33.復興
男性が呼んできた村人たちは村の状況にどよめき、歓声を上げた。その様子を見るに少なくとも怒ってはいないようだ。
まだ幼い子供たちを筆頭に村人が次々とこちらに駆け寄って来る。
「お姉ちゃんがあいつら倒したの!?」
「ありがとうございますっ! 本当に助かりました!」
「貴女は村の人間全員の命の恩人だ!!」
その勢いはアジェの時よりも輪をかけて凄いものだった。……まぁそれもついさっきまで命の危険に晒されていたのだから無理もないのかもしれない。
その圧に押され対応に困っていると、村長さんが人の壁をこじ開けながら目の前までやってきた。
「……ハンター殿、貴女様が居て下さったお陰で私共は命拾い致しました。村の者一同を代表して、お礼申し上げます」
そういって村長さんは深く頭を下げ、周りの村人もそれに合わせて頭を下げ始めた。
「いえ……倒すためとはいえ、皆さんの家も壊してしまったので……」
「そんなもの、また作れば良いだけのことです。生きてさえいれば何とでもなります」
村長さんはそう言ってくれるけれど、私自身壊しっぱなしでは決まりが悪い。いくら危機が去ったとはいえ、しばらくは私のせいで大変な生活を強いてしまうのだから。
「もし良ければ、私も微力ながら復興のお手伝いをさせて下さい」
「おぉ……なんと慈悲深いお方だ……。何もお返し出来ず、心苦しいばかりです」
村長さんは祈る仕草をしながら苦々しい表情を浮かべている。
「あ、それならひとつだけお願いしたいことが……」
「何でしょうか? なんなりとお申し付けください」
「領主の元へ助けを求めに行った村人がいますよね?」
「えぇ。もう大丈夫だと伝える為に、追ってもう一人遣わせましたが……」
「なら、じきに現場の調査のために騎士団が派遣されてくると思うのですが、その際に私がゴブリンを倒したことを伏せておいて欲しいのです」
本来なら騎士団が出動してくる規模だったので派遣自体は仕方がないのだけれど、素直に「私がやりました」と彼らの前に出ていく訳にはいかない。私のライフプランが崩れてしまう。
「それは構いませんが、一体……」
「詳細は言えませんが、貴族とあまり関わり合いになりたくないのです。そうですね……架空の人物像を皆で共有して、それを報告して下さい。容姿だけでいいので先程の竜巻とかそういう戦いの様子はそのまま伝えてもらって構いません」
「なるほど……畏まりました、ご協力致しましょう。遅くなりましたが、お名前をお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「レオナと言います」
名乗った途端、周りで聞いていた村人の中から声が上がる。
「レオナ様と言えばアジェの町の救世主ではありませんか!?」
「確か『いばら姫』という二つ名のA級ハンターだ! アジェの町で聞いたことがある!」
「おぉ!? まさかA級の方が来て下さっていたとは……」
それに対して村人たちが更にどよめくが、私は正直恥ずかしくてたまらなかった。
結果として住民たちを救ったのは別に良い、困っている人が救われたのならそれはとても良いことだと思う。ただA級を目指したのはしょうもないナンパや告白を避ける為なのだ。男たちが寄ってこないようにしたかったからであって、こうして持ち上げられたいからではない。
「と、とにかく! 私のことは良いので復興に取り掛かりましょう! 男性はゴブリンの死体の処理と、瓦礫の撤去、後は食料確保班にわかれて、女性はまだ使えそうな物資を集めて仮設のテントや食事の準備を! ――それで良いですよね、村長さん?」
「え、えぇ……。聞こえたな皆の衆! レオナ様が手伝ってくださる! また元の生活に戻れるよう、力を合わせるのじゃ!」
『オオー!!!!』
ひとまず目先を変えることでこの場をやり過ごせたようだ。作業に入ってしまえばこっちのもの……のはず。
私はゴブリンの死体の移動と魔石の回収を買って出た。竜巻で引きちぎられたり、氷柱で貫かれたりしている死体の処理を村人に押し付けるのは流石に可哀想だと思ったからだ。
魔石を回収し終わった死体から村の外れで焼いていく。数が尋常ではないので複数人で手分けして作業しても、魔石を抜いた死体を一箇所に集め終わる頃には日が暮れてしまった。山のように積み上げられた死体を全て焼き終わるにはまだまだ時間が掛かりそうだ。
