29.いばら姫
D級の依頼に手を出すようになってから約半年、馬や羊の世話をしたり牛の乳を搾ったりといった、まるで酪農体験のような依頼をこなして過ごしているだけで案外すんなりとC級にあがることが出来た。
C級からは魔物の討伐や馬車の護衛など戦闘を想定したものになり、場所もギルドのない小さな村からのものが大半を占めるようになった。
おかげで依頼ひとつが移動も含め二・三日から長くて一週間ほど掛かるようになり、これまでのような日替わりで依頼を受けるようなスタイルから大きく変わっている。
変化があったのは依頼だけでない。周囲のハンターたちの行動にも変化があった。初日以外は遠目に視線を送ってくる程度でナンパ以外では特に関わってこなかったハンターたちが、私がC級に上がった途端、頻繁にパーティの勧誘をしてくるようになったのだ。
モカさんも言っていたようにC級からは依頼の危険度が跳ね上がるため、人数を増やして互いをフォロー出来るようにしたいのだろう。パーティの人数に上限はないらしいけど、報酬は頭割りになるのでC級の報酬程度ではせいぜい三人、かなり切り詰めても四人が限界っぽい。
しかし私に固定パーティを組む気は全くない。実力に差がありすぎるからだ。
組んだところで私が手加減しない限り味方に出番はないだろうし、私が手を抜いていると知られれば、まず間違いなく良い顔をされないだろう。
手加減しようがしまいが、どちらにせよやり辛いことに変わりはない。更には報酬も頭割りになってしまうとなれば、私には特別メリットが感じられなかった。
あと私は下の階級の依頼も受けたいだとか気分次第でゆっくり過ごしたいといった、自分の好きなように活動したいという気持ちが強く、単純に他人と一緒に行動するのが向いていない。一時的な協力は出来ても、日常的に足並みを揃えるような協調性はあまり持ち合わせていないのだ。
そんな自分勝手な都合に合わせられるような人がいるとも思っていないので、私は固定パーティの勧誘は全て断るようにしている。ハンターたちには前者の理由だともれなく面倒なことになりそうなので後者の理由を添えながら。
その一方で、依頼を通して街の人たちとの交流を深めて楽しんでいたように、他のハンターたちとも交流を持ちたいという気持ちがあったのは確かだった。
なのでこちらからその場限りの臨時パーティを提案してみると、その殆どが快諾してくれた。きっとそれは「一度組んでみれば考えも変わるはず」という希望的観測が含まれていたのだろう。
臨時のパーティでは私はほどほどに働くよう徹した。身体強化も使わず、一人当たりの仕事量を大きく超えるような活躍もしない。ただ味方に危険が迫った場合には当然フォローくらいはする、といった感じ。『旋風』や『刺し貫く棘』はここでも大活躍だった。
依頼は数日に渡るので彼らと会話をする時間は充分にあり、あちらからは特に魔法について質問を受けることが多かっただろうか。私からは何故ハンターになったのか、どこから来たのかといった内容を主に質問していた。
この国は豊かな方ではあるようで、口減らしで村を追いだされて食い扶持を求めてハンターになるというパターンは想像以上に少なかった。……というか魔物の対処が出来なくなった集落から滅んでいくので、人口は出来るだけ減らさないようにしたいようだ。
そんな環境なので魔物の対処に苦慮している村々は多く、そういった人々を助けるためにハンターとして活動している人が結構な数いたことが私は嬉しかった。
共感出来る事柄があれば打ち解けるのも早い。依頼が終わる頃には大抵は気安い関係になれた。
彼らは組んでいる最中に思うことがあったのか、解散する頃には自然と固定パーティには誘ってこなくなる。上手く手加減したつもりだったけれど、やはりそういうものは何となくでも伝わってしまうものなのだろうか。
ただそれでも残念ながら終始欲塗れでうんざりするようなパーティも中にはあった。
一番酷いのだと魔物討伐の前夜に寝込みを襲ってくるようなのもいたので、その時はすぐにその場で半殺しにして拘束し、一人で依頼をこなして戻ってきてからそいつ等を魔法で癒して帰還、報酬は全取りしてやった。念入りに脅しておいたので今後関わり合いになることはないだろう。
下手をすれば魔物よりも人間の方がよほど危険ではないか……。これでは女性ハンターが少ないことにも納得するしかない。
◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇
私はそんな調子で一度組んだ相手とはしばらく組まないようにして様々な人とパーティを組み、相手がいなければソロで淡々と依頼をこなす日々を過ごしていた。
「レオナさん、今回の依頼達成で条件を満たしましたので昇級です! B級おめでとうございます!」
そして一年と半年ほど経った頃、依頼の報告をするとモカさんにそう告げられる。
「もうめちゃくちゃ早いですよ!」
「私としては色んな人とパーティ組んだりして、のんびりやってたつもりなんだけど……」
「パーティ組んでたのはもちろん知ってますけど! 大体みんな依頼ひとつこなした後は、休養や療養のために次まで日を空けるものなんですよ? レオナさんはただでさえ期間が厳密に決められている依頼以外は想定よりも早く終わらせてくるのに、すぐに次の依頼受けちゃいますし……私に言わせれば全然のんびりじゃないです! アレですか? 動いてないと死んじゃう人ですか!?」
