22.荷物の配達
これからは早起きして、まだ依頼が沢山ある状態で確実にこなせそうなものをしっかり選んでいこうと思う。深く考えずにぱっと選んだ私が悪いとはいえ、昨日のような失敗はもうしたくない。
(とは言っても昨日からあまり代わり映えしてないのよねぇ……)
先程から両手を腰に当て、仁王立ちで掲示板と睨めっこをしているのだけれど、貼りだされている依頼は『家の掃除』『荷物の配達』『子守り』『商店の手伝い』『祖父の話し相手』『植木の剪定』――と、内容に見覚えのあるものが多い。
「ちょっと失礼……」
すると横からギルド職員がまた新たに依頼の紙を追加で張り出した。当然私はその様子を目で追いかける。
しかしそのタイトルを見て私は目を疑ってしまう。
(……は? 昨日の今日でまた『猫探し』の依頼が出てるんだけど!?)
いやいや待て待て、もしかしたら別人かもしれない。そんな淡い期待を込めて内容を確認してみるが、非情にも依頼主は昨日と同じリンダお婆さんだった。あれだけ苦労して捕まえたものをそんなに簡単に逃がしてしまうなんて、もはや鬼畜の所業としか思えない。
そのあまりの仕打ちに軽く殺意を覚えたものの、もう絶対に受けないのだから気にするなと必死に自分に言い聞かせることで何とか踏みとどまる。
深呼吸で気持ちを落ち着かせながら他の依頼に目を向けていく。
『祖父の話し相手』は一見楽そうだけど、ボケちゃってる人が相手だったりするとかなりキツそうだし、『家の掃除』も想像を絶する汚宅にあたる可能性があるからやめておいた方が無難だろう。
こんな感じでとにかく嫌なパターン、依頼の裏を想像して警戒することに集中する。たった一日で疑うことを知らない純粋無垢なレオナは猫に喰われて死んだのだ。
昨日から続けて依頼が出ているものは周りも避けているとも解釈できるので避けることにする。まぁ私の見立てでは十中八九地雷だろう。本当に困っているなら手伝ってあげたいという気持ちはあるにはあるけれど、もう少し先の見通しが立ってからにさせてほしい。
(この中だと『荷物の配達』と『商店の手伝い』かな。説明書き読んでもやばいブツを運んだり、売ったりっていうのはなさそうだし)
早速『荷物の配達』の依頼書を手に取り、カウンターへ持っていく。
「おはよう、今日はコレお願いね」
「おはようございまーす! ええと『荷物の配達』ですね。レオナさんならきっと大丈夫だと思います! 西門にいるマイクさんの所へ向かってください。はい、じゃあこれサイン用紙」
「ん、ありがと」
モカさんも昨日のような空気は出していないので、どうやらハズレではなさそう。
(でも私なら大丈夫ってどういう意味だろう……?)
そんな疑問が浮かんでいる間にもモカさんは他の後ろに並んでいたハンターたちの対応を始めてしまっていたので、意味深なコメントに首を傾げつつも、ひとまず質問するのは諦めて西門へ向かうことにした。
◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇
「……えっと、あなたがマイクさん?」
私は西門のすぐそばで腕を組んで佇んでいた、三十代くらいの濃い紫色の髪の男性に声を掛けた。麻のタンクトップから覗いている身体が筋骨隆々でいかにも肉体労働者といった風貌だ。
「確かに俺がマイクだが……なんだ、もしかして依頼を受けてきたのか?」
「そうよ、私はレオナ。『荷物の配達』の仕事なんでしょう?」
西門のすぐ脇には大量の木箱が山積みにされている。恐らくこれらを各家庭や商店に配達するのだろう。
「嬢ちゃんみたいな身体の細い女には無理だろ……。まったく、ギルドもちゃんと人を選んで送ってこいってんだ」
しかしマイクは働き手が増えたというのに露骨にガッカリした表情を浮かべ、ギルドの方角を睨みながらそうぼやいている。
(あ、モカさんが言ってた「私なら大丈夫」ってそういう意味か……)
確かに普通の女の子であればそう捉えられても仕方ない気もしないでもないけれど、私の場合はこの程度は問題にもならないのだから、とにかく門前払いだけはされないようにアピールしなければ。
「大丈夫よ、私これでも腕力にも体力にも自信があるの!」
自信満々に胸を張りながら両腕を持ち上げて、名前は知らないけどマッチョの人がしそうなポーズを取ってみせる。
「マジでやる気かよ……後で泣いても知らねぇからな?」
「心配性ねぇ……。じゃあ良い意味で期待を裏切れたらお昼奢ってよ。お気に召さなければもっと高級なのを奢ってあげるわ」
「ふーん、言うじゃねぇか?」
するとマイクは眉を持ち上げて挑戦的な笑みを浮かべた。がっつり日焼けしているせいか隙間から覗く白い歯が眩しい。
「そこまで言うならやってみな! じゃあコレ、嬢ちゃんが担当する荷物のリストな。荷物と宛先を間違えるなよ!」
「オッケー!」
渡されたリストを見てみると、私一人でこの午前中に三十個ほど運ばないといけないらしい。確かに肉体的にめちゃくちゃハードな仕事ではある。
残念ながらこの世界にはトラックなんてものはないし、ここには荷車みたいな物も用意されていないようだ。まぁあったとしても目を離した隙に荷物を盗まれる危険があるから、更に見張りが必要になってしまうだろう。
