152.気晴らし
国内の貴族たちとの面会や挨拶が次第に落ち着いてきた頃、続いて私を待っていたものはミゲル陛下とのデートだった。
これまで一緒の空間にはいても何故かあまり踏み込んではこなかったので、ようやくといった感じではある。まぁ私には既にクリスがいるので特別嬉しくもないのだけれど……。
それでも戦争を回避するためのプロポーズ勝負なのだから、せめて体裁は保っておかなければ。陛下の人柄を知っておくのも損は無いし、良い機会なのは間違いない。
デートといっても二人で町に繰り出したりはしない。王宮の施設を案内されながら歩くとか庭園を散策する程度だ。今回も庭園へと向かうらしい。そもそも王宮が広すぎて庭園も何箇所あるのやら……。
「はぁ~……ここも凄いお庭……」
季節的にもうじき冬が近いというのに、相変わらずそれを感じさせない華やかな庭園に思わず感嘆の声が漏れる。ローザリアほど四季がハッキリしていない南国ならではといったところだ。
……でも正直言ってそれだけ。デートとしてはなにも面白くない。
「これはフレーゼにだけ咲く花で――」
「この様式は我が国が発信したもので――」
陛下はずっとこんな調子でいかにこの庭園が凄いかを語っている。お庭は確かに凄い、それは間違いない。陛下の知識量や話術も凄いと思う。ただ私にその蘊蓄に興味があるかというと……。
女神の使徒をもてなす為であればまだ良い方で、これではただ普通に貴族女性をエスコートしているだけのように思える。やはり「私」を見てくれてはいないようだ。
ただでさえこの容姿で内面を見てもらえないというのに、この国では更にそれを女神の使徒という立場が上から覆い隠してしまう。
果たしてこの国で女神の使徒と知ったうえで私を私として見てくれる人なんているのだろうか。今のところ清々しいまでに誰一人見てくれてはいないし、やはり今後も期待はしない方が良いか。
だからこそ変装の魔法を完璧にして素性を隠して出歩きたいという気持ちが強くなってくる。
(はやく夜にならないかな~……)
「……あまり楽しんでもらえていないようだな」
――と、そんなことを考えていると、陛下が溜め息まじりでそう溢した。そりゃこちらが生返事ばかりでは向こうも気付かないはずがないだろう。
「お庭は素晴らしいですよ。陛下と一緒に歩いて回れるのも一般の貴族女性であれば至福の時間であることは間違いないでしょう」
庭師さんへのフォローはするけど否定はしない。
「ううむ……これでは足りないか……」
陛下は歩きながらもそう考え込んでいるけれど、何が足りていないのかは恐らく彼と私とでは食い違っているはず。
私は人の内面を見たいし、見られたい。それにはここまで立派な庭園なんて必要ない、小さなベンチひとつで事足りる。女神の使徒は実は金銭的に安く済む女であることは、そのフィルターの上からでは気付けなさそうだ。
この人は私と結婚して一体何がしたいのだろう。内面を見ようとしてこないということは、それだけ女神の使徒というものに価値を感じているということなのだろうけど、国に迎え入れて私に何をさせたいのだろうか。
でも気になるからといって、変にこちらから踏み込んだり、攻略のヒントを与える気はない。
これはプロポーズ勝負なのだから。
◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇
それからもあの手この手で私の気を引こうと奮闘するミゲル陛下だったけれど、私の彼への愛情が深まることは一切なかった。色々と考えて行動に移してくれること自体はありがたく思うけれど、私を見てくれない以上それは仕方のないこと。
「よーし、完璧!」
そして一週間ほど経った頃、遂に変装の魔法が私の満足いくクオリティにまで到達した。どこからどう見ても、どう動いてもお父様。キャーカッコイー。
さっそく外套を纏って部屋の窓から暗闇の空へと颯爽と飛び立つ私。
向かうのは王都ヘクセルシアではなく、そこからほど近い場所にある平民の町、プルーレ。こちらには虚杯の民ではないけれど、王都に住めるほど裕福でもない者たちが暮らしている。
外れに降り立ち、町の明かりを目指して歩いていく――。
近づくにつれ、夜だというのにガヤガヤと騒がしい声が大きくなってくる。この国の人たちの底抜けに明るく騒がしいところに一度は辟易していたというのに、今改めてそれに触れて酷く安堵している自分がいる。
(あぁ……コレよコレ!)
