34.憧れと現実
今私はイルヘン村の女の子たちに服のイメージを見てもらっている。
「こんな感じでどう?」
赤く染めたショート丈のレザージャケット、前立てにフリルがついた白のブラウス、黒のコルセットとタイトなミニスカート、こげ茶の今より長い膝下まであるブーツ。右腕には篭手をつけ、すっかり浸透してしまった二つ名を意識して頭に薔薇の髪飾りを付けてみる。
「レオナ様はこういうのが好みなんですね!」
「スカート短い……姿勢によっては下着見えちゃいそう……」
「これはスタイル良くないと着れないわ……。脚の短いアタシには無理」
「えっちだ……」
「で、どうかな……?」
『見たいのでやりましょう!』
「えっちだ……」
折角のファンタジーな世界なのだからと挑戦して衣装も、とりあえずオーケーはもらえたので一安心だ。前世ではコスプレと言われてしまうような衣装だけど、この世界であればそこまで不自然ではないと思う。
屋敷に居た頃はあまり深く考えずにただ着せられていただけだったし、屋敷を出てからも樹海で暮らすうえで動きやすさを重視していただけだった。それは単純に衣服に興味がないだけだと自分でも思っていたのだ。
思い返してみれば、前世では身体のラインが出にくく色身も地味なものばかり着ていた。男性に目を付けられたくない一心で、あの頃から自分を着飾るという発想自体が抜け落ちていたように思う。
でも今はもうそれを気にする必要はないと、この子たちが気付かせてくれた。だからもう周囲を気にして遠慮はしない。
自他ともに認めるスタイルの良さをアピールして何が悪い。私は私という人間を全身で、全力で表現してやると決めたのだ。勘違いセクハラ野郎は全員この力でぶっ飛ばす。
そういった決意の籠った衣装を、女の子たちは物凄い勢いで作り始めた。
私はというと、その間に金属製の篭手など村では作れないものをエルグランツで注文し、いい機会だからと鞄や剣を下げるベルトなどの手持ちのモノの整理を始めた。それだけで完成が凄く楽しみになってくるのだから不思議なものだ。こんなにわくわくするのはいつぶりだろう。
約一か月後、私は注文したものを受け取って、その足でイルヘンの村へと向かった。女の子たちは既に私の到着を待ちわびていたようで、すぐさま一軒のお家に案内された。
出来立てで綺麗な家の中には彼女たちが作ったジャケットやブラウスが、これまたいつの間にか作られていたトルソーに着せられていた。イメージ通りに作られたそれら目にして、彼女たちの技術に素直に感心する。
衣装を着替え、ベルトや剣なども全て身に着けて家の外に出ると、どこから聞きつけたのか村じゅうの人たちが集まっていた。
私の姿を見て皆がどよめき、すぐに歓声と拍手があがる。
流石にちょっと恥ずかしい気持ちもあるけれど、新しい衣装が受け入れられていることが嬉しいので逃げたりはしない。一部号泣していたりするのは見なかったことにする。
服って凄い……。自信が湧いてきて、とても前向きになれる。
表情が柔らかくなったと女の子たちからも言われた。
そんな自分がどんどん好きになってくる。もっともっと素敵な自分になりたい欲求が湧き出てくる。
前世のテレビ番組で覚えたけど、結局出番がなかったモデル歩きも取り入れてみようか。自分自身を良く見せる手法があるのであれば使わない手はない――そう思えるようになった。
◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇
「……女っていうのは、服ひとつでこうも変わるもんかね?」
「そりゃそうよ! まぁレオナちゃんの場合は素材が良すぎて、その分垢抜けっぷりも凄いわねぇ」
