158.藪蛇
「は~終わった終わった!」
「お疲れ様」
今日も自分の仕事を終えてソファーにドカッと身体を預ける私。ミラはお行儀の悪いそれを良く思わないながらも、やれやれといった感じで労ってくれる。
「未だに彼に惹かれる要素がこれっぽっちも見つからないんだけど……正直時間の無駄じゃない? あれでクリスよりも成績優秀とか嘘でしょ……」
まぁ仕事といってもただのミゲル陛下とのデートなのだけれど、相も変わらず退屈だ。気を惹こうと頑張っているのは伝わってくるけれど、私が今彼に求めているものはそんなものではない。そこに気付けない以上は仲など深まりようがないのだ。
「それだけ使徒というものの存在が大きいってことよ。私から見ても今のミゲルは普通じゃないし、昔の彼はもっと冷静で頼りになる人だったもの」
「あらら? なんかちょっと私の恋愛センサーに反応が?」
「あら、話してなかった? 私、巫女になるまでは彼の婚約者だったのよ」
「えぇっ!?」
「啓示で使徒が女性であることが判明していたから、そちらと結婚するからってことで解消されたの」
まさか私の知らないところで破談の原因になっていたなんて……。元婚約者の目の前で思いっきりこき下ろしてしまうなんて迂闊だった。……いや、そもそも国王なんだから誰の前でも駄目か。
「……ごめんなさい、酷く言いすぎたわ」
「良いわよ別に。使徒だってなりたくてなった訳じゃないんでしょう?」
「それはそうだけど……」
だからといって許されるようなものではないだろう。あちらが構わないと言っているにしても最低限の礼儀は尽くさないと。反省。
「でも今もまだあんな対応ってことは、彼には何もアドバイスや情報提供をしてないってこと?」
てっきりミラは情報収集のために傍に付けられたものだと思っていた。今のフレーゼ陣営には以前よりも格段に私のことを理解してくれている彼女がいるはずなのに、変わらずこの有様ということはそうじゃなかったみたいだ。
「……またイチゴ尽くしにされたい?」
「あともう少しで嫌いになるところだったから勘弁して……」
「そういうこと。懐柔のヒントに飢えているから教えたところで上辺だけ理解したつもりになって突っ走るだけだろうし、下手な情報の提供はリスクでしかないわ」
どうやら暴走を防ぐために敢えて情報提供をしていないらしい。実際、好物がイチゴだということを何処から仕入れてきたのか、王宮で暮らし始めてしばらくして突然三食すべてにイチゴがふんだんに使われてだして流石の私もうんざりしてしまった経験があるのでその説得力は凄まじい。
ミゲル陛下からすれば何で情報を流さないんだってなる話ではあるけれど、結局相手を理解するには自分の足を動かし、言葉を尽くす以外に方法はないということだ。お師匠様に自ら会いに行ったクリスなど良い例じゃないか。そこで思考停止して他人に頼ってしまっていては私を理解できる日なんていつになっても訪れないだろう。
「……何より大事な友人の恋路の邪魔をしたくないもの」
「あぁ~ん、ミラ~! ありがとう~!」
「暑苦しいからやめてよ!」
「んふふ~」
ぼそりと呟いた彼女に抱き着いたら結構キツめに嫌がられてしまう。でも私はもう既に巫女の仮面を取っ払った彼女が割とツンツンしている子なのだと知っている。その一見突き放すような態度の奥に私を大事にしようとしてくれる気持ちがあるのがわかっているから何だって受け入れられる。
それにしても私にだってこうやって気の置けない友人が出来ているくらいなのに、結婚相手として内面も含めて理解するのってそんなに難しいことなのだろうか。自分の中ではそこまで大したことを要求しているつもりはないのに。
まぁ外見や使徒という立場に群がって来られるのを嫌というほど経験している以上、私にその感覚がないだけで実際は難しいことなんだろう。苦戦しているミゲル陛下だって馬鹿にしてはいけない。
(もう馬鹿になんてしないから早くプロポーズの日が来て欲しいなぁ……)
どうせ今更この気持ちがひっくり返ったりなんてしない。私は必ずあの人と一緒に故郷に帰ってみせる。
窓から覗く空の向こう――ローザリアを思い浮かべながら、用意してもらった異国のお茶を少しだけ口に含んだ。
◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇
正体を明かしたあの日以降も私はプルーレのお店に通っている。ミラも息抜きは必要だと理解してくれたので、平民たちを驚かせないようにという簡単な条件付きで許可してくれた。変装も外套を被るだけでレオンの姿のままで良いらしい。
「あぁそういえばキーラ、アンタのところの子って今年『祝福』じゃなかった?」
「そうなのよ~! 初めての子だからなんだかドキドキしちゃうわ!」
「『祝福』?」
