30.翻弄
今朝も相変わらず市場は賑わっていて、その変わらなさに少しほっとする。市場の手前側にある魚屋でダニエルさんとカーラさんが仲良く働いている様子が目に入ってきたところで、私は「コレだ!」と思い付いてお店に近づいていく。
「――ということで、ここで働かせて欲しいんだけどダメかな?」
「それは構わねぇけどよ……。ゆっくり過ごすって言いながら結局働くのかよ……」
ギルドの依頼で来たのではなくただ純粋に息抜きとして働かせて欲しいとお願いしてみると、ダニエルさんは困惑した表情を浮かべてしまった。急な話なので流石に厳しいだろうか……。
「だって宿でじっとしてるのは性に合わないんだもの……」
「まぁ良いんじゃないかい? 本人が働きたがってるんだし、今はアタシも居るから無理はさせないわよ」
カーラさんが横からフォローしてくれたお陰もあって、どうするか悩んでいたダニエルさんも渋々といった感じで頷いてくれた。
「……それもそうだな。じゃあ頼むわ」
「やった! ありがと!」
無事オーケーが出てテンションが上がってきた私はルンルン気分でエプロンを付け、早速以前のように魔法で氷を出して魚を冷やし、元気よく声を張り上げていく――。
◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇
とはいえ今はカーラさんもいるのであの時ほど忙しくはない。季節は春の終わり、お昼時にもなると結構な暑さで人通りも少なめだ。
そんな時には自然とのんびりお喋りをして過ごすことになる。話題は私が姿を見せていなかった間に街であった出来事であったり、私がここ最近どんな活動をしていたのかといったものが中心だ。
「じゃあレオナちゃんはもうB級にまで上がったんだね? 凄いじゃないか!」
「夢中で依頼をこなしてたから、あんまり実感はないんだけどね。なんか今では『いばら姫』とかって呼ばれてるらしいよ」
「おぅ、聞いたことあるぜ。男に全く靡かない高嶺の花ってな。おめぇぐらいの歳ならすぐ色恋の話になりそうなもんだが……そういうもんに興味はねぇのか?」
猫の時もそうだったけれど、やっぱりこういう話は出回るのが早い。マイクの耳になんてもう間違いなく入っていることだろう。
「そんなことないよ? 単に寄って来る相手が気に入らないだけで」
「随分とバッサリね……」
「だって向こうが私の何処に興味を持ったのか、顔を見ればわかっちゃうんだもの」
「あぁ~……レオナちゃんほどの美人さんだとそういう悩みもあるわよねぇ……」
苦笑いするカーラさんのその目線の動きを見れば、はっきりと私の言っている意味を理解してくれているのがわかる。でも一方のダニエルさんはいまいちピンと来ていないみたい。
というかそもそもこういう話題をダニエルさんから振ってきたこと自体が驚きだなんて言ったら怒るだろうか。
「それなら最低でも、ウチの人みたいに目を真っすぐ見てくる人にしなさいね?」
「カーラ!? お前何言ってんだ!?」
「んふふふっ、あっついあっつい」
普段は夫を立てて控えめにしているカーラさんだけれど、こうやってたまに惚気てくるので油断ならない。突然のことにダニエルさんが顔を真っ赤にして動揺していて、それが面白くて自然と笑いが込み上げてくる。
こういったお喋りは凄く楽しい。仲の良い人たちともっと深くわかり合える瞬間がとても好きだ。
「まぁ私がセクシーすぎるのがいけないのかしらね」
「はぁ……そういうことかよ……」
冗談だとわかるように多少大げさに、グラビアっぽいポーズを取ってウィンクしてみせるとダニエルさんも察しがついたようで、呆れたように力無く溜め息を吐いた。どうやら渾身のセクシーポーズはダニエルさんには効果がないらしい。
二人とゆったりと過ごし、日中の暑さが少し和らいできた頃にはまた沢山のお客さんがお店を訪れ始めた。私も奥様方との今日の献立の話に熱が入る。
「あの! すいません!」
そんな中、会話のちょっとした隙間に横から声を掛けられた。女性客の多いこのお店ではあまり聞く機会の少ない若い男性の声だ。
そちらを振り向くと、青と緑の中間くらいの髪色をした青年が立っていた。年齢的には私と同じか少し下くらいだろうか。
「はい、いらっしゃいませ」
「レオナさんですよね?」
「そうですけど……?」
……なんだか嫌な予感がする。魚を買うのに私の名前など関係ないはずだ。
とりあえず接客スマイルとは程遠い顔で返事をしておく。
「俺、アランって言います! レオナさん、俺と付き合ってください!」
私の場合男性の方からこういうちょっと畏まった感じで話し掛けられる時はだいたい告白であるため、やはりといった感じだった。ちなみに逆に軽い感じでこられるとほぼナンパである。
元気いっぱいに大きな声で告白してくれたので、ダニエルさんたちや対応していた奥様方だけでなく、他所のお店やそのお客さんたちまでもがこちらに注目し、店の周囲一帯が静まり返ってしまう。
(……あぁもう! 時と場所を考えなさいよ……!)
