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121.迷走(フェリシア・バーネット視点)

 お茶会にはリヴェール領のご令嬢も参加するので、ひとまず形だけでもクリストファー殿下との繋がりを示さなければならない。私は王宮の使用人たちに顔が利く者を遣わせて今の殿下の好みを調べさせた。


 そして今の好物がチョコレートであることと、愛飲しているお茶の銘柄を調べてきてくれたので、その準備も終わらせて、ほっとした心地でその日を待った。




「フェリシア様、あちらのテーブルの方々の御髪が輝いて見えるのですが、何かご存じないでしょうか?」


 お茶会のホストとして各テーブルを回る私にリヴェール領の子が尋ねてくる。言われてみればクローヴェル卿のテーブルに座る女性は周囲より明らかに髪が輝いてみえる。成人式では彼女の髪が美しいだけなのだと思っていたけれど、そうではないようだ。


「……確かに、皆さま綺麗ですわね。何か秘訣でもあるのかしら?」


「私たちもあのような綺麗な髪になりたいです!」

「フェリシア様から話を聞いていただけないでしょうか?」


 女性であれば身なりに気を遣うのは誰でも同じこと。彼女たちのその当然の欲求に領地の令嬢のまとめ役である私が動かない訳にもいかない。


「ええ、話を聞いてくるわ。でもテーブルを回るのは順番だから、それまではゆっくりとお茶を楽しんでいて頂戴ね」


 順番にテーブルを回り、クローヴェル卿のいるテーブルまであと一つとなったところで、そこのご令嬢たちがきゃあきゃあとはしゃいでいた。


「あらあら、皆さま楽しそうですわね。何か嬉しいことでもあったのかしら?」


「フェリシア様! クローヴェル卿から髪を綺麗にする品を譲っていただける約束を今取り付けたところなのです!」


「まぁ、それは素晴らしいですね! 確かにこちらのテーブルの皆さまはどなたも綺麗な髪をしていらっしゃるもの」


 髪が綺麗な理由の出所はクローヴェル卿からだったようだ。これについては出来れば他の方であって欲しかったというのが本音だった。


「私にもその品を譲っていただけますかしら……?」


 まだそこまで仲が良いわけでもない相手に強請(ねだ)ってしまうことになるからだ。けれどリヴェール領の子たちから求められている以上は聞かなければならない。私がこう考えているくらいなので、案の定クローヴェル卿もどうするか悩んでいる様子だった。


 ……しかしここで予想外の出来事が起こってしまう。


「まさかその子たちには売っておいて、フェリシア様には売れないと言うの!?」

「容姿端麗で成績優秀な人格者であるフェリシア様こそ王太子殿下に相応しいのです!」

「どうせ騎士なんて王太子殿下と結婚出来るはずもないのに、まだフェリシア様の足を引っ張るおつもり?」


 リヴェール領の子たちが私を盾に卿を詰り始めたのだ。私は仲良くなりたくてこの場に彼女を招待したというのにこれでは逆効果になる。


 彼女たちもその品を欲しがっていたというのに何故そんなことを言うのか。私を通して手に入れるから、卿からの印象は悪くても問題ないとでも思っているのだろうか。


「こらこら、無理強いをしてはいけませんよ……」


「……フェリシア様、窘めるところが違うと思うのですが? フェリシア様も騎士はそのような立場だという認識でいらっしゃるということでしょうか?」


 私は慌てて彼女らを止めようとするも時すでに遅し。このテーブル周りの空気が凍り付き、卿からも睨まれてしまう。


(どうしましょう……そもそも私、騎士について詳しくもないのに……)


 普段から領地では騎士はお爺様たちの護衛に少人数付いている以外に見る機会がなく、特にこれといってその存在を意識をしたこともない。そんな状態なので彼女が満足するような気の利いた言葉を贈れそうにない。


 両親や兄たちは騎士のことを「ハンターたちが出来ることをわざわざしようとする貴族の変わり者」と言っていたけれど、流石に当の騎士にそれを口にしてしまえば火に油を注いでしまうであろうことは目に見えている。


 しかし令嬢たちの言葉を明確に否定してしまうと、それはそれで別の方面で角が立ってしまう。とてもまずい状況だ……。


(これはもう正直にわからないと伝えるしかないわね……)


 本当のことだし無傷とはいかないまでも、これが現状で最もどの方面に対しても傷が浅い選択だろう。


「私、騎士に関してはよく知らないの、ごめんなさい……」


 するとクローヴェル卿はこちらを睨み付けていた視線を自身のカップに落とした。


「……わかりました、フェリシア様にもお売りいたしましょう。王太子様を射止めるためなら何でもしておきたいでしょうしね」

『レオナ様!?』


 ……どうやら折れてくれたようだ。私も言葉の選択を間違えていなかったことにほっと胸を撫でおろした。


「無理を言ってごめんなさいね」


「えぇ、頑張ってよその国の王太子を捕まえて下さいませ。私も応援しております」


 予想外の言葉が頭の中をぐるぐる回る。焦りからか、何度も反芻しているのに一向にその言葉の意図が掴める気配がない。


 私はたまらず彼女に問いかける。


「それはどういう意味かしら……?」


「貴女はクリスの相手に相応しくないという意味です。彼なら今日のお茶はストレートで飲むし、チョコだってこんなに甘くはしない。王太子妃候補アピールはするけれど、上辺だけ調べて満足してしまっているくらいには彼に興味がないのでしょう?」


