20.宿探し
気を取り直して宿を探そう。お師匠様から誕生日や成人のお祝いと旅の費用として結構な額のお金を持たせてもらっているし、よほど高級な宿でなければしばらく暮らすには困らないはずだ。
(人に尋ねるにしても今度はちゃんと相手を選ばないとね……)
ここに来る途中に市場があったのを思い出して、ひとまず来た道を西へと戻ってみることにした。すると市場の東端にあった青果店のテントの下に店員さんらしき女性を見つけたので、丁度良いとばかりに話し掛けてみる。
「ごめんなさい。ちょっと聞きたいことがあるんだけど、今いいかな?」
「うん? どうしたの?」
まるで売り物のオレンジのような色の髪をした少し年上の女性は、私のような見ず知らずの人間にも快く応じてくれる。見たところただの接客スマイルって感じでもなさそうなので、とても尋ね易くてありがたい。
「この辺りに女一人で泊まっても問題なさそうな宿ってないかな? 出来れば高級すぎない所だとありがたいんだけど……」
「んー、それなら噴水広場の北にある『秘密の花園亭』はどう? 個室で鍵つきだから防犯の面は信用出来ると思うよ。値段もそこまで高くはないはずだし」
「秘密の花園って……それほんとに宿の名前……?」
名前だけだといかがわしいお店にしか聞こえない。私の言いたいことを察した店員さんは、その若葉のような綺麗な緑色の目を細めて笑い出した。
「あはははっ! 大丈夫よ~、見た目も綺麗でちゃんとしてる所だから安心して!」
「そっかそっか。じゃあ行ってみるね、ありがとう。お礼にそこのイチゴを一箱もらおうかな」
さっきからお店に並べられている可愛らしい小さな木箱に入ったイチゴが気になって仕方がなかったのだ。お昼をまだ食べていなくて空腹な私にこれをスルーするなんて不可能に近い。
「まいどあり! 採れたて新鮮だけど早めに食べてね~!」
「教えてもらった宿を探しながら食べるよ~」
「こら、お行儀が悪いでしょ! そんなに遠くないから、向こうで落ち着いてから食べなさい!」
「あははっ! は~い!」
小箱を抱えてにこやかにその場を離れ、また噴水広場を目指して引き返していく。この街に着いてまだそんなに経っていないのに、この周辺だけはもう慣れたものだ。
噴水広場を左に曲がって北通りを進むと、一分もしないうちに左手にそれらしき看板が見えてきた。
「……ここが『秘密の花園亭』ね」
その名前だけあって店先には色とりどりの花を植えた鉢が並んでいる。さっきの店員さんが言っていた通り小綺麗な印象を受ける外観で、とても良さげだ。
『チリンチリン』
(おぉ……!)
ハンターギルドのものよりも可愛らしいベルを鳴らしながら入ってみると、思わず心の中で感嘆が漏れるほど素敵な空間が広がっていた。外だけでなく室内にも花や観葉植物がいっぱいで、秘密の花園と名付けられるのも納得のセンスの良さである。
「ごめんくださ~い!」
「……らっしゃい」
低い声を響かせながらカウンターの奥からぬっと姿を現したのは中々に――いや、かなり強面のおじさんだった。恐らくこの宿の御主人なのだろう。
傷跡がある目元から向けられる眼光は鋭く、身体も大きい。はっきり言って『秘密の花園亭』という名前が全然似合っていない。物凄く失礼だから絶対に口には出さないけれど、『裏社会の秘密亭』とかの方がしっくりくる姿をしていた。
「今日エルグランツに着いたばっかりで住むところを探していて、市場で聞いたらここを教えてもらったんだけど……」
「市場ってぇとエリスからの紹介か? ……青果店の」
「そうそう、青果店の!」
「……そうか。住むところをって言ったな。長期滞在希望ならその分値引きするぞ。飯代は別料金だがな」
そう言って彼は鼻から深く息を吐きながら料金表を指差した。そんなシンプルな動作なのに一般人だと委縮してしまいそうなくらいの威圧感がある。
……まぁそれは良いとして、料金表の内容は一泊以外にも一週間、一か月、三か月、半年、一年と結構細かく分けられている。長ければ長いほどお得になっていくみたいだ。
問題はどれくらいのペースで階級が上がるかだ。あの絡んできたゴリラが言っていたように最初のうちは稼ぎも少ないだろうけど、とりあえず一か月住んでみて住み心地やこれからの自分の実際の収入を確認してから、以降をどうするか決めることにしよう。
「じゃあ一か月でお願いしようかな」
一か月分の代金をカウンターに置くと、御主人が確認し始める。
「……確かに。何か部屋の希望はあるか? 今は他に長期の宿泊客はいないから、今空いてなくても空き次第、部屋は移ってもいいぞ」
そんなことにまで気を回してくれるのか。見た目が怖いだけで実際は凄く丁寧な対応をしてくれるなと、思わず感心する。
「じゃあ眺めと日当たりの良い部屋、かな?」
「なら五階の東向きだな」
くいっと手招きをされ、御主人の後をついて階段を昇っていく。大通りに面したこんなに立派な物件を持っているなんて実はかなり儲かっているのではなかろうか。
「――ここだ」
ドアに付いていた大きな錠を外してもらって中に入ると、室内は日当たりが良いというだけあってとても明るく、正面の窓からは燦々と日光が差し込んでいた。
「うわぁ~!」
思わずその窓を開けて身を乗り出すと、眼下には北通りを行き交う沢山の人々の姿が。逆に視線を持ち上げると、今度は通りの反対側である街の北東側の街並みが見える。北東側は高級住宅街だろうか、かなり綺麗な屋敷が並んでいて、その更に奥には領主の城がそびえている。
ちょうどそこに気持ち良い風が吹き、興奮している私の髪とカーテンをふんわりと揺らす――。
