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142.急襲

 それからはフレーゼ王国の料理を味わったり、現地の衣装を纏ってみたりと色々と楽しみながらポルサトールの町を観光して回った。


 いつの間にかあれだけ面倒だったナンパもぱったりとなくなっている。そしてその理由は考えるまでもなく明らかだった。私を見て近づいてきた男性が、隣のクリスを見てUターンするのをもう何度も見かけているのだから。


 周囲も私たちをそういう仲だと認識しているという事実がとてもこそばゆい。


 船の出発が翌日に迫った頃にはすっかりフレーゼの料理に飽きてしまっていた。香辛料がきつくて独特の味のものばかりなので母国の味が恋しくなってしまったのだ。宿の厨房を借りてローザリア風の料理でも作ろうかという流れになったので、私たちはまた市場へと繰り出した。


「……こんなに買ってどうするのですか?」


 護衛役のウィリアムが購入した食材を抱えながら戸惑いがちに尋ねてくる。荷物持ちを買って出てくれたのは素直にありがたかったので、それだと護衛出来ないよねとは言わない。隣のクリスもやはり言わない。


「折角作るんだったら、私とクリスでお料理対決でもしようかって話になったのよ」


「お二人に料理をさせるなど……俺たちに任せて下されば良いのに……」


「それではつまらないだろう? 俺とレオナの作る料理を食べられる又とない機会だと考えれば良い」


 クリスもすっかり全力で楽しむ方向にシフトしているので完全に私の味方だ。他の騎士たちも慣れなのか諦めなのか、とにかく順応している中、ウィリアムだけは最後まで真面目に働いている。まぁ今は護衛はまったく出来ていないけれど。


「む、お前は……!」


 相変わらず戸惑ったままのウィリアムを軽く笑い飛ばしながら宿へと戻ろうとしていると、どこかで覚えのある声が横から聞こえてきた。


(うげっ……)


 反射的にそちらに顔を向けると、以前強引にナンパしてきた貴族の男が驚きの目でこちらを見ていた。名前はもう完全に忘れてしまったけれど。


「俺の誘いを無下にしておきながらよくものうのうと町を歩けたものだな……! それに女の癖に髪を切るなど恥ずかしくないのか」


 そして苛立った様子で近づいてくる。口から出てくる恨み節も「そんなの知るか」と言わんばかりの内容だ。自分の髪をどうしようが私の勝手でしょうよ、別にお前のために伸ばしているわけでもあるまいし……。


「おいっ!?」


 面倒で相手にしたくなかったので無視して進もうとすると、また以前のように強引に私の腕を掴んで引き留めようとしてきた。


「――何者だ、貴様」


 そこに低い声が割り込んだと同時に私の腕から男の手の感触が消え失せる。クリスが奴の腕を同じように掴み上げていたのだ。


 どれほどの力で掴まれているのか、男は苦痛に顔を歪めて乱暴にその手を振り払っている。


「それはこちらの台詞だ! 一体誰に手を挙げているのかわかっているのか!? このアンドレス・ランチェに歯向かおうなどと……!」


 普段からそうして威圧しているのだろう、アンドレスは声を荒らげてクリスを睨み付ける。ただならぬ空気を察知した住民たちが遠巻きにこちらの様子を心配そうに観察している。


「……ランチェだと? やはり地方の男爵のせがれ如きでは誰彼構わず噛みつく程度の知能しか持ち合わせていないようだな。これではミゲルも苦労していることだろう」


「ミゲルだと……? お前は何を言っている……」


 まったく怯む様子のないクリスに気圧されて困惑の表情を浮かべるアンドレス。そこに追い打ちをかけるように呆れを一切隠さないクリスは続ける。


「察しの悪い奴め……俺の友人であり、この国の王である男の名だ。今貴様の前に立っているのはそういう相手だと言っている。彼女もお前如きが雑に絡んで良い相手ではない、身の程を弁えろ」


 目の前の相手が王族かもしれないとわかったアンドレスからは焦りが浮かんでいる。


「な……っ! 他国の王族が来訪するなどという連絡は受けていないぞ!?」


「見ればわかるだろう? ただのお忍びの観光だ」


 もう呆れすぎてやる気なさげなクリスは食材を抱えたウィリアムを見ろと顎をしゃくる。そのウィリアムの立ち姿を見れば明らかに真面目な理由で来ていないと伝わるだろう。どう足掻いても全力で遊んでいるようにしか見えないのだから。


 ウィリアムも表情を引き締めてアンドレスを見ている。まぁ食材で両手が塞がっているし、気恥しいのか少し頬を染めているので、とても面白い画でしかないのだけれど。


「……まぁ嵐のおかげで予定が狂ったのは想定外だったがな。それも明日には出国する、だから我々の邪魔をするな」


 コメントしづらいウィリアムの姿を見て、アンドレスも言葉を失っている。


「では行こう、レオナ」


「えぇ。――――ッ!?」


 厄介な相手を追い払ってくれてほっとしてクリスの手を取ろうとした瞬間、数日前に感じたものとは比較にならないほどの強烈な悪寒が襲ってきた。思わず反射的に自身の身体を抱きしめ、蹲る。


「レオナ!? どうした!?」


「うぅ……ぁ……」


 すぐに異変に気付いて心配してくれるクリスに返事をしたくても上手く言葉が出てこない。頭の中が霞がかって思考が纏まらない。


 するとその頭の中におぼろげながら映像が入り込んでくる。


(何……これは……?)


