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32.濁流

 レイチェルさんの依頼は以前アクセルたちと行った北のロートレック領の鉱山の町アジェの北西、中央山脈の麓にあるイルヘンの村周辺に自生する薬草の採集だった。


 アジェまでは以前と同様に乗合馬車を使い、そこからは徒歩での移動になる。もうA級になって急ぐ必要もないので走ったりはしない。疲れるし。


 乗合馬車の中は結構な数の人で賑わっていた。以前の寂しい馬車の中を知っているだけに、この賑わいはむしろ心地良い。自身は何も喋らなくても、ただ此処に座っているだけで心が温かくなれる。


「あ、アンタもしかしてレオナさんか!? 『いばら姫』の!」


 そんな良い気分でしばらくは過ごせていたものの、この一言を皮切りに乗客の視線が一斉に私に集まってきてしまう。


「やっぱりそうだ! 鉱山の魔物を退治して下さったハンターの方だよ!」

「おぉ、この方が! 町の恩人に一度直接お礼をしたいと思っていたんだ!」

「今日は他のお二人は御一緒ではないので!?」


「ちょ、ちょっと落ち着いて……!」


 町の人たちが元気そうなのは良いことだけれど、これでは流石に居心地が悪い。彼らへの対応もそこそこに、私は護衛と称して馬車の中から逃げてしまった。


 アジェの住民の大半の生活が懸かっていただけに、感謝され度合いが余所とは比べ物にならないのだと今更ながらに気付かされた。アジェの町で一泊する予定なんだけれど今からこんな調子で大丈夫だろうか、少し不安だ……。


 結局、宿の女将さんにも今回は別の依頼で通過するだけなのであまり騒がないようにとお願いする羽目になった。また別の場所を救いに行くのかと勝手に感動されてしまうも、ただの薬草の採集だと正直に伝える勇気は私にはなかった。




 アジェを出発すれば途端に人に会うことは稀になり、かなり気が楽になった。中央山脈に向かって歩いて行くので少しずつ少しずつ坂道がキツくなっていく。とはいえただ道に傾斜がある程度なら私にとっては屁でもない。急ぎの依頼でもないので、自然を満喫しながらのんびりピクニック気分で進んで行く。


 そして二日目の夕方、無事イルヘンの村に到着した。山の麓の比較的平らな土地を拓いて作られた村だ。田舎の村とは聞いていたけれど、想像よりもかなり広いし、家の数を見るに住民も多そうだ。


 泊まれる場所がないか尋ねた村人曰く、ここには住居や倉庫、教会といった暮らしに必要な建物のみで宿や商店はないらしい。なので薦められた通りに村長のお宅を訪問し、事情を説明してみる。


「……そういうことなら泊まっていきなさい。年頃のお嬢さんを外で過ごさせるわけにはいかん」


 村長さんにそう言っていただけたので、ひとまず滞在中ずっと野宿しなくて済んで私も胸を撫でおろした。


「ただ薬草採集は結構なのだが、最近村の周りにはゴブリンが頻繁に出没しておる。たとえハンターの方であっても充分に気を付けなされ」


 村長さんの言うゴブリンとは良くゲームとかで見るような緑の肌の鼻や耳が尖がった小人の姿をした魔物のことだ。


 知能も低く非力だがすばしっこく、主に爪と牙で襲い掛かって来る。この世界の魔物は生殖行為などは行わないので捕まったからといってどうこうされたりはせず普通に殺される。魔物の強さとしてはD級で一応一般人でも対処出来るレベルではある。


「ご忠告感謝します。ゴブリン程度なら寝床のお礼も兼ねて採集ついでに倒しておきましょうか?」


 私がそう提案すると村長さんの表情がぱぁっと明るくなった。


「おぉ、それは助かりますな……。まだ何とか対処出来てはいますが、いつギルドに依頼を出そうか迷っておった所でして」


「ここから依頼を出すのも大変でしょう。そうしなくて済むように一匹残らず駆除しておきますね」


「ありがとうございます。女神アルメリアのご加護がありますよう、祈っておりますぞ」


 将来の依頼がたかが一件分なくなった所で文句を言う人なんていないだろう。そんなことより人々の暮らしの方がよっぽど大切だ。目的と手段が入れ替わってしまってはハンター失格も同然である。




