138.発見(ウィリアム・ナーフェ視点)
「『この国の者ではない、金髪の美女』ですか? それなら料金を聞いて諦めて帰っていきましたよ」
ラジーンに到着して全員で真っ先に静かで高級な宿に向かうが、フロントの人間が嘲笑を含んだ口調でそう証言した。予想通りここには宿泊していないようだ。
しかしいくらなんでも料金が高すぎるのではないか。額を聞いた時に動じなかったのは殿下とレベッカくらいのもので、他の二人は明らかに引いていた。
「宿も従業員もお高く留まっちゃって嫌な感じ!」
「潰れていないってことはちゃんと利用客もいるんだろ? こんな宿で無駄遣いする金があるなんて、羨ましいものだなぁ……」
外に出て会話を聞かれないのを良いことにここぞと悪態をつくハロルドとミーティア。
「……この国は上の者が富を独占していて貧富の差が激しいからな」
「そうなのですか……? ポルサトール港だけでなく此処ラジーンでも街中に貧しい者の姿を見かけないので、それだけ国全体が栄えているのだと思っていたのですが」
レベッカには珍しく不思議そうに殿下に聞き返している。俺もポルサトール港で聞き込みをしていても住民は底抜けに明るく、裏通りに浮浪者や孤児なども一切見られなかったことから同様の印象をこの国に抱いていた。なので興味深くその後の殿下の言葉を待った。
「それはまだ比較的綺麗な部分しか見ていないということだ。俺に言わせれば此処ほど業の深い国もなかなかないぞ。煌びやかなものを見るだけでは国の善し悪しは量れないと、其方たちも近いうちに理解出来るだろう」
殿下は多くを語らなかったが、この国の闇をご存じのようだ。一国の王太子がそれを業が深いと評するのだから余程のものなのだろう。
目の前を行く住民たちは相変わらずとても賑やかで明るい。だからこそ殿下のその言葉が印象的に聞こえ、裏に潜む得体の知れない薄気味悪さが俺の背筋をぞくりとさせる。一体何があるというのだろうか……。
「とにかく聞き込みを再開するぞ。細かい内容は打ち合わせ通りだ」
『はっ!!!!』
(……だが今は卿の行方を探る方が先決だな)
両手で頬を叩いて気合を入れた俺は、情報を得るために目の前を行き交う人々に近づいていく。
同じように住民に尋ねて回るものの、目撃情報自体が減少しているように思えた。ナンパの人間は相変わらずだが、他に会話らしい会話をしている者が出てこないのだ。
結局この先の足取りを掴めないまま、宿に集合する時間を迎えた。殿下が昼過ぎを指定したのは少々早いのではと最初は思ったのだが、町の規模がポルサトールよりも小さいため一通り聞いてまわると丁度いい時間になっていた。
宿に向かう途中で町の入り口の前を通ると、丁度門をくぐって入ってきた馬車の一団を見つけた。一応これで最後にするかと声を掛けてみる。
「人を探しているのだが、ちょっといいか?」
「んん? どうした兄ちゃん」
話し掛けた商人らしき男性は商品を積んだ馬車が通過するのを眺めながら、初めて会う俺にも明るく対応してくれる。
「外国人で金髪のとびきり美人の女性を見ていないか? 一週間ほど前にこちらに来ているはずなんだが」
「一週間前ねぇ……あぁ~そういやこの門のところで魔物が出たと騒いでた『虚杯』のガキと一緒にいた若い女がとんでもないほど別嬪だったな」
するとなんとこれまで出てこなかった目撃情報が出てくるではないか。
「『虚杯』……? なんだそれは」
しかし同時に飛び出してきた聞き慣れない単語に首を傾げると、男性は突然俺の左手を覗き込んで何やら納得したように頷いた。
「なんだ、兄ちゃんも色黒だがこの国の人間じゃなかったのか。……まぁアレだ、女神への信心の足りない罰当たりな連中ってとこだ。その別嬪さんなら日が暮れるってのにそのガキを抱えて町を飛び出していったぞ」
「その行先はわかるか?」
「シスカ村っつってたから道を真っすぐ進んで分かれ道を右、森を抜けて石橋を渡った先だ。実際に行ったことはないが、だいたい二時間くらいの道のりのはずだ」
「情報提供に感謝する! 女神の御加護を!」
