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17.★自慢の弟子(バルゲル視点)

ほんの一部ですが女性への暴行があったことを示唆する描写がございます。

ご注意下さい。

 レオナはこれまでの生活でも自主的な訓練は欠かしていなかった。話を聞けば屋敷にいた頃から警備の者に稽古をつけてもらっていたらしい。


 久々の一人ではない訓練になるわけだが、とりあえず戦いの勘を取り戻してもらうとしよう。色々教える為に樹海を走り回ることになるので少しでも危険を減らしておきたい。


 まずは武器を使わない体術から。


 受け身の練習から始まり、関節技や投げ技、そして打撃技。やはりその華奢な身体では身体強化の魔法を使わなければ現時点では急所狙い以外あまり脅威にならない。


 ならばそれをどうやって相手の攻撃を掻い潜りながら決めるかを自分で考えさせる。


 可哀想だが、痛みにいちいち怯まないようにするためにも俺は本気で殴る。たとえ骨が折れようとも怪我であれば治癒の魔法で治せるので当たり所さえ間違えなければ問題ない。


 それが終わればこれまで習ってきた剣以外の武器のレパートリーも増やしていく。その場で咄嗟に使える武器がいつも同じとは限らないし、その武器を相手取る際にもその知識は大いに役に立つからだ。


 短剣、槍、弓、あと本人が大きな獲物の扱い方も一つ習いたいと言ってきたので大剣の扱い方も教えた。


 途中からは体術も交えて、しばらくしたらそこに身体強化も併用していく。最初は出力も抑え気味だが、それもどんどん強めていく。


 俺の魔力はレオナとは違って有限だ。出力を上げればそれだけ身体強化を使っていられる時間も減る。


 その戦闘の訓練が短くなったところに、今度は知識や技術を学ぶ時間を詰め込んでいく。


 教える内容は食用・薬・毒の野草やキノコの見分け方、飲み水の確保の仕方、食糧の保存の仕方、武器や道具の手入れの仕方、各魔物の特性、魔法を使わない狩りの仕方、仕留めた獲物の解体の仕方、湿地や水中、砂漠、雪中、高山といった各環境での心得など多岐に渡った。


 その間何度も魔物に襲われ、中には結構な大物もいたが、レオナも戦力としてどんどん頼りになっていったので特別大きな問題になることはなかった。




◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇




 いざ始まってしまえば月日はあっという間に過ぎていき、レオナが来てから四年が経過した。


 贔屓目もあるだろうが彼女はとんでもなく成長した。――見た目も、強さも。


 ここに来た頃から将来が期待できるくらいには整った顔をしていたが、いざ育ってみればこれでもかというほどの美人になった。背も女の中では高い方だし、脚も長い。あと乳と尻もデカい。


 今の服装と髪型に関してはどうしようもなく地味で芋くさいが、これが髪をセットしてドレスや装飾品を身に纏ってしまえば、きっとどんな貴族だろうと放ってはおけないだろう。


 ここに来た頃は全然動かなかった表情もだいぶ豊かになってきた。まぁ元に戻ってきたと言うべきなのだろうが、ここで出会う前のあいつを知らないのでそう評するしかない。


 そして強さに関してだが……魔法を使わない素の戦闘力だけならまだ体格と経験の差で俺に分があるが、ひとたび魔法が絡んでしまえばもう完全にレオナの独壇場になってしまった。


 先日、あいつが試しに考え出した魔法を放った時には開いた口が塞がらなかった。環境破壊の災害でしかなかったので、それ以降ここでの使用を禁止したくらいだ。


 これからもまだまだ強くなっていくというのだから末恐ろしい。


 魔法なしの素の強さだって決して弱い訳ではない。騎士団の人間だろうがあいつに勝てる者などそうはいないはずだ。俺に並ぶ実力を持ち、勝てる可能性が高いのは現騎士団総長や国王陛下くらいのものだろう。


