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120.接近(フェリシア・バーネット視点)

フェリシア視点、全六話です。

前半三話は別視点の振り返りですが、後半三話では物語が進みます。

 窓の外が真っ白な世界に包まれるリヴェール領の冬の朝。魔道具で暖を取っているとはいえ少々肌寒い廊下を進んで食堂の前へとやってくると、中から大きな声が聞こえてきた。


 もう何度目かもわからない、お父様とお爺様の口論だ。口論といっても声を荒らげるのは専らお父様で、お爺様は淡々と受け答えをするだけというもの。


 扉の前で立ち止まってその内容に耳を傾ける。


「何故です父上! バーネット家の今後を考え、フェリシアを王太子妃にすることの何が駄目だというのですか!」


「ロイから『王太子殿下が現在追いかけている相手には絶対に手を出すな』と再三にわたって警告を受けているからだ。奴がそこまで言うのだから無視する訳にはいかぬ」


「父上ともあろう者が叔父上……弟の言いなりですか!?」


「奴の目は節穴ではない。信用しているからこそだ」


「フェリシアが幸せになれなくても良いと?」


「…………」


「またお得意のだんまりですか。……これでは話にならない」


 食堂の扉が勢いよく開いてお父様と鉢合わせしてしまう。


「きゃっ」


「……フェリシアか。こんな所で油を売っていないで、王太子殿下に気に入られるよう努力しておけ!」


「………………はい、お父様」


 私を一瞥し、それだけ言い放ってお父様はズンズンと廊下を歩いていく。私にとってはいつもの言葉であり、いつもの光景だった。最近はもうお父様は私に対してそれしか言わない。


 返事こそしたものの、私には空腹を我慢してまでその様な努力をする気など無い。お父様の姿が完全に見えなくなったのを確認して食堂へと入っていく。


「おはよう御座います、お爺様」


「おはよう、フェリシア」


 簡単な挨拶。たったそれだけでもとても心が落ち着く。


 両親と違って祖父母は私にどうこうしろと言わない。もうそれだけで良い、こちらもそれ以上は望まない。


 自分の席につくと朝食が運ばれてくる。


「春になればまた王都へと向かうのだろう?」


「はい、今年は殿下お二人の成人式ですから。クリストファー殿下にもご挨拶しなければなりませんし……」


 クリストファー殿下が学園に入学されて以降、私はずっと周囲から婚約者候補として扱われてきた。最初の頃は私もやる気を出してあのお方に気に入っていただけるよう努力もしてきた。しかし現在に至るまでこちらに気持ちを傾けて下さったことは一度もない。


 優しいお方なので遠ざけられはしないけれど、それでも受け入れることを頑なに拒んでいるのだから私からしてみれば残酷な人だ。私が両親に責められる元凶とも言えるので、今はもうお慕いしているとも言い難い。


 しかし両親が私を王太子妃にすることを諦めていない以上、私にはこうするしか選択肢はない。


「今の王都は何やら騒がしい。クリストファー殿下が過去に一目惚れをしたまま、事故で亡くなっていたと思われていた人物がつい最近生きていたと判明したらしい。彼は今その女性に夢中だそうだ。……だからもう無理はしなくていい」


 先程聞こえてきた「手を出すな」というのはその女性のことなのだろう。お爺様はともかく、親戚で叔祖父の宰相様までそちらを推しているのだから、我ながらなんとも惨めではないか。


 いっそのこと、その女性がクリストファー殿下と結ばれてしまえば私も今の状況から脱せられるのではないだろうか。後の両親からの扱いがどうなるのか不安でないといえば嘘になるけれど、今の私にとっては魅力的な選択肢に映ってしまうのも事実だ。


「どのような女性なのでしょう?」


「『火竜事件』は知っているな? それで亡くなったバーグマン伯爵の一人娘だ。ハンターとして活動していて、平民の間では『いばら姫』と呼ばれている。なんでもとても美しく、そして腕が立つそうだ」


「そうですか……」


 生憎ハンターについては知識でしか知らない。そのような状態では想像するのも難しいし、一度会えないだろうか。クリストファー殿下が夢中になっているということは今あのお方の近くに居るのかもしれない。


 私は胸に希望を膨らませて、雪解けの季節を待った。




◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇




 春になり王都にやってきた私は、すぐさま『いばら姫』について知り合いの貴族たちに尋ねて回った。


 S級ハンターだと聞いていたけれど、つい最近騎士の誓いを立てて騎士長の役職に就いたそうだ。それにより魔導伯爵という初めて聞く爵位を与えられ、侯爵相当の地位になっているらしい。


 元は伯爵令嬢だというのに、その若さでその躍進ぶりはもはや異常という外ない。相当の実力者らしいと尋ねた貴族は言っていたけれど、彼もそれには首を傾げていた。彼以外にもクリストファー殿下の単なる囲い込みではないかと疑っている者はそれなりにいるようだ。


