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136.信仰

 三十分ほど経ってぞろぞろと戻ってきた村人たち。やはりその人数はそう多くもなく、五十人に満たない程度だった。


 仲間の死に涙しながらも、私に感謝の言葉を贈ってきてくれる。きっと今の彼らの心の中は、様々な感情でグチャグチャになってしまっているはずなのに。


 そうこうしているうちに村の代表らしき四十代くらいの男性が私の前へとやってきた。


「貴女様のお陰で我々は救われました……ありがとう御座います。これもきっと女神様の思し召しでしょう」


「私はハンターだから当たり前のことをしただけよ。――それより教えてもらえる?」


「はい、我々にわかることでしたら」


「あの子が町で助けを呼んでも誰も助けようとしていなかったわ、それは何故かしら? 『虚杯』とは何?」


 私が素直な疑問を投げかけると、目の前の男性も他の村人たちも、しゅんと意気消沈してしまった。


「……それは我々が非国民扱いされているからです。それを指す言葉が『虚杯』なのです」


「どうしてそんなことに……」


「よその国から来られた方であればご存じなくても無理はないでしょう。この国では領主に納める税金以外に、アルメリア教会への寄付金を納めることが義務付けられているのです」


「寄付なのに義務……?」


 同じアルメリア教でありながら初めて聞く話に思わず首を傾げる私。それに対し男性は疲れ切ったように長い溜め息を吐いた。


「建前上は違いますが、実質義務のようなものです」


 顔を伏せて首を横に振る男性の後ろから別の女性が出てきて語り始めた。


「それが払えない奴は不信心者として『虚杯の民』って呼ばれて差別されちまうのさ。いろんなことで差を付けられて、払ってる奴らと同じようには暮らしていけなくなるんだ」


「町では家を借りることも出来ませんし、商売をする許可も下りません。そうなるとお金を稼ぐことも難しくなるので、町の近くでこうやって身を寄せ合って細々と暮らさざるを得ないのです。国内にはこのような集落が至るところに存在しています」


 代表の男性は顔を上げて私の後ろにある何かを見つめた。私もその視線の先を追いかけると、開いていた教会の扉の奥には女神像が安置されていた。胸元で交差されたその右手には剣が、左手には稲穂が握られ、そして足元には聖杯が置かれている、ローザリアでもとても見慣れたものだ。


「魔物を討ち、大地に豊穣をもたらす女神の力の源は、その足元の聖杯に集まる信仰であると教えにはあります。なので寄付金の額によって『輝杯』『金杯』『銀杯』『銅杯』『虚杯』とわけられ、己の信心深さを他者に示す指標とされているのです」


(何よそれ……結局お金じゃないのよ……)


 信仰というものは人を豊かにするものであって、不利益を強いるものではない。私のように最低限の教えだけ守って暮らす者や、全く信仰しない者だって居てもいいはずなのに、この国ではそれを許さないらしい。


 ――断言してやる、そんな信仰なんて紛い物だ。


 実際の信心なんて何の関係もない。肥えることしか考えていない、こちらの教会が作りだしたこじつけの仕組みでしかない。それを富める者が更に貧しい者から富を吸い上げ、醜い虚栄心を満たすために利用しているだけ。本当に意味のある素晴らしいものであればローザリアにだって既に広まっているはずだ。


「しかしそんな我々もこうして救われたのですから、女神様に感謝しませんと」


 あと、この国で出会う人々がこうやって二言目には女神への感謝を口にするところも私は気に喰わない。


 もちろんつらい境遇に置かれている彼らに同情はするし、恩を着せたいとかそういう話ではない。しかしこれでは勝手に半分を女神の功績にされているようなものではないか。


 女神が助けてくれたというのなら、そもそも何故この村は魔物に襲われないといけなかったのだ。何故犠牲者が出なければいけなかったのだ。


(信心が足りなかったから? ……ふざけないで!)


 本当にアルメリア教で伝えられているような凄い女神なのであればこんなことにはならないはずだ。エマだってあんな目に遭わなくて済んだはずだ。


 だから女神なんていない。仮にいたとしても碌なものじゃない。


 王宮で勉強している時には想像もつかなかったこの国の歪さに、言い様のない苛立ちがこみ上げてくる。


「あの……えぇと、お名前をお伺いしてもよろしいでしょうか?」


 男性が言い難そうに名前を聞いてきたことで、ようやく自分が右手を固く握りしめ、眉間に皺を寄せていたことに気が付いた。


 私は慌ててその苛立ちをぐっと堪え飲み込んだ。


 目の前の彼らは悪くない。迫害されてなおアルメリア教を心の支えにすることでしかこの厳しい現実を生きていけないのだ。この苛立ちを彼らにぶつけてはいけない。


「……レオナよ。ハンターをしてるの」


 正直なところ、この国の現状を知って私はこの国があまり好きではなくなった。しかしそれでも困っている人が目の前にいるのであれば、私は助けたい。


 私はいい加減な女神とは違うのだから。




◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇




 襲撃の翌日には魔物が来ないことで不審に思ったラジーンの警備の人間がこちらの様子を窺いにきたので、私はまたイルヘンの時のように身を隠しておいた。


 そして被害を受けて困っている彼らをしばらく手助けする。その間、見返りとして私は村人たちからこの国のアルメリア教の教えやその生活を教えてもらうようお願いした。


 彼らからすればただ当たり前にしていることであって、何のお礼にもなっていないと難色を示されてしまうけれど、私としてはローザリアとどこまで違うのかを把握しておきたかったのだ。


 朝昼夕の一日三回、聖地とされる場所の方角を向いて礼拝するだとか、喪に服す間は肉を食べないだとか、そういうものだ。これらもほんの一例で沢山の決まりの中で彼らは暮らしている。


 それはもちろん大変ではあるけど、案外ぶっ飛んだ内容のものは少ないなというのが正直な感想だった。初日に教えてもらった寄付金の話だけが異常に厳しいので、支配者層が好き勝手してるんだろうなと大体想像がついた。


 お陰様でこの国が順調に嫌いになっていっている。ここが落ち着いたらよその国に移動しようと考えるくらいには。




 そうして一週間が経過し、そろそろ発とうかと考え始めていた頃、教会の入り口の階段に座って子供たちの相手をしていた私の元に一人の村人がやってきた。


「あの……レオナさん……」


「……?」


 私が視線を子供たちから村人の方に向けると、彼の後ろに見覚えのある集団が控えていた。


 紺色の髪に黒い瞳で色黒の巨漢の騎士、濃い金髪に紫の瞳でスマートな男性騎士、淡い茶髪のルーズサイドテールに薄緑色の瞳のふんわりとした雰囲気の女性騎士、薄い桃色のハーフツインテールに水色の瞳の小柄な女性騎士、そして――


「……ようやく見つけたぞ」


「クリス……」


 深い青の瞳の銀髪の男性がその威厳を放ちながら、こちらを見下ろしていた。




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