礼を言って男性と別れてからしばらくして、ようやくまともな情報が手に入ったことに少し浮かれてしまっていたことを自覚して気恥ずかしくなる。あまりにも住民たちが「女神の御加護を」と付け加えるので俺まで移ってしまったではないか。
(と、とにかく皆と合流せねば……)
俺は周囲に不審に思われないよう表情を引き締めて仲間が待つ宿へと駆け出した。
宿に到着すると案の定、既に全員揃っていて俺の帰還を待っていた。どうやら他の面々は情報を得られなかったらしく、遅れたのを咎められることもなく早々に報告を求められた。
「次の移動先の見当がつきました。ここの近くにあるシスカ村という場所に魔物が出たとかで、逃げてきた少年と共に討伐に向かったようです」
そして男性から聞いた道順や所要時間などを伝える。
「よくやった、今回は他に誰も次の足取りが掴めていなかったから助かった。俺の予想では彼女はそこから動いていないはずだ、近場であれば早速向かうとしよう」
『はっ!!!!』
「ウィリアムもやるじゃないの」
皆が移動を開始する中、ミーティアが上機嫌に肘で突ついてくる。
「本当に偶々だったがな……。ここの住民らしく言えば女神の思し召しという奴だな」
「うーわ、言いそう……。ていうかアンタまでここの住民みたいに明るくなられたら気持ち悪いわ、変なもの食べたりしないでよね」
俺が住民の影響を受けていたことの自虐を込めてそう返すと、ミーティアは顔を顰めて明るくなるなと言う。
明るくなれというハロルドと、明るくなるなというミーティア、一体俺にどうしろというのだ……。
◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇
「ここを右のようです」
ラジーンの町を出て街道を進んで現れた分かれ道を男性から教わった通りに右に進むと、途端にこれまで頻繁にすれ違っていた通行人の姿を見なくなった。
「道が整備されていなくて歩きづらいわね……」
「このまま森に入るらしいが、本当に村なんてあるのか……?」
早速ハロルドとミーティアがぼやいている。俺だって聞いた話でこの地を知っている訳ではないなのだから文句を言われても困るのだが。
「助けを求めてきたのが『虚杯』の子供だと言っていたのだろう? それならこのような環境でもおかしくはない」
「殿下、『虚杯』とは一体何なのですか? 我々にもお教え願えますでしょうか」
レベッカもそれがあまり良い意味ではないと薄々勘づいているのだろう、一度辺りを見回してから殿下に尋ねている。
「……この国で差別されている者たちを表す言葉だ」
「差別ですか……?」
穏やかでない言葉に彼女も眉を顰めている。
「正確にはその信心深さを示す等級の一つなのだが、其の実、貧しくて守る価値がないと国が判断した者たちへの烙印となっているのだ」
「汚いものをそうやって追い出してるんじゃ、どうりで町には綺麗なものしかないわけだ……」
「なによそれ……闇が深すぎでしょ……」
レベッカは閉口し、代わりにお喋りな二人が感想を述べている。かくいう俺も胸糞が悪くなってしまい、あまり喋りたくなくなってしまう。
「奴も結局、この悪しき風習に呑まれてしまったのだな……」
一気に雰囲気が重くなった中、殿下は遠くを見つめながら、誰に話し掛けるでもなく、そうぼそりと呟いていた。
◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇
森を抜けると古びているが立派な石橋が我々を出迎え、その奥には集落が見えた。あそこがそのシスカ村で間違いないだろう。
石橋を進み足元の崖を吹き抜ける風の音が治まると、奥の古びた教会の方から子供の声が聞こえてくる。その声だけはこの環境や境遇といった陰気な雰囲気を感じさせないからか、俺までほっとする心地だった。
ボロボロの家屋にいた村人に尋ねると最初は怯えられたが、我々がこの国の人間でないとわかると落ち着きを取り戻し、案内を引き受けてくれた。
……とは言ってもそれはすぐに必要なくなってしまったのだが。
「あ、あそこ……!」
少し歩いただけで教会の入り口で子供たちに囲まれているクローヴェル卿の姿を見つけたからだ。




