16.★本当の弟子(バルゲル視点)
町の雑貨屋の扉を開けると、いつも通りに店の女将が出迎える。
「おやバルゲルさん、いらっしゃい! こないだ来たばっかりじゃないの、何か買い忘れでもあったのかい?」
この雑貨屋の女将には長年世話になっているので、今回の来訪がいつもとは様子が違うことをすぐに察したようだ。俺の後ろにいるレオナを見つけて目を丸くしている。
「あらあら! どうしたのよ、そんな可愛らしい子連れて! どこかから誘拐してきたんじゃないだろうね!?」
「んなことするかよ……。訳あってしばらくウチで預かることになった」
俺はレオナに前に出るよう促し、挨拶させる。
「レオナと言います。これからしばらくお世話になります。どうぞよろしくお願い致します」
「あらやだご丁寧にどうも! レオナちゃんね、よろしく!」
そうやって女将はレオナの挨拶に対しては笑顔で返していたというのに、何故か突然神妙な顔をこちらを向けてくる。
「このくらいの歳で、こんなにしっかりした子そうそういないわよ? そこいらの孤児院を探したって見つかるもんじゃない。まさか本当に……」
「だから誘拐なんてしてねぇって……。それよりも今後こいつが家事を受け持つことになったから、話を聞いて欲しがってる物を揃えてやってくれ」
「はいよ!」
強面だとは良く言われるが、勝手に想像を膨らませるのは止めてくれ……。清く正しく生きている、いたいけなジジイをもっと労わってもらいたいものだ。
心の中で溜め息を吐きながら、服屋の時と同様、レオナと女将が話しているのを遠目で眺めて待つことになる。
ウチにあるのと似たような木製の皿やカトラリー、コップ、塩、蜂蜜……あれはオリーブオイルか。それに石鹸、蝋燭、タオルにシーツ、事前に言っていた物がどんどんカウンターに集まっていく。
しかしまだレオナは女将に質問をしている。恐らくこの店にない物を探しているのだろう、女将は取り扱っている所への行き方を身振り手振りを交えて説明している。それもどうやら一箇所ではなさそうだ。
しばらくしてレオナが深くお辞儀をしたのを見て、話は終わったことを察した。二人でこちらに歩いてくるが、何故かまた女将の表情は真剣そのものだ。
「バルゲルさん……」
「なんだ?」
「レオナちゃんにウチのバカ息子のお嫁に来て欲しいんだけど……」
「阿呆言え」
「そうよね……まだ顔も知らないのにいきなりは可哀想よね」
「そういう問題じゃねぇよ」
……少し身構えて損した。この短い時間で女将はレオナを気に入り過ぎだろう。
しかも隣で嫁に欲しいと言われても当の本人はどこ吹く風といった様子で、動かない表情はともかく、欠片も焦っていない辺りにこの手の話題への慣れを感じる。
(例の事件さえ絡まなければ、実はこいつ面の皮めちゃくちゃ厚いんじゃねぇのか……?)
レオナの意外な一面を発見しながら、なかなか引き下がらない厄介な女将を引き剥がして店を後にする。
「何やら別の場所を教えてもらってたみてぇだが、どこに行きたいんだ?」
「ここから一番近い場所だと、次は鍛冶屋さんですね」
「鍛冶屋か……それならこっちだな」
鍛冶屋があるのは工房が立ち並ぶ区画だ。暑いしうるさいし臭いもするので買い物でぶらぶらと練り歩く者はおらず、基本的に何かしらの用事のある人間しかここへは来ない。
「邪魔するぜ」
「……あ? ……バルゲルか。お前さんがこんな所に来るのは珍しいな」
親方の言う通りあそこに住みだした当初には世話になったが、今ではここに来ることは殆どない。武器の手入れだって大抵のものは自分で出来る。
「こいつが欲しがってる物を見繕ってやってくれ」
先程と同様に、レオナが前に出て挨拶をする。
「おいおい……昔から悪の親玉みてぇな面してたが、遂にその道に堕ちちまったか? ガハハハハ!」
「誰が悪の親玉だコラ。さっき雑貨屋の女将にも同じようなこと言われたばかりだってのによ」
「こんな別嬪な娘連れてりゃ、そりゃそうなるだろうよ! ガハハハハ!」
膝を叩きながら大笑いしやがる。その膝の皿叩き割ってやろうか。
「ハァーおもしれぇ……。んで、お嬢ちゃんは何が欲しいんだって?」
