31.知名度
ギルドに依頼を出している訳でもないダニエルさんのところに連日押し掛けるのは何か違うなと思ったので、翌日私はちゃんとギルドに行って『荷物の配達』の依頼を受けた。
西門に向かえば相変わらず荷物が山のように積まれていた。その様子は遠くからでもわかるくらいなので、すっかりエルグランツお馴染みの光景になってしまっている。
「おっ、今日は嬢ちゃんか! 久しぶりだな!」
マイクも相変わらずのようだ。私を見つけて向けられた、その人懐こい笑顔と白い歯がとても眩しい。
「本当に久しぶり。最近は街の外の依頼ばっかりだったから今日は息抜きに来たよ」
「息抜きってお前な……ちゃんと働いてくれよ?」
「サボるわけないでしょ!」
私がサボるようなタイプに見えるのだろうか、心外である。
軽く睨み付ける私を見てマイクは楽しそうに笑い出した。
「ハッハッハ! そうだな、今を時めく『いばら姫』様がそんな情けないことしないよな!」
「あ、やっぱり知ってるんだ。その呼び名」
「おう、この仕事してると色々と噂が集まりやすいからな。昨日ガキ共を一蹴したのだって、もう知ってるぜ?」
「うわ怖……」
配達員なんて辞めて情報屋にでもなったら良いのにと思う。才能ありそうだし、結構繁盛しそうな気がするのは私だけだろうか。
「引くなっつーの! ……んじゃ早速始めるか。これ嬢ちゃんの分な!」
「はーい」
前回と同様に渡された配達リストには宛先がズラリと並んでいる。届ける荷物は相変わらず多いけれど、もう勝手はわかっているので特に問題はない。
実際に仕事を開始してもその印象が変わることはなかった。
……ただ、今日はこれまでとはまた違った問題が起こっていた。
「レオナさん、俺と付き合ってください!」
配達中に告白してくるのはこれで三人目だ……。
とにかくこちらの都合も考えずに仕事の邪魔をしてくる相手などお断りなので、ぱぱっと断って仕事に集中する。
◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇
「もう何なのよ……」
「ん、どうかしたのか?」
昼休憩に入ると同時にモヤモヤする気持ちが口を衝いて出た。折角なので膝に頬杖をついて座る私の隣でリンゴに齧りついているマイクに今の気持ちを吐き出してみる。
「昨日みたいに仕事中に告白してくる奴が三人も居たのよ……」
「……は? この午前中にか!?」
「うん。その内二人は絶賛ストーカー中。昨日のえーと……アランだったっけ? 彼も合わせて今三人に見られてるわ」
たまたまだろうけれど綺麗に囲むように三方向から見られている。まるで刑事モノのドラマで容疑者の私が警察にマークされているみたいだ。何も悪いことなんてしていないのに。
別にストーカーするなとは言わない。外見だけでなく内面も含め私という人間全てを理解して愛してくれるのであれば、その過程について文句を言う気はない。誰もが日常的に私と関われるとは限らないし、それが必要であれば勝手にすればいい。
ただ、これまでのストーカーは一度そうなってしまうと例外なく以降何も行動に移さなくなる。少し惚けたような、幸せそうな目でこちらを見てくるだけ。昨日のアランもそれだ。
もう私を真剣に愛する気がないのであれば止めるか、せめて視界に映るなと言いたい。
「げぇっ!? だ、大人気じゃねぇか……」
「鬱陶しいだけで欠片も嬉しくないってば……。何で急にこんなに増えたのかな? 春になって暖かくなったからとか?」
ナンパであればこれまでにも数えきれないくらいあったけれど、昨日今日は始めから私との交際を目的として近づいてきているのだ。その差は一体何だろうか。
「熊じゃねぇんだからよ……。つーかもう夏も近いじゃねぇか」
「じゃあ何でよ?」
「んーそうだなぁ、多分だが『いばら姫』の呼び名が広まり始めたばかりだからじゃないか?」
「どういうこと……?」
私自身は何も変わっていないのに二つ名ひとつでそんなに変わるものだろうか。
「これまで嬢ちゃんのことを一切知らなかった人間の耳に入るキッカケになったんだろう。それが男に全く靡かない美人だと聞いて『俺が落としてやる!』だとか『自分にもチャンスがあるかも?』とかって考えちまってんじゃねぇかな?」
そこまで言って、マイクはまたリンゴに齧りついた。
