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137.追跡(ウィリアム・ナーフェ視点)

ウィリアム視点、全三話です。

「殿下、ずっと船室に籠っているのは身体に良くないですよ」


「……あぁ」


 一等船室のドアを開けて中にいる殿下に声を掛けるが、生返事しか返ってこない。船に乗り込んでからずっとこの調子だ。


「相変わらずだな……」


 このやり取りを隣で見ていたハロルドが溜め息を吐いている。


 殿下は前騎士団総長を探し出して認められたとかで、ようやくプロポーズをやり直せると意気込んで王都に戻ってこられたというのに、実に間が悪い。


 まさかリヴェール領から戻ってきて休暇に入ったクローヴェル卿と入れ替わりになってしまったうえ、彼女がそのまま行方をくらませてしまうとは……。


 俺たちも同じタイミングで休暇に入っていて彼女をエルグランツへ送り出した側なので、ブリジット様からそのような連絡が入って急遽招集されるなどとは夢にも思わなかった。


「早く探し出せねばな」


「……まぁ、何とかなるだろ。こうやって船にも乗れている訳だしな」


 彼女の侍女が予想した通りにフィデリオ港で目撃証言があり、そこでフレーゼ王国行きの船に乗ったことを突き止めて俺たちもこうして後を追っている。


「だと良いのだが……」


「お前までジメジメするなよ……。もっとあの大空のようにカラッと明るく居てくれ」


「……善処する」


 ハロルドがそう言いながら、船室の並ぶ薄暗い通路から甲板に出る昇降口の方を見た。外には青い空が広がっていて、甲板はその強烈な日差しのせいで眩しいくらいだった。


 そしてなかなかに難しいことを言う。しかも仮に俺がそのように明るく振舞ったら振舞ったで「何か変な物でも食ったか?」といって心配してきそうに思うのだが気のせいだろうか。


 人の行き来が多くなく、景色が変わらない場所での護衛は苦手だ。はやくレベッカたちとの交代の時間にならないものか……。




◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇




 長い船旅を終えてフレーゼ王国のポルサトール港に到着した。護衛騎士は全員平民の服に着替え、殿下は変装の魔道具を使う。長髪の殿下を初めて見た時は事前に話を聞いていたにも関わらず頭がおいつかなかったので慣れるまで苦労しそうだ。


 船を降りると眼前には透き通るような青い海が広がっていた。湿度は高そうだが心地よい海風のおかげでそこまで蒸している感じはしない。


 日に焼けた人々がお喋りして笑いながら働いている様子がそこかしこで見られ、船着き場の向こうにある町からは更にガヤガヤと賑やかな声が聞こえてきている。ここの住民はとても陽気な気質なのだろう。


 どれもローザリアの王都エリーナで暮らしていては見られない光景であり、殿下以外は初めてのフレーゼ王国でもあるため、護衛騎士は全員が若干浮足立っているのは否めない。


「あっちぃ……」

「これは予想以上ね……」


 しかしその日差しの強さはかなりのもので、早速ハロルドとミーティアが天を仰いでぼやいている。レベッカは何も言わないが、手で仰いでいるのでやはり暑いのだろう。俺は温度変化をあまり苦には感じない体質なので特に問題はない。


「では捜索を開始する」


 そんな中でも殿下は顔色ひとつ変えずに淡々と指示を出していく。


「わかっていると思うが、聞き込みは平民相手に限定するように。衛兵は平民であっても騎士団と繋がりがある可能性が高いので、一通り調べても情報が足りない場合の最後の手段とするので一旦無視しろ」


『はっ!!!!』


「以後は口調にも気を付けるようにな」


 そう言って殿下はさっさと人混みの中へと消えていった。行動に迷いが一切ない。


「……だいぶ焦っておられるわね」

「だなぁ……」


「そんなにか?」


 船内の時とは違って暗い印象はなかったので静かにやる気を滾らせているものだと思っていたのだが、レベッカやハロルドの反応を見るに違うようだ。


「まさか今の状況の深刻さを理解してないの……?」


 ミーティアに信じられないという目で睨まれてしまう。


「む……プロポーズしたくても出来ないからではないのか」


「それも間違っちゃいねぇけど……」


「ちゃんと殿下の視点に立ててるのはアンタにしてはマシな方だけど、殿下より視野が狭くなってどうすんのよ! この脳筋!」


 ハロルドは呆れ気味に頭を押さえ、ミーティアにはここぞとばかりに詰られてしまう。馬鹿にする前に少しだけ褒めてくるあたりが実に彼女らしい。


「殿下がプロポーズのために動いているのをわかっていても国を飛び出したくらい、今のレオナ様は傷ついているってことよ。このままではプロポーズをさせてくれるかもわからないわ」


