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127.樹海とディオール(クリストファー視点)

クリストファー視点、全七話です。

レオナがリヴェール領に派遣されている間の話になります。

 シャルの結婚式を終えてローザリアに帰ってきた俺はすぐに行動に移した。一刻も早く彼女にプロポーズするために、やり残したことを終わらせたかったからだ。


 今回リリアーナに訪問したことで、その想いはより強いものとなった。彼女は家族である俺たち以上にシャルの今後のために手を尽くしてくれていた。喜びに人目もはばからず泣きじゃくる妹を優しく抱きしめる彼女に、俺も、両親も、弟も酷く感謝したのだ。


『はやく彼女と家族になりたい』


 その強い気持ちが俺の背中を猛烈に後押ししている。いかに困難であろうと必ず達成してみせる。……必ずだ。


「留守の間は頼んだぞ。――では行ってくる」


 俺は変装の魔道具に魔力を込め、王宮を後にする。向かうのはベルモント伯爵領の街、ディオール。


 それは偏に彼女の師であるバルゲル・カーディルを自力で見つけ出し、彼女の夫に相応しい男であると認めてもらうため。




◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇




 実際のところ、樹海に住んでいるということ以外に居場所についての情報は何もない。だが完全に樹海の中だけで生活が出来るのかといえば、それは難しいと考えている。そこに達成の糸口があるはずだ。


 なにしろ彼女と出会う前から二十年もの年月を過ごしてきていたというのだ、最初に持ち込んだ物資と現地で調達できる資源だけでは限界があるだろう。仮に可能だったとしても、当時十歳の彼女との生活にも耐えられるほどの豊かさがあるとは到底思えない。


 つまり樹海に近い街、ルデン侯爵領のフュレムやベルモント伯爵領のディオールで生活に必要な物資の調達をしていた可能性が高い。侯爵の城があるフュレムではルデン騎士団の人間など、相応の目があるので一切見つからずに過ごすのは難しいだろう。


 対してディオールはベルモント伯爵の屋敷はまた別の街にあり、街の規模もフュレムに比べれば小さいため、そういう面ではとても行動しやすいはずだ。あと彼女が師匠の元を離れて訪れたのが王国の西側ではなく東側のエルグランツであったことも、隠れ家から東へと動線が伸びていたことを僅かに示しているように思えた。




 数日かけてディオールに到着する。俺の予想が正しいかを確かめるため、しばらくはここで活動していく。もし外れていれば樹海を迂回してフュレムまで行かなくてはならず、正直とても面倒なので当たっていて欲しいところだ。


(……しかし調査しようにもバルゲルどころか彼女の名前を出すだけで警戒されてしまいそうだな)


 貴族社会から離れて三十年以上になるのだから生半可なものではない。当然周囲には口止めしているだろう。探っている者がいると裏で伝わって身を隠される可能性もある。安易に情報収集に走るのは危険だ。


(やはりこれが一番無難か……)


 街を歩いて目的のハンターギルドの建物を見つけた。エルグランツにあるギルドに比べれば随分と小振りだが、依頼をこなしながら樹海付近で何か痕跡を探すのが最も適当だろう。


 中は外観から受ける印象そのままの、こぢんまりとしたものだった。エルグランツでは大量に並べられていた丸テーブルと椅子もこちらでは二セットだけ。ハンターの姿も見当たらない。


「ふわぁ~……ようこそハンターギルドへ~。本日はどのようなご用件でしょうか?」


 俺をカウンターの向こうから欠伸をしながら出迎えたのは紫の長い髪のギルド職員の女性だった。エルグランツの職員と比べるとだいぶ雰囲気が緩い。


「これまではエルグランツに居たのだが、しばらくこの辺りで活動することにした。書類もある」


「かしこまりました~……確認致しますので少々お待ちください」


 活動拠点を変える場合は現在のハンターとしての情報が書かれた書類を持って、移動先で引継ぎを行う必要がある。これが一度や二度依頼をこなすだけなら元の拠点で加点する形式を取るのだが、しばらくエルグランツに用は無いし、ここにもどれだけ居続けるのかわからないのでしっかりと引継ぎはしておく。


「――はい、引継ぎ完了で~す。クリスさんはB級とのことですが、この辺りは樹海が近いのもあって余所よりも危険な依頼が多いですから充分注意して下さいね~。パーティを組もうにもこの有様ですので~……」


 そう言いながら申し訳なさそうに室内を見回す受付嬢。この言い方だと単に出払っているのではなく、ハンター自体がいないということだろうか。


「あぁ、肝に銘じておこう」


「では依頼はあちらの掲示板からどうぞ~」


 促されて掲示板の前まで歩を進める。貼りだされている依頼はやはり片田舎だけあって農家の手伝いや馬車の護衛、魔物の討伐が多い。依頼全体の割合から考えると魔物の討伐の依頼の数が群を抜いて多いのが見て取れる。


(ふむ……流石に樹海に近いだけあるな。他に誰もいないからより取り見取りか……)