エルグランツに帰ってきて、またお店の手伝いをさせてもらっている。ダニエルさんも、カーラさんも新しい衣装を褒めてくれて私も嬉しい。
「ほんとに世界が違って見えてね、何をするにしても楽しくて仕方ないの!」
「良い顔するようになっちまってまぁ……」
「うふふふ、これじゃもう無敵よね。また道行く人から言い寄られたりはしてないの?」
「それがぱったりと無くなったの。前より女っぽく見えるようになったはずなのに、不思議よね」
ストーカーは減ってないし、むしろ増えたけれど、もう気にならなくなっているからどうでもいい。
「そりゃあ……ここまで突き抜けられたら、いい女過ぎて逆に近寄れねぇだろうよ」
「うわっ! カーラさん聞いた!? めちゃくちゃ直球で褒めてくれた!」
「アタシの目の前で何言ってんだいって言いたいところだけど、相手がレオナちゃんだから許してあげるわ~」
「うへへへへ……」
「こっち見ながらニヤニヤすんじゃねえ!」
今日のお手伝いはいつもとそうやっていることは変わらないはずなのに、売り切れまでの時間が過去最速だった。これは衣装パワーだ、きっとそうに違いない。
私が笑顔で気分良く過ごせば、周りも笑顔になってくれる。
男も女も、大人も子供も関係ない。おそらく人間かどうかすらも関係ない。依頼で牧場の動物の世話をしていても、馬や牛も心なしか楽しそうだったから。
……ただどうしても、笑顔で居たくても居られない時というものはあるものだ。
◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇
ある日ハンターギルドに入ると、そこにはとてもこの場の雰囲気にそぐわない、明らかに浮いた四人組がきょろきょろと辺りを見回していた。受付のカウンターにいるモカさんも戸惑っていようだ。
(え、あれって……)
私は急いで彼女たちに駆け寄っていく。同時に向こうも私を見つけ、みんな顔を綻ばせた。
『レオナ様!!!!』
それは私の服を作ってくれたイルヘンの女の子四人組だった。
何か忘れ物でも届けてくれたのだろうか。しかし女の子四人だけでというのも何だか不自然だ。
「皆どうしたの? こんなところにまで……」
「私たち、レオナ様みたいなハンターになりたいんです!」
「村の男たちなんて頼りないし、街に出たかったんです!」
「あの村に一生引き籠って過ごすなんて嫌ですし!」
後のひとりも、うんうんと頷いている。
(あぁ~……こういうパターンもあったか~……)
自身の想像力不足を痛感し、つい右手で頭を押さえてしまう。
私は実力を示し有名になって、近寄りづらくさせるためにA級ハンターになっただけだ。しかしイルヘンの村人たちのように命を助けられた側からすれば憧れの対象として見えてしまうのは何もおかしな話ではない。
(私が釘を刺しておかないといけなかったんだ……)
ここに来るまでに何も起こらなかったのは不幸中の幸いではあるが、とにかく今ここでしっかり言い聞かせておかなければ。
衣装を変えたおかげで最近はとても楽しく過ごせているのだ。そのきっかけを与えてくれた恩人でもあるこの子たちに悲惨な目に遭って欲しくない。何かあっては村の人たちにも申し訳が立たないし、自身が原因ともなれば私も心中穏やかではいられない。
「とりあえず向こうで話しましょう?」
ロビーの端の方のテーブルを指差して移動する私に、彼女たちは特に疑いもなくついてくる。これから叱られるとは夢にも思っていないのだろう。
「あぁん? しばらく見ないうちに四人も産んだのかぁ?」
途中、体格だけは無駄に良いゴレアンと他二人の男がニヤニヤしながら話しかけてきた。女の子たちはいかつい彼らを見て怯えてしまっている。
(あぁもう! こういう時に限って絡んでくるんだから鬱陶しい……!)
