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153.レオンの夜遊び

 それ以降というもの、普段は我慢に我慢を重ね、そうやって溜まった鬱憤を我慢できなくなったら、例のお店で晴らす日が続いた。


 女の子たちは私が来店すると飛び跳ねて喜んでくれるし、その様子を見ているとなんだかこちらまで嬉しくなってしまう。


 それどころかちょっと愛おしく感じてしまっている辺り、精神的にも『美形ハンターレオン』が染み付いてきているのかもしれない。


 でもお陰で凄く気分が楽になった。人間溜め込み過ぎは良くないね、うん。




「使徒様、夜に抜け出して何処に行かれているのですか?」


 ただある日の朝、勘づかれてしまったらしく、身だしなみ中にミラさんに可愛らしく睨まれてしまう。


「……何のことかしら?」


「とぼけないで下さい。最近は明らかに目覚めが悪くなっていますし、その原因を探ろうと昨晩お部屋を伺ってみれば、中はもぬけの殻ではありませんか!」


 ちっ……部屋にまで来られてしまったか……。ベッドにクッションを仕込んで寝ている風に見せかけたのも効果はなかったらしい。


 完全に隠し通せるとは微塵も思っていなかったけどさ、もうちょっと持ってくれてもいいじゃないか。


「ちょっと町の酒場に飲みにいっただけよ……」


「お酒が必要でしたら我々に言って下さればすぐにご用意いたします」


「そうじゃなくて、私は町の人とおしゃべりがしたかったの」


「女神の使徒ともあろうお方が、何故そのような低俗な……」


 ミラさんは頭痛を堪えるように頭を押さえてそう言うけれど、私はそれにカチンときてしまう。


「……女神の使徒だからって何?」


「えっ」


「今言ったわよね、女神の使徒が飲み歩くなって。何でしちゃいけないの?」


 こちらが苛立ちを隠さず、語気を強めたのを感じ取って硬直するミラさん。


「貴女様はこの国の……いえ、全世界の希望なのです! 皆を導く使命をお持ちのお方が遊び歩いていては周囲に示しがつかないではありませんか!」


 しかしそれでも臆さずに反論してくる。さすが巫女として人前に出ていただけあって肝が据わっている。


 ……ただその内容は私からすればツッコまずにはいられない。


「何それ?」


「……ッ!?」


 私が興味なさげにそう言い放つと、あちらは目を見開いて言葉を失ってしまった。そうあるべきと思い込んでいる側からしてみればさぞ衝撃的だろう。


「私の使命は来たる人類の破滅を防ぐことだけよ、女神は人々を導けなんて一言も言ってない。……なのに貴女たちは何で私に()()()そんなものを押し付けようとしてくるの?」


 他ならぬ信仰している女神自身がそういうスタンスなのだから、私が変に屁理屈をこねるよりもよほど効くに違いない。


「それは……」


「貴女たちはね、私を一人の人間として見ていないのよ。敬っておけば勝手に自分たちを導いてくれる道具だとしか思っていない。私がそんな国を好きになると思う? そんな国の王を伴侶に選ぶと思う? ……もし本当にそう思っているのなら、頭がお花畑もいいところだわ」


 そのまま普段感じている内容で畳みかけるとミラさんは下を向いたまま押し黙ってしまった。


 別にこのまま言いたい放題言ってサンドバッグにしても良いけれど、そんな事をしたところでどうせ私の気分が晴れるとは思えない。


 せっかく面と向かってあちらさんの意見を粉砕したのだから、ここはひとつ味方に引き込んでみようか。


「今晩またこの部屋に来なさい、いい機会だから私がどんな人間か見せてあげるわ。夜は寒いから外套ぐらいは用意しておいてね」


「……ッ!? まさか……」


 ミラさんも察しがついたようで、一気に青ざめた。青ざめたって逃がさないからね。




◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇




「準備はいいわね?」


 夜になり、また彼女たちと話せることにテンションが上がってきている私とは対照的に、傍にいるミラさんは困惑の表情を浮かべている。


「その姿は……?」


「これ? 女神の使徒だとバレたら大変なことになるだろうから魔法で変装してるだけよ。私のお父様の若い頃のイメージでね」


 見知らぬ男性の姿になっているのだからそりゃ驚くだろう。しかしそう説明するも、彼女はその表情を崩そうとしない。……いや、むしろより険しいものに変わっている。


「変装の魔道具は現在取引に規制が掛かっているので入手は困難なはずです。そんなもの、この国の人間でもない貴女様が調達など……」


「魔道具の力は借りてないわ。私の純粋な魔法よ」


「なんという……」


 クリスの話によると今この国には変装の魔道具が蔓延っていてとても危険な状態らしい。その対策として規制を掛けているというのは初耳だけど、別に変な話ではないだろう。実際私にはそんな伝手なんてなかったからこうやって魔法でゴリ押してる訳だし。