「そんな人を病気みたいに……」
「どうしたんだレオナ? 何か騒がしいけど」
声がして後ろを振り返ると、そこには赤い髪に黒い瞳の快活そうな青年と、茶髪のボブヘアーに黒い瞳のこれまた元気いっぱいな女の子が立っていた。私が初めて臨時パーティを組んだ相手である『剣士』アクセルと、その相方の『弓使い』ユノだ。
彼らと受けた依頼は少々問題があったせいで実力を隠し切れず、結局こちらの事情の殆どを話してしまっているので、今となってはこれまでに出会ったハンターの中で最も信用出来る相手になっている。
「二人とも久しぶり。今B級に上がったんだけど、モカさんが早すぎるって……」
「わぁ! レオナさんおめでとう~! もう追い抜かれちゃったね」
「お~おめでとさん! まぁ今話題の『いばら姫』様なら、そう不思議でもないよな?」
「……何? その『いばら姫』って……」
聞き慣れない単語に首を傾げる私。
「最近のお前の二つ名だよ。男がどんだけ言い寄ってもツンツンして相手にせず、気に入らない奴は容赦なく棘でグサーって……まぁそんな感じだ」
いや、どんな感じだ。
「馬鹿らしい……そういう対応するのは碌でもない相手だけだってば。あの魔法だって人に向けて撃ったことすらないのに」
「こういう呼び名の出所って大抵そういう人たちからだからねぇ……」
言葉の響きこそ悪くはないものの、私が適当にあしらった連中が勝手に名付けたのだと思うと正直あまり嬉しくない。ユノさんも苦笑いしている。
「俺たちみたいな平凡なのは『何とかの武器使い』としか呼ばれねえからなぁ。本人にしてみれば気に喰わないかもしれねえけど、ちょっと羨ましいぜ」
「『剣士』と『弓使い』だもんね~……」
そう言って二人して自虐的な笑いを見せている。私としては自身の外見も含め、他人からの評価をいちいち気にしていられないのでどうでも良いのだけれど、羨ましがってくれている相手の前で強く否定し過ぎるのもあまり良くないだろう。
「そういうものかな……。まぁ訂正して回るのも骨が折れるだけだから、好きに言わせておけばいいか」
「そうしとけ」
「うんうん」
「……あ」
モカさんをすっかり忘れていた。振り返るとしょんぼりしながら書類を処理していた。
「モカさん、心配してくれてありがとうね。無茶して倒れたりとか絶対にしないから。……約束する。」
「本当に気を付けてくださいよ……。無理が祟って死んじゃったら嫌ですからね?」
「うん、いつもありがとう」
私が微笑みかけてようやくモカさんの顔に笑顔が戻ってきた。それを見てこちらも安心する。
「それでどう? 最近の調子は」
「俺たちもちょっとは上達したと思うぜ?」
アクセルが得意げに右手を持ち上げ、魔法で炎を作ってみせる。
私が教えた時は時間の関係でちゃんと魔法を発動出来るところまでは見届けられなかった。そういう約束だったし、アクセルたちも後は自分たちで頑張ると言って聞かなかったのだ。
それがこうして自然に使えているということは、彼らがあれからしっかり努力し続けていたということに他ならない。
「そう、なら良かったわ。その調子で頑張りなさい」
「上達すれば上達するほど、お前のやってたことの凄さが理解出来てきて、あんまり強くなった感じはしねえんだけどな……」
「だよね~……。今でもあの時の光景が目に焼き付いてるもん」
そう言って二人は顔を見合わせて苦笑いしている。きっとジャイアントスパイダーの女王を『憑依』を使って倒した時の話をしているのだろう。
魔力量に圧倒的な差があって小さい頃から人生の半分以上を訓練に費やしてきている私と、教わってからまだ一年ちょっとの二人を比べること自体がおかしいのだ。
「そもそも比較する対象が間違ってるのよ。比較するなら昨日の自分と比較しなさいな」
「……確かにそうだな。まぁでも最近は楽しくて仕方ないぜ。なぁ、ユノ?」
「うん、本当に!」
二人とも良い顔をしている。私にも上達していく楽しさというのは理解出来るので、このまま上手く活用して自分たちの可能性を広げていって欲しいものだ。
「んじゃ、俺たちはそろそろ失礼するかね。またな!」
「またね~!」
「うん、またね」
手を振って二人を見送る。
(さて、これからどうしようかな……)
昇級してキリが良いのもあってハンター活動はする気にはならないけれど、逆に何をしたら良いかが思いつかない。
そこでふと後ろから視線を感じて振り返ると、モカさんが何とも言えない顔で睨んでいた。また依頼を受けるんじゃないかと疑われているようだ。
「大丈夫よ、今日はもうおしまいにするから」
それを聞いた彼女は満足げに頷きながら書類仕事に戻った。
思い返してみれば、ここ最近はずっとC級の依頼を受けては街の外と、ギルドと、宿を行き来するような生活だった。「E級やD級の依頼も受けたい」とか堂々と他のハンターたちに語っていた癖に、臨時パーティを組むうちにC級の依頼ばかりを受けるのがいつの間にかルーティーン化してしまっていたのだ。
それに気が付いたら急に街の人と交流したくなってきた。我ながら気まぐれというか、勝手な奴だなとつい笑ってしまう。……まぁたまにはそういうのも必要だろう。
私は薄暗いギルドから出て、市場の方へと歩き出した。