 なのでもう教えてやれることは何もない……と言いたいところだが、あとひとつだけ足りていないものがある。


 俺が傍にいるうちに体験させてやりたいのだが、機会に恵まれていない――というより最初から難しいとは思っていた。


 しかしここにきて、唐突にその機会が巡ってきたのだ。




◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇




 俺とレオナが共に暮らす間の最後の買い出し、その帰り道にそれは起こった。


 樹海とディオールの街の間に広がる畑の脇を歩いていると、前方にある小屋から女性の悲鳴が聞こえてきた。その小屋は普段農具を置いたり休憩したりするのに使うものだ。


 小屋に近づいてみれば、聞こえてくるのは複数の男性の下卑た笑い声と罵声、一人の女性の泣きながら抵抗する声だ。


 もう扉を開けなくても中の状況は容易に想像がついた。もちろん、その扉を開けないという選択肢はない。


 俺とレオナは躊躇いもなくならず者たちの享楽の場へと踏み込んでいく。


 そしてその悲惨な現場を目の当たりにして胸糞が悪くなる。横に立つレオナの顔にもハッキリと怒りが見て取れる。


「……あぁ!? なんだぁてめぇら!」

「おい見ろよ! めちゃくちゃイイ女連れてんぞ、この爺さん!」

「うひょー乳でけぇ! わざわざ連れてきてくれてありがとうな!」


 男共がこちらに気付き、遠慮のない欲に塗れた視線をレオナに向け始める。


 恐れたのではなく単に不快だったのだろう、レオナは俺の陰に身を隠した。


「……たすけて……っ!」


 小屋の奥に縄で繋がれている娘が必死に助けを求めてくる。


 俺は眼前に並ぶ男共を無視して娘に話しかける。


「お嬢ちゃん、良いと言うまでしばらく目を閉じていてくれ」


「あぁ!? てめぇはその女を置いて、さっさと死ねばいいんだよ!」

「シカトしてんじゃねぇぞコラァ!」


 刃物を取り出して威嚇してくる男共。見たところ大した使い手でもないようで、その様子はとても滑稽だ。


 俺は雑音に耳を貸すことはせずに氷の魔法を地面に向けて放った。


 その魔法は地面に触れた瞬間、その場から凍り付き前方に範囲を拡大していく。男共はそれを避けることが出来ず、足元が凍り付いて狙い通り動けなくなった。


「てめぇ何しやがる!!」

「ブッ殺すぞ!!」


「――レオナ、こいつらを殺しなさい」


「ッ…………はい」


 普段との口調の違いから俺の本気度を察した彼女は、腰のショートソードを鞘からしゃらりと引き抜いた。


「……おいおいマジかよ!?」

「嘘だろ!?」

「や、やめてくれ!」


 先程までの威勢はどこへやら、一転して弱腰になり命乞いをしてくる屑共。なんと情けない哀れな生き物だろうか。


「同じように助けを求めたそこの娘にお前たちは何をした? お前たちのような理不尽を振りまく存在などこの世には必要ない」


 ギャアギャア喚くのを聞き流しながら、レオナの背中を軽く押す。


 前に出たレオナはほんの少しの逡巡の後、剣を左から右へと振り抜いた。たったそれだけで男たち全員が鮮血を噴き出しながら地に伏していく――。


(見事なもんだな……)


 リーチの短いショートソードでここにいる全員を一度に切り捨てたカラクリのことだ。剣を振る瞬間、魔法で作り出した刃で刀身を伸ばしているらしい。本人は『幻影の刃』ミラージュブレードと呼んでいた。


