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125.★失恋(フェリシア・バーネット視点)

「その恰好は……」


 お仕着せを見て呟いたそれを耳にした私は、すぐに衣装を隠すように身を竦めて横を向いた。


「お願いですから、あまり見ないでください……」


 今の姿を見られたことが、顔から火が出るほどに恥ずかしいものに感じたのだ。


 ――わかっている。


 今の私は文句を言える立場でもないし、納得して受け入れている身であることは重々承知している。


 しかしそれでもかつての姿を知っている相手を前にすると、今の姿を見られたくないという気持ちが湧いて出てきてしまう。……しかもそれがこれまでずっと気を引こうと追いかけてきた相手なのだから尚更だった。


「其方を見かけてつい身体が動いてしまったが、まだ大まかにしか話は把握していないのだ。外観誘致の罪で両親が捕らえられたらしいが……?」


「はい……。今私がこうやって歩き回れているのもクローヴェル卿と祖父母、そして両陛下のお陰です」


「そうか、彼女が……」


 殿下はレオナが話に出てきて何だかほっとしているようだった。


 私はその様子に言いようのない不快感を覚えてしまう。


(これは嫉妬なのかしら……。途中からはもう諦めていた癖に……?)


 正直自分でも今のこの心のモヤモヤについては良くわからない。……とにかくあまり良い気分ではないのは確かだった。


「殿下の方こそ、随分とらしくない装いに見えますが……」


 その美麗な容姿にまるで似合っていないボロボロの外套や皮鎧。そんなものを纏っているのを他の人間に見られては心証が悪くなってしまうのではないか。私としては早く着替えてきて欲しいくらいだ。


「リリアーナから帰国してからずっと前騎士団総長を探して樹海を出入りしていたからな。見つけ出してからも色々あったがようやく彼からも認めてもらえたよ」


 そう言って誇らしげな笑顔を見せる殿下。そんなとても純粋で真っすぐな姿を間近で見せられてギュッと胸が締め付けられる。


 長年接してきているのに、このような生き生きとした様子をこれまで一度も見たことがなかった。


 学園では余裕なさげに必死に強くなろうとしていたし、卒業後はただただ真面目で優しいだけの、どこか諦めたような覇気のない人だったのだから。


 それだけレオナのことを愛していて、一生懸命なのだということはわかる。


 ……なら、私の何がいけなかったのだろうか。


 彼女が死んでいたと思われていた時ですら気持ちを傾けてもらえなかった私は……。


 私が押し黙ったのを見てか、殿下は笑みを引っ込めた。


「……其方が大変な時にするような話ではなかったな、すまない」


「いえ……」


 こうして気遣うことが出来るお人なのにどうしてなのか、私の中で知りたいという気持ちが膨れ上がっていく。


 尋ねるなら今しかないのかもしれない……。新しい人生を歩むために、過去に折り合いをつけるべきタイミングがまさに今ではないのか。


 ――怯むなフェリシア。勇気を出せ、声を出せ、本心を伝えろ。


 身体の前で組んだ手をぐっと握りしめる。


「……殿下」


「どうした?」


「私の……何がいけなかったのでしょうか」


「……ッ!」


 私の決死の問いかけに息を呑む殿下。


「学生の頃から貴方の婚約者候補と言われ続けて、一生懸命好かれようと努力していたにも関わらず、結局心の中のクローヴェル卿に敵わなかった私の何がいけなかったのでしょうか……」


「フェリシア嬢……」


 これまでずっと抑え込んできた想いを口にしてしまった。


 最初の頃の純粋な好意も、それが伝わらない寂しさも、上手くいかずに両親から怒鳴られる恐怖も、いつまで続けるのかという苦悩も、振り向いてくれないこの人への憤りも、その全てを乗せた言葉を口にしてしまった。


 レオナとの差を突き付けられるのは正直に言ってとても怖い。


 でもこれからの人生を乗り越えていくためには聞くしかない。


「其方は何も悪くないのだ……」


 ――しかし返ってきたのはとても残酷な言葉だった。


「婚約者を宛がわれること自体を歓迎していなかったのは確かだが、其方に問題があった訳ではない。問題があるとすれば……それは俺の方だ」


 殿下はそのまま顔を伏せてしまった。


「そんな……そんな理不尽なことってありますか!? 私は反省すらさせてもらえないのですか……!?」


 勝手に震える声で、相手が王太子であることも忘れて、初めて声を荒げて人を(なじ)った。


 しかし目の前の男性は項垂れたまま。


 悔しいやら情けないやらで涙が溢れてくる。


「私の十年に一体何の意味があったのですか……!」


 そのあまりのやるせなさに力が抜けて立っていられず、その場に座り込んでしまう。


「現実を直視せず、其方から目を背けた俺の心が弱かったのだ……。そして彼女と再会し、俺の不誠実な部分が浮き彫りになったというのに、それでも俺は自覚のないまま其方と向き合うことを避けていた。本当に……申し訳ない……」


 殿下がしゃがみ込んで、へたり込んでいた私の目線と合わさる。


「だがもう時を巻き戻すことなど出来ない。俺には自身の過ちを反省して、今後の人生の糧にすることしか出来ないのだ。レオナが傍に置いたのであれば彼女も既にその気だろうが、俺もせめて今後の其方が苦しまないように陰ながら支援すると誓おう。こんな不誠実な男のことなどすっぱり忘れてくれて構わないから……だから其方にも前を向いて欲しい」


 最初こそ諭すような落ち着いていた視線が、最後には力強いものに変わっている。それはレオナの揺るぎない信念が伝わってくるような真っすぐな眼差しを彷彿とさせた。


 既に勝手に割り切ってしまわれているとも受け取れて若干腹立たしくもある。しかしこちらも今後のために尋ねたのだから、私も見習うべきなのかもしれない。


 彼は彼なりのやり方で過去の過ちを精算しようとしているのだ。私だけがウジウジしていてはみっともないし先にも進めない。


「殿下は私は悪くないと仰って下さいましたが、ひとつ……反省すべき点が見つかりました」


「それは……?」


「もっと早い段階で、こうやって自分の気持ちをぶつけるべきだったと……」


 私がそう答えると、殿下は泣きそうな顔をぐっと堪えて苦笑いを浮かべた。それを見れば彼が心の底から失敗を悔いているのが伝わってくる。


「あぁ……全く以てその通りだな……。言葉を尽くすというのは大切なことだ。俺も確と心に刻み込んでおこう」


 殿下が立ち上がり、続けて私も差し出された彼の手を取って立ち上がる。


 自分を曝け出したお陰か、なんだか凄くスッキリした気分だった。


 私も良い意味で彼を嫌いになれた。これで遠慮なくレオナの傍で、彼女の味方をしてあげられる。


「――それではこれで。まだまだ仕事を覚えなくてはなりませんので」


「あぁ、レオナを支えてやってくれ」


「えぇ……貴方に言われなくとも」


 鼻で笑う私に彼は苦笑いしか返せないらしい。


 礼をして騎士団の寮に向かって歩く後ろで、彼がその場を立ち去る足音が聞こえる。


 もうこの先こうして彼と話すこともないだろう。私は平民、彼は王族なのだから。


 背筋を伸ばし、ぐっと涙を堪えて、一歩一歩を踏みしめる。




 ――さようなら、私の初恋の人。




これにて長く続いたフェリシア視点は終了です。

本編は次話の別キャラ視点で第四章は最後になり、

クリストファー視点を挟んでから第五章に入る予定です。

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