24.商店の手伝い
翌朝ハンターギルドで昨日の分の報酬を受け取る。わかってはいても、ちゃんと苦労に見合った額であることにホッとしてしまう自分がいる。
「それじゃ、次はこっちね」
「あ、もう次の依頼ですか? えーと『商店の手伝い』ですね! 市場の魚屋さんで、ダニエルさんのお店です。はい、サイン用紙」
「ん、ありがと」
報酬を受け取る前に次の依頼書を取ってきておいたので、その場ですぐにモカさんに手渡してみるものの、今回は特にコメントはない模様。
(昨日までのは何だったんだろう……?)
無いなら無いでそれで良いはずなのに、逆に不安になりながらも市場へと向かった。
「魚屋、魚屋っと。――お、いきなりあった」
魚屋は市場の東端で、青果店のちょうど南北で反対側に位置していた。南の街道の先に港があるので、ここでも魚介類はギリギリ取り扱えるのだろう。
「ダニエルさんのお店であってる? ギルドの依頼で来たんだけど」
「……来たか。うちのカミさんが腰やっちまってな、売り子頼みたいんだわ」
店主のダニエルさんは白髪短髪のお爺さんで、細身だけど日焼けした身体はがっしりしていて、寡黙な職人さんって感じがする人だった。腹巻とねじり鉢巻きをさせたら超似合いそう。
「ん、おめぇ一昨日猫追いかけてた娘か?」
「へっ? ……あっ!」
指摘されるまで気付かなかったけど、タマを捕まえるために屋根まで登った建物、お店のすぐ目の前だった……。
「あぁ、うん……そうよ……」
「ありゃあ、なかなか面白かったぜ。あんなに簡単に屋根まで登っちまうなんて曲芸師みたいじゃねえか」
「曲芸師じゃなくてハンターなんだけどね」
ダニエルさんがにやりと笑いながらエプロンを手渡してくれる。その笑みがどういう意味かはわからないけれど、猫を吸っているところは確実に見られているはずなので、変に突いて藪蛇はご免被りたい。
「んじゃコレ着て声掛けと接客頼むわ。わからねぇことがありゃ呼んでくれ」
「うん、わかった」
これから働くこのお店がどんな感じなのか眺めてみると、テントの下には長方形のテーブルが置かれていて、そこに魚や貝などが並んでいた。しかし日陰にはなっているとはいえ、それらは棚に直置きだ。
(これって生ものだからあんまり良くないんじゃ……)
私の中での魚屋さんは魚は冷蔵のケースに入っているか、発泡スチロールの箱に氷を入れてそこに乗せられているイメージなので、これにはちょっと違和感がある。
「……ねぇダニエルさん」
「あん?」
「氷って無いの? 魚がすぐに痛んじゃいそう……」
「昔からそのやり方なんだ、諦めてくれ。魔道具の氷室がありゃあ氷も用意出来るだろうが、平民にゃそんなもん高すぎて手が出ねぇしよ」
(あぁ~それもそうか……)
この世界は電気や機械に関してはからっきしで、一部だけ魔道具で代用出来ている感じだ。前世で言う冷蔵庫や冷凍庫、コンロ、照明、給湯器あたりは魔道具でも存在しているのは知っている。
そういった魔道具は軒並み高価らしく、日本の家庭の冷蔵庫のように誰もが持っているとまではいかないのだろう。
「そっか……。ねぇねぇ、私がいる間はちょっと任せてもらって良い?」
「何する気だ……?」
私の突然の提案に訝し気な顔をするダニエルさん。
「こうするの」
自分の両の掌の上にバラバラと氷の粒を作り出してみせる。
もちろんこれも魔力で作り出した水と同じように、込められた魔力がなくなれば綺麗さっぱり消えてしまう。それでもその間に他の物が冷やされていたという事実と時間は無駄にはならないはずだ。それに出し続けるだけなら私が魔力をその都度込めれば良いだけの話。何も苦ではない。
ダニエルさんはそれを見て驚きに目を見開いている。
「おめぇ……そりゃ魔法か? たまげたな……」
「これで冷やしてみようと思うの。どうかな?」
「魔法ってのはそんなに簡単に人の為に使うようなもんじゃねぇはずだが……それでもやってくれるってんなら是非頼みてぇ」
そう言われているのはきっと魔力量に限りがあるからだろう。つまり私ならどんどん使っても良いってことだ。
「いいのいいの。よーし、まかせて!」
棚が壊れない程度の厚みの長細い箱状の氷の中に魚を置いて、その上からバラバラと氷の粒を撒いていく。あとついでに魔法で風も少し起こせば涼しくて私もとても過ごしやすい。秋とはいえ日中はまだ気温も高くて蒸し暑いのだ。
(よし、準備オッケー!)
