18.決意(クリストファー視点)
王太子クリストファー視点、全一話です。
将来は国王である父上の跡を継ぎ、国を治める王太子として、幼い頃から文武両道であり続けなければならないことは理解している。
しかしそう頭では理解はしていても城に缶詰の日々は窮屈で、退屈で、国の為民の為とずっと己に言い聞かせる毎日を過ごしていた。
そんなある日、父上は俺にルデン侯爵が討伐したという新種の魔物のお披露目パーティに参加してこいと命じた。
その場では態度にこそ出さなかったが、内心では歓喜していた。――いや、それすらも生ぬるい。もはや狂喜乱舞していたと言ってもいい。
向こうで俺に何が出来るのかと問われると挨拶くらいしか浮かばないのだが、城から離れ、何でも良いから教科書には載っていないものを見たり、触れたりすることが出来るのならば、その程度は最早どうでも良かったのだ。
おかげで出発の日までの辛い毎日も、それを励みにして耐え忍ぶことが出来た。
◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇
待ちに待った出発の日。
実際に王宮の外に出てみれば、事前の想像を良い意味で次々と裏切ってくれる。
王都の街並みを通過する短い時間だけでも、普段は一切関わることのない平民たちの暮らしを垣間見れる。彼らの姿は少々薄汚れてはいたが、それでも元気いっぱいに振舞う彼らを見ていると釣られてこちらまで元気が湧いてくるような心地だった。王宮には落ち着き払った大人しかいないため、とても新鮮だったのだ。
途中の山道など断崖絶壁から見える樹海の景色は勿論のこと、その道の危なっかしさすら俺にとっては刺激的なものだった。馬車の中での寝泊まりも少々窮屈で疲れはするが、一般的に言われているほど嫌でもなかった。
到着したルデン領の街フュレムも王都とはまた違った活気がありとても興味深い。
南側の門の向こうには道中の崖の上から眺めた樹海が広がっているのだろう。聞けば広大な樹海のその全容は未だに明らかになっていないという。なんとも夢のある話ではないか。
ルデン侯爵が用意してくれていた屋敷で明日のパーティに備える間も、樹海の中を縦横無尽に駆り、強大な魔物を狩る未来に思いを馳せ続けていた。
翌日、パーティの開始は昼からだが、それよりも少し前に会場に入る。他の参加者からの挨拶を受けるのに時間が掛かるからだ。
一番乗りかと思えば先客が一組だけいた。若い男女と、少女が一人。
こちらの姿を認めると、すぐさま近づいてくる。
「これはこれは王太子殿下、ご機嫌麗しゅう」
この顔には見覚えがある。確か父上が気に入っていた若手の領主だ。
「……バーグマン伯爵、そちらも元気そうで何よりだ」
反応を見るに間違ってはいなかったようで密かに胸を撫でおろす。続けて伯爵夫人も挨拶してくる。
そして――――。
「お初にお目にかかります、クリストファー殿下。ヘンリー・クローヴェルの娘、レナ・クローヴェルと申します。以後お見知りおきを」
各地の領主とは過去に顔を合わせたことがあるが、同じ年頃の子供と顔を合わせるのは今日が初めてだった。
背は俺とほぼ同じ。艶のある肩より少し長いホワイトブロンドの髪、切れ長の目に長い睫毛、吸い込まれそうな深い赤の瞳、微笑むピンクの唇。身に纏う空色のドレスはその色合いから淡く輝いて見え、彼女のその落ち着いた印象を更に魅力的にしていた。
最初は微笑んでいたが、途中からきょとんとした顔に変わったのも可愛らしい。
「娘は殿下と同じ八歳ですから、いずれ学園でもご一緒することになるでしょう。どうか今から仲良くしてやってください」
伯爵に横からそう話しかけられ、ここまで何も反応を返していなかったことに俺はようやく気が付いた。
「え、あぁ……よろしく」
……しかし上手く言葉が出てこない。心臓がやけに速く脈打ち、何故か直接顔を見ることも出来なくなっていた。
着いてすぐにルデン侯爵の孫娘と挨拶した時にはこうはならなかったというのに、一体どうしたというのだろうか……。
自身の変化に困惑しているうちに、ちょうど他の参加者が会場入りするのが目に入ったので、俺は逃げるようにその場を後にした。
参加者は多いが、同じ年頃の子供というのは案外少ない。結局、先程の伯爵令嬢以外に二人しかいなかった。