しかし西門に全ての荷物を集めて見張りを置いているだけで、配達員すらギルドへの依頼で賄っているくらいだからそこまで人員の余裕はないのは明らかだ。……こうして状況を冷静に考えてみるとまぁまぁブラックな職場の香りがしてきた。
それでもお昼がかかっている以上、放り出す気など更々ない。
「……よっと!」
私は気合を入れて身体強化の魔法を使って木箱を持ち上げ、人でごった返す町中に向かって歩き出した。
◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇
時は正午過ぎ。マイクよりも早く配り終えた私は約束通りお昼を奢ってもらっていた。
「いや~ハッハッハッ! まさか本当にやり切るとは思わなかったぜ!」
奢らされているのに膝を叩きながら嬉しそうに笑うマイク。
「だから言ったでしょ、自信があるって」
「確かに言ってたけどよぉ、男でも出来ない奴はごまんといるんだぜ? 嬢ちゃんみたいなのが出来るとは思わんだろ普通」
「……まぁ、確かにそうかもねー」
実際、樹海を出てから一番の運動量だった。身体強化が使えなかったらきっと疲労で食事どころではなくなり、ここまで落ち着いて食べてはいられなかっただろう。
「本当に助かってる、午後からもこの調子で頼むぜ!」
マイクは明るく笑いかけてくれる。最初こそ良い印象を持ってはもらえなかったけれど、いざ打ち解けてみれば素直で明るくてとても感じの良い人だ。
男性には珍しく私に対して欲望に塗れた不快な視線を送ってくることもない。左手に指輪が見えたので、恐らく妻帯者の余裕みたいなものがあるのだと思う。
「まかせて! 昨日に比べれば全然余裕だから」
「あん? 昨日って何かあったのか?」
「ハンター見習いとして初めて受けた依頼が『猫探し』だったんだけど、めちゃくちゃ大変だったの! もう二度と受けないんだから!」
「ぶはははは! お前リンダ婆さんの依頼受けたのかよ! 初日で夢と希望で胸一杯だったろうに運がねぇなあ! うひゃひゃひゃ!」
マイクも当然のように猫探しの依頼について知っているようで、エリスさんのような苦笑いではなく豪快に笑い飛ばしてくる。ちくしょう。
するとこれまで笑っていたマイクが突然、顎に手を当てて視線だけ空に向けて何やら考え出した。
「……ん? だとするとアレか? 『猫吸い美女』って嬢ちゃんのことか……?」
「んぐぅ!?」
いきなり心当たりしかない単語が飛び出し、危うくお昼ご飯のサンドイッチが喉に詰まりかけた。慌てて水でそれを流し込む。
「え、なにそれ……」
「昨日の夕方から話題になってんだよ。すげー美人が黒猫抱いて一心不乱に猫の匂い嗅いでたってよ」
あまりにもピンポイント過ぎて疑いようがない、私です。
「あぁぁ……」
あの場面を思い出して恥ずかしさに頭を抱えてしまう。百パーセント自分のせいとはいえ、前世でもあそこまでの羞恥プレイは経験したことがない。
私の反応が好意的でないのを察したマイクは気まずそうにしている。
「ま、まぁ……悪い噂じゃねぇんだからいいじゃねぇか! 別に美人だってのも嘘じゃねぇしよ?」
「うぅ……ホントよ……。タダでこんな美人とお昼一緒に出来るんだからありがたく思いなさいよね……」
「いや、流れはどうであれ昼飯奢ってるしタダじゃねぇだろ……。ていうかそこは恥ずかしがらねぇのな?」
「長年付き合ってきた自分の顔だからね。自信持たないと逆に失礼ってもんよ」
前世から顔を褒められ続けていて、照れる段階などとうに過ぎてしまっているというだけ。もちろん褒められれば嬉しいことは嬉しいけれど。
「変なところで男前だなお前……。俺ちょっとトイレ行って来るから、午後の仕事の時間まではゆっくりしとけ。吐くぞ」
「はーい」
午後も仕事内容自体は午前と何も変わらない。時間が少し長い分、運ぶ荷物の個数が多少増えただけだ。
これを魔法なしの生身でやっている彼らには素直に頭が下がる。日焼けしてムキムキになるのも納得してしまうキツさだ。流石の私も汗だくになってしまった……。
「お疲れ! 俺らこれから飲みに行くんだが、レオナちゃんもどうだ?」
依頼達成のサインをもらってギルドに戻ろうとしていると、配達していた他のメンバーから夕食に誘われた。彼の後ろで喋っている集団の中にはマイクの姿もあった。
(ん~……どうしようかな……)
つい最近成人したばかりなので一応私もお酒は飲めるけれど、まだ一度も飲んだことはない。お師匠様はお酒を飲まなかったし、前世でも大学時代は人を避けていたので飲みに行くなんてことは一切なかった。
(まぁものは試しか……。この街での知り合いも増やしておきたいし)
「良いわよ、行きましょうか」
「おう、そう言ってくれるような気がしてたぜ! よーしお前ら、行こうぜ! レオナちゃんも来てくれるってよ!」
それを聞いた男たちは嬉しそうに声をあげている。喜んでくれているのを見れば当然こちらも悪い気などしない。
そのまま集団はワイワイと騒ぎながら酒場へと向かった。