その空気の読めなさに、スッと心が冷えていくのを感じる。自身の感情ばかり優先して、こちらの都合など完全に無視している自覚はないのか。
告白において状況やムードというのはとても重要な要素のひとつだ。それにすら気を遣えない人はその後の生活でも気を遣えませんと言っているようなもの。勢いだけで突っ走って微笑ましく思えるのは子供の間だけである。
「初対面、仕事中、周りの迷惑。……論外よ、さよなら」
私の返答を聞いた青年はわかりやすく肩を落として意気消沈している。
「そ、そんな……」
「あっはっはっはっは!」
すると突然大きな笑い声と共に、彼の後ろから同じ年頃の青年三人がやってきた。
「お前一瞬でフラれてんじゃねぇかよ、マジうけるわ! 見てろよ、お手本ってもんを見せてやるぜ!」
「うるせえ! お手本って、お前彼女いるじゃねえかよ!」
その内の一人がアランとやらの肩に肘を置いて寄り掛かってあざけ笑い、苛立った様子のアランが乱暴にそれを振り払っている。
どうやら告白する様子を友人たちが面白おかしく観察していたようだ。この告白自体が遊びなのかどうなのかまではわからないが、正直あまり良い気分ではない。
このアランは見た感じ違うようだけれど、前世では告白するのを傍で見守られて背中を押してもらえないと告白できない人も結構いた。ただ私にはその心理があまり理解出来なかった。
自分が好きで、自分が一緒に居たくて告白するのに第三者なんて必要ないじゃないか。自分は臆病な人間ですという自己紹介でしかない。
「んなもんどうだっていいだろ。見てなって!」
リーダー格らしき青年がニヤニヤしながら近づいてくる。……まぁそれでもこういった平気で浮気をしようとする男の心理よりかはまだ幾らか理解は出来るかもしれない。浮気は無理。生理的に無理。
「彼女が居るのにナンパしてくるカス野郎はお呼びじゃないの。……ついでにその彼女にも振られてしまえクズ」
私はそいつが口を開く前に先手を打ってやった。まさかここまでハッキリと拒絶されると思っていなかったのか、青年は呆然と立ち尽くしている。
「あはははは! だからはえーって!」
「お手本見せてもいねえんだけど!!」
その様子を見た先程のアランを除いた他二人がまた大笑いする。二人に馬鹿にされて、リーダー格っぽかった青年の顔がみるみる赤くなっていく。
「てめぇ!? ちょっと顔が良いからってバカにしやがって!」
青年は声を荒らげて激昂し、掴みかかってきた。
原因は自分にある癖にすぐこうやって逆上してくるという、この流れは本当に前世と何も変わらない。……まぁ私の言葉がキツいのは確かだけど理不尽である。
そもそも何故頭がおかしい相手であっても、言葉を選んで穏やかに断ったりして機嫌を出来るだけ損なわないように、こちらが気を遣ってやらなければならないのか。
とにかく今は文句を言っても仕方がない。相手側は前世と何一つ変わらなくても私は同じではないし、このような理不尽な暴力に屈する気は更々ない。
掴み掛ってきたのを余裕で避けつつ足を払って転倒させ、うつ伏せになった相手にすかさず体重をかけて魚用のナイフを突き付けてやる。
「ギャーギャーうるさいわね、仕事の邪魔だから消えろって言ってんの。それとも魚の餌にでもなりたいの?」
「ヒッ……!?」
「もしこれ以上お店に迷惑かけたら躊躇なく殺す。……いいな?」
青年は目の前のナイフに当たらないように必死に何度も小さく頷いている。
私はそれを確認してからナイフをしまい、身体強化を使って襟元を掴んで引っ張り上げ、青年たちの方へ投げ飛ばした。奴らは縺れ合い、ぎゃあぎゃあ喚きながら一目散に逃げていく。
その背中を眺めながら大きな溜め息を吐いた。
きっかけはあちらからとはいえ私のせいで騒がしくなってしまったのだ、お客さんたちに謝らなくては……。
「お騒がせしてごめんなさい……」
「あなたも大変ねぇ……」
「女を何だと思ってるのかしら……」
「いい気味よ。スッキリしたわ!」
ナイフを突き付けたり、殺すと脅したりと結構物騒なことをしたにも拘わらず、奥様方からは同情の眼差しを向けられている。もっと怖がられるかと思ったのでこれは少し意外だった。
(結局また私は前世と変わらず異性の気分ひとつに振り回されるのね……)
前世と違って命の危険はないとはいえ、こうやって周囲に迷惑が掛かったり、輪を乱す可能性が消えた訳ではないのだと改めて思い知らされ、その後も気分は落ち込みっぱなしだった。
◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇
夕方前には完売し、お店の片付けを始める。
「今日はごめんなさい。変なの呼び寄せちゃって……」
テントの屋根を畳みながら、今日の出来事を改めて二人に謝罪する。
「気にしなくていいの! アタシも昼間レオナちゃんが言ってた意味がよ~くわかったわ。あれはもう仕方ないわよ」
「そうだ。店には何の被害もねぇし、おめぇにも怪我がないならそれでいい。まだガキとはいえ男の風上にも置けない奴らだったな……嘆かわしいぜ」
それでも二人とも一切嫌な顔をしたりはせず、むしろ逆に励まされてしまう。
「……ありがとう」
「あらあら……」
「……ッ!?」
気遣ってくれる二人に感謝の気持ちを伝えたくて順番にハグしていく。カーラさんは頭を撫でてくれたけれど、ダニエルさんは真っ赤になって固まってしまった。その様子を見ただけで少し元気が出た気がする。
「また働かせてもらっても良いかな……?」
「ええ、いつでもいらっしゃい!」
「もうそんな遠慮はいらねぇぞ、気ぃつけて帰りな」
「うん……」
今日一日のお給料を受け取り、優しい二人に見送られて市場を後にした。