一人はパーティの主催者であるルデン侯爵の孫娘、ブリジット・ネフラン。背が低めで、肩より短い濃い茶色の髪に金色の瞳、赤いドレスに同色のリボンをつけた少女だ。
侯爵令嬢だけあって見た目も整っていて、挨拶もしっかりハッキリしていた。伯爵令嬢とは対照的に彼女はだいぶ気が強そうだ。恐らくだが……。
もう一人はレイドス辺境伯の三男、ウィリアム・ナーフェ。俺よりも身体が大きく、色黒で、ウェーブがかったダークブルーの髪に黒い瞳の落ち着いた少年だ。
「自分は三男なので学園卒業後は領地へは戻らず王国騎士団に入る予定です。殿下もお役目のために騎士団に入られるでしょうから、恐らく長いお付き合いになることと存じます。どうか宜しくお願い致します」
「そうか。俺としても見知った相手が近くに居てくれると有難い。宜しく頼む」
挨拶の際にはこのようなやり取りもあり、将来共に魔物と戦う仲間が実際に目の前に居るのだと思うと、とても胸が熱くなる気がした。
◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇
ルデン侯爵の始まりの挨拶の後、遂に魔物のお披露目が始まる。
魔物についての聞き取りや記録は同行している文官が担当すると事前の打ち合わせで決まっているので、俺は単純に観客として楽しむつもりだ。
掛けられていた白い布が取り払われて姿を現したのは巨大な亀のような魔物だった。侯爵は「フォレストドラゴン」と呼んでいたが……まぁ確かに顔つきだけはドラゴンと呼んでもいい程度には凶悪ではある。
もっと近くで見たかった俺は文官たちと共にテラスから中庭へと降りていく。折角なのでウィリアムも一緒だ。
文官たちに仕事にかかるよう促し、俺とウィリアムは魔物へと近づいていく。
するとそこには既に先客がいた。――見覚えのあるドレス姿の少女たちだ。
それに気づいた瞬間心臓がドキリと跳ねた気がしたが、それでも努めて平静を装い二人に並び立って話し掛ける。
「君たちもここまで降りてきていたのか」
こういうものに興味があるのは男ばかりだと思っていたので、少々意外だったのは確かだ。
「はい、遠くで見ているだけではつまらないので。殿下は公務のためなのですよね?」
「一応名目上は視察なのだが……それらの大半は部下がやることになっているから、俺はそれが終わるのを待っているだけだな」
思わずそういった仕事をまだ任されない不満が口を衝いて出る。何故こんな弱気なことを言ってしまったのだろうか……此処に来る前は気にもしなかった癖に。
「ならばせめて自分がいつか戦うかもしれない相手を、間近で観察でもした方が有意義というものだろう」
自分でも苦し紛れだとは思うが、必死に取り繕う。
「殿下は学園を卒業後は騎士団に入られるのですよね? このような魔物とも戦うとなると大変ですわね……」
流石に侯爵令嬢ともなれば王族のしきたり程度は頭に入っているようだが、彼女は女性で戦いとは縁がないせいか、心配されているようでウィリアムとは違い他人事のように聞こえる。
(まぁ実際他人事だろうしな……)
湧き上がる虚しさをぐっと押し込めて、日頃から己に言い聞かせている内容を口にする。
「強くなって父上の後を継ぎ、国を豊かにし、それを守る事こそが王家に生まれた者としての俺の責務だからな」
本当は城での勉強や訓練に嫌気が差していて、それから逃げるように嬉々としてこのパーティに参加しているなどと言えるはずもない。
「――真面目ね」
不意に横から飛び出した一言。
そのたった一言が俺の心を抉った。
口調的に明らかに褒めてはいないその言葉のあまりの言い草に、左隣に立つウィリアムも顔を顰めている。
己に言い聞かせて、そうあろうと虚勢を張る自分と、実はそこから逃げ出したくて仕方のない情けない自分、そのどちらにも今の言葉が深く突き刺さる。
嘘だらけの自分が酷くちっぽけな存在に思えた。
それを認めたくないという気持ちからカッと胸が熱くなる。声を荒らげはしないが、俺のことを何も知らない相手に言いたい放題言われるのは我慢ならない。
「君たちのように、いつも遊んではいられないのだ」
その発言の主であるレナ嬢を睨み付けると、明らかに「しまった」という顔をしてこちらから目を逸らした。
(言い返せるものなら言い返して来い! 立場の違いというものをわからせてやる……!)