女の子たちと楽しくお喋りしていると、その中の一人が思い出したようにキーラさんに話を振り始めた。何やら聞き慣れない単語の登場に思わず首を傾げる私。
「レオンさん使徒様なのに知らないの……?」
「ローザリアじゃ習わないも~ん!」
この反応を見るにアルメリア教関連の話題のようだ。ホント皆さんお好きなようで。私が開き直っておちゃらけて見せると彼女たちは困ったように笑みを浮かべた。
「今年七歳になる子供には教会で働く資格があるかどうか確かめる儀式があるの」
「へぇ~。どんな儀式?」
「魔力があるかどうかを調べるのよ。女神の加護を受けた特別な子供を探すの」
「教会には魔道具もあるらしいから、働くにはそれを動かせるようじゃないとダメみたい」
「……な~るほど」
全員に魔法の素質があることを伏せたうえで教会での労働力を確保しようということか。ちょっと狡いようにも感じるけど、大々的に魔力の扱い方を教えるわけにはいかないから一応理には適っているのかもしれない。
私がアルメリアの雷を受けたのも七歳の時だったし、あれも一応アルメリア教の教えに則っていたみたい。普段はいい加減な癖に変なところで律義な女神だな……。
「教会に入れれば下働きとはいえ平民からすればかなり良い暮らしができるから、親としては選ばれて欲しいわよね」
「でもそれだと離れ離れに暮らすことになっちゃうんじゃ?」
「ううん、面会や休暇での外出も許されているからそこまで深刻になるようなものじゃないの。教会じゃなくても職場での泊まり込みでの仕事なんて普通にあるんだから、それならより条件の良い場所で働いて欲しいしね~」
彼女らにとっては魔力が多いかどうかなんて運次第だけど、それでも良い暮らしが出来るチャンスは逃したくないって感じかな。これも子供が少しでもお金で苦労しないようにと願う親心なんだろう。
「うちの子がうっかり選ばれて、しかも使徒様のお世話係に任命されちゃったりして~!?」
「きゃあ~!」
「親馬鹿すぎ~!」
「あはは……」
身の回りの世話はミラがしてくれているから流石にそれはないだろうけど、言って楽しむだけならタダだし、私がいずれ故郷に帰ることも含めて余計なことを言って水を差す必要はない。
(そりゃ国が違えば暮らしも色々変わってくるよねぇ……)
そんなことをぼんやり考えながら、この後も彼女たちと何気ない話をして過ごして息抜きを済ませた。
◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇
「――あぁそうそう、次の休日とその前日は巫女の仕事があるから留守にするわね」
翌朝、起床して身支度を整えていると、ミラが思い出したようにそう報告してきた。一方の私は巫女の仕事と聞いて、ちょうど思い浮かぶ情報を昨晩仕入れてきたばかりだ。
「もしかしてそれって『祝福』ってやつ?」
「あら珍しい、正解よ。てっきり知らないと思ってたのに」
「ふっふ~ん、昨日お店の女の子たちから教えてもらったの!」
するとミラは得意げに胸を張る私をスルーし、口元に手をやりながら何やら考え始めた。何か嫌な予感がする……。
「……ねぇ」
「うん?」
「元々私だけの予定だったけど、どうせならレオナも儀式に参加してみない?」
「えぇ~……」
うわ、やっぱり藪蛇だった……。普通に「はいはーい」と送り出しておけば、こんな提案をされることもなかったろうに……。
どうせこれまでに挨拶してきた貴族と同じように拝まれるだけだろうし、ぶっちゃけ堅苦しいだけで何も楽しくなさそう。これがスポーツとか剣術大会なら喜んで参加するんだけど。
露骨に嫌そうな反応をしてみても、ミラはこちらが難色を示すのは織り込み済みといった感じで落ち着き払っている。
「使徒として民衆の前に堂々と出ていける貴重な機会だし、儀式に挑む子供たちもきっと喜んでくれると思うの。間違いなく一生の思い出になるわ」
「うっ……」
つい子供たちが無邪気に喜んでくれる顔を思い浮かべてしまい、逆に参加しなくてしょんぼりさせてしまうところまで余計に想像してしまう……。
「私も『レオナと一緒に』お役目を果たせるととっても嬉しいんだけどな~? 一人だと『寂しい』な~?」
手応えありと判断したのか、わざとらしい口調でここぞとばかりに私が弱いワードを使って畳みかけてくる。この子、短期間で私のツボを抑えすぎだと思う……。
「ぐぬぬ……わかったわよ……。皆の前に出て何か喋らせたいのなら、せめて台本くらいは用意しておいてよね……」
騎士団の時みたいにいきなりアドリブで喋れなんて言われても困る。あの時の苦情を込めてそう要求すると、ミラはお安い御用と言わんばかりに満面の笑みを浮かべた。
「勿論ご用意させていただきますぅ♪」
くそ……こんなの嫌だなんて言えないでしょ……。あれ、もしかしてチョロいのかな私……。
これじゃミゲル陛下よりもミラの方がよっぽど手ごわいじゃないか。




