26.勧誘(アクセル視点)
C級ハンターのアクセル視点、全三話です。
「ねぇアクセル、あの人C級になったんだって!」
ギルドに帰還してテーブルで一息ついていると、カウンターに報告しに行っていた相方のユノがどこから聞きつけたのか、興奮気味にそう俺に報告してきた。
「あの人ってゴレアンたちをぶっ飛ばしたアイツのことか?」
「そうそう!」
新人ハンターが先輩に絡まれるなんていうのは別段珍しくもない話だ。俺たちもあの時はまたかと半ば呆れながら様子を伺っていた。
しかしその時ターゲットにされた人物は珍しいどころではない、とんでもないレベルの美人だった。それは相方で同じ女であるユノですら目を奪われてしまうほど。
ギルドに入ってきて、カウンターを目指して艶のある淡い金髪を揺らし歩く様は、薄暗いギルド内でありながら存在自体が輝いて見えるほどだった。
そんな美人がガラが悪くて汚い男共に酷い目に遭わされるのは流石に寝覚めが悪い。なので一応いつでも飛び出せるようにはしていた。
それなのに絡まれた女の子が自ら相手を煽り、激昂したリーダーを他のメンバーもろとも華麗にぶちのめしてしまったではないか。
その流れるような動きには俺も少し見惚れてしまった。そして以前からゴレアンたちを嫌っていたユノの興奮度合いはそれ以上だった。
そんな状態だったからか、あれ以降も彼女のことを気に掛けていたようだ。
「あの人にウチのパーティに入ってもらえないかな?」
「そんなに気に入ってたのか?」
「うん! 絶対強いし、女の子の仲間が増えたらいいなって前から思ってたもん」
「……まぁ強いのは間違いなさそうだよな」
ユノの女の子の仲間が欲しいという気持ちもわかるし、パーティとしても入ってもらえるとありがたいのは事実だ。俺とユノが既にそういう仲であるため、そこいらの男性ハンターをパーティに誘っても入りたがらないのだ。
それは女性ハンターにとっても感情的には同じといえばそうなのだが、女性ハンターは数がとても少ないので、年中女日照りの男性ハンターどもが群がりやすく危険も多い。男性ハンターだけのパーティに入るよりはよっぽど余計なリスクを背負わなくて済むはずだ。
俺もハンター業より女かよと突っ込みたくなるが、何か言ったところでそういった輩は聞く耳など持たないのでどうしようもない。
とにかく、そんな俺たちの現状においては戦力面の増強を図れる又と無いチャンスだった。
「折角の機会だ、ダメ元で誘ってみるか」
「うん、そうしよう!」
◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇
「悪いけど、私は固定パーティを組む気はないの」
しかしそんな俺たちの淡い期待は、開口一番で打ち砕かれた。
「出来れば理由を聞かせてもらってもいいか?」
「自由に活動したいからよ。休みも依頼を受ける日も自分で好きに決めたい。階級に執着もしてないし、依頼だって気分次第で何だって受けるわ。EやD級のものでも楽しいからね」
改めて近くで見ると本当に美人だなどと思いながら彼女の言葉に耳を傾ける。そして確かにその自由過ぎるスタイルだと固定パーティは向かなさそうだった。
それに俺はE級やD級の依頼が楽しいと思ったことは一度もない。家畜の糞の山に足を突っ込んだり、虫が大量に飛んでいる汚い部屋を掃除させられたり、ボケたじいさんの相手をさせられたり、ほぼノーヒントで猫を探させられたりと碌な思い出がないのだ。そのあたりの感性からして結構な食い違いがありそうだ。
「……なるほどな。――ユノ、そういう訳だ。今回は縁が無かったってことで諦めよう」
「む~……」
しかしユノはどうも諦めがつかないらしい。むくれているその様子は可愛いが、相手を困らせてしまうのはいただけない。
すると俺が対応に困っているのを察してか、向こうの方から意外な提案がなされた。
「固定は無理だけど、たまに臨時でパーティを組む分には構わないわ。試しにこれから何か依頼をひとつ、一緒に受けてみる?」
「え……良いの!?」
「えぇ」
「気を遣わせてすまないな……」