 ひとまず対外的な情報は得られた。後は直接この目で確かめるしかないだろう。




 そして成人式の日がやってきた。


 会場にいる沢山の貴族の、そのほぼ全てが真っ先に王族に挨拶をして回っている。今回は新成人側にも王族がいるせいで王族を纏めて一度にとはいかず、長い列が出来上がってしまっている。仕方のないことだけれど、他の新成人は後回しにされていて少し可哀想ではある。


 シャルロット殿下とエドワード殿下の列に並んだ私は待ち時間中、二人の後ろに控えている女性騎士を観察していた。あれが『いばら姫』レオナ・クローヴェルで間違いなさそうだ。


(綺麗な人……)


 整った顔付きと煌く金髪、騎士団の制服をアレンジした衣装に身を包んでいるがスタイルの良さもすぐにわかる。女性としては背も高く、足も長くて全体的にすらりとした印象だった。


 今は護衛中だけあって真剣で近寄りがたい雰囲気だけれど、ひとたび肩の力を抜けばさぞかし素敵な女性なのだろうというのは容易に想像がついた。


 ようやく私の番になり、殿下お二人との挨拶を済ませてから彼女に話し掛けてみる。何故だろうか、とても胸の鼓動が速くて落ち着かない。


「貴女が噂の『いばら姫』さんですね? 噂以上に美しい方……」


「レオナ・クローヴェルと申します。……畏れ入ります」


 その反応的に私のことは既に知っているようで、とても落ち着いた声が返ってくる。


「貴女とは一度じっくりとお話してみたかったの。よろしいかしら?」


「……今は護衛任務中ですので、どうかご遠慮ください」


 殿下たちから目線を外さずにそう淡々と返され、今更になって私は彼女が一般の参加者ではなく護衛としてここに居ることを思い出す。というよりも始めからわかっていたことではないか、何故話が出来ると思い込んでいたのだろうか。


 どうやら自分の思っている以上に気が逸っていたようだ。これは恥ずかしい。


「あっ、そうね……ごめんなさい。では、また……」


 動揺を隠して笑顔で彼女の元を立ち去る。


 彼女の仕事の邪魔をする気はない。わざわざ嫌われるような真似をしても私にとって良いことなど一つもないのだから。


 気を取り直してクリストファー殿下へと挨拶に向かう。


 しかし彼の態度はごく普通の王太子としてのもので、先程の殿下二人と同様に当たり障りのない会話だけで終わってしまう。これで周りから婚約者候補だと言われていることが不思議に思えてしまうくらいにあっさりと。


 本当に私は、一体何をしているのだろうか。




◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇




 それからしばらくの間、私は王都にいる貴族とのお茶会に奔走していた。彼らは皆バーネット家と関わりが深く、私を王太子妃にするべく支援してくれている。


 それは勿論ありがたいのだけれど、それはつまり動向を監視されているということであり、私は彼らに何かしらの成果を示さなければならないということでもある。


 しかし今の私では誰が見てもわかるような成果を示すことはもう難しい。なのでとても些細な事柄を誇張したり、時折嘘を交えたりしながら騙し騙しお茶会をやり過ごしている状態だ。


 今年は追い打ちをかけるかのように、お爺様が仰っていた通りクリストファー殿下がクローヴェル卿に夢中であると王都中に広まってしまっているため、それすらも決して容易ではなくなってしまった。


 決して上向くことのない事柄のために心労と嘘を積み上げていっている私は、一体何がしたいのだろうか。




 そんなある日、王妃陛下との会議に参加するために王都へとやってきていたお婆様が、クローヴェル卿を屋敷に招待したことを知った。


 ただそれも遊びに来ていたのではないので私が話し合いに混じることは叶わなかった。花嫁修業ばかりしている私とは違って、彼女は騎士とはいえ働いているのだ。彼女が立派なのは喜ばしいことだけれど、反対に応接室の外に独り残された私の惨めさは増す一方だった。


 それでも諦めず、何とか彼女を夕食に招待することが出来た。


 しかし彼女は何故か戸惑った様子で、話を何度か振ってみても反応が薄い。嫌悪されてはいないようだけれど、距離を縮めるのはそう簡単にはいかなさそうだった。


(いきなりこんな少人数では彼女も緊張してしまったかしら……。――そうだわ!)


 ならば大人数のお茶会に招待してみよう。今度のお茶会はこれまでの報告会のようなものではない単なる親睦会なのだし、知り合いも一緒に参加してもらえば彼女も安心出来るだろう。込み入った話はもっと後でも構わない、今は距離を縮めることだけを考えよう。


 早速彼女をお茶会に誘ってみると、ほんの少し考えてから頷いてくれた。良かった、これで避けられてしまっては仲良くなるための足掛かりになりそうなものがなくなってしまっていたところだ。




 ――この時はそう安堵していたけれど、この選択は大きな失敗だったのだと後になってから気付かされてしまうことになる。




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