 翌朝、村長さん宅で朝食をご馳走になってから薬草の採集を開始する。


 目的のメリアナ草はそこらに大量に生えている雑草によく似ていて見分けるのが大変な上、まばらにしか生えていないので非常に数を集めづらい。以前に集めたアルマナの葉は採集ポイントに移動出来れば後は楽ちんだったけれど、今回はまだまだこれからが本番なのだ。


 多分やる気のない人なら途中でうんざりして、そこらの雑草を適当に詰め込んでハイ終わりとやってしまいそうな面倒臭さなので、信頼のおける個人に直接依頼をしたレイチェルさんの判断は正しいと思う。それに私が選ばれたのだから、ちゃんと期待に応えなければ。


 応えなければ……。


 えなければ……。


 なければ……。


 ければ……。


 れば……。


 ば……。


 ばばばばばばばばば。


「ぁぁぁもうこれ無理ぃぃぃぃぃぃ!!!!」


 ちまちまとした作業で蓄積した鬱憤が爆発する。私は特に理由もなく手頃な木に両手足を使ってしがみ付いた。


「もうお昼じゃん! なにこの作業つらすぎる! しかも集める箱大きくない!? いや小さいけど大きいってコレ! 何日この作業続けないといけないのよ!?」


 今回渡された採集したメリアナ草を入れる木箱は丁度ティッシュ箱くらいの大きさで、背負い籠と比べれば断然小さいのは確かだった。ただ問題は、午前中で集まったのがその箱の底を埋められる量にすら達していないという点だ。


 中央山脈を背にしている村の入り口が東側、その南の林からスタートして、今は遠目に村が見える程度の距離。村の中心から南南東ぐらいの位置だろうか。木々の隙間から見える村の更に奥には、今の気分を表すかのようにどんよりとした曇り空が広がっている。


「それでこの量!? これじゃ集まるまで村の周りを何十周もしないといけないじゃん! あ~ん、どうしよう~……」


 脱力し、しがみ付いている木からズルズルとずり落ちていく。ぼてっとお尻が地面に着いても構わず、頬を木の肌にくっつけたまま唸っていると――


(……うん?)


 何かが聞こえたような気がした。すぐさま聴力強化を使って確認する。


『きゃあああああ!!』


「……悲鳴!?」


 すると複数の人間の悲鳴が耳に飛び込んできた。聞こえてきた方向を考えてもイルヘンの村で何かが起こったに違いない。


 すぐさましゃがむのに邪魔で外していたショートソードを拾い上げて走り出す。行く手と視界を阻む薮をものともせず、真っすぐ村の方向へと突き進んだ。


「逃げろォォォー!!」


「きゃー!!!」


「ギャギャギャギャギャ!!!」


 林を抜け、村の外周に出て目に入ってきた光景――それは中央山脈の方向から、まるで地響きのような音を立てて村へ侵入してくる凄まじい数のゴブリンの大群と、それから逃げる村人たちの姿だった。ざっと見てもゴブリンの数は百や二百では利かない。これほどの大群はこれまで見たことがない。


 村人たちは懸命に街の入り口の方向へ走ってはいるが村を出たからといってそれで終わりでもないし、逃げ切れる保証などどこにもない。いくら村人たちも普段からゴブリンと戦ってきているとはいえ、あの数に対抗できる者などいるはずもない。このままでは全員殺されてしまう。


(とにかく村人を逃がさないと!)