「これでも一応、自分以外のハンターと交流してみたいって気持ちはあるのよ」
彼女の自由さはどうやら生活スタイルや依頼内容に限らないようだ。
現金なもので、ユノはみるみる元気を取り戻していく。
「ありがとう! じゃあ――――コレとかどう!?」
ユノはそう言って嬉しそうにC級の掲示板に走っていき、依頼書を手に取って戻ってきた。
しかしどう見てもぱっと適当に選んだようにしか見えなかった。ちゃんと確認しないと痛い目を見るのは俺たちだというのに。
「『坑道の魔物討伐』か――。そういや北隣のロートレック子爵領の鉱山が封鎖されたらしいな。崩落事故じゃなくて、魔物が湧いて出たせいだったのか」
ちょうど先日、酒場で鉱夫だった男たちがこの先の生活についてぼやいている所を見かけたばかりだった。
「良いんじゃない? 私はまだロートレック領には行ったことないし」
「じゃあ決まり! ……っと、これをカウンターに持って行く前にまずは自己紹介ね。私は『弓使い』のユノ! こっちのアクセルとは幼馴染なの!」
俺の意見を聞くこともなくユノが勝手に話を進めていく。しかも俺が自己紹介する前にこちらの名前まで言われてしまった。やり辛いだろうが馬鹿野郎……。
「『剣士』のアクセルだ。ユノとは腐れ縁って奴だな。C級ハンターの中では二人とも上の下程度の腕前だと思う」
俺たちの二つ名は特に特徴がない奴につけられる至って普通のものだ。ゴレアンの時を見てもわかるように、俺たちと同等か下手すればそれ以上の実力を持つ彼女にあまりガッカリされたくなくて、つい普段は言わないような言葉を付け足してしまう。
「私はレオナ。C級になったばかりだから二つ名なんて無いわ。腕前については貴方たちが前に見た通りよ」
「……なんだ、気付いてたのか」
「あいつらが絡んできた時にうんざりしてる雰囲気を出してた、中身がまともそうな人たちの顔だけは覚えてるの」
初日にいきなり絡まれたにも関わらず、周囲の観察まで出来るほど余裕があったようだ。まぁあの動きを見ればそれも当然なのかもしれないが。
「そいつは光栄だな。聞いたかユノ、俺たちこれから『中身はまとも』で売り出していけるんじゃないか?」
「そんな売り出し方してる奴、絶対まともじゃないでしょ……訳わかんないこと言わないでよね! よし、それじゃ依頼書持って行こっか!」
ユノがレオナを連れてカウンターに依頼書を持って行き、臨時パーティの登録を済ませるのを俺は少し離れた場所で待つ。
……受付嬢が妙に喜んでいるように見えるのは何故だろうか。
「出発は明朝、それまで各自で準備してくれ。距離的に日帰りとか絶対無理だし、麓の町もどこまで機能してるかわからないから、宿が取れない可能性も考慮して野宿出来るように備えておいてくれよな」
「えぇ」
「わかった!」
「じゃあ解散。また明日な」
思えば久しぶりの臨時パーティだ。もう長い付き合いのユノはともかく、レオナにはみっともない所を見せないようにしたいところだ。
◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇
今居るエルグランツがあるウェスター公爵領の北、目的地となるロートレック子爵領の町アジェへは乗合馬車を使う。まる二日程の道のりだ。
馬車には俺たち以外に乗客は誰もいなかった。苦い顔をしている御者から軽く話を聞いてみると、アジェへ向かう馬車については今は利用者が殆どいないのだという。逆に鉱山が封鎖されて暮らしていけなくなった住民たちがエルグランツへ向かうため、アジェから出発する馬車は常に満員らしい。
ギルドの依頼で鉱山の魔物を退治しにいくのだと伝えると、まだ向かう前だというのに酷く感謝された。あちらさんとしても死活問題なのだろう。
馬にとって普段よりも軽い馬車は順調に進み、日が傾くより少し前に中間地点にある湖へと到着した。今日はここで野営するようだ。
馬車から降りて湖を前に大きく伸びをする。
「お、鴨がいるじゃないか。ユノ、あれ獲れないか?」
「ホント!? よーし、今日の夕飯だ~!」