「良い部屋ね! ここにする!」
「鍵は渡しておくから寝る時なんかはさっきの錠を内側にして鍵をかけてくれ。出かけるなら錠は外側にしてかけて、鍵はフロントに預けるように。……あぁ、飯は朝昼晩の決められた時間帯にだけ食堂で注文を受け付ける。さっきも言ったが金はその都度もらうからな」
「りょーかい!」
御主人は鍵をポイッとこちらに投げてあっさりと去っていく。
部屋に一人残された私はさっそくベッドに寝転がってみる。……寝心地も悪くない、少なくとも樹海の隠れ家のベッドよりも上等だ。
「これからここで生活するんだぁ……」
新しい生活のビジョンが少しずつ明確になっていくのが楽しくて、自然と顔がにやけてくる。
「よし! やってやるぞ!」
一度勢いよく起き上がった私は、両手を振り上げバンザイの状態でまたベッドに寝転んだ。
◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇
一通り自室を堪能してから食堂に降りて昼食を作ってもらう。そうして出てきたサンドイッチを頬張り、買ってきたイチゴもデザートとしてじっくり味わった後、自室でまた一息ついた。
「……それじゃ行きますか!」
ひとまず寝床は確保出来たのだし、改めて依頼を確認しに行こう。どんな依頼があるのかは見てみないとわからないけれど、もしかしたら今の時間からでも出来るような依頼もあるかもしれない。
私は午前中に絡んできたゴリラがいないよう祈りながら、再度ハンターギルドへと向かった。
ゆっくりとギルドの扉を開けて隙間から周囲を見回し、例の男たちの姿が見えないことを確認してゆっくり中に入る。相変わらず静かで、入ってきた人間に視線が集まるのも先程と同じ。
……ただ今度は私の姿を認めるなりハンターたちが群がってきた。
「お~見習い女! さっきは面白かったぜ!」
「あいつら嫌いだったからスカッとしたよ~」
「おい! 俺ともいっちょ勝負してくれよ!」
「やっぱりめちゃくちゃ美人だなオイ!」
「これから飯食いに行かねえ?」
「……好き。結婚しよ」
一部面倒そうなのもいるけれど、反応を見る限り概ね好意的に捉えられているらしい。
「あはは……あんなのどうってことないから。私ちょっと依頼を確認したいからそこ通してくれないかな……」
「今からか? やるだけ無駄だって!」
「ゆっくり話でもしようぜ!」
「式はいつにしようか?」
なのにハンターたちの興奮は収まらず、一向に道を開けようとしない。こちらとしては出来るだけ平穏にやりすごして自分のやりたいことをしたいだけなのに……。さっきの登録といい、他のハンターが絡むと急に物事が思うように進まなくなる。
こうして蓄積されていくイライラは、どさくさに紛れてお尻を触った奴がいたことで簡単に爆発してしまう。
『ビターン!』
「ぐえっ……」
俺と勝負してくれと言ってきていた男の胸倉をつかんで一本背負いを決めると、騒がしかったフロアが一瞬で静まり返った。投げられた男は不意を突かれたからか受け身も取れず、潰れたカエルのような声を上げて悶えている。
「……そこ、どいてくれる?」
男を後ろに投げた姿勢から振り向きながら笑顔で一睨みすると、連中は一斉に蜘蛛の子を散らすように各テーブルへと逃げていく。
(初日から暴力沙汰二回目ってどういうことよ、まったく……)
それもこれも全然人の話を聞かないハンターたちが悪い。私は悪くないもん。
溜め息を吐きながらようやく目的の掲示板に目を通す。
(まだ残っているE級の依頼は『家の掃除』『子守り』『祖父の話し相手』『猫探し』か……)
見事に街の中だけで出来る何でも屋の仕事といった感じだ。その中から拘束時間が長そうなものを避け、すぐに終わりそうな依頼書を手に取ってカウンターに持っていく。
「この依頼を受けたいんだけど」
「はーい! ええと、リンダさんの『猫探し』ですね……」
なんだか一瞬、モカさんの顔が引き攣ったような気が……。
「リンダさん?」
「お婆さんの飼い猫が自由な子でして、よく逃げるんですよ……。レオナさんは初めてなので、まずはそのリンダさんの所に行って説明を受けてきてください。で、依頼が達成出来たらこの用紙にサインをもらってくださいね。――はい、それとリンダさんの家までの地図です」
そう言ってモカさんはサイン用紙と地図を素早く差し出してくる。仕事が早いと言えば聞こえはいいけれど、妙に淡々としているというか無用なコメントを避けているような……。
(……まぁまだ知り合ったばかりで知らないだけで普段はこんな感じなのかもだし、気にし過ぎか)
「それにしてもレオナさんって凄く強いんですね……。さっきの三人組も今の男性もC級の人なんですけど……」
私が微妙な顔をしているのを見てか、モカさんが別の話題を振ってくる。
どうやら一般的なC級ハンターの実力はあの程度らしい。私はついどうしても樹海基準になってしまうので、それが大したことないように感じてしまうけれど、この辺りで普通の魔物を討伐するぶんにはきっとそれで充分なんだろう。
「騒がしくしちゃってごめんね……。でもあのくらい何でもないわ。変に絡まれるのは見習いだからだと思うし、早く卒業するためにもさっさと依頼を済ませてくるわね」
「はーい、行ってらっしゃ~い!」
モカさんが笑顔で手を振って送り出してくれる。その明るい人柄を見ればみるほど、彼女がハンターという荒くれ者たちに囲まれてやっていけているのが不思議な感じがしてくる。
あれでいて実はかなり強かったりするのだろうか、謎だ……。