門をくぐってすぐに視界に飛び込んできた、人々が笑い合い、馬鹿騒ぎしているだけの光景に気分が盛り上がっていくのを感じる。私は上機嫌でその中に足を踏み入れていく。
プルーレの町は飲み屋街が発展しているようで、ここよりも大きいエルグランツよりも充実しているように思う。まぁみんな騒がしいからそれを発散できる場所が必要なのかも。
夜を感じさせない明るい通りには酒場がズラリと並んでいる。
「ねぇちょっと! そこのカッコイイお兄さん!」
「……うん?」
どこの酒場に入ろうかなと迷っていると、女性が声を掛けてきた。
その女性はこのような平民の町には珍しく、綺麗に着飾っていて、首元から腰へと伸びる二本の布が胸を押さえている以外は大胆にその小麦色の肌を晒している。
そこに私と同じ金髪が映えていて、とても豪華で健康的な印象を与えていた。
彼女はこちらに駆け寄ってきてこちらを見上げたかと思えば、突然惚けたような表情を浮かべる。
「あらやだ、近くで見ると本当にカッコイイ……」
「ふふっ、ありがとう。それでわた……僕に何か用かな?」
口調も変えないといけないのを忘れていた、危ないあぶない……。
「ウチの店で飲まない? お兄さんなら安くしておくわよ!」
美人さんだと思ってたらお水の人だった。しょっぱなから見事に客引きに声を掛けられてしまった。
そうか、男性の姿だとナンパ以外にもこういうものにも話しかけられるのか。新たな発見だ。
でも好都合じゃないか、今のコミュニケーションに飢えている私には横に女の子がついてくれるお店はうってつけだ。
彼女たちと楽しくお話出来るなら大歓迎だし、仮に店の奥から怖いお兄さんが出てきたとしても何も怖くはない。
「いいね、ちょうどお店を探してたんだ。お姉さんも綺麗だし、ついて行っちゃおうかな」
私が微笑みかけると女性はふにゃふにゃになってしまった。
「あ~ん、本気でヤバいかも! 今日は良い日だわ! 絶対損はさせないから楽しみましょ! こっちよ!」
イケメンに骨抜きにされる女性を目の当たりにして、つい笑いが込み上げてくる。そんな私の手をとって彼女は歩き出す。
途中、そこに更に声を掛けられたりしたのだけれど、それらは全て彼女が追い払ってしまった。
◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇
「一名様ごあんな~い!」
お店に入ると早速彼女が声を上げる。外観もそうだったけど他と比べると結構な高級店っぽい。内装もテーブルやソファーなんかもなかなかに上等だ。
ここの人たちはそこまで裕福ではないはずなので、いくら美人だからってフラフラとついて行ったら大変なことになってしまうという典型的な事例ではなかろうか。私は大丈夫とはいえ怖い怖い……。
「あっ、自己紹介がまだだったわね。アタシはキーラっていうの」
「僕はレオン、ハンターをやってるんだ。まぁこの国に来てからまだ何も活動はしてないんだけどね……」
席についてお酒を注文すると手早くキーラさんが手配してくれる。私もハンターを始めた頃と比べるとお酒に関しても知識がついてきたので特に混乱することもなくなった。人間成長するものだ。
「あらハンターなんだ~。活動してないのってどうせ今みたいに遊んでるからでしょ? 遊び慣れてるみたいだし」
「どうしてそう思ったの?」
予想外の感想に首を傾げると、彼女は得意げに鼻を鳴らしてこちらを覗き込んでくる。布の面積が少ないせいで立派なお胸が転び出そうになってますよお姉さん。
「実はアタシ、この町では結構評判のイイ女で知られてるのよ。なのにこうやって話してても照れて挙動不審にもならないし、逆にガツガツ来たりもしないで落ち着いてるんだもの」
(はぁ~なるほどねぇ~……)
私自身はもちろん、周囲にはブリジットを筆頭に貴族の美人女性が多くて見慣れているせいか、確かにそんな感じで浮かれはしない。さすが接客業、会ったばかりなのによく観察している。
「ふふっ、でもハズレかな。そこいらの酒場ならともかく、こういう立派なお店は初めてだよ。落ち着いて見えるのは単に周りに美人が多かったからかもしれないね」
「あら残念、ハズレちゃったか~……」
「ちょっとキーラ! 独り占めしないの!」
「こんばんは~タチアナって言います~」
するとそこに別の女の子たちが席に乱入してきた。このお店で働いているだけあってどちらもレベルが高くて、キーラさんのような派手な美人というよりは可愛い系って感じ。
「もう! レオンさんは私が連れてきたんだから!」
「イケメンはみんなの財産でしょ~」
「レオンさんって言うのね、初めまして。ジェーンよ、よろしくね」
「うん、よろしくね」
こんな調子で時間が経つにつれ、どんどん女の子たちが集まってきて席が賑やかになっていく。
当たり前だけど、みんな私を女神の使徒だからと拝んだりしてこない。私をただの一人の人間として扱ってくれている。
お互い変な気を遣うことのない場所に巡り合えて、口元が緩むのが抑えられない。
(いいよいいよ~楽しくなってきた!)
今夜は目一杯この時間を楽しんでやるんだから。