「ナイフを一本と、あと多分ここにはないものを一つ作って欲しいです」
「ナイフならそこの棚に並んでるから好きなのを選んでくれ。特注は別に構わねぇが、物によってはすぐには出来ねえぞ。お前もいつもそんなにこの街に滞在してないだろ?」
最後のは俺に向けた言葉だった。実際そこまで長居するつもりはないので頷き返す。
「急ぎではないので、次この町に来る時に出来ていればそれで良いです。元々今回お願いする予定ではなかったので他にも結構荷物もありますし。支払いは前金で半額、残りは引き渡し時でどうでしょうか?」
レオナが説明し、親方と俺の反応を交互に見てくる。
「そういうことなら俺ぁ別に構わねぇ。普段どのくらいの頻度でこっち来てんのか知らねぇけどよ」
親方が答えを求めるようにまたちらりとこちらに視線を向けてくる。
「年に三、四回ってところだな」
「んじゃあ三か月後には完成させておくようにすりゃいいんだな。つーかそもそも何作りゃいいんだ? 大抵の物は作ってみせるが、あんまりぶっとんだ物は困るぞ」
レオナは親方に作りたい物の説明を始める。何やら大人が屈んで入れるくらいのサイズの鉄製の釜が欲しいらしい。
(今何で俺の方を見た? 俺、煮られるのか? 師匠なのに?)
「お前ら二人だけだろ? 飯作るのにそんなデカい釜必要か?」
親方も不思議そうにレオナに尋ねている。
「いえ、お風呂として使いたいのです」
「風呂だぁ?」
「お前、そこまでして入りたかったのかよ……」
温泉が湧く地域以外で風呂に入る平民は殆どいないので、親方もいまいちピンと来なかったみたいだが、レオナはそんな親方にもわかるよう細かく説明していく。別に水浴びで良いだろと思っていた俺は半ば呆れながら店の入り口付近でレオナを待った。
次の目的地へと向かうその道すがら、腰のベルトのショートソードと買ったばかりのナイフを揺らし歩きながらレオナは言う。
「そういえば、この話し方だとどうも浮いてしまうみたいですね。服屋さんも、雑貨屋さんも、鍛冶屋さんも全然話し方が違いました」
「……あ? まぁ確かに平民はそんな言葉遣いはしねぇな」
俺もここに来た当初は口調がお堅いと住民に笑われたものだ。
「私もそれに合わせたいと思うのです。これからはもっと砕けた感じにしても良いですか?」
「あぁ。俺も今の話し方になって長いからむしろそっちの方が助かる」
「ありがと。あと二箇所行きたい所があるから、もうちょっと付き合ってね」
「適応能力バケモンかよ」
――本当に不思議な娘だ。
というか欲しい物を買っていいと言ったのは間違いだっただろうか。荷物が想定よりもかなり多くなりそうで不安になってきた……。
◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇
買い出しを済ませ、ようやく愛しの我が家へと帰ってくる。ジジイ疲れた。
いつもなら寝床に入って好きなだけ休むのだが、今回はそうもいかなかった。
『トンカントンカントンカントンカン……』
「コッコッコッコッコッコッコッコッ……」
珍しく樹海に金槌の音が等間隔に響いている。
(それにしてもまさか樹海をニワトリが入った籠を担いで走ることになるとはな……)
レオナは卵が食べたいらしく、雌鶏を二羽、街の近くの農家から譲ってもらってきたのだ。
そして俺は今、こいつらが暮らすための小屋を作っているというわけだ。こいつらにとってこの樹海は敵だらけなのだから、襲われないよう、ちゃんとした家を作ってやらなければならない。
俺に小屋を作らせておいて当のレオナは何をしているのかというと、買ってきた苗や種を植えるために畑を拡張しようと森を切り拓いている。
本来ならばかなりの重労働なのだが、それをレオナは涼しい顔でやってのけている。超高圧縮した水魔法で木を切り倒し、切り株や邪魔な岩を地面に直接魔力を流して根元の土を動かすことで根こそぎひっくり返していく様は圧巻と言う外ない。
だが同時に、その様子に俺は違和感を覚えた。
魚の獲り方もそうだったが、魔法を上手く使うその発想力は素晴らしい。
しかしこの出力、この規模、この頻度で使い続けられているのは明らかにおかしい。普通ならとっくに魔力切れを起こしてぶっ倒れているはず――それほどのレベルの魔法だ。