「そんなのもうお遊び感覚じゃないの、随分と見くびられたものね……。その姿勢そのものが失礼だっていう発想はないのかしら」
「嬢ちゃんがそういう奴らに厳しいのは昨日の一件を見てもわかるが、他の奴らがそれを知ってるとは限らねぇからなぁ」
「……それもそうか。でもどうしたらいいんだろ……」
告白してくる側の思考が理解出来たところで、どうすればそれを辞めさせられるのか、その方法は全く浮かんでこない。
「このまま断り続けていれば、いずれ本当に取り付く島もないって広まっていって近づいてくる奴は減っていくかもしんねぇけど……」
「時間が解決してくれるって? 落ち着くのがいつになるかもわからないまま、その都度不快な思いをして断り続けるなんて考えるだけでうんざりするわね……。それに周りだって迷惑するわよきっと」
昨日のように逆上してきて私が返り討ちにするだけなら良いけれど、変に逆恨みしてきて周囲に被害が及ぶ可能性だってある。なので相手を振るにしてもその回数は少ないに越したことはない。
「まぁそうだよな~……」
マイクは私の言葉に理解を示し、顎に手をやりながら考え込みだした。
彼は酒場でも私のことを心配してくれていたりと、とても親身になってくれる。それがとても嬉しいし、ありがたいなとしみじみ思う。
「仲が良い相手とはだいぶ親し気に話してるから勘違いしやすいんだろうな。荒くれ者が多いハンターの中でも嬢ちゃんは特に身近で気安い印象だしよ」
実際に仲が良いからそうなだけで、知り合いでもない相手にそんな態度を取るわけがないのに、みんな都合よく解釈しすぎじゃないだろうか。周りのハンターがおかしいだけで私は普通だ。
「じゃあ身近じゃなければ良いの? ……っていっても皆との関係を変えたくはないんだけど」
「人付き合いを変えろなんて俺にも言えねぇよ。だからせめて知り合い以外に対しては気安い感じじゃなくて、尊敬だとか畏れ多いだとか、そういう近寄りがたい印象を持たせられたら良いんだろうけどなぁ……」
(尊敬、もしくは畏れ多いか……)
平民相手であれば貴族の地位があればそのあたりはすぐに解決するのだけれど、もう捨ててしまった。つまり何かしら一般人にとって普通ではないことを成し遂げないといけないわけだ。
私の人より秀でたところというと、この容姿か魔力量による強さくらいしかぱっと思い浮かばない。容姿をアピールした所で逆に変なのが寄ってきそうなことを考えると、強さをアピールするしかないのではないか。
(……そうだ!)
「ねぇねぇ、ソロのA級ハンターって凄い?」
幸いにもそのアピールをするには打ってつけの場所があった。『いばら姫』という二つ名を付けられたばかりのハンターの世界だ。
C級からパーティを組むのが一般的なのであれば、ソロでA級到達を達成出来れば周囲からは相当な実力者と見られて、変な勘違いを起こして近づいてくる人間も減るのではないだろうか。
「ん? A級ハンターの数自体少ねぇのに、パーティも組まずにソロでそこまで成り上がれるって控えめに言って化け物じゃね? まさかお前……」
「そう! 私今までハンターの階級には興味なかったけど、この状況を改善出来るなら目指してみようと思うの!」
「でも大丈夫か……? 嬢ちゃんは魔法が使えるっても相当危険じゃないのか?」
「ううん、私はなれる自信ある。確実に」
他の平民がなれて私になれないはずがない。なれなかったらそれはもう仕組みの方がおかしいと言って良いくらいだ。
「そんなに強いのかよ……。よし、じゃあ晴れてA級ハンターになったら、俺もその腕前とナンパ嫌いを強調した噂を流してやるよ! そうすりゃもう馬鹿な奴は出てこないだろ?」
「おお~! お願いしてもいい?」
「今流すのも考えたけど、まだ効果はイマイチ薄そうだしな。任せとけよ!」
「よーし! やる気出てきた! じゃあ配達なんてちゃっちゃと終わらせてやろ!」
「『なんて』って言うなコラ! それに休憩は全員同時にだ! 俺も休みてぇの!」
ようやく現状を打開出来そうな案が出てきたことで、もやもやした気分が一気に晴れた気がした。多少有名になったところで別に何か生活が変わるわけでもないしイケる気がする。
早々に仕事を片づけた私は軽快な足取りでハンターギルドへと向かった。
外と比べるとどこかじっとりとした空気の中、カウンターで今日の分の報酬を受け取る。そしてすぐさま身を翻してB級の依頼の貼り出されている掲示板からひとつの依頼書を手に取る。