 だが見たところ純粋に依頼の報酬額が少ない。報酬の多い依頼もないではないが、それも難易度が高いB級以上で内容も厳しいものしかなく、ほぼ全ての依頼がエルグランツの報酬基準に並ぶどころか下回っている。


 こうして注意を呼び掛けられるくらいには危険が多いというのにこれでは避けられてしまうのも無理はない。まだハンター歴の浅い俺ですら割に合わないと感じるくらいなのだから、ここでのパーティ結成は期待しない方が良いだろう。


 俺は一枚の依頼書を手に取り、カウンターへと持っていく。


「これを頼む」


「はい。『グレートファングボアの討伐』ですね~。樹海からたまに現れては農作業をしている人を襲うのですが、もし見つからなくても樹海の中を探すのはごく浅い範囲まででお願いします! 奥に進みすぎると命の保障は出来かねますので!」


「大丈夫だ、無茶はしない」


(よほど近い場所に隠れ住んでいなければ、いずれ奥まで行くことになるだろうがな……)


 流石に何の手掛かりもなしにそのような無謀なことはしない。いくら早く終わらせたくとも死んでしまっては元も子もない。彼女と結婚出来なくなるではないか。


「なら安心ですね~。ではお気を付けて!」




 ディオールから樹海に向かって真っすぐ西に延びている農道を三時間ほど歩いて、ようやく突き当りの樹海へと到着する。ここに着く前から見えていたが、首を右に向けても、左に向けても、見渡す限り背の高い樹木が生い茂っている光景が続いている。


「わかっていたことだが、改めて見ると凄まじい広大さだな……。そしてやはり都合良くこの農道からそのまま樹海内へと進む道が続いていたりはしないか」


 俺は樹海の手前限界まで延ばされている畑の縁を歩きながら不自然な痕跡がないかを探る。まだ樹海の中には入らない。


 農道から南北一キロ程度の範囲を調べてみるが、特に何も見つからなかった。その代わりと言ってはなんだが、討伐対象のグレートファングボアが樹海から襲ってきたので依頼はスムーズに終えられそうだ。


 畑をここまで延ばしているのは逞しいなと思えるくらいには襲われる頻度も多い。いくら魔物は食事をしないので農作物を食い荒らしはしないとはいっても危険過ぎるのではないだろうか。野生の獣もいるだろうに。


 今日は開始の時間も遅かったので早めに切り上げてディオールに戻ることにする。


「おぉ、アンタ! ボアを狩ってくれたのか! 助かるよ!」


 途中、畑にいる農家の人々から感謝の言葉が投げ掛けられる。大きすぎて荷物からはみ出ていた討伐の証拠品のグレートファングボアの牙を見つけたようだ。


「だがまだまだ油断しないでくれよ!」


「わかってるさ! 逃げ足だけは自信があるんだぜ!」


 得意げに自身のふとももを叩く農家の男性。明るく笑い飛ばしているが、それは戦う術を持たず、転倒でもしようものなら一気にピンチになると言っているのと同じこと。


(バルゲルの手がかりを見つけるのが目的とはいえ、これは……)


 住民たちの目の前まで危険が迫っている現実を見て見ぬふりはできない。あくまで情報収集のための手段でしかなかったハンター業だが、今後はより一層力を入れる必要があるだろう。


 今の彼らには俺以外に頼る相手がいないのだ。それに応えずして何が王太子か。




◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇




 しばらく樹海付近を捜索しながら魔物の討伐の依頼をこなし続けた。今のところめぼしい痕跡や証拠は出てきていないが、そう簡単にいくとは最初から思っていなかったのでそれは構わない。


 しかし今の俺にはそれとは別の問題が発生していた。


(彼女の笑顔が恋しくなってきた……)


 一言でいえば寂しいのだ。


 これまでにまともに会話をしたのは宿屋の主人とギルドの受付嬢くらいで、後は農家の人々との軽い挨拶程度しかしていない。同じ変装で動き回るにしても、エルグランツでは街での情報収集がメインだったので今よりも会話量はずっと多く、こんな心境になることもなかった。


 立場上この変装の魔道具を使うようになるまで一人旅の経験などなかった。周囲に人がいて当然だったせいか、案外寂しがり屋な自分に気付けなかったようだ。


 樹海から街へ戻る道すがら、ふと彼女と共に騎士団の任務をこなしていた時のことを思い出す。彼女は情報収集のために住民たちとも良く世間話をしていた。特にめぼしい情報がなくても楽しそうにお喋りをするので、すぐに相手と仲良くなっていた。


(俺も日常会話を楽しむ余裕くらいはあってもいいだろうか……)


 彼女に誓った手前、真っすぐそれに集中しないのは申し訳なくて何だか居心地が悪いのだが、このままでは精神的に駄目になってしまいそうな気がする。彼女に会って癒されることが出来ない以上、別の方法で対処しなければならない。