もっとも最近は以前のように暴力に訴えてくることは一切なくなり、こうやって冷やかしてくるだけなので多少マシにはなっているのだけれど。まぁこんな見るからに一般人を四人も引き連れていたら面白がられもするだろう。
「ハァ……バカなこと言わないでよ。この子たちに手出したらぶっ飛ばすからね」
「おぉ怖えぇ……。お前の連れにちょっかいなんて出すかよ」
ゴレアンはわざとらしく肩を竦めて、特に悪びれもせずに去っていく。
(まったく……)
やはり本気で絡んではこないようだ。なら話しかけてくるなよと言いたい気持ちもあるけれど、今はそれよりも彼女たちの方が先決だ。
隣のテーブルから椅子を一脚こちらに引っ張ってきて、皆の顔が見えるように一対四になる感じで詰めて座ってもらう。
「さて、四人はハンターになりたいということだけど……」
ここから先は彼女たちが納得してくれるまで笑顔は禁止だ。
「止めておきなさい」
私がここまでの気安い雰囲気を消し去って真剣な面持ちでそう断言すると、女の子たちは皆驚きの表情を浮かべ、お互いに困惑の視線を交わし始めた。
「ど、どうしてですか!?」
すると一人がたまらず訴えかけてくる。
「貴女たちがハンターになるには、何もかもが足りていないからよ」
「何もかも……?」
「そう。知識、戦闘技術、覚悟、あと危機感も足りてないわね。何もかもと言って差し支えないほどよ」
「何でそんなにはっきり言い切れるんですか!?」
「ちょっと……レオナ様にそんな……!」
はっきり断言されてもナニクソと言える反骨精神は素敵だと思うけれど、この件に関しては譲れない。
「まずは見た目からね。……どう見ても着の身着のまま。私が丈の長いスカートは動きの邪魔になるから履かないとまで言っていたのに、貴女たちはワンピースを着ているでしょう? その荷物には他に何が入っているの?」
皆にそれぞれの荷物を見せてもらう。やはりというべきか、中身は水や保存食とお金だけだった。誰一人武器になりそうなものすら持っていないとは恐れ入った……。
「ハンターはとにかくいろんな場所に行くことになるわ。食糧以外にも、野宿もするから防寒具や雨具、着火道具や調理器具、薬や武器の手入れの為の道具だって必要よ。でも貴女たちは何も持っていない。何を持ってきたら良いのかすらわからないから」
私自身ははっきり言ってかなり軽装の部類だ。でもそれは戦闘もそれ以外も魔法でゴリ押せるから許されているだけ。露出の多い服なんて本来は着ていてはいけない。そしてそんな私でもまぁまぁの量の荷物を持ち歩いているというのに、彼女たちは必要最低限すら満たせていない。
「物に関するもの以外にも、色々知識が必要になってくるわ。今はそこまでは言及しないけど、まずそれが一点」
私は指で示しながら続ける。
「二点目は戦闘技術ね。まぁ元々村での魔物討伐には女性は参加出来ないんだし、これは確認するまでもないと思うけど……。今見せてもらった荷物の中にも武器になるような物は何も無かったしね」
皆の視線がそれぞれの荷物に移る。見たって入ってないものは入ってないの。
「ハンターは所謂何でも屋だけど、街中での仕事を除けば基本的に魔物との戦いと隣り合わせの職業よ。街の外で遭遇する確率は村に居る時よりもずっと高いし、なんなら依頼で討伐を目的にする時だってある。戦って当たり前なのよ。それなのに貴女たちは皆きっとゴブリン一体すらも倒せない」
村の男性はこれまでにもゴブリンを倒してきているのだから、それ以下ということになる。別にそれがダメとは言わない。その状態でハンターになろうとさえしなければ。
「数は少ないけど女性のハンターもいるわ。私の知り合いにも、お兄さんを魔物に殺されたのをきっかけに、弓を隠れて練習して技術を磨いてからハンターになった娘がいるし」
「お兄さんを殺されて……」
「そうよ、それが三点目の覚悟。さっきの知識の話だってそう。本気でハンターになりたかったのなら、私が村に滞在している間に質問するなり指導を受けるなり出来たはずよ。ハンターがどういう職業なのかわかっていない、わかろうとしていない。ちょっとした日常の不満を取って付けるのとは違う、自分を突き動かすだけの動機がないのよ」