 ショートソードの鞘を投げ捨て、身体強化を全開にして駆け出す。


『付与:(エンチャント)炎の大剣』(フランベルジュ)


 走りながらショートソードの腹を左手で根元から先端へ向けて撫でていく。撫でた部分から炎が立ち上り、やがてその刀身全てを包み込んだ。そこに更に『幻影の刃』を併用することで延長された部分にも炎が行き渡り、最終的に赤く煌々と燃え盛る炎の大剣へと姿を変える。


 そしてゴブリンの群れの先頭と村人たちの間に滑り込み、その炎の大剣で眼前の敵を薙ぎ払った。同時に最後尾の男性へと声を張り上げる。


「走って! 私が見えなくなるまで! はやく!!!!」


「……! すまない! すまないっ!!!!」


 男性は今にも泣きそうな声で叫びながら走っている。そんな彼を逃がすものかと、薙ぎ払われて絶命したゴブリンを押しのけて後続のゴブリンたちが襲い掛かってくる。その土埃を上げながら絶えず押し寄せる様はまるで濁流のようだ。


 同じ大群でもジャイアントケイブスパイダーとゴブリンではその素早さが全く違う。足を止めていてはその物量に飲み込まれてしまうだろう。頻繁に後ろに跳躍しながら剣を振るい、数を減らして少しでも進行を遅らせ、とにかく村人が逃げる時間を稼いでいく。


 後退しながらとはいえ大剣を一振りすれば軽く十体は燃え上がり絶命している。しかし目の前の同族が燃やされているというのに、それでも全く怯むことなく押し寄せてくるゴブリンたち。その爬虫類のような黄色い瞳は狂気に満ちており、やはり魔物は人間や動物とは根本的に違う存在なのだと改めて実感させられる。


 ちらりと後方を確認すれば最後尾の男性は二十メートルほど先を走っていた。覚悟を決めて全力で逃げているのだろう、こちらを振り返る気配はない。これならば巻き込む心配はないはずだ。


(さぁ反撃よ……!)


 風の魔力を左手に作り出し、振り上げると共にそれを解放する。


突風(ガスト)


 ゴブリンたちへ向けて強烈な突風が巻き起こる。身体が小さく体重の軽いゴブリンたちはその向かい風になす術もなく吹き飛ばされていく。


 それによって私とゴブリンたちの間に十メートルほどの誰も居ない空間が生まれる。だがすぐに後続が雪崩れ込んで埋め尽くしてしまうだろう。それまでのほんの数秒でケリをつけてみせる。


 ゴブリンたちが山脈側から揃って雪崩れ込んできていて、まだバラけずに纏まって移動している今しか一度に殲滅するチャンスはない。いくら私でもこの数を相手に村人たちを庇いながら戦うのは難しい。これを逃して乱戦になってしまえば村人たちに被害が出てしまうだろう。


 だから私は最善を尽くさなければならない。一匹たりとも逃しはしない。


 邪魔にならないよう剣を地面に刺し、右足を後ろにして腰を下げて踏ん張る体勢を取る。そこから肘を曲げた状態で両腕を広げ、両手に激しく渦巻く風の魔力を作り出していく。


 これから使うのは私の魔法の中でも最大規模のものだ。この数の魔物を倒すには両手に作り出す風の魔力もそれ相応の出力が必要になる。私はこれまで使用していた身体強化も切って両手の魔力に全力で集中する。


 作りだした風の魔力の塊は徐々に、しかし確実にその大きさを肥大させていく。それに伴って塊の中で吹き荒れる風の音がゴブリンたちが響かせる地鳴りの音をも掻き消し、『ゴォォォ』という本当に風かどうかも疑わしい音しか私の耳に届かなくなる。


