表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
135/158

135.助けを求める声

 その声にはっとして周囲を見回すと、これまでに見てきた警備の者たちよりも少し高級そうな制服に身を包んだ男がこちらを見ていた。


「……何か?」


「いい女じゃないか。俺ももう仕事上がりの時間だ、一杯付き合え」


 何かと思えばナンパだった。しかも随分と上からで強引だ。


「お断りします」


「ほぅ……見たところこの国の人間ではないようだが、ランチェ家の次男であるこのアンドレス・ランチェの言うことを聞けないと?」


 どうやらコイツは貴族で、ここの騎士団の人間らしい。まぁ自国の貴族すら怪しいのに、この国の貴族なんて私が知るはずもなかった。


 周囲をちらりと見ると他の警備の者と視線が合った――が、すぐに目を逸らされてしまう。傍を通る他の通行人も関わり合いにならないように気配を消して歩いている。


 要するにこの貴族の横暴は今に始まったことではないということだ。


(う~ん、どうしたものかな……)


 こういう相手を黙らせること自体は不可能ではないが、実力行使に出るにしても、こちらの身分をバラすにしても面倒なことになりそうだ。何かしらの騒動になる覚悟しなければならない。


「よし、では行くぞ!」

「あ、ちょっ……!」


 私が悩んでいるのを黙らせたと勝手に解釈した男が強引に腕を掴んで引っ張ってくる。


「騎士さまああああああ!」


 すると突然町の外の方から大きな声が上がった。私もアンドレスも思わずそちらを見ると、道の向こうから黒い髪の少年が走ってきていた。


 その少年は私たちの前まで来て止まり、両膝に手をついて咳込みながら荒く息を吐いている。走ってくる時は遠くて暗かったのでよくわからなかったけれど、近くで見ると成人どころかまだその半分にも満たなさそうな子供だった。


「騎士さま、僕たちの村に魔物がたくさん……! 助けてください!」


 若干舌足らずながらも必死に訴える少年の衣服はボロボロで、腕の切り傷から血が滴っていた。私は騎士の腕を振り切って少年に駆け寄り、しゃがみ込んで治癒の魔法で傷を癒した。


「大変! どこの村なの!?」


「シスカ村です! おねがいします騎士さま!」


 少年の視線の先にいる騎士のアンドレスを私も見上げるが、彼は使命や闘志に身を滾らせるでもなく、気の抜けた表情を浮かべたまま動こうとしない。


「シスカ村といえば『虚杯』の民の集落ではないか。そのような者たちのために騎士団も討伐隊も動くはずがなかろう」


「そんな……!」


「町中の警備の者に伝えろ! 近々こちらに魔物の群れが来る可能性がある、人員を町の入り口側に集中させよ!」


『はっ!』


 自国の民が魔物に襲われているというのに、それを助ける素振りも見せず、町の守りを固めるように周囲の警備兵に指示しだしたアンドレス。


(目の前に助けを求める者がいるというのに、何故動こうとしないの!?)


 アンドレスだけではない。他の警備の者たちも、門を通っていく者たちも、彼に対して同情の表情を向けようとしない。駆け寄って心配しているのも私だけ。


「うっ……うっ……」


 助けを求めた少年は涙を流しながら立ち尽くしている。そのあまりに救いのない光景にカッと胸が熱くなっていくのを感じる。


「もういい! 私が行く!」

「あっ……貴様!」


 少年を抱きかかえて彼が走ってきた方向へと走り出す。アンドレスが何か言いたげだったようだが、そんなものはどうでも良い。


 私が日中に森に入った場所を通り過ぎてもまだ走り続ける。私の剣幕か、それとも移動のスピードか、はたまたその両方かはわからないけれど、腕の中の少年は動かず固まったままだ。


 そして町へ向かう人々とすれ違うことも殆どなくなった頃、分かれ道に出た。


「村はどっち!?」


「こ、こっち!」


 海沿いではなく内陸方向に延びる道を指し示した少年。私は周囲に人がいないことを確認して飛翔の魔法を使って宙に浮き上がる。


「うわわっ!?」

「しっかり掴まっていて!」


 太陽がその役目を終えて月が周囲を照らし始めている中、森の向こうに煙が上がっているのが確認出来た。少年に確認を取ってはいないが、まず間違いなくあそこがその村だろう。


 森の上を一直線に飛んでシスカ村を目指す。森が途切れた先には崖があり、立派な作りの石橋が掛けられていた。橋の向こう側にはまた森が広がっているが、その手前が拓けていて、いくつかの民家と教会らしきものが見えた。


 村と言っても本当に小さな集落のようで、その規模はリヴェール領のイェラ村よりも更に小さい。人口は百人にも満たないだろう。時間的に夕食の準備をしていたからか、魔物の襲撃を受けた一部の民家からは火の手が上がっている。