(あいつまだ何か隠してやがるな……)
俺は昼飯の時にレオナにその点を指摘して問い詰めた。顔には出ていないが「しまった」と言わんばかりの雰囲気が漂ってくる。
少しの沈黙の後、隠すのは諦めたようで渋々語り始めるレオナ。
自身の魔力量が過去に例を見ない程に強大であること。
それが国に知られると魔物狩りに駆り出されかねないこと。
魔力を隠して生きていく人生を選び、両親も納得してくれていたこと。
いざという時のために強くなりたいので魔法の修行自体を止める気はないこと。
確かにそれほどの魔力量があれば将来的な戦闘力は凄まじいものになるだろう。騎士団がそれを放っておかないというのも理解できる。
この世は弱肉強食だ。この国だけの話ではなく世界がそうなっている。人類は生きるために長い間、避けては通れない魔物との戦いを続けている。
魔物という共通の敵がいるおかげで国家間の関係は表面上はとりあえず悪くはないが、奴等がいなければいつ争い事が起こってもおかしくなかっただろう。
レオナはそんな戦いを好む性格ではなかったようだ。ただただ両親と平穏な生活を望んでいただけだったにも関わらず、それでも弱肉強食の理に外れることなく、両親を失い、自身も死に掛けた。
いざという時のために強くなりたいと言っているのは、この世界では力が無ければ、またこういう目に遭うのだと理解したからだ。ただ願っていれば自らの平穏を掴めるという夢から覚めたのだ。
温室育ちの頭空っぽの貴族どもはそれを願うことすらもせず、むしろ当然だと思っているから質が悪いのだが、そういう意味で彼女はとても好ましく思えた。
俺としてもそういう者に力を与えてやりたい。生まれ持った資質で時間を掛ければ自然と強くなれることが確定していても、それを俺の技術と知識で更に磨き上げてやりたい。
辛い体験をした可哀想な少女への同情心からくるものではなく、俺の中でようやくレオナを本当の弟子として認められた気がした。
「……話はわかった。別に騎士団にチクったりしねぇよ。今の話を聞いたところで俺もお前もここにいる間にやることは変わらねぇ」
俺が自身の姿勢を明確に言葉にしたことでレオナも安心したようだ、肩の力を抜いて息を吐いている。
「だからまずは……あいつらの家を完成させねえとな!」
「コケーッ!」
――休憩は終わりだ。
俺は再び金鎚を手に立ち上がった。
◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇
レオナが来てから三か月と少し経った。たった三か月なのに生活は随分と様変わりしたように思う。
レパートリーの増えた飯を食い、広くなった畑や鶏の世話をし、一日の疲れを風呂で癒す。言葉にすると単純だが、とても充実している。
風呂はとても良い物だった。クソ重い風呂釜を苦労して運んだ甲斐はあった。かまどやそれを覆う屋根まで作った労力に見合った働きをしてくれている。
寝つきも良くなったし、なんなら今では欲しがった本人よりも楽しんでいる気さえする。昔はただただ面倒なものだとしか思っていなかったというのに不思議なものだ。
何やらレオナが作った液体を使えば、さっぱりとしてこれがまた気持ち良いのだ。今の貴族界隈ではこういう物が流行っているのだろうか。
そしてそのレオナもかなり顔色が良くなってきた。何かは知らんが、色々塗りたくっている肌や髪にもツヤが出ている。まぁあれも女だ、美容には気を遣いたい年頃なのだろう。
夜中にうなされて飛び起きる回数も減ってきている。表情だけは相変わらず変化は少ないままだが、それでもここに来た当初よりは確実に改善に向かっているのは間違いない。
(……もう大丈夫か?)
時間が限られている以上、完全に立ち直るのを待つのは不可能だ。どこかで見切りをつけなければならない。
そろそろ約束を果たしてやる為に、動き出しても良いだろう。
「――レオナ」
「……?」
「明日から始めるぞ」
「うん、わかった」
これから忙しくなる。
恐らく俺のもう大して長くもない残りの人生の中での最後の大仕事となるだろう。