124.★これからの人生(フェリシア・バーネット視点)
城に戻った私は自室での待機を言い渡された。両親や兄弟、領地内の協力者といった犯罪の実行犯を先に王都へと移送していて、その人数が多すぎるためすぐには捕らえられないらしい。
待機とは言うが実質軟禁であるため、お爺様やお婆様と会うことは出来ない。不安ではあるけれど、両親たちと比べて扱いに差があることが、連座で処刑されるのとは違うのだという変な安心感に繋がっている。
それでもレスリーの居なくなった自室は酷く寂しい。
◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇
そして私が王都へとやってきたのはそれから一か月後。
着いてすぐ牢屋に入れられたのだが、それもすぐに出るように言われ、次に案内されたのは騎士団の寮の一室だった。入り口で一人の侍女が出迎え、部屋の奥にはレオナが座っていた。
「いらっしゃい、フェリシア」
「レオナ……これは一体……?」
騎士団の寮ということはここがレオナの部屋ということで良いのだろうか。私が戸惑っていると、侍女が鼻息を荒くして近づいてきた。
「これ! レオナ様にそのような態度ではいけません!」
「マチルダ……まだ彼女は何も知らされていないのよ……。やる気があるのは嬉しいけれど、もう少し待ってあげてちょうだい」
レオナが苦笑いで彼女を諫めると、侍女は顔を赤くして後ろに下がった。
「貴女の件については一先ず決着がついたわ。本来であれば一家全員処刑のところを、貴族の階級を失うだけに留めた。そんな貴女にはこれから私の侍女になってもらうわ」
「私がレオナの侍女に!?」
「そう。一応両親を処刑された娘が変な気を起こさないように私が監視するという建前もあるから、本当の意味で自由にはさせてあげられないの、ごめんなさい。でも私の身内となる以上、決して辛い思いをさせるつもりはないわ」
最初こそ驚いたものの、身一つで放り出されるのに比べれば格段に良い条件だった。食い扶持を探す必要もなければ、外敵から怯えて暮らす必要もない。
それに彼女はいずれ殿下と結ばれて王太子妃になる人間、つまり私は王太子妃付きの侍女になるということ。貴族でなくなった私が望んだところでなれるようなものでもない。
まさに破格の待遇といえる。
「一般的な貴族女性としてはフェリシアの方が私よりも遥かに優秀だろうし、貴女にはその能力を活かして私を支えて欲しいの。暇だったらお茶飲み友達としても……ね?」
そう言いながら微笑むレオナ。対外的な関係は主と侍女というものであっても、彼女は私のことを友達として認識し続けてくれていることがそれだけでわかる。
「……ということでハイ、これ」
手渡された小箱には金色に緑色の宝石のついた指輪が入っていた。
「指輪……?」
「肌身離さずつけておいてね。――さてさて、それじゃしばらく休暇で留守にするから、後はマチルダお願いね」
「畏まりました」
そう言ってレオナはあっさりと部屋を出ていってしまった。
呆気に取られる私に侍女が近づいてくる。
「休暇の間にフェリシア――貴女に侍女としての仕事を叩き込んで欲しいと命じられているのよ。たとえあのリヴェール公爵のご令嬢だったとしてもワタシは手を抜きませんからね!」
「そういうこと……。それで、この指輪は……?」
「魔道具になっていて魔力を込めればレオナ様側の指輪に危機を知らせることが出来るそうよ。それを他に身に付けているのはリリアーナに嫁いだシャルロット様とウェスター次期公爵夫人のブリジット様のお二方だけ。……そこに名を連ねる意味を噛み締めなさい、そしてあのお方に尽くしなさい。……良いわね?」
(あの二人と同じ……!?)
私は思わず右人差し指に光る指輪に視線を落とした。これにどれほどの想いが籠められているのかが、今の話だけで伝わってくる。
お爺様やお婆様と同じだ。ここまで私のことを想ってくれている人に報いないなんて有り得ない。これでも公爵令嬢としての矜持はまだ捨ててはいないのだから。
これまでに培った全てを用いて彼女の役に立ってみせる。
それが私の新たな価値であると今、確信した瞬間だった。
「……畏まりました。救われた命、その全てを懸けてあのお方に仕えてみせましょう」
その言葉を聞いたマチルダと呼ばれていた彼女は、満足げに頷いた。
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それから数日が経過した。主の居ない状態での仕事は割とすぐに慣れることが出来た。今まで逆の立場で侍女たちにしてもらっていたことをすれば良いので、迷う必要があまりなかったというのが大きい。
それにイェラ村の時から薄々感じていたことだけれど、こういった肉体労働は結構得意みたいだ。
一日は朝早くに起床し、お仕着せに着替えるところから始まり、その恰好で厨房で朝食を受け取って王宮内のとある塔を上る。
「おはようございます、お爺様、お婆様」
「うん、おはよう」
「おはよう、フェリシア」
優しく微笑んで私を出迎えてくれるお爺様とお婆様。こうして毎朝朝食を持っていって少しお話をするのがここでの生活のルーティーンになっている。お二人が生きていることは初日の指導をやり切ったマチルダからこっそりと教わった。
お二人はこれまで長年領地を運営してきたこと、そして自ら家族内の罪を摘発したことを鑑みて、処刑を免れたのだ。明言こそされていないが、これは両陛下の恩情なのだろうと私は思っている。
とはいえもう一生この牢の外に出ることは叶わないけれど、私としては愛情を注いでくれていたことをちゃんと二人にお礼を言えただけで充分だった。それ以上は望まない。
なんでも今回の件について全てレオナの手柄として処理し、その褒美として私を要求することは両陛下も予め承知していたのだそう。むしろ私が攫われる直前までレオナの方にそれを伝えていなかったことに驚いたくらいだ。
国内の危険分子を把握しておきながら放置していたことについては、リリアーナでレオナが力を示したことと、シャルロット様が向こうの協力者の力を精力的に切り崩し始めたことから見逃されていた。しかしこの事実は両陛下、宰相様とその実家、私たちバーネット家、その誰にとっても都合が悪いので秘匿されるようだ。
「新しい生活は上手くやっていけそうかい?」
「はい、私こういうの結構向いているみたいです」
それが強がりではないとすぐに見抜いて上品に笑う二人。
「王族とクローヴェル卿への感謝の気持ちを忘れないようにね」
「もちろんです」
仮にも犯罪者同士、あまりゆっくりとお喋りは出来ない。いつもこのくらいの簡単な会話しか出来ないけれど、なにも話せないよりもずっと良い。
衛兵に頭を下げて牢屋を後にする。最初は彼らに警戒されていたのも既に危険性はないと判断されたのか、いつもの光景だと言わんばかりに小さく頷き返すのみになった。
(――さぁ、今日もマチルダから沢山教わらないと!)
そんな気合を入れて廊下を突き進む私の元に、息を切らせて走ってくる者がいた。ほんの二メートルほど離れた位置で両膝に手をついて、下を向いて荒く息を吐く男性。
その装いは貴族らしいものではなく、実用性ばかり追求したような、むしろみすぼらしいものだった。
しかし銀色の髪を揺らすその人物を私が見間違えるはずがなかった。これでも十年以上追いかけてきた自負があるのだ。
「クリストファー殿下……」
「ハァ……ハァ……フェリシア嬢……」
彼が顔を持ち上げてその青い瞳でこちらを見上げた瞬間、私の心臓が大きく脈打つのを感じた――。