 そして集落の屋根の高さあたりをフォレストバットの大群が飛び回っている様子を、その炎が照らし出していた。その数はとりあえず昔のルデン侯爵の城での時と比べれば常識的な範囲に収まってはいるようだ。


全てを見透かす波紋(クレアボヤンス)


 まずは上空から村の状況を探る。生存者の有無、魔物の数や種類を把握しないことには戦い方を決められない。


 どうやら幸いなことに他の村人は避難しているようで、生きてこの場に残っている者はもういないようだ。そしてフォレストバット以外に大型の魔物――バーサークタイガーが四体。


 こんな町にも近い集落に出現していいレベルの魔物ではない。自然と行方不明事件でジャイアントホーネットやアーマーアントがエルグランツの近くに出現していたのを思い出す。ローザリアと同じくこちらの国も魔物が増えているということだろうか。


 まぁ何にせよ樹海で幾度も相手にしてきた私の敵ではない。


 風を切るように村の中心部へと降り立った私はすぐ頭の上にいる蝙蝠たちに向けて魔法を放った。


『無慈悲(クルーエル)な大渦』(ヴォルテクス)


 それは巨大な風の渦。イルヘンの村でゴブリンを全滅させた『全てを飲み込む双竜巻(ツイントルネード)』とは違う、移動せずにただ近くのものを引き寄せ、吸い込み、押し潰す魔法だ。それを小さな身体のフォレストバットが逃げられないくらいの出力に手加減して放った。


『ピギャアアアア』


 宙を舞うフォレストバットがその渦に次々と吸い込まれていく。他にも周囲の葉や枝、壊された家の木材の切れ端、小物や衣類など様々なものが集まってくる。


『グルアアアアア!!』

「うわぁぁぁ!!」


 そうしている間に私の存在に気付いたバーサークタイガーが襲い掛かってきた。同時にこれまで私に掴まっていた少年が、恐怖に目を瞑ってぎゅっと力を込めてしがみ付いてきた。


 剣を抜き、向かってくる奴らを『幻影の刃』(ミラージュブレード)を伸ばして接近される前に切り伏せていく。


 最後のバーサークタイガーが大きな音を立てて倒れたのを確認すると、まだフォレストバットたちの鳴き声が止んでいないことに気が付いた。


 渦を確認すれば、どうやら吸い寄せるだけ吸い寄せてトドメがまだ刺せていなかったようで、ごちゃ混ぜの混沌とした塊が宙に浮いたままになっていた。


「あらら……この魔法は加減が難しいなぁ……」


 今の出力だと押し潰すほどの力はないらしい。しかし出力が過剰になると周囲のもの全てを飲み込み、押し潰すブラックホールみたいな魔法になるはずなので、村がイルヘンのような壊滅状態になってしまう。周りに被害を出さずに敵だけを一網打尽に出来るようになるまでの道のりは中々に険しい……。


「……まぁいっか。『火山の槍』(ボルカニックランス)


 私は宙に浮かぶフォレストバットの塊に向けて煮えたぎるような赤い炎の槍を投げつけた。貫かれたそれはすぐさま燃え上り、その断末魔ごと焼き尽くされて跡形もなく消滅していった。


 魔物のいなくなったシスカ村に家屋が燃えるバチバチという音だけが虚しく響く。


「す……」


 すると右耳のすぐ傍で声が聞こえてきた。しがみついていた少年がするすると地面に降りて私を見上げてくる。


「すごおおおおおい! 風がぐわーってなって空飛んで! ずばーんどばーんって!」


 興奮と驚きに語彙力が吹き飛んでしまったらしい。


「ちょっと、落ち着いて……。他の村人たちはどこ行ったのかしら……」


「多分だいじょうぶ! 逃げる場所はみんなで決めてあるから! 呼んでくるね!」


 そう言って少年は一人で橋の方へと駆け出していった。危険ではないかと一瞬思ったけれど、さっき周囲を調べた時に魔物の姿はなかったのでまぁ大丈夫だろう。


(その間にやれることはやっておくか……)


 火事を消火し、バーサークタイガーから魔石を抜き取ってから焼却し、犠牲となった村人たちを教会の傍に運んでいく。


 戦う力を持たない一般人がバーサークタイガーから狙われてしまえば逃げるのは難しい。誰かが襲われている間に逃げるしかないのだ。他の村人のために命を張った人々に哀悼の意を込めて遺体の傷口を治癒の魔法でふさぎ、洗浄の魔法で綺麗にしていく。


(それにしても何で誰も助けようとしなかったんだろう……?)


 もう名前も忘れたあの騎士が『虚杯』がどうとか言っていたのが関係しているのだろうか。この国について一応授業で勉強したはずなのだけれど、そのような単語は習った覚えがない。


 村人たちなら何か知っているかもしれない。あとで聞いてみることにしよう。


 教会の入り口の小さな階段に腰を下ろし、相変わらず憎たらしいほどに晴れ渡った空に浮かぶ無数の星々の瞬きを眺めながら村人たちの帰りを待った。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