そう息巻いたものの、このやり取りは意外な形で中断を余儀なくされる。
『ガシャアアアアン』
突如中庭にガラスの割れる音が響き渡ったのだ。
振り返ってその方向に視線を向けると、空を飛ぶ黒い物体が中庭の上空に大きな塊を作っているところだった。
俺は覚えたての視力強化でその黒い塊を見つめる。
「あれは……フォレストバットか!? それにしてもあの数は……!」
これまでに実物を見たことはなく教科書からの情報でしかないが、あれ程の巨大な群れを作るなどという記述はどこにもなかったはずだ。
何をすればいいのかわからず呆然と空を見上げていると、体の左側から衝撃が走った。
「危ないっ!」
「なっ!?」
横に立っていた彼女に突き飛ばされていたのだ。突然のことに俺はウィリアムを巻き込んで倒れてしまう。
突き飛ばした無礼者を睨み付けようとすると、俺と彼女の間を黒い帯のようなものが猛烈な勢いで通過していった。――フォレストバットの群れだ。
(助けられただと……!?)
フォレストバットが通り過ぎる頃には彼女はブリジット嬢をその身で庇いながら、こちらのことなどもう気にもしていない様子で空を睨んでいた。
(くっ……俺も周りを心配している場合ではないか……!)
普通なら女性を護るように動くのが筋なのだろうが、横の令嬢たちについては何故か心配しなくて良いような気がした。というより既に一度救われているので、その立場は逆転していると言える。また助けられるようなことは自身のプライドが許さなかった。
「王太子殿下! 早く安全な場所に避難を!」
そこに一緒に王都からやってきていた護衛の者たちが駆けつけてくる。しかし俺の身を案じて出たであろうその言葉を素直に聞き入れることは出来なかった。
「フォレストバット相手に尻尾を巻いて逃げる王太子が何処にいる! 誰がそんな者に将来国を任せようと思えるというのだ! 俺は逃げる気はない! わかったら其方たちも気合を入れろ!」
『はっ!!!!』
「失礼いたしました!」
俺に一喝された護衛の騎士たちは表情を引き締めて戦闘態勢に入る。
「奴らは帯状にまとまって攻撃してくるようだ。回避を第一に、隙を見て降りてきた所に反撃するぞ!」
上空をしっかり見て、奴らが攻撃してくるところをすれ違いざまに攻撃する。数が凄まじいので帯に斬りかかれば、実際それだけで一度に大量の蝙蝠を斬ることが出来た。
ただ同時に腕に掛かる衝撃もかなりのもので、たった一度の攻撃で腕が痺れてしまう。気を緩めたら剣を持って行かれそうだ。なので剣だけでなく魔法も挟み、腕を休ませながら戦い続ける。
ちらりと少し離れたところに目をやると、レナ嬢がブリジット嬢を抱えて回避し続けている様子が映る。人を抱えて動き続けるなどそこいらの令嬢が出来ることではない、身体強化を既に使い慣れているようだ。
(それにしても、これでは埒が明かないな……)
確実に数は減らしているはずなのだが、それでも終わりは全く見えてこない。
上空の塊に向けて規模が大きめの魔法を使っている者も周囲に何人かいるが、それでも状況が大きく動くほどの効果は得られていない。数が多すぎる。
(俺ももっと広範囲に影響を与えるような魔法も扱えるようになる必要があるな……)
これまで王宮では『火球』の回数と威力を高めるような訓練しかしてこなかった。状況に柔軟に対応出来るよう、己の手札を増やさなければならないと痛感する。
もっとも、この状況をやり過ごせてからの話だが……。
『旋風』
横で声がしてそちらを向けば、吹き荒れる風の壁が令嬢たちを包んでいた。直接姿が見えているわけではないが、声の主と聞こえてきた方向を考えればそのくらいの想像は付く。
その風の壁に夥しい数の蝙蝠が激突し、弾かれて空中に放り出されている。
実に見事な魔法だと素直に感心してしまう。あれならば間違ってもこの蝙蝠たちにやられてしまうことなどないだろう。