『洗い流し』ウォッシュアウト


 返り血が不快だったのだろう、レオナは洗浄の魔法を使ってそれを洗い流している。


 俺は死体を飛び越えて娘を解放し、抱き上げてそのまま小屋の外に出る。


「レオナ、この娘にも使ってやってくれ。――お嬢ちゃん、少しだけ息を止めるんだ」


 こくりと頷いた腕の中の娘が水の塊に包まれていく。その魔力で出来た水塊はすぐに弾け、身体を濡らしていたはずの水分は汚れと共に跡形もなく消え去った。


 俺は腕の中の娘を地面に下ろし、マントを外して娘に掛けてやる。


「もう目を開けていいぞ」


「ぁ、ありがとうございます……」


「本当に偶々だったから運が良かったんだ。それで、お前さんはディオールの人間か?」


「……はい、花屋の娘です」


「なら送っていこう。――レオナ、行くぞ」


 娘を再度抱き上げ、来た道を走って戻る。


 街では既に両親と近所の住人が心配して探し回っており、娘が無事であることに心底喜び、そしてこちらに深く頭を下げて感謝してくる。


 俺たちはこのまま樹海に戻るつもりだったのだが、あちらさんの強い希望で歓待を受けた後、そのまま一泊することになった。




◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇




 部屋に案内され、俺たち二人はそれぞれ寝床に入った。蝋燭を消すとすぐさま暗闇が辺りを包み込む。


 そうしてどれだけ時間が経っただろうか――。


「うぅ……」


 静まり返った部屋に毛布が擦れる音と共にレオナの苦し気な声が響く。


 しばらくするとガバッと起き上がる音と粗い息遣いが聞こえてきた。


「……眠れねぇか?」


「っ!? ……うん」


 俺が起きているとは思わなかったのだろう、ハッとして気まずそうに答えるレオナ。


 一度消した蝋燭にまた灯された火によって彼女の暗く沈んだ顔が控えめに照らし出される。


「まだ奴らの怯えた声と顔が頭から離れないの……。あんなにどうしようもない屑だったのにどうして……」


「まぁ最初は程度の差はあれ誰でもそうなるだろうな。……だが俺はそれが今日で良かったと思っている」


「……え?」


「――レオナ、お前はあの時どういう感情を抱いていた?」


 思い返すのも不快なのだろう、歪められたその顔には嫌悪がありありと見て取れる。


「許せなかった……。人の尊厳をあんなに楽しそうに踏みにじっているなんて」


「……そうだな、酷い行いだった。俺もそう思う。……でもな、実はあれでも殺される程のものじゃなかったんだ」


「えっ!?」


 よほど意外だったのだろう、レオナにしては珍しく大きな声をあげた。


「貴族相手なら別だぜ? それに牢屋に入れられるくらいには罰せられる。今回そんな奴らを殺したが、だからと言って俺たちが罰せられはしない。街の人間だって誘拐犯が死んでいるのに娘が帰ってきたことにしか関心がなかったはずだ」


 恐らく今レオナの頭の中では、娘の帰還を泣いて喜ぶ彼女の両親の顔が浮かんでいるだろう。


「不思議だよな。お前が今苦しんでいるくらい命は尊く、重みのあるものだというのに、その一方では命もその尊厳も驚くほどに軽いんだよ。この世は弱肉強食、強い奴の筋が強引に通る世の中だ。もちろん何を以てして強者とするのかは色々あるだろうが……レオナ、お前ももう強者側にいるっていう自覚はあるか?」


 俺は真っすぐに、強い眼でレオナを見つめる。


「……っ!?」


 レオナは息を呑み、ゆっくりと視線を逸らした。


 俺はその様子を見て頭を掻きながら軽くため息を吐く。やはりあの場はただ怒りに任せて行動しただけだったらしい。


「まぁそれも仕方ねぇっちゃ仕方ねぇんだけどな……。普段は俺以外の人間と接することもねぇし、樹海じゃ周りは敵だらけだしよ」


 狭い人間関係の中では感覚が麻痺してしまっていても不思議ではない。


 だがもう既に人間相手では敵無しと言っていい状態にまで来ているのだ、自覚を持ってもらわなければ困る。


「俺が何を言いたいかっていうとな、レオナ。『強者の筋』ってもんをお前の中にもしっかりと持っていて欲しいってことなんだ」


「『強者の筋』……?」


「……あぁ。『重くて軽い、その命の線引き』と言い換えてもいい。お前の譲れないものは何か、お前の大切なものは何か、思考や判断の軸を作り上げろ。そしてそれを貫き通せ、決してブレるな」


 この心の軸がなければいずれ力に溺れ、身を滅ぼすことになる。別にそれは肉体的な死とは限らない。……とにかく本人にとって何かしらの不幸な結末が待っているということだ。