「魔法に関して貴女たちの常識は私には通用しないわよ。それじゃ行きましょうか」

「きゃっ!」


 ミラさんをお姫様抱っこして窓の方角に向かう。昔のブリジットといい、最近ではフェリシアといい、私って何かと女の子をお姫様抱っこしてる気がする……。


「使徒様にこのような……それに出口はあちらですよ」


「そんな正々堂々正面から出ていく訳ないでしょ」


「えっ……嘘!? ここ四階ですよっ!? …………ひゃああああああ!」


 腕の中で混乱しているミラさんに構わず、私は窓から空へと飛び立った。




 ごおおおという風の音と共に夜の景色が移り変わっていく。最初のうちは暴れていたミラさんも落ち着きを取り戻し、一心不乱に眼下を見下ろしている。


「綺麗でしょう?」


「……はい。この世のものではないような、幻想的な光景です……」


 クリスが初めて夜景を見た時のような感想にクスッとくる。


「それに……」


「それに?」


「中身が使徒様だとわかってはいるのですが、殿方にこうして抱えられていると思うと……」


 ミラさんは顔を真っ赤にして俯き、しがみ付く手にぎゅっと力が籠る。なんだか初めて彼女の素の顔を見れたような気がする。


「ふふ、可愛いね」


「なな、な……ッ!?」


 私が素直な感想を贈ると、言葉が出ないのか彼女は目を見開いて口をぱくぱくさせている。不意にときめいたのだって普段あれだけ真面目でお堅いのだからギャップが凄い。実際破壊力抜群だ。


 ずっとこんな感じなら仲良くなれそうなのにね。


 そのまますっかり大人しくなった彼女を連れて、私は真っすぐ馴染みのお店に向かった。




◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇




「やあ、今晩は」


「あら~レオンさんいらっしゃ~い!」

「わ~! また来てくれたの? 嬉しい~!」


 私が店に入ると手の空いていた女の子たちがぞろぞろと駆け寄ってくる。


 ただ今日は普段はいない同伴者に皆の視線が集まっていく。元々店に行きたいとも言っていなかったミラさんは居心地悪そうにしている。


「ちょっとレオンさん! 私たちというものがありながら女の子を連れてくるなんて――ってまさか巫女様!?」

「うそ、本物!?」

「ひえぇっ!」


 そして私のように変装している訳でもないので、簡単に正体がバレてしまう。行事でもアルメリア教の巫女は遠目で見えるかどうかといった存在で、普段は関われることなど一切ない貴族令嬢である彼女にみんな騒然となり、その誰もが恐れ(おのの)いている。


「どどどどうして巫女様がこんなところに!?」


「道端で拾っちゃった☆」


 いい笑顔で誤魔化そうとすると物凄い勢いで振り返り、「何を言ってるの」とこちらを見上げてくるミラさん。王宮から連れてきたなんて言ったらこっちまでそういう立場の人間なのがバレバレになるじゃないのさ。


「こういう場所に興味があるんだって。今日は無礼講だから、みんな気軽に接してあげてね~」


 私が一切動じていないものだからミラさんも諦めたらしく、物言いたげな視線を下げ、額を押さえて溜め息を吐いている。


「う、うん……わかったわ……。とにかくこちらのお席へどうぞ~」


 そんな彼女を見て恐るおそるといった感じで女の子たちは案内を始めてくれる。




 明らかに店で一番上等であると思われる奥まった場所にある席に案内される。そして恐ろしいくらいにテキパキとお酒が用意され、強張った顔の女の子たちが傍についた。キーラさんもいる。


「そういえば教えてくれた王都のお菓子屋さんのケーキ、早速食べてみたけど美味しかったよ~!」


「ほんと? 良かった~! アタシも教えてもらった調理法でお魚食べてみたの、とっても美味しかったわ! あれなら料理下手なアタシでも続けられそう!」


「でしょ? ちゃんとタンパク質摂った方が二日酔いにも良いからね」


「ねぇねぇ~美容にいい体操、もっと教えてよ~!」


 しかしそれもお喋りが始まってしまえばどこへやら、皆の緊張も解れていつものように楽しい雰囲気がこの場を包み込む。


 彼女たち全員とほぼ絶え間なく話し続ける私の姿にミラさんは唖然としている模様。王宮じゃ口数も少ないので、まさかこんなに喋るとは思ってもみなかったのだと思う。


 ミラさんはミラさんで女の子たちから控えめに質問を受けていて、ぎこちなく返事をしている。その目線から察するに、女の子たちの露出の高さに意識が持って行かれているらしい。


「くぉ~らレオン~!」


 そこに突然ガラの悪い男が割り込んできた。この店で何度か見た顔だ、多分常連客だろう。少なくとも店側の人間でミラさんがいる状況でこんなことをしてくる人はいないはず。


「お前が来るようになってキーラちゃんと全然話せなくなっちまったじゃねーか! 他の女の子たちも独り占めしやがってよ! どう見ても人数おかしいだろ!」


「え~……でもみんな僕と話す方が楽しいでしょ?」


 確かに私の席には沢山の女の子がついてくれているけど、お客が増えたり追加料金を払う指名があれば都度抜けていくし、お店側は納得してる。何よりちゃんとその分のお金は払ってるのだから何も迷惑は掛けていない。


 周囲に問いかけてみれば皆は満面の笑み。


「あぁ言ってるけど指名するだけのお金はないみたいだし、席についた子の身体をしつこく触ろうとするから皆に嫌われてるのよ、あの客……」


 隣に座るキーラさんから耳打ちを受ける。その顔は明らかに面倒くさそうで、嫌っているのがひしひしと伝わってくる。


 一方で推しらしいキーラさんの耳打ちが羨ましいのか、男は更に苛立っているご様子。


「仕方ないなぁ……」


 この国での暮らしの中での唯一のお楽しみを邪魔されたくないし、ここはしっかり分からせてやらないと。




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