 クローヴェル卿がこちらをきつく睨み付ける。これまでただ美しいとしか思っていなかった、その赤い瞳の圧に身が竦む。


「将来の夫にすらそんな有様で、現在の自領の状況すらも知らないのですから、貴女は他人への興味関心自体が希薄なのかしらね。大方貴女の御両親から結婚するように言われているだけなのではないですか?」


(あぁ……)


 ――彼女は怒っている。怒らせたのは他でもない私。


 私が殿下を愛している風に取り繕っていることを容易く見抜き、その行いの不誠実さに憤っている。


 それだけ彼女は殿下を深く愛していて、半端で済ませてしまった私の行いが我慢ならないのだろう。


「そんな貴女にはクリスは絶対渡さない。……まぁクリスが貴女を選ぶとは思えないけれど、早いところ諦めて他国の王太子でも捕まえて頂戴」


 口元に人差し指を当てて何かを思い出すように目線を持ち上げるクローヴェル卿。


「えぇと……容姿端麗で成績優秀な人格者でしたっけ? それが本当なら何とかなるでしょうし、頑張ってくださいね」


 私が自称しているわけではないが、先程詰ってきた子の言葉で強烈に皮肉を言ってきた彼女は、口だけの応援するだけして、そのまま友人の子たちと一緒に出ていってしまった。


 静まり返る会場の中、彼女たちが出ていった扉を見つめる。


 こうなってしまった原因は私の想像力不足だ。殿下に対する温度差や彼女が大切にしているものへの配慮が足りていなかった。


 こんなことならば夕食を一緒に取ったあの日に、強引にでも私の心境を説明しておけばよかったのだ。お茶会に招待したのは失敗だった。全ては私の責任として呑み込むしかない。


「……フェリシア様、今の話は一体どういうことでしょう?」


 今のやり取りだけを聞き逃すなんて都合の良いことは起こるはずもなく、リヴェール領の子たちが詰め寄って来る。


 これまで積み重ねてきた嘘を盛大にぶちまけられた私は、今からそのツケを払わなければならない。




◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇




 王国騎士団の派遣部隊と共に領地へ帰ることになった。そこにはクローヴェル卿もおり、お婆様や私の護衛にと一緒の馬車に乗り込んでいる。


 彼女からは関わって欲しくないという空気が漂ってきていて、謝罪すら出来そうにない雰囲気だった。


「……冷たい人」


 謝罪したくてもさせてもらえない状況に鬱憤が溜まっていたせいか、途中襲ってきた盗賊らしき者たちの殆どを瞬殺してなお冷淡な態度を取る彼女に苛立った私は、ついそんな言葉が口を衝いて出た。


 口にした瞬間、後悔したのは言うまでもない。


「リヴェール領の貴族にだけは言われたくありませんね」


 更に激しく怒らせるかもしれないと戦々恐々としていたこちらに返ってきたのはシンプルで、私にとっては少し違和感のある言葉だった。


(私個人ではなくリヴェール領の……?)


 そう言って以後の会話を拒絶した彼女の言葉の意味を、私は馬車の中で黙って考え続けた。




◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇




 グラシアールの領主の城に戻った私はその日の晩、お爺様に呼び出された。


 久々の家族での夕食はお世辞にも良い雰囲気とは言えなかったので、お爺様たちとゆっくり話せるのではと少し浮かれて応接室に向かったものの、部屋の空気は想像よりも重いものだった。


「お呼びでしょうか、お爺様、お婆様」


「うむ、そこに座りなさい」


 お爺様は正面のソファーに座るよう促した。多少の居心地の悪さを感じながら言われた通りに座ると、お爺様が今度は溜め息を吐いた。


「デボラから話は聞いた。何やらクローヴェル卿とひと悶着あったようだな」


「……私が浅はかだったのです。それに思っていた以上に恐ろしい人みたいですし、もう完全に嫌われてしまったようなので関係の修復は諦めています……」


 それでも彼女が殿下のことを深く愛していることが判っただけ良かった。そのまま二人が結婚してくれれば私としてはもうそれで充分だ。


「悪いけれど、貴女には明日からの彼女の仕事に同行してもらうわ」


 なのでこれ以上変に目を付けられて敵視されないように距離を取りたいと思っていたのに、お婆様が突然そんなことを言い出した。


 これには私も面食らう。騎士の仕事なんて私にはまったく関係ないではないか。同行したところで何があるというのか。


「ど、どうしてなのですか……!?」


「其方には彼女のすぐ傍で、より多くのことについて学んで欲しいのだ」

「期間中は平民たちと一緒に暮らすことになるから大変でしょうけど、不満を漏らしてはいけません」


 しかし二人の表情は真剣そのもの。冗談で言っているはずもなく、こうなってしまえば私には頷くことしか出来ない。


「……承知致しました」




 部屋に戻った私は侍女頭のレスリーに今後の予定を伝える。数か月も領主の城を離れて平民たちと関わるとあって彼女も戸惑っているようだ。


「大旦那様たちは何故そのようなことを……」


「わからないわ……。私としてはもう関わらない方が良いと思うのだけれど……」


 しかし両親とは違って普段あまり私にどうこうしろと言わない祖父母が、あれ程までに真剣に命じるのには必ず意味があるはず。


「何にせよ行かないわけにはいきませんね。ここに居ても旦那様方から色々言われるでしょうし、良い機会なのかもしれません」


 レスリーもそれはわかっているようで無理矢理好意的に捉えようとしている。


「私は一体どうなるのかしら……」


 先行きに不安しかなく、深い溜め息を吐かずにはいられなかった。


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