その日の終わりには村人一人ひとりに『洗い流し』を使って綺麗にしていく。不衛生な状態で過ごして変な病気に罹るくらいなら私の魔力など安いものだ。……だからそんなに崇めないで欲しい。
翌日からは私も瓦礫の撤去を手伝っていく。単純な力仕事の今ならまだ手伝えるけれど、家を建てる段階になると日曜大工の経験すらない私に出来ることは少ないのだ。
もちろんこれも危険の伴う作業だと理解しているので気は抜けない。休憩時間には村人に怪我はないか確認し、細かな傷であってもその都度魔法で癒しながら作業を進めた。……だからそんなに崇めないで欲しい。
畑も荒れ放題になってしまったので魔力で土を動かして耕してみたり、家を建てるために必要な木材を伐り出し、乾燥させたりといった作業も魔法で手伝ってみる。樹海で生活していた頃を思い出して少し懐かしい気分になれた。……だからそんなに崇めないで欲しい。
一週間ほど経過してようやく数人の騎士が調査のために派遣されてきた。事前に村人から聞いていた私は食糧調達のために森に入って避難する。
お願いした通り、やってきた騎士には私ではない謎の人物がゴブリンを討伐し、名前も行先も言わずに立ち去ったと伝えてもらった。
事前に決めた人物像は長身細身で、黒い長髪、赤い瞳に、ボロボロの皮鎧に身を包んだ、あまり強そうには見えないみすぼらしい風貌の中年男性というもの。ここまで違っていれば私だとバレる心配はないだろう。
領主のロートレック子爵は過去に一度魔物で大怪我をした経験があるらしく、とにかく魔物に対して臆病な人物なのだとか。
アジェの時も自分の周囲から騎士が減るのを嫌がって派遣を渋っていたようで、騎士団の運用の仕方が悪いと村人の間での評判はお世辞にも良いとはいえなかった。既に危機は去った現場の調査に数人寄越すくらいならもっと早く来られそうなものだと私も素人目に感じていたので、成程といった感じである。
野草を集め、獣を仕留めてきただけで何ひとつ一緒に森に入っていた村人たちと変わらないはずなのに崇められたので、もう色々と諦めた……。
◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇
一月もすれば村人たちも仮設の住居暮らしにはだいぶ慣れてきたように思う。復興のための支援金も出たらしく、住居以外は最低限まかなえている。
家の建築については男性陣に任せ、最近の私は周囲の魔物討伐や畑仕事、狩りなどの仕事をする以外は女性陣に混じって縫い物や子供の世話などをして過ごしている。
女性が複数集まればお喋りに花を咲かせるのは当然の流れで、村の外の人間である私は結構な勢いで質問攻めに遭っていた。『いばら姫』の由来、魔法について、他の地域の話、料理のレシピ、好きな男のタイプまで、それはそれはもう沢山。
そんなある日、若い女の子グループと一緒に編み物をしていると、その中の一人が尋ねてきた。
「レオナ様は服にはあまり興味ないんですか?」
ちなみに「様」付けなのも既に諦めている。
「え、服……? 何か変かな?」
その言い方だと印象があまり良くないということだろうか。自分の服を見下ろしてみても、特に変な所は見当たらないように思うのだけど……。
「変とまでは言わないですけど、凄く地味だと思います!」
「わかる! 実用一辺倒で全身茶色だし!」
「美人でスタイルも良いのに勿体ないですって!」
「もっと着飾りましょうよ!」
私が聞き返すと、周りの女の子たちまで物凄い勢いで話に乗っかってきた。
「まぁ言われてみれば確かに地味かな……? 動きやすいし、これはこれで気に入ってるんだけどなぁ……」
そう呟くと突然一人がハッとして困惑した表情になり、声を潜めて他の子たちとひそひそと話し始めた。
「もしかしたら、レオナ様は服のセンスだけは持ち合わせていないのかも……」
それを聞いて周りまで深刻な顔をし始める。
「そっか、あまりに完璧すぎるからその可能性は考えてなかったわ」
「欠点があるなんて、ちゃんと私たちと同じ人間なのね?」
「これは私たちがお役に立てるチャンスなんじゃない!?」
全部聞こえてますけど。
しかしセンスがないなどと変に誤解されるのは我慢ならない。どうにかしてこの子たちをあっと言わせるしかなさそうだ。
