかじゃないし、都合が合うなら組むのは何も問題ない。けれどわざわざ今決めた内容を覆すほど優先度が高くもない。これ以上駄々をこねずに素直に諦めてくれるとこちらとしてはありがたいのだけど……。
「――決めた。アタシらもそれに参加するぞ! 良いよな、ダリア!?」
エイミーは蹲ったまま、突如顔を持ち上げてダリアにそう問いかける。
「確認するのは私じゃなくて彼にでしょ? こっちはアンタのお守り役なんだから良いも悪いもないわ」
(お守り役なんだ……)
呆れ気味にダリアはカイルを指し示した。否定されなかったことで水を得た魚のように元気いっぱいになったエイミーは物凄い勢いでカイルに詰め寄っていく。
「アタシらも混ぜてくれ! な!?」
「ほ、本気ですか!? 俺は良いですけど……」
引き攣った顔のカイルは何とかしてくれと言わんばかりにこちらに視線を向けてくる。しかしさっきから言っている通り、私の仕事はカイルと組んで指導することなので後は別にどうだって良い。
「貴方の取り分が半分になるけど、それでも良いなら私は何だって構わないわよ」
「元々二人で済むところにいきなり押しかけておいて報酬半分掻っ攫うのはどうかと思うから、私たちは要らないわ。……良いわね? エイミー」
するとまさかダリアの方からそう提案してくれた。その辺りは階級関係なく弁えてくれるらしい。一見冷たそうだけれどとてもまともで良い人だ。
「おう! 『いばら姫』の様子を近くで見れるならタダ働きでも良いぜ!」
「人を鑑賞用の何かみたいに言うわね……。二つ名で呼ばれ続けるのもアレだし、レオナって名前で呼んでくれていいわ」
「こちらもエイミーとダリアで呼んで。よろしくね」
「大変なことになってきたぞ……」
こうして頭を抱えるカイルを余所に、C級の依頼を受ける、C級一人とA級三人という前代未聞の臨時パーティが結成されることになった。