「はーい、いらっしゃい! いらっしゃい! 今朝獲れたての新鮮なお魚だよ~! 美味しいよ~!」
エプロンの紐をぎゅっと縛って準備が出来た私は、市場の喧騒に負けないように声を張り上げた。
◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇
働き始めてから約一時間、日もかなり昇って市場は俄に活気づいてきた。既に商品の三割ぐらいは売れていてダニエルさんも驚いている。
前世はこういう売り子を結構し慣れていたので、私自身は経験ないのに馴染みがあるというとても変な感じだ。見た目に依るところが大きかったのだろうけれど、スーパーのレジに立っていると売上があがると評判だったし、文化祭の出し物でお店の売り子をした時もその能力は遺憾なく発揮されていた。
経験上こういうのは恥ずかしがってはいけない。堂々としていないと逆に恥ずかしくなる。話す内容も出来るなら少し大げさにするくらいで丁度良い。取り扱う商品の良い所をしっかりアピール出来ないと手に取ってはもらえないのだ。
「そこのお姉さん、今晩のおかずにどう?」
こんな調子でお客さんが途切れた時には呼び込みを掛けていく。待っているだけではダメだ、自分から貪欲にいくのだ。
「え、アタシ? そういえば魚介類って全然食べないわねぇ……」
「え~なんで~? 美味しいのに……」
「いつもパンとチーズ、果物、作ってもスープか、ベーコンや腸詰を焼くぐらいだもの。そもそもどうやって食べたらいいのか良くわからないわ……」
そう言って首を傾げるお姉さん。魚介類が嫌いだと言われるならともかく、単純に食べ方を知らないだけならまだまだチャンスはあるはずだ。
「メニューが固定されちゃってるのね。じゃあさ、そのスープの代わりに一品作ってみない?」
「アタシに出来るかしら……?」
「普通に内臓とって塩焼きにするだけでも美味しいし、なんなら魚じゃなくて、海老とか貝にしてオイル煮とかも簡単よ? パンと一緒に食べるならこっちの方が合うかもね」
「へぇぇ、ちょっとやってみようかしら? ちゃんとした作り方教えてくれる?」
「もちろん!」
(ふっふっふ。人間、食欲を刺激してしまえばこんなものよ!)