よそ見は程々に、視線を上空へ戻す――が、何やら様子がおかしい。
上空の蝙蝠の黒い塊に青白い光が一筋の波となって走っていたのだ。そしてその波が通り過ぎた端から、塊が崩れて落下してきている。
青白い光が消える頃には蝙蝠の黒い雨が中庭じゅうに降り注いだ。俺たちもその不潔な雨を避けるためにたまらず屋内へ逃げ込んだ。ちょうど中庭を挟んで反対側に、あの令嬢たちが空を眺めている様子が見える。
そのまま城の護衛や騎士団が到着して蝙蝠を全て殲滅出来たのは良かったのだが、蝙蝠を気絶させたあの光の使い手は結局わからずじまいだった。
魔物退治に貢献したのは明らかなのだから、その者に褒賞を与えるのは当然だというのに、あの魔法らしきものを使ったと名乗り出る者が出てこなかったのだ。
これには俺も侯爵も首を傾げたが大した怪我人も出なかったので良しという流れになってしまったため、これ以上の追及は諦めるしかなかった。
◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇
今回の事件で己の非力さを思い知らされた俺は、王宮に戻ってからは心を入れ替えて鍛錬と勉学に勤しんだ。
また彼女に助けられるようなことがないように――。
相変わらず城に缶詰の毎日だったが、ブリジット嬢がルデン侯爵と共に王宮を訪れた際に、少しだけ話をする機会があった。
当時初対面だったブリジット嬢とレナ嬢は一気に打ち解けたようで、あの事件以来、文通やお茶をしたりと積極的に交流を続けているらしい。
あまりにも彼女の話の中に頻繁にレナ嬢が登場するので思わず苦笑いが零れた。特にブリジット嬢側が、レナ嬢のことを気に入っているというのがこれでもかと伝わってくる。
だがそれも無理はない。あの光景はまるで騎士が姫君を危険から身を挺して守る物語の一場面だったのではないかと思えたほどだ。女性はあのような状況に憧れるとも言うし、正にイチコロだったのだろう。
今回ブリジット嬢と話をしたことで、上辺しか知らなかった彼女たちの別の一面を垣間見ることが出来て、思いの外楽しかった。
あの時はきつい一言に憤ってはいたが、今となってはもうどうでも良かった。嘘塗れで自信がなかった己が弱かっただけの話だ。二年もしないうちに学園でまた一緒になるのだし、どうせなら気安い間柄でいたいものだ。
◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇
月日は流れ、今は学園の入学式の真っ只中。新入生の代表として壇上に上がり、スピーチをさせられている。面倒ではあるが、こういう場では王族にそのお鉢が回ってくるのは当然なのでもう諦めるしかない。
新入生の集団の中にはウィリアムも、ブリジット嬢もいる。しかしどこを見渡してもレナ嬢の姿が見当たらない。
不思議に思い、入学式が終わった後の移動中の廊下でブリジット嬢を捕まえて尋ねてみることにした。
「レナ嬢が不在の理由に何か心当たりはないか?」
「わかりません……。手紙では『学園で会うのが楽しみですね』とありましたので……」
どうやら彼女もレナ嬢の姿がないことを不審に思っているらしく、その表情はとても不安げだ。
「……ふむ、その言葉を聞く限りでは学園に来る意志はあるようだな」
「病気や怪我などで来たくても来られなかったのでは?」
俺と共に行動していたウィリアムも後ろから自身の見解を口にする。
「その可能性が高そうだな」
「楽しみにしていましたのに、残念ですわ……」
「まぁそう落ち込むな。すぐまた一緒に過ごせるさ」
仲が良すぎるのも困ったものだなとは思いつつも、わかりやすく肩を落としている彼女を慰める。学園生活は五年もあるのだから、ほんの少しの我慢だろう。
「で、殿下……! 大変です!」
「どうした急に……。何をそんなに慌てている?」
