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150.フレーゼでの生活

おかげさまで150話目になりました

「おはようございます、使徒様」


 クリスが国に帰って三日目の朝、今日も目覚めは最悪だ。本来ならこの声の持ち主に起こしてもらえるなんてとても喜ばしいことなのだろうけれど、今の私にはそれを喜べるような余裕はない。


「レオナでいいって言ってるのに」


「ですがそういう訳には……」


(はぁ~……)


 あれ以来、私は国内各地から押し寄せてくる貴族たちから挨拶を受け、崇められるだけの生活を送っている。誰も彼もが私のことを「使徒様」と呼び、ありがたそうに祈るのだが、こちらからすれば何も変わり映えしない光景が続くだけで何も楽しくない。


 そこでは一挙手一投足を見られ、私が一息つくために水を飲んだだけで「使徒様が水を飲まれた」だの「あれは何処産の水だ」だのと騒ぎ立てられる。私は動物園に連れて来られたパンダか……。


 あまりにも名前を呼ばれないから、もういっそのこと『シト』・クローヴェルに改名してやろうか。


「あの……使徒様」


「何?」


「連日の貴族への対応でお疲れだろうということで、本日は目の届く範囲でお休み頂きたいと考えております」


 どうやら今日は挨拶とお祈り攻めを受けなくても良いらしい。それ自体は嬉しいけれど……。


(その「目の届く範囲で」っていうのが余計なのよねぇ……)


 どうせ街に繰り出して好き勝手にお喋りしたり遊んだりなんてことは出来ないのだろう。


「……ならせめて身体を動かしたいわ。あとで騎士団に案内してもらえる?」


「畏まりました。あちらにも話を通しておきます」


 リリアーナに続いてフレーゼでも騎士団に出入りするのかと自分で思わなくもないけれど、今のこの鬱憤を解消するためなら手段を選んでいる場合ではない。


 幸いにも特に難色を示されてもいないのだから、遠慮なく活用させてもらおう。




◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇




 そうしてお昼前にフレーゼの王国騎士団の施設にやってきた。


 私が来ると連絡があったからか、中途半端な時間にも関わらず騎士たちは訓練の最中ではなくキッチリと整列している。こちらとしてはただ混じって身体を動かせれば良かったので逆に居心地が悪い。


 ミラさんが私にそんな彼らの前に出るように促してくる。拡声の魔道具まで持ち出してきて何か喋れと……そんなもの一切考えてきていないのに……。


「え~……魔物の数が増加しているとされている昨今、それに立ち向かうべくこうして日々精進している諸君らの熱意に称賛を贈りたい。今後もその気持ちを忘れずに領地を護って欲しい」


 本当は『虚杯』とか関係なくね、と言いたいところではある。しかし他所の国のことに下手に首を突っ込むと厄介なことにしかならなさそうなのでぐっと堪える。私が勝手に助けるのと、他人に求めるのとでは大きく違うのだ。


「それはそうと、私も動かないと鈍ってしまうので、剣の相手をしてくれる者を探しているのだが……」


 そう言って見回してみるも、騎士たちは皆困惑の表情を浮かべて固まってしまった。 


「使徒様のお相手など俺に務まるわけが……」

「噂ではスレイ団長すらも相手にならなかったとか」

「そりゃそうだろう、使徒様だぞ?」


 どうやら私が女神の使徒だからというだけで委縮してしまっているらしい。ローザリアの時のような対抗心みたいなものが微塵も感じられない。騎士団にとって余所者だというのは同じなのに、国が違えばこうも反応が違ってくるものか……。


「――では僭越ながら、私がお相手致しましょう」


 そんな中、青い髪の女性が名乗りを上げた。第二騎士団の団長――確か名前はティルテだったか。私の姿に化けてクリスを唆そうとした人だ。


 結局あれからミゲル陛下に訴えたけれど、部下がミゲル陛下のことを想いすぎた結果の暴走ということで丸め込まれてしまった。私自身まったく納得はいっていないけれど、ミゲル陛下の差し金だという明確な証拠がなくてこれ以上追及出来なかったのだ。


 そんなものだからこの団長からも謝罪を受け、減給の処分が下されているらしいが、大したダメージにはなっていないのだろう、こうして普通に活動していらっしゃる。


「おおっ! 使徒様だけでなく団長殿の戦いまで見られるとは!」

「普段はまったく訓練に顔を出されないからな」


(……ふーん、以前のホセ殿みたいなものかしら)


 勝手に騎士たちが盛り上がっている。……まぁ好きにすればいい。


 沢山の視線の中、向かい合う――。


 その琥珀色の瞳は真っすぐとこちらを見据え、次第にはっきりとした敵意を宿し始めた。王宮にきてからこのような視線を受けるのは初めてだ。きっと今は崇拝するような場面ではないと、オンオフをしっかり切り替えられているのだろう。


(……これなら余計な手加減はされなさそうね、よかった)


「魔法はナシでいいわ」


「承知しました。――では参ります」


 そのまま遠慮なく斬りかかってくるティルテ。実力がわからないので、しばらくこちらからは攻めずに様子を見てみることにする。


『ギィン!』『ガキン!』


 訓練場に剣戟が響き渡り、その度に周囲の騎士が雄たけびに近い声を上げて、この場を温めていく。


(んん……?)


 しかし迫りくる刃を二度、三度と弾くうちに、微かに抱いた違和感が次第に大きくなってくる。


(この人、あんまり強くない……?)


 女性だから男性に比べて非力だというのはわかる。私だって魔法なしであればラディウス殿からすれば貧弱な小娘だ。


 しかしそれならそれでやりようはあるはずなのに、教科書通りに動いていますと言わんばかりの戦い方しかしていない。美人だからそれでも華はあるけれど、強いかと言われると首を傾げざるを得ない。


 同じ団長でもラディウス殿やクリス、リリアーナのハインツ殿のような強者はもちろん、イボルグ殿やホセ殿レベルにすら遠く及ばない。相手をしている感覚としては流石にC組入りはしないが、A組にはまだまだ遠いB組といった感じだ。


 本人は真面目にやっているつもりなのだろう。その額には汗がにじみ、息も上がってきている。これが演技なのだとしたら大したものだ、その容姿も含めてきっと素晴らしい女優になれる。


(まぁこの国なら単なる実力でなくて、実家の力によるコネとかそういうので団長になっていることもあるわよねきっと……)


 納得はいったけれど、これでは大して運動にならない。さっさと引導を渡してしまうとしよう。


「――ふんっ!」

「きゃあっ!」


 私は正面から剣を強引に弾き、衝撃でバランスを崩した相手を蹴り飛ばす。そして尻餅をついたところに剣を突き付ける。――ハイ、これでおしまい。


『うおおおおお!』

「さすが使徒様だ!」

「あれが魔人を倒したという動きか!」


 現場を見ていないからか本当に好き勝手に言ってくれる。この程度で勝てるならどれだけ楽だっただろうか……。


 剣を引っ込めて手を差し出し、向こうがその手を取って起き上がる。


「もっと訓練に出た方が良いわよ」


「……はい」


 周囲には聞こえないように苦言を呈すると、ティルテは顔を真っ赤にして俯いてしまった。




ミゲル「だろうな」

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