表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
155/158

155.啓示(ミラ・アムリア視点)

明けましておめでとうございます。今年もいばら姫をよろしくお願い致します。

毎日少しでも書くようにはしているのですが、流石に少なすぎたようで時間が掛かってしまいました。


巫女のミラ・アムリア視点、全三話です。

 ――あの日から私の人生は一変した。


 代々教会での職務に人生を捧げてきたアムリア家に生まれ、私も同じ役目を負うべく日々勉学に勤しみ、そしてその努力が実ろうとしていた日。成人式を終え、教会の一員に加わる儀式のために霊峰ライベルトへと足を運んでいた。


 聖なる地では既に準備が済んでおり、新人の中で最も階級の高い侯爵家の私から儀式を始めることになった。それ自体は至極当然、普通のこと。


 その普通から外れたのは舞台に上る階段に足をかけた時だった。舞台上にアルメリアの紋章が浮かび上がったかと思えば、驚きに硬直していたはずの身体が、足が、自然と舞台の中心へと動き始めたのである。


(これは……いったい何が起こっているの!?)


 当然頭の中はパニックになった……はずなのにそれが頭の中から外に向けて何かしらの形で発現することはなく、まるで操り人形のように動く自分の身体をただ眺めることしか出来ない。


 よくよく考えればこの世のものではない、それこそ女神くらいにしか起こせない現象だったのだが、この時ばかりはそこに思い至ることが出来ず、ただただ恐怖に怯えていた。


『やっほ~! アルメリアだよ~! そう遠くない未来に私の力の一部を与えられた女の子が世に出てくるだろうから、出会ったらまたここに連れてきてね~! ……それが何処の誰なのか、もっと具体的にって? 言っちゃったら面白くないじゃ~ん!』


 そんな恐怖から解き放ったのは、舞台の中心に移動した私の頭の中に響いた底抜けに明るい声だった。私よりも明らかに年下で無邪気な少女の、鈴を転がすような声で言い放たれる啓示。


 ――女神が私に話し掛けている。


 今のアルメリア教の教えは大昔から伝わる経典からのもので、女神から直々にお言葉を頂戴したなんて出来事はただの一度もなかったはず。


 その歴史を私が変えたのだという事実に興奮を覚えたが、そんなことよりも重要なのは内容の方だ。私は一度耳から入った情報を決して逃がすまいと必死に頭をフル回転させる。


 力を与えられた者というのはまさしくアルメリア教に伝わる女神の使徒のことだろう。教えの中にだけ存在していたものが、まさか私が生きている時代に顕現するだなんて……。


「お任せください! 必ず成し遂げてみせます!」


「ありがと~! 待ってるよ~!」


 相変わらず何も見えないが、宙空に向けて私がそう宣言すると、嬉しそうな返事が返ってきた。そしてその声が遠ざかっていく感覚と共に、足元で輝いていた紋章から光が失われていく。


 途端に周囲から人々が押し寄せてくる。声も出ていたように、自由の利かなかった身体もいつの間にか自らの意思で動くようになっていた。


「今の光は一体!?」


 儀式の最初に祝辞を述べて下さった教皇様が焦った様子で尋ねてくる。どうやら女神の声は周囲には届いていないようだ。


「女神より『女神の使徒を連れて再びこの場を訪れよ』との啓示がありました」


「女神が!? まさか!? いや、しかしあの浮かび上がった紋章を考えれば何もおかしくはないが……で、その使徒様というのはどちらに?」


「教えて頂けませんでした。ただ意図的に隠されていたようなので、恐らくそれを見つけ出すことこそが我々への試練なのでしょう」


 女神から頂戴したお言葉は一言一句漏らさず記憶しているが、あまりにもその語り口が世間一般の女神のイメージからかけ離れていたため、ありのまま伝えるのは憚られた。私ですら少し落胆しているくらいなのだから。


 明らかに本人は楽しんでいる様子だったので、試練なのかどうか実際のところはわからないが、物は言いようである。


「……とにかく其方がアムリアの娘で良かった。教会と関係の深い家の出ならば、女神の声を聞ける貴重な人材として人々の前に立つのにも筋が通る」


 きっとそれはこれがもし虚杯の民の中から現れでもしたら教会の面目が立たなくなるところだった、という意味なのだろう。私たち輝杯の人間の信仰心の否定にも繋がるので、そう仰りたい心境はとてもよくわかる。


「そのお役目に恥じぬよう努めてまいります」


「あぁ、ようこそアルメリア教会へ。其方を歓迎しよう」


 こうしてアルメリア教の巫女としての人生が始まったのである。




◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇




 それからというもの、私は宣言通りに巫女の立場に恥じないよう立ち回り続けた。しかし教徒たちの前に出て教えを説くことにすっかり慣れてしまっても、まだ女神の使徒が見つかる気配はない。