 見かねたレベッカが横から説明してくれる。


「見知らぬ場所だとあの美貌と心根で次々人を惹き付けてしまうから、あの人の価値を周囲に知られるのは時間の問題。そうなってしまえば国家間のいざこざに発展してしまいかねない」


(そうか、プロポーズすら危うい状態ということか……)


 今更卿が他国に寝返って敵になるというのは正直想像しづらい。だが強大な力を持つ彼女を巡って国の関係が悪化するという可能性は確かに有り得そうだ。


「それは不味いな……。プロポーズよりも彼女の存在を知られる前に見つけ出して国に帰るよう説得することの方が今は重要なのだな」


「何の為に非公式のお忍びで追いかけてきたと思ってるのよ……。さっき衛兵は後回しにしろって指示の意味もわかってなかったのね……」


「指示として出ていた以上、従うだけだからな。そうとわかれば急がねば」


 俺が歩き出すと、後ろから三人の溜め息が聞こえてきた。




 いざ捜索を開始すると町の至る所から目撃証言が出てくる。「この国の人間でない金髪の美女」というだけでここまで人々の記憶に残れるのだから流石としか言いようがない。


 しかしその大半がナンパをした、もしくはされているところを見たというもので、それ以外でまともに話をした人間は殆ど出てこなかった。


 大勢いる住民から一通り聞き込みを終える頃には日が傾いてしまっていた。予定通り予め取っておいた宿の一室に集合する。


「市場の青果店の主人が『人の少ない落ち着ける場所はないか』と尋ねられたらしく、ラジーンの保養地を薦めたそうです」


 俺は単なるナンパではない貴重な証言と共に、その青果店の主人に強引に買わされた毒々しい色の果物を差し出す。


「これがその時にクローヴェル卿が買っていったものだとか」


「食えるのかよこれ……」

「あ、結構おいしいわよ」

「見た目の割に上品な甘さね」


 ハロルドは毒ではないかと疑っているが、既にカットされたそれをひょいと摘まみ上げて頬張ったミーティアやレベッカからはそれなりに好評だ。俺もこのくらいの甘さが丁度良いと思う。


 殿下は果物には興味がないのか、椅子に座ったまま顎に手をやって考え込んでいる。


「……ふむ、やはり人と関わるのを避けているようだな」


「しかし目撃証言はその全てが一週間前のものです。ラジーンの保養地は宿泊料金が高いことで有名ですし、多くを持たずに飛び出した彼女がずっと宿泊しているとは考え難いのではないでしょうか」


 レベッカの意見に殿下も頷く。


「そうだな、その推察は正しい。諦めて街中の安宿を利用していてくれていれば助かるのだが――」


 殿下はそこまで言って足元へと視線を落とした。この部屋は二階にあるのだが、階下から賑やかな声が絶えず響いてきている。床が薄いというよりかは、ここの住民の声が大きいのだろう。


「静かな場所を求めているのなら、それも期待は出来そうにないな」


 溜め息を吐きながら立ち上がった殿下は表情を引き締めた。それを見て我々も反射的に姿勢を正す。


「何にせよ、この町ではこれ以上の情報は得られないだろう。ラジーンへ向かうぞ」


『はっ!!!!』


 痕跡を追いながら少しずつクローヴェル卿に近づいてきている感覚はある。だが俺はそもそも彼女が何を想い、ローザリアを飛び出してこの国まで来ているのかが未だによくわかっていない。


 ここ最近は特に、恋愛など関係なく俺はこのような他人の心の機微に疎いのだと思い知らされている。言葉から心情をかろうじて想像することくらいしか出来ない。


 先程レベッカは卿が「傷ついている」と言った。彼女の身内が暴行されたのは把握しているし、それがショックだったというのまではわかる。


 しかし何故その被害者を置いて彼女が国を出るのだ。この場合は力のない身内の者に寄り添うのが一般的ではないのか。


 つい最近まで遠征で彼女がイェラ村の住民たちに寄り添う姿を見てきた俺は、この行動のちぐはぐさに首を傾げざるを得ない。


 騎士の仲間たちに聞けば呆れながらも教えてはくれるだろうが、それでは意味がない。


 卿と殿下が結ばれるまでに、そういった心の動きを敏感に感じ取れる人間になりたい。その為に言葉は悪いが二人を教材として勉強させてもらうつもりでいる。


 ラジーンへと向かう乗合馬車での移動の間、考えを巡らせ続ける殿下を観察しながら、俺は俺で必死に頭の中で唸っていた。




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