「ちょっと待った! 服のセンスがないなんて聞き捨てならないわよ……」
「そう見栄を張らずに、私たちに服を作らせてくださいよ~?」
「カッコよく、可愛らしくして差し上げますから!」
女の子たちは楽しそうに挑発してくる。よーしその勝負(?)乗った。
「そうね……じゃあ復興が落ち着いたら私の新しい服のデザインを考えてくるから、それが変じゃなかったら馬鹿にした罰として貴女たちがその服を作る。もし変だったら大人しく貴女たちの着せ替え人形になる。なんてどう? 費用はもちろんこっちが持つから」
『良いんですか!?』
「えっ……」
「今より素敵になって下さるのなら、どちらにしても美味しい!」
「作らせてもらえるなんて役得だわ!!」
「鼻血でそう……」
「うへへへへへ……」
私の思っていた反応とは異なり、皆とても嬉しそうにはしゃいでいる。
全員その気になったようで、彼女たちは私に着せたい服をああでもない、こうでもないと夢中で話し合い始めた。
その様子は本当に楽しげで水を差したくないから黙っているけれど、話の中にワンピースとかそういうヒラヒラした服が登場しているので彼女たちに任せてしまうととんでもないことになってしまいそうだ。
私好みにするには自分で考えた衣装で彼女たちを納得させるしかない。完全に置いてけぼりにされた私もどういう服にするか、黙々と手を動かしながら一人考え始めた。
◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇
二か月も経過するとぽつぽつと簡素ながらも小さな家が建ち始めている。もうだいぶ復興も軌道に乗ったので、このあたりで一度エルグランツに帰ろうと思う。
若干あの喧噪が恋しくなってきたのもあるし、街の服屋を巡って少し勉強もしておきたい。また来る時にお土産でも持ってくれば村の皆も喜んでくれるだろう。
私が一旦帰ることを伝えると、村人総出で見送りにきてくれた。どうせまた戻ってくるのに大げさな……。
そんな私の想いとは裏腹に、村人たちはまるで今生の別れかというくらいに悲しみをその顔に浮かべている。大丈夫だと慰めてみても全く効果がなかったので、最終的には少々強引にイルヘンの村を発つしかなかった。
◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇
「――ってことがあったのよ~」
「そりゃ大変だったね~」
そんなこんなでエルグランツに帰ってきて、またエリスさんとお喋りをしている。
「でもその女の子たちの言うことにも一理あるかも。有名人ならそれに見合った格好をして欲しいって思うもの」
「エリスさんまで……」
そんなに変な格好だろうか……。彼女にまでそう言われてしまうとなると流石の私も自信がなくなってきた。
「まぁ丁度いい機会なんじゃない? 地味なのは事実だし、私もレオナちゃんの新しい服楽しみにしてるからさ」
「くそ~見てなさいよ~! 絶対あっと驚かせてやるんだから……!」
「そうそう、その意気!」
「――あ、帰って来てたんだ」
「……ッ!?」
(この声は……)
聞き覚えのある声に振り向くと、そこにはレイチェルさんが立っていた。
「急ぎではないとは言ったけど、随分遅いから心配したんだよ?」
「あああああああああああああああああああああああああああ!!!!」
黒猫のタマを見つけた時のような絶叫が市場に響き渡る。
(薬草採集すっかり忘れてた! ……あれ、木箱どこにやったっけ? 林の中に置きっぱなしじゃん! 二か月も!)
私は土下座をしながら事情を説明する。最初は絶叫に驚いていたレイチェルさんの顔が、次第に静かな笑顔に変わっていく。ダメだ、絶対怒ってる……。
「……レオナちゃん?」
「……はい」
「今から十日以内に集めてこなかったら報酬ナシね?」
「は、はいぃぃ……」
イルヘンまでの移動に四日、往復で八日掛かる。つまり集めるのがめちゃくちゃ大変なアレを二日で集めないといけない。鬼か。
……いや、今まで待ってくれていたんだから仏以外の何者でもないか。
結局私は服の勉強などする暇もなく、イルヘンにとんぼ返りする羽目になる。
村人に事情を説明し、頭を下げて協力してもらって何とか集めることには成功するが、その報酬は村人たちへの支払いで殆ど残ることはなかった……。




