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128.樹海での出会い(クリストファー視点)

 それ以降、俺は樹海の浅い場所での魔物の討伐を中心に活動している。


 何か痕跡が見つかれば良いのだが、正直なところ運を天に任せている状態だ。なのでとにかく行動範囲を広げて、何か見つけるまでは住民のために働こうという考えに切り替えた。


 住民たちにも喜ばれ、酒場や樹海へ向かう道中以外でも挨拶や世間話をする機会が増えている。たまに酒を奢られたり、果物などの甘味の差し入れがあったり、子供から摘んだ花を贈られたりと、彼らなりの方法で感謝を示してくれる。


 自ら人のために行動することで、人々に笑顔が増えるのはとても良いものだ。立場上どうしても大きなものの見方をしてしまいがちなのだが、本当に価値のある行動というものは現地の者の表情に大きく表れるものなのだと改めて勉強させられた気分だ。


 彼女が七年も魔物を駆除し続けていたのもわかる気がする。それほどに俺の心は満たされてきているからだ。


 もっとも、俺にとって彼女の笑顔ほど満たされるものは他にないのだが……。




 樹海の浅い場所で魔物を狩り終えてそろそろ帰還するかと思っていたところ、樹海の奥の方からガサガサと騒々しい音が聞こえてきた。


「うおおおおお!!!」


 警戒して身構えていると、ひとりの男が細い枝など気にせず一目散にこちらに走ってくるのが見えた。


 その向こうにはグレートファングボアが四体。対処出来ずに撤退している状況だというのは火を見るより明らかだった。


『凍てつく氷槍』(アイシクルランス)


 両手に作り出した氷の魔力の槍でその内の二体を凍り付かせて動きを止める。


「大丈夫か!? 手を貸そう!」


「ありがてぇ……!!」


 俺の加勢に気が付いた男は走るのをやめて振り返り、剣を構える。そのままそれぞれ一体ずつ突進してくるのをしっかりと仕留め、凍って動けない奴らにもトドメを刺していく。


 黒い長髪の男がどかっと地面に座り込み、大きく肩で息をしながら安堵の表情を浮かべる。


「いやぁ~助かったぜ……! 俺はヴォルフ、ハンターだ。こんな所にいるってことはお前さんもか?」


「……あぁ、そうだ。クリスという」


 俺が名乗ると、ヴォルフという男は眉をあげて興味津々といった風にこちらを見てきた。


「そうか、お前さんがクリスか。依頼を受けたら町の奴らからお前さんの負担を減らしてやってくれと頼まれて何事かと思ったが……」


 いつの間にやら住民たちから身を案じてもらえるくらいの関係にはなっていたようだ。少々気恥しいが気持ちは嬉しい。


「助かるのは事実だが、無茶をし過ぎだ。あんなに奥まで進んでいたら俺の負担を減らす前に死んでしまうぞ」


「あ~……これは討伐対象が見つからなくて仕方なくだな……。それも折角見つけたのに倒す前に横から妨害が入っちまったんだ。正直樹海を舐めてたよ、こりゃきついわ」


 そう言ってガシガシと頭を掻いている。とりあえず反省し、学習するだけの頭はあるようだ。


「そこで物は相談なんだが、討伐を手伝ってもらえねえか? パーティを組んだことにはならねえからお前さんには評価点は入らないが、報酬は六割払うからよ」


「……今からか?」


 俺にとって報酬などどうでも良いものなのだが、もうディオールへ向けて出発しなければ日が暮れてしまう。


「お前さんは強そうだし、二人でなら野営しても問題ないだろう? 依頼を破棄して評価点下げられちまうのは今の俺にとっては痛手なんだ」


「……ふむ、まぁ良いだろう」


 手紙を出したとはいえ、まだすぐには街の状況は改善されないだろうし、ディオールにとって貴重なハンターのやる気を削いでしまうのは勿体ない。ここは話に乗った方が住民たちのためになるだろう。