今日ここで呼び掛けてみて分かったのは、普段から魚介類を食べる人と食べない人とで両極端だということ。話を聞いてみると後者は大体食事のレパートリー自体が少ない。
先の女性のようにスープまで作っていればまだ良い方で、大半がパンや干し肉、果物など調理は最低限で齧りつけるようなもので済ませている人ばかりだ。後はお酒があればいいやみたいな。
屋敷で出ていた料理を思い出しても前世と遜色ない種類とクォリティだったし、市場に並んでいる食材も豊富なのでもっと皆色々食べているものだと勝手に思っていた。けれど庶民レベルではそうでもないようだ。きっと裕福層や貴族が主に消費しているのだろう。
私は前世はもちろん、その記憶や経験を元に樹海の頃から自分で作っているし、屋台や酒場の料理も特に違和感なく食べていただけに、これは少し意外だった。
まぁ売る側からすれば元々魚介類を食べる人相手だけで商売が成り立っていたぐらいだから、もっと食べる習慣が広まれば更に商売はしやすくなりそうではある。
後半はどれも私の素人考えなので実際がどうかは知らないけれど。
「おめぇ、どこかでこういう仕事したことあんのか……?」
「ふふ~ん、内緒!」
「――あらあら、二人とも楽しそうね」
親し気な声に振り向けば、青果店のエリスさんがちょうど店の前まで歩いてきていた。
「あれ、エリスさん? お店はどうしたの?」
「ちょっと休憩! レオナちゃんはカーラさんの代理で?」
「そうそう代理なの。奥さんカーラさんって言うんだね。……ていうか、あれ? エリスさんに私名前教えたっけ?」
既に知り合いと呼べるくらいにはなっているのに、未だに名前を教えていないっていうのも正直どうなんだって感じではある。
「私も今日知ったんだけどね。昨日マイクと一緒にいるのを見かけたから結局あいつから聞いちゃったわ。昨日はなんだか凄かったらしいじゃない?」
酒場での話をマイクから聞いたらしいエリスさんは明らかに面白がっている。
「あはは……。なるほど、マイクからね」
恐らくこの辺りの人間はみんな知り合いといった感じなのだろう。マイクが余計なことを言ったりしていなければいいのだけれど、彼はお喋り好きだから期待するだけ無駄か。
エリスさんとダニエルさんが話している横で私が接客を続けていると、距離が近いので自然とその内容が耳に入ってくる。
「どう? レオナちゃんの働きっぷりは?」
「なんか随分と手慣れてる気がするが……まぁ助かってるぜ」
「わかる! お店から遠目で様子は見てたけど全然恥ずかしがったりしてないし、お客さんと進んで話せるあたり凄いわよね~」
数少ない特技を褒められるのは嬉しい。でも私が会話に混じっていない所で褒められるのは少々こそばゆい感じがする。
それでも悪い気はしないので引き続き聞き耳を立てていたいところだけれど、お客さんが来ているのであまり余裕がない。しかもなんだかお客さんがどんどんと増えていっている気がする……。
「ダニエルさ~ん……助けて~……!」
しばらく奮闘したものの、遂に限界がきて助けを求める私の情けない声で、お喋りに夢中になっていたエリスさんとダニエルさんがようやく気付いてくれた。
「うおっ!? すまねぇ!」
「あっ、ごめんねレオナちゃん! 私もそろそろ戻るね! がんばって!」
その後もお客さんが押し寄せてきてダニエルさんと必死に捌いた。お客さんから話を聞いてみると、私が声掛けして買っていってくれた人から伝わって「じゃあ自分たちも挑戦してみよう!」といった感じで来てくれたらしい。……恐るべし、ご近所ネットワーク。
その忙しさはお昼の休憩も取れない程だったけれど、頑張った甲斐あってお昼時を過ぎた頃には売り物はすっかり売り切れてしまった。これだけお客さんが来るなら確かに一人じゃ大変だっただろう。そういう意味でもこの依頼を受けて良かった気がする。
ハンターをやっていなければ私、本当にお店やるの向いてると思う。もちろん経営者じゃなくて売り子の方でだけども。
「まさかこんな時間に店じまいとはな……今日は本当に助かった。カミさんの腰が治るまで依頼出してっから出来ればで構わねぇ、また手伝ってくれねぇか?」
「私も楽しかったし全然良いよ~!」