 そうしている間にもゴブリンたちとの距離は詰まっていく。もう私との距離は最初の半分もない。残り四メートル……三メートル……二メートル……。


「くらえっ!!!!」


 ゴブリンたちのその爪や歯が届く直前に正面で腕を交差させ、両手の魔力の塊を擦り合わせるようにして前に押し出した。


『全てを飲み込む双子竜(ツイントルネード)巻』


 そうして押し出された魔力は前進しながらその渦巻く風をみるみるうちに巨大化させ、ふたつの大きな竜巻となってゴブリンたちを軽々と飲み込み始めた。


 時計回りに渦巻きながら並ぶそれら二つの竜巻の間にはちょうど逆方向の風の流れが生まれ、巻き込んだ物を全てねじ切ってしまう。お腹に響くような低い轟音を立てて突き進む双子の竜巻はふたつで村の横幅を完全に埋め尽くしているので奴らにもう逃げ場などない。


「ふぅ、間に合って良かった~……」


 無事に発動できたことに安堵し、ぺたりと尻餅をつく。この魔法を使ったのは修行中にお師匠様に使用を禁止されて以来だったので、間に合うかほんの少しだけ心配だったのだ。


 というか調子に乗って考え出したものの、これを実戦で使う機会がやってくるとは私自身思ってもみなかった。やはり切り札は色々隠し持っておいて損はないらしい。


 それでも出来れば使いたくはなかった。他に与える影響が大きすぎるのだ。立ち並ぶ家々や家具、畑の土や農作物など、この場に存在する全てのものを根こそぎ巻き込んでしまう。竜巻が消えるころにはもうこの村は住める状態ではなくなっているだろう。


(もっと上手いやり方が他にあれば良かったんだけどなぁ……)


 溜め息を吐きながら立ち上がる。


 風に身体をねじ切られ、空に放り出されて地面に叩きつけられることでその殆どは死ぬだろう。しかし討ち漏らしが出ないとは限らない。このあと死体を処理する際に村人たちに危険があってはいけないので、念には念を押してここで全てのゴブリンを確実に殺しておかなければならない。


 私は続けて右手に氷の魔力を作り出し、その塊をコロリと地面に落とした。落ちた地点から前方に向けて地表が凍り付き、やがて村全体を覆い尽くしていく――。


 そして竜巻が消える頃合いを見計らって、氷を広げた為に少し小さくなった足元の魔力の塊を右足で踏み抜いてやる。


氷に潜む牙(アイススパイク)


 巨大な氷柱が地面から伸びて、落下し氷に触れたゴブリンの身体を串刺しにしていく。氷がその質量を感知して自動的に攻撃する魔法だ。


「うひゃあっ!」


 ただ氷柱が飛び出す時の「ジャキン!」という甲高い音がゴブリンの数だけ鳴り響いたものだから、けたたましい音となって鼓膜を攻撃してくるのは想定外だった。私は慌てて両手で耳を塞いだ。


 しばらくそうして待つこと数分、ようやく長く続いた氷柱の音がしなくなり、ずっと騒がしかった村に静寂が戻ってくる。


 視力強化を使ってその場からちゃんと殲滅出来ているか確認していると、背後から人の気配を感じた。振り向くと先程の男性が村の入り口に立っていた。急にゴブリンが追いかけて来なくなったものだから様子を見に来たのだろう。


 彼は最初呆然としていた様子だったけれど、動いているゴブリンが見当たらないことに気付き、慌てて大声を上げながら避難した村人たちを呼びに戻っていった。


 ふと、アジェへ向かう馬車の中での出来事を思い出す。あの時のように多分これから私は助けられて興奮した村人たちに飲み込まれるのでは……。


(あぁ~でも村を破壊しちゃったからなぁ……)


 もしかしたら感謝されるどころか刺されるかもしれない。 


 正直この場から逃げ出したいくらいなのだけれど、壊しておいて何も言わずに逃げるのは流石に自分でもどうかと思うし、戻ってくるのを待つしかない。


 気付けばいつの間にか曇っていたはずの空は晴れ渡っていた。




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― 新着の感想 ―
[良い点] ちゃんとゴブリンを殲滅できたんだし、村を壊しちゃったことはお咎めなしでお願いしたい!! もしかして採集しないといけなかった薬草までダメにしちゃってませんか!?そこが心配!!(; ゜Д゜)
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