「おう、ありがとうな!」


 ヴォルフはまるで少年のように屈託のない笑顔で握手を求めてきた。握ったその手は大きく力強いもので、魔法は使えないようだが腕はそこそこ立ちそうだった。


「それで、討伐対象は何だ?」


「……バーサークタイガーを一体」


 言い難そうに呟いた内容を聞いて、俺は溜め息を我慢出来なかった。


「大物じゃないか……。ボアを捌けないくせに、よく受ける気になったな」


 それは森に生息する体長四メートルほどの非常に凶暴な虎の魔物で、その巨体でありながらとても素早く、樹上から奇襲してきたりもするのでボアと比較しても格段に危険な相手だった。


「タ、タイマンなら自信はあるんだ! 故郷でも何度か狩った経験はあるしな!」


 俺が呆れているのを見てヴォルフは慌ててそう主張する。


「……まぁいい、俺も日が暮れてからの対面はご免被りたい。さっさと行くぞ」


「おう!」




◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇




 ヴォルフに先程対象を見つけた地点へと案内させ、さっくり終わらせるつもりだったのだが、既に移動してしまったようで、そこから更に周囲を探し回る羽目になってしまった。


 しかしいざバーサークタイガーを見つけてもすんなりとはいかなかった。標的の周囲にはフォレストバットやグレートファングボアが複数うろついていたのだ。


 そのため仕方なく俺がそれらの標的以外を全て受け持つ流れになった。


 そうして折角一対一の状況を作ってやったというのに、肝心のヴォルフはなかなかバーサークタイガーを仕留めることが出来ず、結局俺も加勢してようやくといった感じだった。


 彼と出会ってから碌なことがない……。正直、無駄に疲れた……。




 結局樹海を出る頃には日が暮れてしまい、仕方なく風よけのために樹海に入ってすぐのところで野営をすることにした。たき火を挟んでお互い木にもたれ掛かりながら身体を休める。


「いや~……助かった! いくら倒したことがある相手であっても、この樹海じゃ上手い具合にはいかないってのは良くわかった。欲を出してB級の依頼をソロで受けるのはもうやめるぜ……」


「是非そうしてくれ……」


 俺もそう何度も尻拭いをしたくはない。これからは堅実に活動してもらいたいものだ。


「それにしてもクリスは強いな。何て二つ名で呼ばれてるんだ?」


「……いや、特には」


「なんでまた?」


 ヴォルフは意外そうにこちらを見た。実を言うと、普段あれだけ『いばら姫』の名を耳にしておいて、二つ名については完全に失念していた。


 とはいえ自分で考えたところで周りがそう呼んでくれなければ意味がない。ならば最初から無いものとしておいた方が自然だろう。


「この国でも、祖国でもひっそりと活動しているからな。目立つ気はない」


「なんだ、お前さんもこの国出身じゃないのか。どこからだ?」


「……フレーゼ王国のフィガロという村だ」


 と言っても実はこの村は既に魔物に襲われて無くなっている。不謹慎ではあるが、余計な詮索を回避するために都合が良かったので、敢えてこの村を故郷として設定した。


 だが、その考えに反してヴォルフの表情が険しいものへと変わる。


「……嘘だな」


「何故そう言い切る?」


「俺が村の最後の生き残りだからだ」


「……ッ!?」


 これまで活動してきてまだ一度も故郷の名前を出していなかったのに、初めて名前を使った相手がその村の出身とは、なんという偶然だろうか。あまりの衝撃に固まっていると、ヴォルフは続けて口を開いた。


「お前さんはどう見ても俺よりも年下だ。当時俺より下のガキどもは全員魔物に殺されたか、脅威に怯え、動けずに飢えて死んだ。…………お前は何者だ? まさかアルメリア教の回し者じゃないだろうな?」


 そう言ってこちらを睨みながら自らの剣に手を掛けるヴォルフ。理由はわからないが、アルメリア教の何かを警戒しているようだ。


「身分を偽っていたのは確かだが、其方とは何の関係もない。今日出会ったのも偶々だから安心してくれ」


「ふん、どうだか……」


(これ以上いらぬ誤解を与える訳にはいかないな。……仕方あるまい)


「…………!?」


 俺は覚悟を決めて変装の魔道具に籠めていた魔力を切った。




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