もちろん向かう先はさっき用事を終えたばかりのカウンターだ。
「モカさん、これをお願い」
「え、今報告したところじゃないですか……しかも今度はE級じゃなくてB級!?」
呆れたように依頼書を受け取ったモカさんは、その内容を確認して弾かれたように顔を上げた。その双眸はまるで信じられないものを見るかのように見開いている。
「私決めたの。これから最速でA級を目指すわ」
「えぇ~~!?」
モカさんの驚愕の声が静かなギルド内にこだまする。
周囲の視線が集まる中、予想通り焦った様子でソロでB級は危険だと心配してくれるモカさん。その気持ちは素直に嬉しいけれど、もう止めようとしたところで無駄だ。
この不快な現状を打開出来るのであれば、この程度の危険は屁でもない。そんな今の私を止められる者はこの世界の何処にも存在しない。
こちらの突然の行動の変化に戸惑うモカさんを強引に押し切って、私はギルドを飛び出した。
◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇
『ソロで最速でA級を目指す』
マイクとの会話では「最速で」という文言は無かった。何故急に追加したのかというと、どうせA級になるのなら掛かる日数が少ないほど箔が付くと考えたからだ。
A級を目指すと決めたのがB級に上がってから一月ぐらい後であればもうどうでも良いと思っていただろうけれど、幸い上がったばかりだったのでついでに目指すことにした。
依頼は全てソロでこなす。その方が自身の腕前を示せるし、何より他人のペースに合わせる必要がない。戦闘も一切遠慮しないで済むので私もやりやすい。
依頼の内容も出来るだけ日数が掛からず早めに終わるものを選ぶ。なので護衛任務のような日程がしっかり決まっているものは避ける。更に馬車を使わず、身体強化を使って走って移動時間も短縮するつもりだ。
依頼毎に評価ポイントに重み付けがなされているかは不明なので、この際無視してとにかく数をこなすことだけを重視する。
意識するのはこのくらいだろうか。報酬額や討伐対象などはどうでもいい。
自分としてはのんびりやったC級ではB級に上がるのに一年半掛かった。本気でやれば次はどれだけ掛かるのかという多少の好奇心もあった。
◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇
結局A級に上がるまでには約二年半掛かり、私は十九歳になった。
そもそもこなさないといけない依頼の数が多かったのと、どうしても移動の占める割合が多くて普通に時間が掛かったなというのが素直な感想だ。
しかしそれはあくまで個人的な感想であって、周囲の反応は凄まじいものだった。
モカさんなんて私の代わりに大泣きして喜んでくれた。まぁそれだけ心配させていたということでもあるんだろうけれど……。
十年以上掛かって当たり前、単純な期間の問題だけではなく、B級の依頼は途中で死亡したり大怪我で引退せざるを得なくなる可能性が非常に高いものであるにも関わらず、それらを全てソロで達成するなど狂気の沙汰であると周囲に引かれた。
私は見事にハンターの間で超人&変人扱いされるようになり、尊敬され、同時に恐れられるようになったのだ。
A級に昇級したその足で西門に向かうと、丁度次の荷物を取りにきたマイクと鉢合わせた。約束通りに噂を流してもらいにきたのだ。
「ははは……マジでA級になっちまうとはなぁ……」
「言ったでしょ、私強いんだってば」
マイクは私が久々に嬉々として会いにきたことで察しがついたらしく、こちらが説明する前から頭を掻いて苦笑いしている。
「疑ってたわけじゃねえけど……それにしても早くねぇ?」
「なんでもギルド史上ぶっちぎりの最速らしいわよ」
ギルドで聞いてきた話と私の活動の内容を伝える。後はマイク次第なのだから必要な情報はしっかり伝えておかなければ。
「なんかもう言葉も出ねえわ……」
ひと通り話を聞き終わったマイクは何故かぐったりとしている。まぁ私の実力を実際に目にしているアクセルたちかお師匠様くらいしかすんなりと飲み込むのは難しいのだろう。
「まぁでも噂を流すには好都合だな。嘘なんて何もいらねぇ、ただの事実を言って回るだけで充分過ぎるくらいだろう」
「上手くいきそう?」
「おう、間違いなく上手くいくから安心しな!」
