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126.★復讐の矛先(アンナ視点)

レオナの侍女アンナ視点、全一話。

実質第四章最後のお話になります。


また、ほんの一部ですが女性への暴行があったことを示唆する描写がございます。

ご注意下さい。

「ただいま~!」


 屋敷の玄関に元気な声が響き渡る。もちろんそれがお嬢様のものであるというのは、ここで働く者であれば誰でもすぐにわかる。


 お嬢様は余程前もって判っている場合でない限りは前触れもなく帰ってこられる。空を飛べるため、手紙よりも早く移動出来てしまうからだ。驚きはするけれど、流石にもう慣れた。


「おかえりなさいませ、お嬢様」


 私もすぐに玄関に出迎えにあがる。


「うん。ただいま、アンナ。こっちは問題ない?」


「万事つつがなく。確かリヴェール領に派遣されていらしたのですよね、訓練がなくてウェスター騎士団の方々が寂しそうにしておられましたよ」


 見回り中に屋敷の使用人を見かけては「まだ戻られないのか?」と尋ねてこられて少し大変だったのだ。お嬢様もその光景がすぐに浮かんだようで、楽しそうに笑っている。


「そうよぉ、これがまた大変だったんだから! 久しぶりの休暇だしゆっくりさせてもらうわ」


「お嬢様の土産話を皆楽しみにしていますよ」


 いつも出先での話を夕食の際に面白可笑しく話してくださるので使用人の皆はこれをいつも楽しみにしている。これはお嬢様がハンターとして活動していた頃から続いていて、騎士長となり生活の基盤を王都に移すことになっても変わらない。


 そんな日々立派になられるお嬢様が羽を休められる癒しの空間として、変わらず在り続けることに誇りを持って、我々は日々を過ごしている。




◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇




 翌日、お嬢様が商会に差し入れを持っていきたいとのことなので私も同伴する。執務室にはロベルトとエマの姿があり、こちらを認めた彼らは席を立ってこちらにやってくる。エマは昨日屋敷に帰っていなかったので、どうやら商会で寝泊まりしてしたようだ。


「お帰りになられていたのですね、お嬢様」

「おかえりなさい!」


「ただいま、元気そうね」


 すっかりエルグランツに馴染んだ商会は今も着実に大きくなってきている。少し前に王都でも支店を出して、そちらも好調だと聞いた。


「あの、お嬢様。いきなりで大変申し訳ないのですが……」


「うん? どうしたの?」


 ロベルトが遠慮気味に話題を切り出した。私は既に彼が何を言うのかわかっているので、お嬢様にばれないように頬が緩みそうになるのを我慢する。


「私たち結婚することにしました!」


 するとロベルトではなくエマが元気良くその続きを言ってしまった。


 エマは花のような笑顔を浮かべ、そんな彼女の肩に手をおいて横に並び立つロベルト。気恥しそうにしながらも、自らを見上げるエマに微笑みかけている。


 その報告を聞いてぱあっと明るくなるお嬢様。


「わぁ! おめでとう二人とも! それで式はいつにするの!?」


「二人でお嬢様にご報告してからにしようと決めていましたので、まだ具体的な日時までは……」


「うわ~私のせいか~! よし、待たせたお詫びとしてすぐに動くわよ! ついてらっしゃい!」


 頭を抱えて嘆いたかと思えば、すぐに二人の手を引いて歩き出したお嬢様。


(ふふっ……やはりこうなるわよね……)


 二人に待たせたことを責める意図はないにしても、こうなることは目に見えていた。しばらく忙しくなりそうだ。




◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇




 それから一行は会場の設定や、当日の衣装などを決めるために街中を動き回った。


 エルサール商会の長である父親や、跡取りである兄に出す招待状を書くと言って商会に残ったロベルトを置いて、すっかり日が暮れてしまった帰り道をお嬢様とエマとの三人で歩いていた。