こういう時のユノは凄く信頼できる。食い物が絡むと恐ろしく精度があがるのだ。普段からこうあって欲しいと思わなくもないが、肉が食えるならこの際どうだって良いだろう。
そして期待通り、湖岸で休んでいる鴨をユノが見事一発で仕留めてみせた。
「おお、流石ユノ! やるじゃん!」
「ふふ~ん! 伊達に『弓使い』って呼ばれてないわよ!」
「素直に凄いと思う、ユノさん」
両手を腰に当て、鼻を天まで延ばす勢いで自慢するユノをレオナが本当に驚いているのか良くわからない顔で手を叩いて褒めている。常に淡々としていて感情がわかりづらいのだ。
「これは負けてられないわね……」
謎の対抗心が芽生えたらしいレオナは、そう言って湖の脇の林へと入っていった。
ユノが仕留めた鴨を回収し、調理できる状態まで処理し終わった頃にレオナもちょうど帰ってきた。その手には大量の食用の野草やキノコが、彼女が着ていたレザージャケットに包まれた状態で抱えられていた。
「うおっ!? これまた大漁だな……」
「これで今日は持ってきた食料には手を付けなくて済むでしょ?」
「そうだな、確かに凄く助かるなこれは」
これだけあれば先程の鴨もあわせて御者も含めた四人分の食事に足りる量になるだろう。
「レオナさんもすごーい!」
「ふふ~ん」
さっきとは逆にレオナが両手に腰を当てて胸を張り、ユノが無邪気に手を叩いて褒める形になった。
(うおっ!?)
ただ、俺はその光景に思わず釘付けになってしまう。
というのも、レオナが野草を包むためにレザージャケットを脱いでいる為、上が薄手のタンクトップ姿になっており、大きく肌を露出しているだけでなく、豊満な胸がその姿勢によって強烈に自己主張していたからだ。
物凄い美人の、その無自覚で煽情的な姿は、はっきり言って破壊力がありすぎた。
俺は何とか自分が凝視していることに途中で気が付き、目を逸らした。その必死の努力の甲斐あってか、レオナもその状況に気付いてくれたらしく「あはは……ごめん」と苦笑いしながらジャケットを着直す音が聞こえてくる。
あのままでは視線がどうしようもなく吸い寄せられてしまい、ユノにキレられてるのが目に見えていたので、気付いてくれて本当に助かった。
鴨と野草、キノコ入りのスープと串焼きで腹を満たした俺たちは、護衛と見張り役をする代わりに馬車の料金をまけてもらう約束だったので、三人で見張りを交替しながら一夜を過ごした。
◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇
その後の移動も順調に進み、日が沈む頃に目的地のアジェへと到着した。
石造の家屋が立ち並ぶ街中には人気は無く、見るからに閑散としている。民家や各施設からは明かりが漏れており、人の気配も感じられるので全くの無人というわけではないようだが。
「やっぱり鉱山の封鎖の影響が大きいみたいだな。ここの労働者をアテにしている店が大半だろうし商売あがったりだろうな……」
酒場らしき建物の前を通ってもエルグランツのような賑やかな声は一切聞こえてこない。普段なら仕事終わりの鉱夫たちが酒盛りをしている時間だろうに。
「本当はもっと活気があるんだろうね……」
「そうでしょうね……。こんな状況でも宿は営業しているのかしら?」
御者に一応この町の宿の場所は教えてもらっているのだが、あくまで位置だけだ。ここまで閑散としているなら閉めてしまっている可能性は充分にある。
「わからん。とにかく行ってみるしかないな……」
静まり返った街中をしばらく歩き、ようやく探していた宿を発見する。建物の明かりは点いてるようなので営業はしているようだ。野宿はなんとか回避出来そうで、三人全員でほっと安堵の息を吐いた。
「んじゃ早速入るか」
宿の中も静かなもので、俺たちが木の床を歩く音がとても大きく聞こえる。きっとその音を聞きつけたのだろう、女将らしき女性が奥から出てきた。
「おや、お客さんかい?」
「ああ、二部屋頼めるか?」
「もちろんさ、今はこんな状況だからねぇ……。なんならひとり一部屋使ってくれたって構わないよ?」