 街まで戻りギルドに報告を終えた俺は初めて宿に直帰せずに酒場へと足を運んだ。既に店内は住民たちで賑わっており、それを見てなんだかほっとする自分がいた。


 カウンターに座り、給仕に何かおすすめとワインを注文してふと気付く。


(しかしどうやって話しかけたものかな……)


 平民同士であればどのような会話をするものだろうか、あまり想像が付かない。まずは聞き耳を立てて彼らの会話内容を把握するところから始めなければならないかもしれない。


「よぉ! ハンターの兄ちゃん!」


 そう考えていると、なんと住民側から話しかけて来た。これには俺も少々面食らってしまう。


 相手は後ろのテーブルに座っていた男性で、相席している者たちもこちらを見ていた。


「あ、あぁ……俺か?」


「おう、最近熱心に魔物を倒してくれてるらしいじゃねーか! フォードとガストンが言ってたぜ」


「フォード? ガストン?」


 俺が聞き覚えのない名前に目を白黒させていると、男性はガハハと大きく笑いながら空いていたカウンターの隣の席に移動してきた。


「すまんすまん、そりゃ知らねえよな! 特に樹海に近い土地の農家のヤツらのことだよ」


「あぁ、なるほど……」


 彼らには既に何度か討伐の帰りに礼を言われている。おそらくその内の誰かなのだろう。


「ここはギルドのある街だってぇのにハンターが少ねぇからな。俺たち住民も討伐に駆り出される場合もあるから、農家の人間じゃなくても感謝してるんだぜ」


「マジでありがてえよ!」

「たまにヤバい時もあるからなぁ……」


 さっきまで男性が座っていた後ろのテーブルにいる者たちも会話に参加し、しみじみと頷いている。


「ハンターの俺ですらギルドの受付嬢から注意を受けるくらいには危険なはずなのに、よく今まで何とかなっていたな……」


「あぁ、特に大変なのはここ半年くらいのものなんだ。それまではあの娘が何とかしてくれてたからな」


「あの娘……?」


「レオナちゃんだよ。ハンターなら『いばら姫』くらい知ってるだろ?」


「あ、あぁ……」


 聞き返した時点で彼女の名前が挙がる可能性が頭をよぎったので、顔に出ないように身構えておいて正解だった。そしてやはりここでも「ちゃん」付けで呼ばれている。青果店のエリス同様、住民たちとの親交が深い証拠だ。


「あの娘はこの街の状況を良く知ってるからな。二か月に一度くらいのペースでやってきて、依頼をこなすついでに樹海の浅い位置にいる魔物を片っ端から退治してくれてたんだ」


「今みたいに有名になる前からだから、もう七年くらいか?」

「俺たちゃレオナちゃんには頭が上がらねぇのよ!」


 やはり俺の予想は間違っていなかった。


 成人した直後からとなると、それまでにも足を運んでいたと考えて何も不自然ではない。樹海で生活しながら時折物資の買い出しに来ていたのはこの町だとみていいだろう。


「だがここ最近は王太子妃候補だとか、王国騎士団の要職に就いたとも聞いているし、忙しいみたいでな……」


「元々厚意でやってくれてたんだから文句なんて一切ないけどよ、ちょっと大変なのは事実なんだわ。昔はここまで魔物も多くなかったはずなんだがなぁ……」


「だから兄ちゃんが倒してくれてるのには凄く感謝してるんだぜ!」


 ここ半年となると彼女が王都に住み始めた時期と一致する。こちらにも都合があるとはいえ、彼女の行動を制限したせいで予想外の場所に影響が出ていたとは……。


 この町を取り巻いている状況はよくわかった。彼女が動いていた案件であれば俺一人の努力で解決できる域を既に超えている。これを解決するには騎士団とハンター、両方からのアプローチが必要だろう。


 勿論彼女をこれまで通りに派遣すれば済む話ではあるのだが、彼女に頼り過ぎてはいけない。基本的に我々に出来ることは我々でやらねば。


「そこまで喜んでもらえるなら俺としてもやり甲斐がある。任せてくれ」


「すまねえな兄ちゃん!」

「何か困ったことがあったら言ってくれよな!」


 その後も住民たちと世間話をして過ごした。その中でも彼女の名前は頻繁に登場し、その慕われ具合と影響力の大きさには舌を巻く他なかった。




 宿へと戻った俺はすぐさま王宮に届けられる秘密の住所宛てに手紙を書いた。


 内容はディオールの街の現状と対策。具体的には定期的にベルモント騎士団で樹海の入り口付近の魔物の討伐を行うよう要請することと、立地的な危険度を加味して依頼報酬に上乗せする補助金の確保と基準の制定、そしてハンターたちへの周知だ。


 ぱっと思いついたものなのでまだまだ細部を詰める必要はあるが、この場では話し合いなど不可能なので王宮の者に任せるしかない。だが住民たちから彼女を遠ざけてしまった我らの責任なのだから、確実に実行されなければならない。


 今後の経過をバルゲルを探しながら、この目でしっかりと確かめなければ。




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