「ありがとな」
お店の片付けをしながら明るく頷いてみせると、ダニエルさんは今日見た中で一番穏やかな顔でにっこりと笑ってくれた。
「んじゃ気ぃ付けて帰りな」
「うん、ばいばーい!」
片付けも終わり、手を振ってダニエルさんと別れる。あちらもきこちなくだけど小さく手を振り返してくれて自然とこちらの頬も緩んでしまう。
今日は得意分野だっただけあって、仕事をやり終えてとても充実感がある。ダニエルさんにもとても喜んでもらえて言う事無しだ。
昨日とは違ってまだまだ日が高いのでそのままギルドに帰ってくる。そして早速モカさんにサイン済みの用紙を渡して報酬を受け取ると、何やらモカさんが明るく手を叩いて祝ってくれる。
「これでレオナさんも依頼を三回達成しましたので見習い卒業ですね! D級おめでとうございます!」
「あ、そうなんだ。見習い期間って思ってたより短いのね……」
「D級からは街の外での依頼が増えていきますよ~」
早く見習いから抜け出したいと思っていたのに、いざそうなってみると少し寂しい気分になってしまう。それくらい昨日も今日も楽しかったのだ。……一昨日は知らん。
「ねぇモカさん、下の階級の依頼ってまだ受けられるんだよね?」
「はい! 受けられますし、C級までならE級の依頼でも上がることは出来ますよ。C級以降は同じ級の依頼じゃないと昇級の為の評価点がつかなくなるので、戦える人は自然とやらなくなっちゃいますけど」
高い階級は相応の危険が伴うだろうから、街中の安全な依頼ばかりでは上げられないようになっているのだろう。私は単発の依頼の掲示板しか見ていないけれど、中には長期の依頼もあって派遣社員みたいな扱いのものもあるし、制限がなければそういう人たちがあっという間に上がってしまうし問題にもなりそうだ。
「そっかそっか。E級の依頼も結構楽しかったからさ、これからも続けられないかなって思ったから聞いてみたの」
「そういう魔物退治ではない仕事だけで暮らしている人も大勢いますし、結局のところハンターとして何をしたいかだと思うので、レオナさんのお好きなようにやればいいと思いますよ~」
「そうね、帰ってゆっくり考えるわ」
モカさんに手を振りながらギルドを後にする。遅くなったお昼を取る為にまた街中を歩きながら先程の話を思い出す。
(ハンターとして何をしたいか、か……)
私がハンターになると決めたのは狼たちにいいようにされていた夜だった。
既に両親がいなくなっていて貴族の身分などどうでも良くなっていた私は"アイツ"に復讐する道を選んだ。当時は本当にそのことしか頭になかったけれど、お師匠様に『強者の筋』を持てと言われ、お師匠様の元を離れる直前まで私はずっと考え続けた。
復讐が終わったらその後はどうするのか。
私のこの特別な力は何のためにあるのか。
私が大切にしたいものは何なのか。その結果導き出した私なりの答え。
『理不尽に泣く人を助け、守ること』
それはただの自己犠牲じゃない、私は私で幸せになることを諦めてはいない。お母様とも約束したから。その約束も『強者の筋』も曲げる気はない。
――つまり悩む必要など何処にもなかったのだ。
(ハンターがどうこう以前に、私のやることは何も変わらないわ!)
私は顔を上げ、胸を張ってエルグランツの大通りを突き進んだ。
◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇
自分の気持ちを再確認した私は翌日以降も、奥さんの腰が良くなるまでダニエルさんのお店を手伝うことにした。
私はハンターだ、別に魚屋さんになりたいわけじゃない。でも急いで階級を上げないといけないかと言われればそうでもない。ハンター自体は私以外にもいくらでもいるのだから。暮らしていけるだけの収入があればそれで構わない。
仮に"アイツ"を倒す依頼が出たとして、それを受けるための階級が足りなかったとしても何も問題はない。依頼をこなす体である必要はないのだ。あの理不尽の塊がいつ・どこに出現したのかわかりさえすればそれでいい。
だからせめてそれまでは周囲の人と楽しく過ごしていられるように、私に出来る範囲で人の役に立ちたい――そう思った。