やはり宿泊客がおらず、経営は苦しいようだ。それもあと一日、二日の辛抱なので頑張ってもらいたい。
「いや、気持ちだけで充分だ……。あと明日なんだが、鉱山まで案内出来る人を誰か紹介してくれないか?」
「鉱山……? そんなのここいらに住む人間なら誰だって案内出来るさ。でも何しに行くんだい? 今は魔物が湧いてて封鎖されてるのに」
「私たち、ギルドの依頼で魔物の討伐をしにきたの!」
「ホントかい!? ……ちょっとアンタ! 今すぐこっち来な!」
驚いた女将が奥の部屋へ向けて声を張り上げる。すると、けだるそうな男性が頭をボリボリと掻きながら出てきた。女将の気安さを見るに、この宿の主人だろうか。
「何だようるせぇな……」
「何だじゃないよ! ギルドからハンターが来てくれたよ! 鉱山の魔物を退治してくれるって!」
それを聞いた男性も、眠そうだった目をかっ開いて驚いた。
「本当か!? そいつはありがてぇ! ……のは確かなんだが、お前なんで俺を呼んだんだ?」
「鉱山までの案内役が欲しいんだってさ。アンタも暇なんだから役に立ってきな!」
「なるほど、そういうことか。……わかった、任せてくれ! 片道だいたい二時間ほど掛かるから、そのつもりでいてくれよな」
まさかこれほど簡単に案内役が見つかるとは。二人の反応を見るに、それだけ俺たちのような者を待ち望んでいたということなのだろう。
「わかった。俺たちを案内し終わったらすぐに引き返してくれていい。帰り道に魔物に襲われるといけないから、他にも数人同行してくれた方が良いかもしれないな。まぁ大した額じゃないが謝礼も出すよ」
「おう、腕っぷしに自信のある奴に声掛けておくぜ! 街の代表にはこちらで話は通しておくから気にしなくていい、坑道の鍵を受け取って来るついでだ。あんたたちが直接話したところでどうせ依頼書以上の話は聞けないだろうしな」
とても話が早くて助かる。お偉いさんに会ったところで気を遣って疲れるだけなのだ。俺はにこやかに主人と握手を交わす。
「助かるぜ、ありがとうな」
「ありがとう!」
「お世話になります」
「そうと決まれば今日はゆっくり休んでおくれ! そういえば夕飯はもう食べたかい? まだならサービスしちゃうよ!」
今日は朝以外、休憩時間に保存食を少し摘まんだ程度でまともな食事を取っていない。この街に着いてからも真っ先にここに来たので、腹は空きっぱなしだ。
「いいのか!?」
「やったー!」
「ありがとう!」
当然それは一緒にいた二人も同様で、この有難い申し出を断る人間などこの場には誰一人としていなかった。
夕飯をかっ喰らった俺たちは軽く打ち合わせをした後、早めに眠りについた。
部屋割りは俺が一人部屋、女性陣が二人部屋に決まってる。旅の間くらいは我慢するさ。
◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇
翌朝、宿屋の主人が体格の良い鉱夫の男性二人を連れてきた。中の案内も買って出てくれたのだが予定に変更はないので丁重に断った。
鉱山への道は日頃から労働者や採掘された鉱物が行き交うためかとても広く、しっかりとした作りで、正直迷う要素が見当たらなかった。
よくよく考えれば当たり前だったのかも知れないが……こちらからお願いした手前、案内はやっぱり要らないとは言えない。今回に関しては無知な自分への勉強料ということで己を納得させておく。
鉱山に到着し、封鎖されていた入り口を開けてもらう。
それだけだと思っていたのだが、彼らはなんと普段採掘時に使っているという内部の地図とランプを貸してくれたうえに、坑道内での注意事項を口頭で説明までしてくれた。
……前言撤回、ここまで案内してもらって良かったと思う。金のことばかり考えていると大事なものを見失ってしまうのだと痛感する。
それだけ彼らの生活は俺たちの働きに掛かっていて、期待されているのだと気付かされた。失敗など出来ない、気を引き締めなければ。
「――さて、んじゃ行くか!」
「うん!」
「オーケー」
引き返していく彼らの背中を見送った後、俺たちは気合を入れて鉱山の中へと足を踏み入れた。