こうして約束通りマイクが噂を流してくれたお陰で、それが街の人にも伝わっていく――。
私がA級ハンターとして、この街に確と認知されたことで生活は変化していった。こちらを見る周囲の目がガラリと変わったのだ。
出歩いても遠巻きに見られるだけでナンパやプロポーズは一切されなくなり、とても快適に過ごせるようになった。上手い具合に怖がられているらしい。
その代わり関係のない人にも初対面では少し怖がられるようになったけれど、少し話せばその辺りは解消出来たので大きな問題にはならなかった。そうして打ち解けた人たちは私にとても良くしてくれる。
とにかく私の生活がとても良い方向へ向かっていったのだ。まさか評価ひとつでここまで変わるとは、いやはや凄いものだ……。
◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇
最近は何も依頼を受けない日や、すぐに終わらせた日はのんびり過ごしている。ずっとB級の依頼をひたすらこなすだけの生活を続けていただけあって今はお金にも余裕があるし。
「レオナちゃん、最近本当に楽しそうね」
「わかる? 実際凄く楽しいよ。皆優しいし」
今日は青果店のエリスさんとお喋りしている。もちろん彼女の仕事の邪魔をしない範囲でだ。
「そういえば知ってる? 伯父さんの宿、レオナちゃんが泊まってるからか今凄く人気なんだって~」
「えぇ!? 凄いねぇ……影響ってどこに出てくるのか全然予想がつかないや」
エリスさんに紹介してもらった宿は実は伯父さんが経営している宿だったのだと後から聞かされた。そして確かに最近ロビーとか食堂が賑やかだなとは思っていたけれど、まさかそんなところにまで影響が出ていたとは。女将さんが機嫌よく植物に水やりをしていたのもそのせいか。
「ほんとよ。もう有名人なんだから迂闊な行動取っちゃダメよ?」
「はーい……」
「あ、でも『いばら姫』御用達の青果店ってのも良いわね?」
「迂闊な行動取っちゃダメだからなぁ~」
「や~ん、墓穴掘ったぁ……」
そんなしょうもない話をしながら二人で笑い合っていると、緑色の長髪に白衣と眼鏡という特徴的で見覚えのある女性がすぐ横を通りかかった。
以前『薬草採集』の依頼を出していたレイチェルさんだ。
「お~い、レイチェルさ~ん!」
「……あら? レオナちゃんじゃないの~久しぶり~」
「こんな所で見るの珍しいね?」
ぶっちゃけお店のカウンターから外に出ているところを初めて見たくらいだ。生活感がなさ過ぎて何だか心配になってしまう。
「お薬を騎士団に納品してきた帰りなのよ」
「なるほど、そっちがお得意様なわけね」
あの薬の値段を考えると平民のハンターではそう簡単に買えたものではないので納得である。
「騎士は皆レオナちゃんみたいに魔法が使えるとはいえ、お貴族様に簡単に死なれたら騎士団としても困るからね。それに魔力の節約のためなんていう需要もあるのよ。そっちは仕事中……には見えないね?」
「エリスさんの話し相手兼店のマスコットみたいな感じ?」
エリスさんの方を向くと、にこやかに頷いてくれる。
「へぇ……とりあえず暇なのは伝わって来たよ。なら今度レオナちゃんに頼みたいことがあるんだけど~」
「うん? なになに?」
「私が頼むことなんて薬草採集に決まってるでしょ? まぁちょっと遠いし、見分けづらい品種だから信用出来る人にお願いしたいの」
「うん、いいよ~」
最上位であるA級に上がってしまったのでもう昇級のために依頼をこなす必要はない。なので私を必要としてくれる人がいるのならそちらを手伝ってあげたい。
「ありがと、助かる~! じゃあまた都合の良い日に工房に来てね。ギルドだと個人指名出来ないし、依頼料も勿体ないからさ。それじゃ!」
そう言って伝えたいことだけ伝えて去っていくレイチェルさん。相変わらずあっさりしている。
「ん、マスコット終わり?」
「予定はないけど、これからだと時間的に微妙だから明日行くよ。急ぎってわけでもなさそうだしね。だからマスコット継続!」
「よ~し、そんな働き者のマスコットにこのイチゴをあげよう」
「やった~! マスコット最高!」
「お金は貰うけどね」
「ただの押し売りじゃん……」
依頼の細かい内容はまだわからないけど、どうせまたのんびりやれば良いだろう。
私はちゃんとお金を払って、イチゴを頬張った。




