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132.樹海での暮らし(クリストファー視点)

 俺は彼よりも早く起きて井戸で顔を洗い、鶏小屋で卵を回収、畑に水をやり、今日食べる分の野菜の収穫を行う。バルゲルはいつの間にか起きて川で水浴びをしていたらしく、俺が作業を終えた頃にまた上半身裸で戻ってきた。


「……ふむ」


 俺が既にこれからやる作業を終えていたことに対して特に何か発言するでもなく、また倉庫で何かを漁り出したバルゲル。出てきた彼が持っていたのは二本の訓練用の剣だった。


「ほれ」


 そしてその内一本を俺の足元に投げて寄越した。なるほど、どうやら既に昨日の午前中にしていた作業を終えたからといって話を聞く気はないらしい。


「まずは魔法は無しだ」


「――あぁ」


 そしてさらりとまだ序の口であることを伝えられる。


 この後もまだ魔物狩りが控えているはずだ。昨日よりも稽古で身体を酷使し、体力を消耗した状態で行うことになるので昨日以上の成果は期待出来そうにない。そう簡単には話をさせてはくれないらしい。




「おぅおぅ、流石王子様はお上品だなぁ! 捌くまではいいが反撃に腰が入ってねぇぞ!」


 普段ならば風に揺れる樹々のざわめきと魔物の鳴き声ぐらいしか聞こえてこない樹海の奥地に剣戟が響き渡る。どこか聞き覚えのある怒声を浴びながら、俺は必死に目の前の相手に喰らい付いていた。


「それが通用するのは格下か殺意のない相手だけだ! 死に物狂いで襲ってくる敵兵や魔物はその程度の反撃じゃ止まらねえ!」


 俺は目いっぱい力を込めて反撃するが、バルゲルはそれを完全には防御しきらないまま、ダメージを覚悟で俺の反撃の隙をついてくる。相手の拳が身体にめり込み、その苦痛に膝を折り蹲る。


「うぐぅ…………がはっ!!」


「キッチリ捌き切ってから反撃しようとするから相手にとって一番反撃されたら困るタイミングを逃すんだよ! 死にたくねぇなら最大の反撃で確実に目の前の相手を殺せ! 平民と違って貴族は死ななきゃ安いんだよ! 治癒の魔法が何のためにあるのか考えろ!」


 足元で蹲る俺を見下ろしながら、受けた反撃の傷を治癒の魔法で癒すバルゲル。


「……じゃねえとお前は一生格上には勝てねぇ。別に戦闘に限った話じゃねぇぞ。魔法で癒せる戦闘ですらコレだ、命を張らなきゃならねぇ場面でお前は何の役にも立たねぇ」


 癒し終わったバルゲルはしゃがみ込んで俺を睨み付ける。


 これまでにないほどの怒りをその瞳に湛えながら――。


「アイツはとっくに命を懸ける覚悟があるってぇのに、その覚悟がない奴がアイツに並び立とうだなんて俺が許すはずがねぇだろうがよ……! 何が王太子妃候補だふざけんじゃねぇ! 勝手にアイツをお前らの型に嵌めてんじゃねぇぞ!」


 ここに来て初めてバルゲルは彼女と俺の関係について意見を述べた。それも俺たちの結婚については猛烈に反対のようだ。


 可愛い弟子のためとあらば、それが王太子相手であろうと真っ向から反対する、その情の深さに思わず笑みが零れる。


「ふふっ……」


「……何笑ってんだコラ」


 俺の反応が彼の予想とは違っていたのだろう、眉を顰めて尚も睨み付けてくる。


 俺は立ち上がり、土を掃いながらその理由を説明する。


「……いや、彼女に相応しい人間になろうとする一方で常々疑問に思っていたのだ。実際に俺は相応しい人間に近づけているのだろうかと。周囲は全員結婚賛成派で応援してくれてはいるが、誰もこの疑問には答えてはくれない」


 厳しい意見を投げかけてくれるのは、それだけ親身になってくれている証だと父上から教わった。たとえ結婚に反対だろうが、俺に足りていないものをちゃんと教えてくれる彼のなんと優しいことか。乱暴な言葉の裏には彼の誠実さや面倒見の良さがこれでもかと滲み出ているではないか。


 そんな彼に命を救われ、親代わりとして育てられた彼女があれだけ慕い、名誉を守るために感情を露にするのも当然だろう。かくいう俺も既に彼のことをもう尊敬し始めてしまっている。……まぁ向こうからは嫌われているようだが。


「やはりプロポーズの前に其方に会うと決めて正解だった。俺に彼女のために命を懸けられる覚悟があると必ず証明してみせよう。……其方に認められるまで傍を離れる気はないからな、覚悟しておけ」