「今日は一日ありがとうございました!」


「ううん、これでも何だか足りない気分よ……」


 お嬢様は納得いっていないらしく、エマに苦笑いされてもまだ難しそうな顔をしている。


「――そうだ! ……ってこれは魔力を籠められないと使えないか」


 ブリジット様にプレゼントした指輪をエマにもと考えたようだがそれもすぐに諦め、両手で何かないかと自身をまさぐり始めた。


「――あ」


 そして頭に手をやったところで声を上げ、その薔薇の髪飾りを外した。


「これもあげる。新調したばかりだから、まだ全然綺麗なはずよ」


 そう言って綺麗な宝石の装飾が施された髪飾りをそっとエマに手渡した。


「あわわわわ……こんなものまで……!」


 どう見ても高価なものに明らかに腰が引けているエマ。お嬢様はその様子を楽しそうに眺めている。


「新しい門出のお祝いだからね」


「お嬢様……」


 元々使用人として屋敷に寝泊まりしていたのはエマだけで、ロベルトは自分の家を持っていた。今後はエマもロベルトの家に移るので、そのお祝いだということらしい。


 もちろんそれで我々との繋がりが消えるわけではないけれど、私も少し寂しい気分になる。


「嬉しいです! ――やっぱり私もロベルトを手伝ってきます! お二人は先に屋敷に戻っていてください!」


 感極まった様子のエマが髪飾りを抱えたまま、来た道を走って戻っていってしまった。


「あぁもう、こんな時間に一人でだなんて……」


「まぁまぁ……そんなに距離もないし、ここまで来るまでも特に何もなかったから大丈夫よ」


「……それもそうですね」


 この時の楽観視は、私の心に大きな後悔を刻み込むことになる。


 そしてそれは隣に立つお嬢様も例外ではない。




◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇




 屋敷に戻って夕食を済ませ、後はもう寝るだけとなったというのにエマが帰ってこない。


 玄関の様子がわかる傍の部屋で待機していた私の元にお嬢様もやってくる。


「エマ遅いわね……」


「もしかして今日も商会に泊まるつもりなのでしょうか……」


 こういった時にすぐに連絡が取れないのがもどかしい。もう夜も遅いのでわざわざ商会に確認に行くのもどうかと思い、とにかく彼女の帰りを待つことにする。




 既に深夜を回った頃、屋敷の玄関前で待機している警備兵が血相を変えて中に入ってきた。


「た、大変です……!」


「どうしました!?」


「今敷地内に石が投げ込まれたのです。不審に思って門のところまで出て周囲を確認したところ、こんなものが地面に……。相方が今、その時に見えた少年らしき不審な人物を追っています」


 警備兵の手には一枚の紙と、ボロボロになった薔薇の髪飾りがあった……。どう見てもエマと別れる前に渡されたものである。紙の跡の付き方からして、髪飾りを包んであったのだろう。


「何かあったの……!?」


 お嬢様が騒ぎを聞きつけてか玄関に姿を現した。しかも服装は寝間着ではなく、軽装ではあるがいつもの外出用の装いだった。


「その恰好は……」


「気にし続けるぐらいなら商会に確認しにいこうかって思ってたところよ。それで、それは何?」


 ホールの階段を降りて近づいてきたお嬢様が警備兵の手の中にあるものを見て息を呑んだ。表情がみるみるうちに険しいものになっていく。


「貸して!」


 強引に警備兵から紙を奪い取ると、手紙になっていたようで、書かれている文章を目で追い始めた。


「――ッ!!」


 そして次の瞬間、お嬢様は物凄い勢いで走り出し、屋敷を飛び出してしまった。


 私は慌ててお嬢様が放り投げた手紙を拾い上げて目を通す。そしてその内容を理解したと同時に血の気が引いた。


「大変! すぐに騎士団に行きます! 貴方も一緒に来て!」

「は、はい!」




◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇




 ウェスター騎士団に到着した私は門前で警備していた騎士に詰め寄る。


「夜分畏れ入ります! 団長様は……団長様はいらっしゃいますか!?」


「其方は確かクローヴェル卿のところの……一体何があった?」


 私は使用人のエマが『闇の抱擁』という盗賊団の元首領だという男に攫われ、お嬢様が飛び出していったことを伝える。


「すぐに止めなければ大変なことになります!」


「――だが卿がもう向かっているのだろう? ならもう事件は解決したようなものではないか」


「違います! 止めなければならないのはお嬢様の方です! エマの身に何かあったら……お嬢様の心が壊れでもしたら……もう何が起こるかもわかりません!」


 私の言いたいことを理解し、一瞬にして血の気が引いて慌て出した騎士様。


「た、大変だ! 団長殿……団長殿にすぐに知らせろ!」




◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇




「ここで間違いないか?」


「……はい、手紙にあったのはここのはずです」


 エルグランツの北西角にある倉庫地帯。普段この時間であれば人気がなく静かなはずのこの場所に、鈍い音が一定の間隔で響いている。


 その音は倉庫内で反響しているだけで決して大きな音ではない。その音の出所は今目の前にある、微かな明かりが外に漏れ出ている倉庫で間違いないだろう。


 団長様を先頭にしてその倉庫に近づき、その大きな扉を引く。


『ギギギギギギ』


 軋む扉の向こうの光景、それは――。


『ドガッ!』

『ボゴォ!』


 蝋燭の僅かな光に照らし出された、両手足を串刺しにして磔にされた男を、感情が抜け落ちた顔で淡々と痛めつけるお嬢様の姿だった。


 その凍てついた殺気に心臓を鷲掴みにされたような感覚に、私だけでなく騎士の皆様も、団長様までもが声も発せずに立ち尽くしている。


 身体は動かないが、それでも目だけは動くことに気付いて、必死に今の状況を把握しようと周囲を探る。


 痛めつけられている男もその異常さが際立っていた。


「イヒヒヒヒヒヒヒ……」


 殆ど裸同然の格好で顔中の至る所から体液を垂れ流しながら、手足を貫かれたうえで更に殴られているというのに薄ら笑いを浮かべている。私ですら一目でまともではないとわかる。