そこへ俺の従者が慌てた様子でやってきた。相当急いでやってきたのだろう、従者は両手を膝について肩で息をしながら必死に呼吸を整えようとしている。
「ただ今騎士団から連絡が入りました……! どうやら約一週間前、ルデン侯爵領の山道にレッドドラゴンが出現していたとのことです!」
「……は? レッドドラゴンだと!?」
レッドドラゴンなど父上が王位を継承するために討伐したブルードラゴンと同格の、魔物の中でも最上級の存在である。それがあんな場所に突然現れるなど、これまででは到底考えられないことだ。
「それでどうなったんだ!?」
「出現地点から王都側に居た人々は狙われずに無事でしたが、ルデン侯爵領側の人々は、その地形もあって全滅だと伺っております……」
「全滅……ま、まさか!? その犠牲者の中にバーグマン伯爵は居なかっただろうな!?」
それはきっと可能性としては高くはないはずだ。しかし今ここに彼女の姿がないことと不思議と繋がっているように思えてしまい、聞かずにはいられなかった。
(もしそうだったとしたら……)
嫌な汗が首筋を流れる。
「なにぶん、現場はドラゴンの炎で焼け焦げているようでして……その場の被害者の身元の確認は難航しておりまだ全ては出来ておりません。ただ麓の宿の者の話によると、当日の朝に出発されていた記録があるらしく……」
「うそ…………ッ」
「ブリジット!? ……くそ!」
どうやら最悪の状況を思い浮かべてしまい、あまりのショックに気を失ってしまったようだ。力が抜けてふらりと倒れそうになった彼女の身体を咄嗟に受け止める。
「騎士団に伝えろ! 新たな情報が入り次第、すぐにこちらにも寄越せと!」
「か、畏まりました!」
(一週間前ということは、学園への入学を控えていた俺への連絡は後回しにされていたということか……!?)
実際知らされたところで出来ることはそう多くはないだろうが、無関係の他人扱いをされていたのは単純に不愉快だった。しかも学友が巻き込まれたかもしれないなどと、完全な無関係でもなかったのだから余計にだ。
(頼む、予想が外れていてくれ……!)
こうやって祈ることしか出来ない自分が、ただただ情けなく思えた。
――しかしその数日後、伝えられた無慈悲な内容の報告に俺たちはどん底へと突き落とされることになる。
バーグマン伯爵夫妻とみられる遺体が発見されたのだ。レナ嬢らしき遺体は見つかっていないが、恐らく炎に巻かれて崖から転落したのだろうと予想されている。
あの道は俺も通ったことがあるのでわかるが、足を踏み外せばただでは済まない。仮に百歩譲って五体満足であったとしても下は人の手の届かない未知の樹海であるため、もはや生存は絶望的だと言って差し支えなかった。
それを知ったブリジット嬢は泣き崩れ、授業が始まってもしばらく欠席するほど憔悴してしまった。ようやく出席するようになっても以前のような凛とした佇まいは見る影もなく、痛ましすぎて見ていられない。
――許せない。
大切な学友の命を奪い、そして悲しませた元凶であるレッドドラゴンを俺は絶対に許さない。
王位継承など関係ない、俺が必ずこの手で殺してみせる。
学園生活の開始と共に、新たな目標が定まった。
この過去最大級の被害を出した出来事は後に『火竜事件』と呼ばれ、魔物被害の代名詞的な事件となった。地形によって被害が拡大する実例として、国内各地で注意喚起や道路の見直しがなされることとなる。
現場を管理していたルデン侯爵も山道の渋滞がちな現状を認識しておきながら放置していたことを大いに悔やみ、嘆き悲しみ、すぐさま拡張工事に着手した。
それを親交の深かった伯爵家の死によって気付かされるなど――何とも皮肉な話だ。
これにて第一章終了です。次の話から第二章が始まります。
樹海を出て新たな環境を生き生きと過ごす主人公を是非お楽しみください。
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