「……ふ……ふははははは」


 俺が腰に手をやり、胸を張って決意を言葉にすると、しゃがんだままだったバルゲルは立ち上がりながら苦い顔をして笑った。


「……まったくよぉ、何で俺の客はどいつもこいつも強引で頑固な奴ばかりなんだ」


「いつの時代もお人好しの元には自分勝手な人間が集まるように出来ているのだろう」


「他人事みてぇに言いやがってよ……」


 そう溢すバルゲルだったが、その口の端は持ち上がったままだ。本気で嫌がっている訳ではないのは明らかだった。




◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇




 そして俺がバルゲルの隠れ家にやってきてから二か月が経過した。バルゲルと共にディオールの町で生活に必要な物の買い出しにきている。


「あら、王太子さま! なかなか帰ってこないから心配してましたけど、ちゃんとバルゲルさんに会えたのですね! 良かったですわぁ~」


 俺と、店の外で待っているバルゲルの姿を認めた雑貨屋の女将がほっとした様子で話しかけてきた。


「心配を掛けたようで済まなかった。だが彼に認められるにはもう少し時間が掛かりそうだ」


 必要なものを書き出したメモを渡すと、女将はそこに書かれた品をカウンターの上に並べ始めた。


「あっはっは! 一緒に居て真摯に向き合っていれば必ず応えてくれますよ、あの人はそういう情に篤い人ですからね」


「……あぁ、そうだな」


「あ、そうそう! 王太子さまが前に話してくださった話が実際に動き出したみたいで、ベルモント騎士団が魔物退治に来てくれて、ハンターも増えてきましたよ!」


「ここに来るまでに遭遇した魔物の数やすれ違う人の数を見てそんな気がしていたよ。効果は実感出来ているか?」


 もう変装の魔道具を使っていないので、すれ違うハンターたちの大半は俺に気付いて目を白黒させていた。その様を見て少し楽しんでいたのは内緒だ。


 俺に背を向けて商品の在庫を漁っていた女将が振り返りながら、にっこりとこちらに笑いかける。


「それはもう! みんな王太子さまには感謝していますよ! ……あ、ヴォルフさんだったかしら? ハンターが増えたからもう大丈夫だろうって他の街に行ってしまいましたよ。『礼はまたいつか頼む』ですって」


「ふふっ……そうか、承知した」


 この辺りの食事はもう満喫してしまったのだろう、ヴォルフらしい去り際だ。エルグランツからこちらに来ていたようだから、次に向かうのはバーグマン伯爵領かルデン侯爵領あたりだろうか。どちらも美味しいものは沢山あるはずだ、彼の旅がより良いものになるよう祈っておこう。


 会計を済ませ、二人分の荷物に品物を詰め込んで店を出る。俺に気付いたバルゲルが片手を伸ばしてきたので片方の荷物を手渡す。


「今から帰ろうとしても樹海に着く頃に日が暮れるな。一泊していくか」


「それが良さそうだな。宿に荷物を置いたら酒場にでも行こうか」


 きっと彼ならそうすると思ったのだが、それを聞いたバルゲルに何故か溜め息を吐かれた。


「お前さんも随分と庶民的になっちまってまぁ……。好きにすりゃいい、俺は一足先に寝てるぞ」


 俺も最近こっちの方が向いているのではと思えてきたくらいではある。だが、あれだけ住民たちとも仲が良いのに、こういう時に交流したりはしないのかと少し不思議に思った。


「……其方は酒が苦手なのか?」


「逆だ、逆。好き過ぎるから一度飲んじまったら我慢できねぇ。樹海には満足いくだけの量を持って帰れねぇから酒は断った。もう三十年飲んでねぇよ」


(言われてみれば隠れ家には酒の類は置いてなかったな……)


「なるほど、難儀な話だ」


「今はもう飲まないのが当たり前だから別に苦じゃねぇよ。……まぁ、さっさと行こうぜ。移動もしねぇのに、こんな重たい荷物持ちたかねぇ」


 こちらの返事も待たずにのしのしと宿へと歩き出すバルゲル。


「ふふっ、確かに……」


 俺も肩に掛けている部分がめり込んでいて痛い。正直これを背負いながら隠れ家に戻るのは今から憂鬱だが、とにかく彼の言う通りさっさと宿に置いてしまおう。




 そして宿にバルゲルと荷物を残して俺は酒場へと向かった。


 住民たちが出迎えてくれ、最近の樹海での暮らしを愚痴と笑い話混じりで話したりした。途中、酒場を訪れたハンターたちに住民たちを守ってくれていることを感謝すると、皆照れくさそうに笑っていた。


 俺がこの街に着いて間もない頃はここまで明るい雰囲気の街ではなかった。こうやって皆の笑顔を取り戻せたことに、俺は彼女の代わりに成すべきことを成せたのだという確かな達成感を得ていた。




 翌朝から重たい荷物を抱えながら樹海を走り、隠れ家へと戻ってくる。またこれまでのような生活が戻ってくることになる。


 だがここでの生活にもかなり慣れてきた。早起きしてニワトリや畑の世話をし、昼食までの時間に稽古をし、午後は魔物を狩り、帰ってきたら夕食と風呂。基本的にはいつもこれだ。


 特にネックだった魔物狩りも今では一部二手に分かれて行うくらいにはなっている。帰ってきてから夕食までの間にぽつぽつと話をする時間が増えてきたのだ。といっても魔物狩り中の動きの指摘や、簡単な思い出話程度なのだが、確実に前進しているのは間違いない。




「なぁ、お前さんはアイツのどこが気に入ったんだ?」


「……!」


 そんなある日、魔物狩りから戻ってきて二人して椅子に座って休憩している時にバルゲルの発した言葉に俺は瞠目する。


 共に過ごすようになって二か月――ついに腹を割って話す時がやってきたのだ。




次話で第四章は最後になります。

別キャラ視点ではなくレオナ視点を早く読みたい方には申し訳ありませんが、

もう少しだけお付き合いください。

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