 それは大海原の上空を高速で飛行する真っ黒な何かの姿。その風貌は野生動物などとは明らかに違う。しかしこのような魔物など見たことも聞いたこともない。


 それを認識した瞬間、急に霞がかっていた頭がハッキリして悪寒までもが綺麗さっぱりと消え失せる。はっとして顔を上げると焦った様子のクリスたちが視界に映った。


「大丈夫か!?」


「え、えぇ……」


 私自身何が起こったのかわからず、呆然と返事をして立ち上がる。


「数日前もこの暑い中震えていたが……む? レオナ、その腕は……?」


「……え?」


 クリスの視線の先を追うと、手甲を付けていない左手の肘から先がブラウス越しでもわかるくらいに金色に輝いていた。慌てて腕まくりをするとそこには複雑な模様が浮かんでいた。


「何かしらこれ……」


『おおおっ!?』


 左腕を持ち上げて首を傾げる私を余所に、周囲で様子を見ていた住民たちから驚愕の声が上がる。そして何故か次々に祈り始めたではないか。


「まさか……それは聖痕……なのか……? 本物……?」


 アンドレスも信じられないものを見るように呟いている。


(聖痕……?)


 すると今度はその左腕にピリッと小さな電流のような刺激が走った。しかもそれがジリジリと次第に強くなってくる。


 それと呼応するように、言葉では言い表せない、得体の知れない感覚を肌で感じるようになってくる。


「何か……来る……!」


 理由なんてわからない。ただ何かが海の向こうからやってきているのが感覚でわかる。そしてそれが先程頭の中に浮かんだあの黒い何かであると直感的に結びついた。


 もうあと一分もしないうちにここにやって来るはずだ。


「レオナ……?」


 視力強化を全開にして海の向こうの空を睨み付ける。


 そしてその黒い何かを視界に捉えた瞬間、強烈な殺気を感じ取り、一瞬呼吸が止まる。


「みんな私から離れて!!!!!」


 大声で叫んですぐ近くにいたクリスとウィリアムを突き飛ばす。


『ドゴォォォォォ!!!』


 剣を抜いて身体強化の出力を全開にして構えた次の瞬間――黒い何かが私目掛けて突っ込んできた。その攻撃を受けて地面が抉れ、後方へと押し込まれる。


「んぎぎぎ……!」


 このままでは住民たちの中に突っ込むと判断した私は、咄嗟に地面に魔力を流して足元に石壁を出現させて上に伸ばして目の前の相手にぶつけ、空に撃ち上げた。


 ひとまず人の壁に突っ込むのを回避した私はすぐに上空を見上げて次の攻撃に備える。しかし黒い何かは何故か空中を漂ったまま、じっとこちらを観察してきていた。


 ようやくまともに姿を確認出来たそれは、大きな翼と二本の角が生えている以外は至って普通の男性のような外見をしていた。


 ……ただそれはあくまで形、シルエットだけ。


 光を反射せず吸収しているのか、周囲から浮いて見えるほどに漆黒のその身体からは立体感が感じられず、真っすぐこちらを向いているその顔には真っ赤な鋭い目のみが怪しい光を放っていた。


(何なのあれは……)


 ゴブリンやオークのような人型の魔物は存在するが、やはりあのような魔物は見たことがない。


 それに先程の突進の威力は尋常ではなかった。あんなもの私でなければあっという間に粉々にされていただろう。それだけの力を秘めている相手であれば誰も敵うはずがないのだから、新種と見るのが妥当か。


「グフフフ……ウワハハハハハ!!!」


 するとじっとこちらを見ていた黒い何かが突然高笑いしだした。それがとても人間臭いものであったことに、こちらの面々全員が訝しむような視線を向けている。


「……ようやくこの日が来タ」


「喋った!?」


 まるでテレビ番組でモザイクを掛けられながら犯罪の手口について語る元プロのような低くて響くような声。しかもとても流暢な語り口だ。


「今こそアルメリアの犬を排除シ、人類に救いをもたらすとキ!」


『グオオオオオオオオオオオオ!!!!』


 私にその内容を理解する暇も与えないまま、黒い何かはその赤い口を割けんばかりに開き、天に向かって咆哮を放った。


 ビリビリと空気が揺れる。まるで大地にまで突き刺さりそうな音の波は十秒もしないうちに収まるが、ざわめいていた住民たちは呆気に取られたように言葉を失い、宙のただ一点を見上げ、見つめている。


「……さァ、ランデルバース神の御慈悲を受け入れヨ!」


『うわああああああ!!!!』

『きゃああああああ!!!!』


 その言葉の直後、町のど真ん中にも関わらず地面から沢山の魔物が湧き出し始め、辺りは恐怖と悲鳴に包まれた。




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