街に出たい、村に引き籠りたくないと言っていた子たちがギクリとする。実際はハンターの中にはそんな人も居るんだろうなとは思うけど、ややこしくなるだけなので黙っておく。
「もし本気で今からハンターになりたいというのであれば、私が直接指導して鍛えてあげてもいいけど……」
それを聞いた皆の顔が再び輝きだす。
「体力をつけるためなら吐いて倒れるくらい走らせるし、戦いで怯まないように骨が折れるぐらい遠慮なくぶん殴るし、どこでも生きていけるよう野宿で最低二か月は家に帰らせないわ。それでもなりたい『覚悟』があるのなら言って頂戴」
――が、皆すぐに真顔になった。
私は師匠からそうやって鍛えられたから同じようにするだけなのだけれど。まぁその必要はなさそうなので何よりだ。
「そして最後、四点目。危機感の無さ。もうハンターとか関係ないから、これがある意味一番深刻よ……」
思わずため息が零れる。
「危険は何も魔物相手だけじゃない、人間だって十二分に危ないのよ。特に女性は非力なぶん標的にされやすいんだから。馬車の中だろうが、町の中だろうが、貴女たちが常に四人で行動していようが、相手がその気になればいくらでも酷い目に遭う可能性があるのよ。攫われて暴行されたり、娼館や金持ちの変態に売り飛ばされたりね」
おのぼりさん丸出しな彼女たちがよくここまで無事に来られたなと思う。今でこそ殆どなくなっているけれど、私もハンターを始めた当初は様々な人間に絡まれたものだ。
「ここに来る時にもし私の名前を出して誰かに居場所を尋ねたりしていたら、その場で適当に『私の知り合いだ』なんて嘘つかれて、人気のない場所に連れていかれる可能性だってあったのよ?」
特に後半の話を聞いて皆の顔が一気に青ざめた。四人の間で誰かに尋ねようかとか、実際にそういう話があったのかもしれない。
「ハンターも荒くれ者の集まりだから、ある意味もっと危険だわ。私もハンターとして登録を済ませた直後にちょうどさっきの男三人に絡まれて、あいつらのパーティに入ってアッチの世話しろって脅されたのよ? まぁ私の方が強かったから返り討ちにしてやったけどね。……でもそれが貴女たちだったら? あいつら一応ゴブリンよりは強いわよ?」
もうみんな顔が青いどころではない、今にも泣きそうだ。こちらとしては状況を理解して反省してもらいたいだけで苛めたい訳ではない。
私は立ち上がり、座る女の子たちの背後から四人の肩へと腕を回した。
「皆に慕ってもらえているのも、憧れてもらえたのも凄く嬉しいわ。でもだからこそ、私はそんな皆が危険な目に遭って欲しくないの。ハンターに一生なってはいけないとは言わない。でもその前に、もっと色んな視点で物事を見られるようになって欲しい」
「色んな視点で……」
「……そう。イルヘンの村も、そこに暮らす人々も、どれもかけがえのないものよ。短い間とはいえ私も一緒に過ごしてきたんだからわかるもの。だから命懸けで村を守ってくれている男の人たちを頼りないなんて言わないであげて。一生を過ごすのに値しない場所だなんて言わないであげて。……ね?」
そう言い終わると、それまで泣くのを我慢していた女の子たちが堰を切ったように泣き始めた。四人とも抱き着いてきて身動きが取れなくなる。
「うわあああああ勝手なことしてごめんなさあああああい」
「迷惑かけてごめんなさああああああい」
「村のみんなを悪く言ってごめんなさああああああああい」
「考えなしでごめんなさああああああああああい」
私は頭を撫でたり、背中を擦ったりして彼女たちが泣き止むのを待った。ロビー中の視線を集めてしまったので「こっちを見るんじゃない」とさりげなく周囲を目で威嚇しながら。
そうこうしているうちに村から追いかけてきたであろう男性数人が慌ててギルドにやってきた。私は彼らにあらかじめ釘を刺しておかなかった認識の甘さを謝罪した。そして女の子たちは無事、彼らと一緒に村に帰っていった。
(色んな視点で物事を見ろって、自分のことよねぇ……)
衣装で浮かれていたところを現実に引き戻されたような、そんな気分だった。