 そんな二人の奥にはあられもない姿で横たわるエマの姿があった。この位置からは後頭部しか見えないのでその表情はわからず、ピクリとも動かない。ただ生きて呼吸をしているのだけはわかる。


 もうそれだけでここで何が起こったのかが容易に想像がついてしまう。


(あぁ……なんていうこと……)


 私はあの時に彼女を一人にしてしまったことを後悔する。たとえお嬢様が大丈夫だと判断しても、私が駄目だと言えば一緒に追いかけてくれただろう。……これは私の責任だ。


「……もうやめるんだ、クローヴェル卿」


 私がただひたすらに悔いていると、のしのしと大きな身体がお嬢様に近づいていく。しかし団長様が手の届く距離まで近づいてもなおも殴打は止まない。


 そのまま団長様が男とお嬢様の間に身体を滑り込ませた瞬間――


「邪魔をするなぁぁぁ!!!!」


 お嬢様は途端に獣の咆哮のように声をあげ、荒く息を吐いて団長様を睨み付けた。


「イヒヒヒヒヒ……たまんねぇなぁ……」


 団長様の陰に入り、その姿が闇に包まれてしまった男が不気味に呟いた。団長様は前を向きつつも顔を顰めて後ろを気にしている。


「くやしいよなぁ……レオナ様ぁ? あれだけ周囲に護るって言いふらしておいて、俺の盗賊団を簡単にぶっ潰せる力をもっておいて、結局身内の女一人護れねぇんだからよおおおおぉぉぉぉ!!!!」


「黙れぇぇぇぇ!!!!」

「やめろ!!!!」


 激昂して殴り掛かろうとするお嬢様を団長様が取り押さえようとする。他の騎士たちも慌ててそれに加勢する……が全て振り払われてしまう。


「ああああああああ!!!!」


 感情のままに男を打ちのめすお嬢様。それでも周囲は諦めずに彼女に群がっていく。その様子を見て楽しそうに笑う男。


「ゲフッ……感謝しろよぉ? お前がずっと苦しめるように殺さずに生かしておいてやったんだ。この女の顔を見る度に自分の不甲斐なさを思い出せるようになぁ!!」


「貴様ぁぁぁぁ!!!!」


「イヒヒヒヒヒ! そうだよ! その顔だよ! その綺麗なお前の顔をそれだけ歪められるのは俺だけだ! 俺はやってやったんだよ! アヒャヒャヒャヒャ!!」


 お嬢様に嫌がらせをするためなら手段を問わないというその歪んだ敵意。たとえ最終的に捕らえられて死ぬことになろうとも、お嬢様が苦しむ様を間近で見ることに拘る狂気。


 何故ここまで相手を憎むことが出来るのか、傍で聞いている私にはまるで理解出来なかった。


 ここで団長様だけは彼女を取り押さえようとするのを止め、男を背に隠す形で再度お嬢様に立ちふさがった。


「どけ!! そいつには私が引導を渡してやる!」


「ならん! ここは我々の管轄だ!!」


「私は王国騎士団の騎士長だ!! 男一人裁く権限くらいあるはずだ!」


「そんなものは我々に押し付ければ良い! 騎士長である其方には其方のやるべきことがあるはずだ!」


「私の……やるべきこと?」


「……そうだ! 『弱き者に寄り添い、護ること』。俺の知る、俺の愛したレオナ・クローヴェルという女はそれを第一に考えて動く人間だったはずだ! それなのに今のお前は何だ!? 己を見失うとは恥を知れこの未熟者がぁ!」


「……ッ!!」


 ここにきて初めて隊長様の気迫がお嬢様のものを上回った。


 この空間に静寂が広がり、次第にお嬢様の殺意は鳴りを潜めていく――。


「お師……ま……」


 お嬢様は目を見開いて小さな小さな声でぼそりと何かを呟いている。


「……行け。其方の助けを待っている者がいるだろう?」


 そう言いながら団長様はゆっくりと倉庫の奥で横たわる女性に目を向ける。


「ああッ!! エマッ!!!!」


 それを目で追いかけたお嬢様はハッとして彼女に駆け寄っていく。私も急いでそれに続く。


「エマ……ごめんなさい、ごめんなさい……!」


 抱き起こされたエマはショックのせいか、お嬢様の言葉にも反応しない。涙を流しながら、ただ生気のない瞳で空中を見つめている。


「う……あぁ……いやよ……いやあああああああああ!!!!」

「アヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャ!!!!」


 薄暗い倉庫内にお嬢様の悲痛な叫びと、満足げな狂気の大笑いだけが響き渡った。



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