 そもそもこの国にいるのかどうかすらもわからないのだ、見つけ出すことはこれ以上ないほどに困難であることは明らかだった。


 女神からの啓示はあの一度きりではなかったのだが、そこから得られたヒントは正直なところまったく役に立っていない。まるで威厳の感じられない声で「好きなものはイチゴ」だの「苦手なものはセロリ」だのと言われても、絞り込みようがないではないか。


 新たなヒントを心待ちにしている捜索班に頂戴した内容を伝えれば当然「なんだそれは」と微妙な顔をされる。そうなるのを分かっていても伝えざるを得ないこちらの立場を考えて欲しいくらいだ。


 女神は私たちに連れて来させたくないのだろうか。……明らかに遊んでいる風なのだし、実はそこまで困っていないのかもしれない。




 月日は流れ、国王が崩御され幼馴染のミゲルが王位を継いだ。まだ若いのだから傍で支えなければと意気込んでいたというのに、ミゲルは小さい頃から結ばれていた私との婚約を解消し、全てを一人で抱え込んでしまった。


 それでも本人の才覚もあってか、どんどん力を付けていく王宮と教会。立場こそ違えど、持ちつ持たれつで国を支えていけることが、私の婚約解消の悲しみを次第に薄れさせていった。


 そんなある日、呼び出された王宮はこれまでに見たことがないほど慌ただしかった。


「ミラ、遂に女神の使徒が現れたようだ。その者がポルサトールに出現した魔人を討伐したと報告があった。大至急儀式の準備を。到着次第すぐにそちらへ向かう」


 そしてミゲルには珍しく、興奮した様子で女神の使徒が現れたことを教えられ、一足先にライベルト山での儀式の準備をするよう言い渡される。


(家臣だけかと思ったらミゲルまで……みっともないったらないわ)


 山を登りながら幼馴染の興奮し様を思い出し、つい溜め息が出る。


「いよいよですね、巫女様。私も女神の使徒にお会いできることが楽しみでなりません」


 すると付きの者から突然そんなことを言われてしまう。


「そう見えるかしら?」


「えぇ。王宮を出てからずっと口元が緩んでいらっしゃいますよ」


「あら、いやだわ……」


 慌てて両手で口元を隠す。おそらく私もミゲルのことを馬鹿に出来ないくらい浮ついてしまっているのだろう。


 結局我々の力では見つけ出すことが出来なかった、長年追い求めてきた女神の使徒にようやく会えるのだから、これはもう仕方のないことのかもしれない。


 


 もちろんすぐにライベルト山へ赴いて与えられた仕事をこなした。むしろ早すぎたくらいだ。山の上で到着を待つ間、ずっと私の胸は高鳴ったままで落ち着かない。


 そうして待ち遠しさで永遠にも感じた時間を乗り越え、ついに山道から姿を現した一行の中から、ようやくそれらしき女性を見つける。


(……間違いない、あの人だわ)


 私よりも少し年下であろう彼女は、成人女性には珍しく髪を肩までしか伸ばしていなかった。しかしその艶のある淡く美しい金髪はとても輝いて見え、異国の出身であることが一目でわかる白い肌と相まって、集団の中でもひときわ目を惹く存在感を放っていた。


 遠目からでもそんな状態だ。いざ近づいてみれば、その整った目鼻立ちや抜群のスタイルの良さに圧倒されてしまう。正直なところ、声や話し方から想像する本物の女神の姿よりも、よほど女神らしい女性的な美しさを備えているように思う。


 さすが使徒に選ばれるだけある。女の私から見ても文句なしの美人だった。周囲の男性などもはや女神だと勘違いしているのではないかというくらいに惚けてしまっている。


 そして周囲が固唾を飲む中、儀式が始まる。


 何も起こらないはずがない――その予想通り、舞台が光りはじめた。しかも私の時とは違って、舞台上のアルメリアの紋章から遺跡の方に向かって光が伸びていっている。


 そうしてそのまま閉ざされた石室の扉にその光が届いたかと思えば、舞台上にいた彼女が忽然と姿を消してしまったではないか。


「其方の時は舞台が光っただけだったと記憶しているが」


「おそらく女神に呼ばれたのでしょう。私にも聞かせられない話をしているのでしょうか」


「本物で間違いないようだな……」


 何気なく横に立つミゲルの顔を見上げた瞬間、背筋がぞくりとする。


 光ったままの舞台を見つめる幼馴染の顔が、好きだったはずの凛々しい横顔が、まるで獲物を見つけて舌なめずりをする魔物のように歪んで見えた気がしたのだ。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