 俺はまた蝋燭の火を消し、毛布をかぶる。


「それがこの生活の最後の課題だ。良く考えておくんだな。……んじゃ、俺は寝る。お前も無理せず寝とけよ」


「……うん、わかった」


 後はレオナ次第だ。だがこいつなら必ず俺の言っていることを理解出来るはずだ。


 俺はそれ以上は何も言わず、眠りについた。




◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇




 遂にこの日がやってきた。レオナの十五歳の誕生日だ。


 とはいえ樹海はいつも通り、時たま魔物や獣の鳴き声が響く以外は静かに波のような木が風に揺れる音だけが聞こえてくる。


 家の表に出してある椅子に腰かけ、正面に立つレオナと見合う。


「レオナ、誕生日おめでとう。ついでに成人おめでとう、もだな」


「……ありがとう」


「早いもんだな……。ここに来た時はこーんなに小さかったのによ」


 俺は親指と人差し指で一センチほどの隙間を作ってみせる。


「いや、小さすぎでしょ……」


 呆れた顔はしつつも、ツッコミはしっかり入れてくれて俺は嬉しい。


「だがお前も今ではあの頃とは比較にならないほど大きく、強く、美しくなった! 断言してやろう、お前ほどイイ女は他にいないぜ!」


 俺は歯を見せて笑ってみせる。それを見てレオナはその長く美しい髪を払い、鼻で笑う。


「知ってる」


「ガハハハハ! そうだ、その調子で強気にいけ! お前なら大丈夫だ!」


 拳を突き出せば向こうも拳を突き出してくる。


 ガツンとぶつけ合い、頷き合う。こいつならもう大丈夫だ。


 ……しかし年寄りというものは若者が心配で心配で仕方がない生き物らしい。この口はその意思に反して、ひとりでに己の内を言葉にしていく――。


「俺も最初は不安だった。俺なんぞに子供の面倒など見れるのかってな」


「……うん」


「だが、お前は文句も言わずについてきてくれた。俺は堪らなく嬉しかったよ。途中から本当の孫のように思えるくらいに」


「…………うん」


「そんなお前だから、幸せになれるよう、不幸な目に遭わないよう、時には心を鬼にしながら全力を尽くしてきたつもりだ」


「…………うん」


「もしそれでも辛くなったら、いつでも戻ってこい。――俺はずっとお前の味方だ」


「……知ってるよ」


「レオナ……」


「こんな変わった子供相手に、どう接していいのか悩みながら、それでも気遣って大切にしてくれたこと、わかってるから……」


 レオナは鼻をすすり、鼻声になりながらも言葉を続ける。


「最初はただ技術や知識を得たいだけだった。その為に無理を言って、困らせるのもわかっていながら強引に弟子入りした。でも今は、弟子入りして本当に良かったって心の底から思ってる。修業はきつくて大変だったし、辛い時もあったけど、それでも続けてこれたのは、そんな不器用だけど優しいお師匠様だったからだよ」


「……そうか。…………そうか……」


 不器用なりに考えてやってきたことが相手に理解され、受け入れられ、感謝される。


 師としてこれほど嬉しいことなど他にあるだろうか。


「少し前に『強者の筋』を持って、それを貫けって教えてくれたよね?」


「……ああ」


「私ね、ここでお師匠様から教わったことを活かして、私が両親を亡くした時のような、そんな理不尽な目に遭って悲しむ人々を助けて、守るんだって決めたの」


 自らも理不尽な目に遭っておきながら、他人を思いやり、助けたいと考えられる、その優しき心根を育んでくれたことがただただ嬉しく、誇らしかった。


「お前になら出来るさ。……やっぱりお前は、俺の自慢の弟子だよ」


「……ありがとう。…………だからね……」


 レオナは俯きかけた顔をスッと上げて、真っすぐに俺を見つめる。


「――行ってきます、大好きなお師匠様」


 目に涙を溜めながら微笑んだそれは、これまでの人生で見てきた、誰の、どの表情よりも美しいものだった――――。




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― 新着の感想 ―
[良い点] バルゲルさんとレオナちゃん、本当に素敵な師弟になれましたね……。 ただ技術的に強くするだけじゃなく、気持ちの面でも「重くて軽い、その命の線引き」を教えてくれる本当にすごく尊敬すべき素敵な師…
[良い点]  Twitterでリプをいただき、ここまで読ませていただきました。  魔法に対する概念と設定、どう扱われているか出来ること出来ないことなど、世界観に上手く組み込まれていてとても楽しめまし…
2023/07/06 19:43 退会済み
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